アイドルはナマモノですか!?

春花菜

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 その日、ファンたちは衝撃を受けていた。


 現場の皆さんも、テレビの前の皆さんも、それはそれはもう『全人類が震撼した!』くらいの勢いで、だ。


 『今日のナナ色気ヤバすぎ』


 『テレビの前でぶっ倒れた』


 『いつもスバルが抜かれるとこなのに、今日はナナだったね!でも今日のカメラワークは神!七瀬で正解!めっちゃ良かった!』


 『七瀬、ついにスバルに抱かれた?(私の中では100万回抱かれてると思ってるけど)』


 『ナナ、フェロモンヤバすぎ』


 『七瀬色っぽすぎ』


 『今日もう超最高だった!!!』


 『尊い』


 『普段から溢れ出る品のいい色気はあったけど、今日の色気は異常』


 『これが七瀬の本気』


 『これが人妻の七瀬』


 ツブヤイタッターでは当然トレンドに入り、非公式応援スレでは砂糖漬けの信者ファンたちがおおいに盛り上がりスレを立ててはすぐに埋まり、伝説が生まれた。



 …と、いうことなど当然知らない俺は疲労困憊でシャワーを浴びるとさっさと寝てしまった。




 翌日、俺とすばるくんは二人で雑誌の撮影、渚は写真集の撮影、葵は大河の撮影というスケジュールだった。
すばるくんは朝から俺のところにやってきて、朝ごはんを準備してくれたり、色々世話をやいてくれた。


 一通り準備をして、借りていた服が乾いていたので畳んで返すと「今度ナナの服とか家に用意しておくね」と、微笑んでキスされた。


 触れるだけのキスだったけど、驚いてしまって口を手で抑えていると、すばるくんはクスッと笑って手をどけてもう一度キスをしてきた。


 「コレは、おはようのキスの分ね」


 「…っ」


 顔を真っ赤にしている俺をよそに、すばるくんは素敵な笑顔を浮かべて今日も絶好調でアイドルだ。
それに比べてきっと俺はアイドルとはほど遠いマヌケな顔をしているに違いない。正直情けない。


 すばるくんはそんな俺を気にすることなく満足そうに俺の頭を撫でてから、そろそろ行こっかと言ったので俺はただ頷くだけの返事をしたのだった。







 それから雑誌の撮影が順調に行われて、ボイストレーニングを行い、すばるくんは月に一度レギュラーで持っているラジオの生放送に向かうために俺とは別れて現場に向かった。


 俺は夜はオフだったので、そのまま帰宅してコンシェルジュに夕飯のルームサービスを頼んでから風呂に入った。
自分たちのような買い物に行けないとか、自炊できない人の為にこういうサービスがあるのはすごく助かる。
もちろんお金はかかるけど、プライバシーとかあってないような生活をしている人間にとって死活問題なのでありがたく利用させてもらっている。


 ピンポーンとインターホンが鳴り、画面を覗くと何故かコンシェルジュさんではなく葵が笑顔で手を振っていた。


 「お疲れ~」


 「お疲れ。葵、撮影じゃなかったのか?」


 「んー、撮影はしたけど夜の分が無くなったから帰ってきた。ナナ、ご飯頼んだだろ?オレもさ、頼んだから一緒に食べようと思って!ほら、コレ」


 葵の手には温かそうな食事があった。どうやらさっき頼んだ料理をついでに持ってきてくれたらしい。
人懐っこい笑顔を浮かべながら、靴を脱いで上がってくる。
黒いキャップを取ると、ツンとした髪が出てきた。大河の撮影の為に染め直した黒髪が、チャイドル時代を思い出して少し懐かしい。


 持ってきてくれた料理を受け取って、皿に盛り付ける。お箸と飲み物を準備していると葵が「つかれたあああ」と、大きな声で言うと椅子にドカッと座り込んだ。


 「やっぱりだいぶ疲れるか?」


 「んー、楽しいけどね!でも朝から晩までずーっと撮影だし、緊張もするし、やっぱり疲れる!てゆーか、スッゲー眠い!!」


 「ここに来ないで寝ればよかっただろ…」


 「一人で食べても美味しくないし!」


 「そうかもしれないが…」


 「ナナはオレに会えて嬉しくない!?」


 「いや、まあ…話す時間もなかったから嬉しいけど…」


 「オレもナナに会えて嬉しいんだからいいんだよ!あんまり寂しいこと言うなよ、へこむから~」


 拗ねるような口調で言う葵はなんだかんだ可愛い。なんというか、犬っぽい。
嬉しそうな顔とか、拗ねたりとか表情がくるくる変わって、尻尾とか耳とか見える気がする。


 「ほら、食べるぞ。食べて、風呂入って、寝ろ」


 「え!一緒に風呂入ってくれんの!?」


 「入らない。もう入った」


 「ははっ、だよな~髪ちょっと濡れてるもん。ちゃんと乾かさないとだめじゃん、ナナ」


 葵の手が伸びてきて髪に触れる。
さっきまでの明るい声から急に少し大人びた声で名前を呼ばれると何故かドキッとした。


 「た、食べるから…あとでちゃんと乾かすし」


 「うん、食べよ食べよ!腹減った!」


 パッと手を離すと、葵はいつものように明るい声でそう言うと、手をあわせていただきまーす!と楽しげに言った。


 いつも通りの葵の様子にホッとすると、俺も手をあわせてから食事を口に運んだ。



 二人で夕飯を食べて、葵が今にもゴロゴロしそうだったので風呂に追いやった。
泊まるつもりだったのか、何故か着替えをちゃっかり持参していたことには少し笑ったが、そういうことをしても憎めない愛嬌があるのでなんだかんだ許してしまう。


 食器を洗ったりして片付けをしていると、ドライヤーの音が聞こえてきたので葵が風呂から出てきたのだろう。
俺は皿を乾燥機にかけると、歯を磨きに洗面台に向かった。


 「おっ、ナナありがとな~風呂借りた」


 ホカホカと湯だった姿で葵が言うので「気にしなくていい」と声をかけると、ニッと葵は笑ってリビングに行った。
少し蒸気でむあっとするな、と思いながら洗面台に向かって歯を磨いた。


 歯を磨き、リビングに戻ると葵はソファに座って本を読んでいた。
あまり葵が読書をするというイメージは正直ないので、台本でも読んでいるのかと思ったが…違った。
薄さは台本って言っても遜色なさそうだけど、表紙は肌色多めの男子が二人…あ!!それ、シンさんに押し付けられた本!!!!


 「あお、葵…っ、何読んで…」


 「いや~、やっぱスッゲーエロいよね、この本!!!」


 嬉しそうな顔で興奮気味にいう葵。ちょっと引く。


 「それ欲しいなら持っていけよ…」


 「えー?ナナ読むんだろ?」


 「読まな…っ」


 ニヤニヤしながら言う葵に、からかわれていることはわかっているけど免疫がない俺はどうしても顔が熱くなる。


 「ほら!これなんてさーオレとナナの話!おねだりして押して押して押したらナナが許してくれるんだってー」


 「ゆ、許す…?」


 「うん、体を~」


 「体を?」


 「うん、そう。こんな風に」


 「うわあ!?」


 いつの間にか間合いを詰められていた葵にグッと腕を掴まれてソファに押し倒される。
馬乗りのような形で葵にのしかかられて、肩を押さえつけられると身動きがとれない。


 「わ、わかったから!わかったからどけッ」


 「何するかわかったんだ?」


 「何って…ちょ!ばか!どこ触って…」


 「どこって乳首?男でも気持ち良いんだって~」


 「はあ!?からかうのもいい加減に…っ」


 葵は楽しげに微笑みながら、スルスルと平たい胸で遊ぶかのように触れる。
飾りのようについた尖りに触れられたところでくすぐったいだけだ。と、いうよりも恥ずかしいから辞めてほしい。


 「ねえ、ナナ~気持ちいい?」


 「…くすぐったい」


 「んー、そっか!」


 そういうと服から手を出して、触れるのを辞めた…が、体を退ける気配がない。


 「葵、もういいだろ。退けろ」


 「んー、ナナさ~」


 「何?」


 「えっちなことしていい?」


 「はあ!?」


 一瞬何を言われてるのか理解出来ずに目を見開いた。えっちなことって言ったか?葵が、俺に???


 「なんで?」


 「んー、だって乳首気持ちよくなかったんだろ?」


 「そう、だけど」


 それがなんでそんな話になるんだ?意味がわからない。


 「女の子もそうかもしれないだろー?オレって童貞だし、触ったことないし、それが気持ちいいって知識しかないわけだろ?って、ことはそれも嘘かもしれないじゃん?」


 「ま、まあそうかも…」


 俺も知らない。童貞だし。


 「知りたいんだよ、オレ。もう大人なのに恋愛も恋人も触れ合いもセックスも知らないわけでさ~知識が違うこともなんか嫌だし!これって役者するには不利だと思う!」


 「え?あ、うん…そうか、も?」


 確かに知識と現実が違うことも、経験がないことも役者としては不利だと言われたらそうなのかもしれない。俺もすばるくんに恋人ってものを教えてもらって、なんか仕事がワンランク上がった気もするし。


 「だろ?だから、ナナ。オレとえっちなことしよう」


 「なんでそうなるんだ!」


 「じゃあ、風俗行ってくる。ナナが協力してくれないなら風俗行く。アイドルが風俗ってまずいかもしれないけど、ファンに手を出すわけにいかないし、恋人も作れないし、しょうがないだろ」


 「ふ…!!?本気か!?」


 「本気」


 「うっ…」


 真剣な顔で真っ直ぐ見つめられて言われると、葵が本気なことがわかる。
わかるけど、それはまずい。風俗に通う葵を世間が知ったら面白おかしくネタにされるだろう。
仕事に影響もたぶん出るし、なにより色々と努力家の葵がこんなことで笑われたり、世間に指さされたりするのは非常に嫌だ。


 「…でも、俺としたって俺、女の子じゃない。男だけど」


 「それは知ってる。でもナナにしかこんな恥ずかしいこと頼めないし、ナナになら勃ちそうだし」


 「勃ち…っ、ばか。そういうこと言うな」


 「でも、大事なことだろ?嫌々したってエロい気分にならないし、たぶんそれだと気持ちよくないと思うし…ナナはさ、気持ち悪い?オレ、触ったらだめ?」


 馬乗りでそんな必死な顔されても普通は嫌だろうが、俺は割りと昔から葵に弱い。
それに、自分も知らないことは不安になるし、過剰なスキンシップを葵にされたとしても、吐きそうなほど嫌とか思ったことは一度もない。


 それで葵のためになるなら、一度くらい犬に噛まれたと思えばいいのか…?



 「…俺としたら、風俗行くとかもう言わないか?」


 「うん!もちろん!!いいのか?触っても!」


 とてもキラキラした瞳で期待されると、ノーとは言えなくなる。まあ、そのキラキラとした眩しい笑顔で下世話なことお願いされてるんだけど。


 「約束するなら、いい」


 「ナナ…!!ありがとう!めっちゃくちゃ嬉しい!!約束する!約束するから!」


 今こそおっきな尻尾がぶんぶんと嬉しそうに振っているような幻が見える。
俺はそんな様子がつい微笑まして笑ってしまった。


 「…オレ、恋人の演技しよっか?」


 葵は明るかった声のトーンが低くて甘い声に変わって思わずドキッとしてしまう。
顔が近づいて、そのまま唇が触れそうになるのを俺は手で止めた。


 「恋人は、だめ」


 「…なんで?」


 「恋人の演技はしなくていい。キスもだめ」


 すばるくんと恋人の勉強をしているんだから、恋人の演技はだめだ。葵が気を遣ってくれたのはわかるけど、やっぱりそれはいけない気がする。


 「、ね。ふーん…わかった。じゃあ変えよう。少し酷くなるかもしれないけど後悔するなよ」


 そう言った葵の瞳はいつもとは正反対の仄暗い、冷たい瞳をしていて背筋がゾクッとした。
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