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市川七瀬とは。【番外編Sideすばる】
しおりを挟む市川七瀬は、初恋だ。
まるで機械人形のような僕に、感情という命を吹き込んでくれた。
彼は僕にとって神様のような人だけど、僕は彼に惹かれている。
神様に恋をするなんて滑稽としか言えないけど、僕にとって世界を創ってくれたたった一人の特別な存在だから僕だけの存在で居て欲しい。
僕だけを見て、僕だけが触れて、僕だけを愛して欲しい。
神様を独り占めにしたいなんてわがままでしかないだろうけど、それでも僕は僕であるかぎりそれを止めることはできない。
だって、音のないテレビを延々と見ているような自分の世界と言うのは間違っているんじゃないかって思うくらい、まるで他人の世界が市川七瀬に出逢って、全てが僕の世界になった。
音もある、生きているという実感できる感情のある世界。
出逢う以前の僕の日常はひどくつまらなくて、透明な壁の中に閉じ込めれた僕が、存在を動かしながら選択肢を選んで過ごしているような毎日だった。
きっと人に話してしまうと嫌味に思われるだろうけど、なんでも大抵のことはすぐにできて、簡単すぎて、一生懸命に何かをするということがなかった。できなかった。
それは心という種は埋まっていても、感情が育つことはない。そんな外側だけが成長してしまっていた僕。
嬉しい、悲しい、苦しい、悔しい。
そんな人間らしい当たり前の感情は他人のモノで、理解はできても湧いてはこないし、感情に任せるままに何かをしたという記憶もなかった。
皆、出来ることを褒めてくれるけど、僕は酷くつまらない人間だと心底思っていた。
幼い頃から人より見た目が良かったらしい僕は、笑顔を作るだけで人は喜んでくれる。
何が楽しいのか、何が嬉しいのか、それは僕の心は知りもしないけど、他人のそれは好意というものらしい。
こんな作り物の顔がいいなんて、他人のことはやっぱり僕にはわからない。
でも、僕にはわからないけど周りは勝手に盛り上がる。かっこいいね、可愛いね、上手だね、天才だねって。
僕にはいいことは一つもないけど、これはどうやらいいことらしい。
ふーん、ってわかったようなふりをしてとりあえず笑った。
でも、わかったふりをしていた僕の目の前に市川七瀬は現れた。
心の内側を全部晒すような、感情が爆発しているんだって全身で叫んでいるようなダンス。
僕は生まれてはじめて心が揺さぶられた。
僕を囲う透明なガラスをぶち破って、音のある世界に連れ出してくれた。
胸が苦しくて、涙が出そうだった。
ああ、僕は待っていたんだ。君に出逢うために生まれてきたんだ。僕の神様、僕だけの神様。
絶対に僕だけのものにする。
僕はうまれたての未熟な感情を抱えながら、早速話しかけた。
そうしたら、ナナは驚いたように口をモゴモゴしながらも返事をしてくれた。
すごく可愛い。
あんな踊り方をしていたとは思えないくらい、控えめで口数が少ないけど瞳の奥は何かを言いたいようにゆらゆらと揺れていた。
そっか、きっといっぱい感情を持ちすぎて言葉が追いつかないんだって思った。
それを伝えたら、なんでわかるんだ?ってすごく嬉しそうに微笑んでくれたから僕は幸せでたまらない気持ちになった。
わかるよ。当たり前だよ、僕のナナなんだから。出逢ってすぐだってなんだって僕はナナのことがわかるよ。会うために生まれてきたから。
ナナの瞳が僕を映すたびに、大好きって言ってくるから思わず何回も大好きって言いそうになったけど、僕のことしか見えなくて、僕なしじゃ生きていけないってなるまでは言わないつもりだったから言葉を飲み込むたびに胸が苦しくなった。
でも、しょうがない。それも生きてるってことだし、しっかりと僕以外はいらないってわかってもらわないと。
ナナはすごくモテた。僕も人気があるけど、ナナはすごく魅力的だから人をホイホイ引き寄せる。
見つけ次第排除してきたけど、二人だけどうすることもできなかった。
ナナと同期の渚と葵。
ナナも友達だって嬉しそうに言っていたし、そのたび可愛いなって思ってたけど、面白くはない。
友達なんていらないし、僕だけをずっと見ていればいいって思ってるけど、ナナにとっては大切な人間らしい。
僕がいない間、ナナを守ってきたみたいだから悪い虫ではないけどナナの世界に僕以外はいらないからすごく邪魔。
葵のことも渚のことも別に興味はない。
でも、あの二人は絶対に嘘をついているってわかる。
葵はたぶん葵って人物を普段から演じているし、渚はよくわからないけど隠していることがある。それに何より気に入らないのは、ナナのことが好きなんだ。
魅力的だから仕方ないけど、邪な心を抱えてナナに接しているのが気に入らない。
まあ、何をしても折れないみたいだったから今は認めている部分はあるけど。
だから、デビューの時メンバー入りしても文句は言わなかった。
それにデビューが決まったときのナナは本当に言葉にならないくらい可愛かったから。
今でもその記憶が鮮明に脳にあって、たまに思い出して抜いてる。だって本当に食べちゃいたいくらい可愛かったから。
デビューの日から5年経った今もナナは、とても可愛い。可愛くて可愛くて、そして時折色っぽい。
徹底的に色事から遠ざけていたから、ちょっとしたイタズラをしても全く気づかなくてタガが外れそうでヤバかったことはいっぱいあった。でも、メンタルは強い方だし誤魔化すのは得意だから大丈夫だけど。
さすがにあの日は僕のメンタルもボロボロになった。
それは、僕がラジオの生放送に行った日。
ナナと恋人ごっこをはじめてから時間を見つけては、一緒にご飯を食べたり、キスしたりしていたけど、その日はそれが仕事のせいでできなかった。
帰ってきたのは夜明けに近い時間。月に一回とはいえこのラジオの仕事は結構キツイ。
シンさんに送ってもらって、ふらふらとしながら歩く。ナナの顔だけでも見ようと、ナナの家の鍵穴に合鍵を差し込む。
ナナは僕が合鍵を持っていることも知らないし、一度寝たら滅多なことでは起きないので僕がこうして毎日のように夜中訪れていることをナナは知らない。
「………?開いてる」
鍵を回したものの、何の引っ掛かりも音もしない。ナナ、鍵かけ忘れたのかな。
心の中で「お邪魔します」と言ってからドアを開ける。見慣れたナナの家にホッとするのもつかの間で、微かな違和感を感じた。
なんだろう、心が妙にざわつく。
そう思いながらゆっくりと足を進めると、何故かソファでナナは寝ていた。
きっちりとパジャマを着て。
……おかしい。
ナナがきっちりパジャマの上のボタンまでとめている
なんで?いつもは必ず一番上のボタンは開けてるのに。
眠るナナの顔を見ながらも、心臓がうるさく警鐘のように鳴る。
…いや、そんなことよりナナを寝室に運んであげないと。
嫌な気持ちを振り払うように首を横に振る。
でも、大抵こういう時の本能的な勘というものは当たるものだということは数秒後に嫌というほど実感した。
「なに、これ…」
ナナの寝室。
毎日のように見ているそこは、いつもとは全く違っていた。
ぐちゃぐちゃに乱れて、何かでドロドロに汚れたシーツ。
僕に見せつけるようにわざとらしく事後だとはっきりわかるような悪意のあるベッドの惨状に、僕は声を失った。
まるでマーキングのようだと思った。
ナナは僕だけのナナなのに。
そう思うと、全身が沸騰するように怒りが湧き上がってくる。
とにかく気分が悪い。
僕は無言でシーツを剥がすと洗濯機にシーツをぶちこむ。ティッシュをゴミ箱に捨て、新しいシーツを取り出してきれいにかけ直してマーキングまがいの痕跡を目の前から消す。
冷える頭でナナの眠るソファに向かう。
さっきまでのあからさまな事後の様子とはまるで違い、きれいに整えられたナナの姿は触れるなと言っているようでギリッと奥歯を噛んだ。
「ん……」
ナナの寝言とも言えない声にハッと我に返り、ナナの顔を見る。
すやすやといつもならば気持ち良さそうな寝息が、今は少し苦しそうだ。うっすらと汗をかいているようにも見える。
「…熱い」
触れた肌が熱い。もしかしたら熱があるのかもしれない。
僕はタオルを用意してしぼると、ナナの額に置いた。
それから手を繋いで床に座るとナナの横で少しだけ眠ったのだった。
それからすっかり外は明るくなったが、ナナは目を覚ます様子もなく、額のタオルをしぼり直して僕は渚の家に向かった。
少し寝て多少は冷静になったものの、僕は苛々していた。こんな顔、ナナには見せられそうもない。
渚の家のインターフォンを鳴らすと、相変わらず派手な私服の渚が現れた。
「すばるくん…なに、珍し…」
「ナギは何もしてないよね?」
「…っ、何もって……あ~、ナナちゃんに何かあった?」
僕は貼り付けた笑顔でその問いには応えず、無言で見つめる。
渚は一瞬怯むような仕草をしただけで、あとは嫌そうにため息をついた。
渚はなんだかんだ頭がいいからそれ以上はツッコまずに「してない」と、小さく答えたので僕は「そう」とだけ簡単に返事をした。
……て、ことは葵か。
僕はスッと目を細めてから、笑顔を作り直して渚を見た。
「僕、本当ならナナとレッスンなんだけどナナの体調悪そうだからナギ、看てあげられない?目が覚めたら予定は気にしなくて良いってことも伝えて欲しいんだけど」
僕がそう言うと、渚は「わかった」とだけ、短く返事をしたので「お願いね」と僕は笑顔で手を振り自宅へ帰ってシャワーを浴びたのだった。
「ナナ、口開けて」
「……っ、あふ」
それから数日。
可愛いナナに僕は簡単にタガが外れそうなりながらも、顔を緩ませて唇を重ねる。
僕が言った通りにナナは無防備に口を開ける。
ゆるっと開いたナナのちいさな口に僕は舌を滑りこませると、ナナはビクッと体を震わせる。その反応が可愛くてたまらなくて、綺麗に並んだ歯をなぞり、上顎を舐めるとナナの甘い声が交じる吐息が唇にかかる。
さらに舌をわざとらしく、じゅるっと音を立てるように絡ませるとビクビクっとナナの体が震えた。
あ~~~~可愛い
未だに続いている恋人ごっこ。
ナナは勉強だって思っているけど、そんなわけない。ナナに意識してもらいたいし、言い訳なく触れられるからやっていることだ。
ナナは僕が好きなくせに、真面目にアイドルをやっているからそれに気づかない。早く気づいてもらって、本当の意味で僕だけのナナにしてしまいたいけど、勉強だと信じ込んでいるナナは可愛いからそれはそれでいい。
本当にナナは馬鹿で可愛い。
最近は、仕事の合間なんかにもトロンとした表情で僕を見つめるから正直その場で押し倒してやろうかと思ったことが何度もあったけど、僕ははじめてナナと契りを交わす時はベッドで甘やし尽くすと決めているし、ナナから好きだときちんと声に出して言ってもらってからと思っているからそんなことはしない。
まあ、今も押し倒したくてたまらないけど。
あの日あったことはとりあえず無かったことにした。
あのマーキング行為は、僕に向けてのメッセージだとわかっている。だから、挑発にはわざと乗らず何も無かったことにした。
きっとその方がそいつにとって嫌なことだろうから。
何度も角度を変えるように口づけてから、唇を離すと唾液が糸のように伸びた。
とろとろになったナナの瞳はとろけきったようにどこかを見ていてうっすらと涙が滲んでいた。口元から伝うように唾液が溢れていたので僕はぺろっと舐めるとナナは恥ずかしそうにしながらもふにゃりと笑った。
あ~~~~~、もう本当に可愛い
それにしても、今日は驚くことばかりだった。
MV撮影の時から様子がいつもとは違うと思っていたけど、ナナがすごく積極的に僕を誘ってくれた。
正直興奮したし、押し倒して体を繋げようかと思ったけど、なんとか素股に留まった僕はすごくえらいと思う。自分で自分を褒めてあげたい。
乱れるナナは本当に可愛くて、その後もナナの素肌をベッドで抱きしめながらキスを繰り返しているわけだけど、それくらいは許して欲しい。
僕は自宅に帰ってからも当たり前だけど、熱が引かずナナのことを想いながら何度も射精した。あんなナナを見たら誰だってそうなると思う。誰にも見せるつもりはないけど。
シャワーを浴びてから、ナナが眠ったであろう時間に再度ナナの家を訪れた。
数時間前まで居た場所だけど、とクスッと笑いながら心の中でお邪魔します、と言う。
しかし、真っ直ぐ向かった寝室にはナナの姿はなく僕は愕然として、ギリッと無意識に奥歯を噛んだ。
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