アイドルはナマモノですか!?

春花菜

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 すばるくんに服を貸してもらったものの、さすがにそのままスタジオに行くわけには行かないので、準備をするために予定よりも早く自分の部屋に帰ることにした。


 すばるくんの家の玄関を出て、自分の家に向かうと、前から渚が歩いてきて、俺を見つけるなり大きく手を振った。


 いつもは派手派手な私服を着ている渚だが、今日は別の仕事にも行っていたこともあり、いつもより控えめで、可愛い渚に似合っている。
そんな渚が笑うと、ぶっちゃけ天使だ。
見た目は本当にアイドルを具現化したような子だと本当に思う。


 アイドルの素質がない俺には、本当に羨ましいくらいの天使っぷりだ。見た目は。


 「ナナちゃーん!今、オレね、ナナちゃんのところに行こうと思ってたとこ!」


 パタパタと俺のところに走ってくると、愛らしい顔でニコっと笑う。


 「そうだったのか、俺は今から現場に行く準備をしようと思って」


 俺はそう言いながら、鍵をガチャリと回してドアを開けた。渚は当たり前のように「おじゃましまーす」と、入ってきて、俺も別に気にすることなくドアをくぐった。


 クローゼットの方に行こうとしたところを手で止められて「ナナちゃんの服、オレが選ぶから!選びたい!いいよね?」と、勢いよく言われてたので、どうぞどうぞと、いう気持ちで頷いた。


 「何にしよっかなー」と、ルンルン気分でクローゼットに渚が向かったので、俺は洗面台で歯を磨くことにした。


 シャカシャカしていると、これにしよっかなーとか、こっちにしよ!とか、楽しそうな渚の声が聞こえてきてほっこりとした。


 口をゆすいでから、顔も一応洗ってから戻ると、渚が選んだ服を持って待っていた。


 「はい、これ。今日の服!」


 「ああ、ありがとう」


 可愛いキラキラまぶしいほどの笑顔の渚の頭をポンポンとしてから、服を脱ぐ。
ちゃんと洗って返そうと思いながら、パンツ一丁になってからふと、パンツも返した方がいいのかなあと思った。


 いや、だって服ならまだしも、他人がはいたパンツってきっと嫌だよなあ。
俺には『コレ、買ったけど履いてない新しいパンツだから履いて』と、すばるくんは袋に封をしたものを貸してくれたからありがたく履いたけど。
やっぱり、新しく買って返す方がいいよな…うん、今度買おう。



 とか、色々考えていたら渚が食い入るように何故か俺のパンツ姿を見ていた。


 「な、なんだ?」


 「うーん?あ、えっと…服はすばるくんに借りたのかなーって思ってたけど、もしかして、パンツまで借りたのかなーなんて」


 「ああ、借りた」


 「ぶふっ!マジか!え、なんで?なんで?」


 「えっ、あ…振り入れしてて汗かいたから…」


 嘘は言ってない。汗はかいた。
ただ、原因は他にあるから100%の話ではない。


 「自分の家がすぐそこなのにパンツまでね~~~へぇ、ふーん。よっぽど汗かいちゃったんだ~?」


 ニヤニヤとする渚の視線が痛い。
やめろ!そんな目で見るな!いたたまれないだろ!?


 「そ、そうだ…いいだろ、別に。すばるくんがお風呂貸してくれたんだから」


 「すばるくんがお風呂をねえ…まあ、ナナにはいつも甘いし、納得はできるけど、へぇ~ふーん、そっかそっか~」


 なんだよ、意味深な雰囲気出しやがって!言えるわけないだろ!?アレでああなって、汚して、風呂借りて、服借りたなんて!!そんな目で見るな!バレてるみたいで心臓に悪いから!!!


 「…履き替えてくる」


 「うん、いってらっしゃい~」


 さすがにパンツを目の前で脱ぐわけにも行かず、脱衣場で脱いで素早く自分のパンツに履き替える。
てか、よくコーディネートしてくれるからって俺の服事情、把握しすぎだろ…



 「あ、そうだ」


 「?どうしたの、ナナちゃん」


 「今度、パンツ買うんだけど選ぶときに意見聞かせてくれ」


 「ぶふっ!はー、それってすばるくんに買うの?」


 「ああ、さすがに履いたパンツ返せないから」


 「……………………すばるくんなら喜んで使用済み受け取りそうだけど


 「?何か言ったか??」


 「ううん!全然いいよ!!せっかくだから喜んでもらえるやつにしよう!ネットでシンさんの名前で注文しちゃおう!」


 「まあ、ネットの方がいいか…俺たちがパンツ買ってたなんて週刊誌に書かれるのも嫌だしな」


 「そうだね!!すばナナ民に恨まれそうだしね!!」


 「?」


 「ごめん!こっちの話!!!」


 楽しそうな渚をよそに、俺は選んでもらった服にいそいそと着替えた。


 「あ、うん。思った通りいいね!ねえ、またオフに買い物行くからナナちゃんの服買ってきていい?」


 「ああ、むしろ頼む。でも、派手なのはやめろよ」


 「もちろんナナちゃんに似合う服だからね!そんな派手な服にはしないよ!わーい、楽しみだなあっ!ナナちゃん本当に美人さんだから着せるの楽しいんだよねー」


 「美人って…それはないだろ」


 「ん?あー、うんうん。間違った!イケメンだから!あ~、次のオフ楽しみ~!あっ、ナナちゃん髪といてあげる!」


 「…わかった」


 腑に落ちない気がしたが、俺は大人しく渚の言われるままに髪をとかしてもらって準備をした。
その後、二人でミーティングルームに向かって、全員(葵は現地集合だが)そろって、今日はみなみさんの運転する車でスタジオに向かった。


 ちなみに、南さんもマネージャーさんでシンさんがいない時なんかにサポートしてくれる愛妻家の優しいお兄さんだ。


 楽屋で葵とシンさんに合流すると、南さんは帰ってしまった。
普段は事務所仕事なので、今日はそのまま直帰して家族サービスするらしい。
家族でテレビで観るよ!と、嬉しい応援をもらったので、気合を入れてリハをした。


 今日の歌う曲は『迷宮kiss』という曲で、恋って迷子だよね、迷っても迷っても僕と恋に落ちて腕の中においで仔猫ちゃん、そしてキスしようぜ!的な、アイドルらしい恋の歌なのだ。


 ツアーアルバムの表題曲でもあるこの曲は、ツアー中に必ず歌っていたので、リハもスムーズで、問題なく進んだ。
ちなみにこのアルバムのテーマは不思議の国のアリスだったので、衣装もテーマにそってデザインされている。


 この曲の衣装は、白を基調にした王子さまとファンタジーの軍服の間のような服だ。
俺は割とカッチリとしたジャケットのような服で、下には白のYシャツを着て、黒のネクタイをしている。肩には黒のベルトのような装飾がついて、斜めに黒のチュールがついている。ちなみに袖のカフスは金だ。手袋は白ではなく、黒革。靴も黒革。
片腕と片足に黒と赤のダイヤの模様が並んでいて、それは全員おそろいで入ってる。


 でも、服のデザインは皆バラバラで、すばるくんは足元まである長い丈で、腰にベルトがついているようなデザインだし、渚はネクタイじゃなくて首元に赤いリボンで、膝丈の短いズボンだし、葵はジャケット長さはすばるくんみたいに長いけど、袖がなくて、襟が立っててワイルドだ。


 衣装さんのデザインは、本当に一人一人のメンバーの魅力を引き出してくれようってすごく考えてくれてて感謝しかない。
俺はひっくり返ったところでこんな衣装は絶対に思いつけないから本当にすごい仕事だと思う。


 そして、今日の番組『歌ステ』本番がはじまる夜の8時。
生放送、一発勝負という緊張感の中、今日一緒に出演するアーティストたちと順番に入場する。


 俺たちが入場すると、ファンの子たちがキャーっ、と黄色い声援をくれて手を振ってくれている。


 ありがとうという気持ちを込めて手を振ると一層悲鳴に近いくらいの声援が帰ってきた。
ファンクラブの番組観覧募集できてくれたんだなぁ、そう思うと、いつもながらありがたい。
ファンの子たちが応援してくれるだけでアウェイが一気にホームになるような気がするし、すごくテンションが上がる。
いいステージにしたいな、と拳をぎゅっと握って気合いを入れ直した。


 出番がやってきてステージに上がると、美術さんたちが俺たちの為だけに作ってくれた世界が広がって、感動と感謝が胸いっぱいに広がる。
立ち位置にスタンバイして待っていると、イントロが流れ、合わせて動いていく。
マイクで声を歌にのせる、ダンスする。
四人で息を合わせてパフォーマンスする。


 キラキラ光る照明を眩しいほどに浴びながら、ここにいる子たち、ここにはいないけど楽しみに見てくれてる子たちに届くように、感情を爆発させながら、曲の中に自分を重ねていく。


 この瞬間が好きだ。
たまらなく好きだ。


 ライブほどの宇宙はないけど、でもこうしてステージで歌って踊るこの時間が本当に好きだ。


 ふと、前を向いた時に、後ろを向いたすばるくんと目が合うとすばるくんはいたずらに微笑んで、マイクを持った手の指を一瞬唇に当てて、声には出さず口を動かした。


 『キス』


 と、動いたような気がして思わずマイクを落としそうになった。
昼間のことを思い出して、体が熱くなる。


 集中、集中、集中!!!!!


 なんとか、振りも歌詞も間違えずに曲が進んでいく。
すばるくんはいたずらはしないはず。
いつも本番中はフォローしてくれたり、サポートしてくれたりしてくれてる。
じゃあ、今の意図は?


 あ、そっか。
これは『迷宮kiss』なんだ。


 思い出さないんじゃなくて、思い出せ。
恥ずかしがらずにさらけ出せ。
せっかくすばるくんが勉強させてくれたことを無駄にしないんだ。


 甘く痺れるような気持ちよさ、溺れるほどの甘い時間。



 「君とkissを」


 呼ぶような指先にチュッと口づけるようにしてポーズを決めて、曲が終わった。


 きゃあああぁあああああ…!!!


 と、熱烈な黄色い声が会場に響き渡る。
息を整えながら一礼して、手を振ると自然と笑みがこぼれる。
満足できるパフォーマンスができた。
その証拠にファンの子たちも熱狂的に声援を送って見送ってくれている。


 良かった、と思いながらステージを後にした。
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