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ベテルギウス編 〜師匠〜

姉妹バレ

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 放課後、ニーナやラウラウに付き合ってもらってグラウンドで特訓中。
 鍛える目的はB級昇格を目指すため。Bクラスに昇格できれば捕らえている魔王と関係する者との面談を許可してもらえる。
 元に戻るための手掛かりだ。強くなって昇級を目指すしかない。


「はあっ、はあっ……!」


 息が苦しい。
 ヨタヨタになりながら、ラウラウがストップウォッチを持って待っているところまで走る。彼女の目の前を通過したところで疲労から倒れてしまう。


「はあはあ……うえ、今朝のカレー吐きそう」

「はい」

「サンキュー……」


 ニーナからスポーツドリンクを受け取って一気にあおる。
 こちらに来るラウラウに視線を送ると、彼女はウォッチを確認しながら頷いた。


「うん、一応測ったタイム。予想を大きく下回ってるけど……でも頑張ったじゃない、9周も走れた」

「前の三倍程度か……げほ」

「このグラウンドは中学部の子らも使うように設計してあるからアホみたいに広いんだし、一周だけでもそれなりの距離よ」


 ニーナに手伝ってもらってなんとか体を起き上がらせて座る。


「ほら、上着。やっぱり汗で透けてるから」


 ラウラウからは用意してもらっていたジャージのジャケットを羽織らせてもらう。


「2人とも、ありがとう……」

「とりあえずいつものところで休も」


 いつものところと言うと、レッサーベアーと何度も話す場所となっている景色のいい休憩場だ。
 一旦その場で落ち着くまで待ってもらってから、2人と向かう。


「ラウラウはいいの? 私に付き合ってもらって」

「武器が壊れてるしねー」

「あ、私が壊したから……」

「別に気にしなくて良いわよ。もう古都の武器屋に頼んで新しいの作ってもらってるし」


 雑談しながら向かうと、すでに先客がいた。全員見知った顔だ。

 銀髪の女の子、レッサーベアーは制服姿で、イヤホンをして通信機器『フラン』を弄っている。音楽でも聴いているのだろうか。

 金髪の元ルームメイト、ロザリアは少しやつれた顔でテーブルに置いたドーナツを手に取り、頬張っていた。

 別の国から来た黒髪で褐色の女の子、ボディアは本を読みながら、何個もドーナツを頬張ろうとするロザリアの手を止めていた。

 そして後2人。学生制服を着た女の子。
 銀髪のライトニング姐さんと、金髪のフライヤーは傷だらけで絆創膏だらけの自分の身体を眺めて、ため息をついていた。
 2人の制服姿は新鮮だな。


「……ん? 傷だらけ?」


 姐さんとフライヤーは顔や頭の方にも絆創膏や包帯なんかを巻いていて、沢山怪我をしていた。
 その事に疑問を持つ。なぜあんなに傷ついているんだろうと。
 疑問に思っていると、ボディアからドーナツを取り返そうと手を伸ばしていたロザリアがこちらに気づいた。


「あ! ソニア! もう元気なの?」


 ロザリアの声に他のみんなも気づく。レッサーベアーもイヤホンを外してこちらに意識を向けた。


「あら、もう動けるのね……まあ元気ではなさそうだけど」

「走ってたの見えてたわ。こっちおいで」


 ボディアに誘われてニーナと共にボディアの隣へ座ろうとした……が、姐さんに首根っこを掴まれて姐さんの隣に座らされる。
 そして肩に腕を回され彼女の方に体を引き寄せられ、密着し、そのまま額に優しいキスを落とされた。


「ソニア~、聞いてよ~、どうなってんのよこの世代は~……あのバジルってやつ強すぎだっつの~」

「ちょ、ちょっと」


 さらには頰にもキスされる。
 慰めて欲しそうなのはわかったけど、でも人前なんだよな。
 周りを見ればレッサーベアーが目をまんまるにして驚いているし、ニーナとフライヤーはジト目で睨んでいるし、他のみんなだって驚いてから何が何だかわからないと言った風に居た堪れなくなってる。


「と、というかなんでそんな弱々しいの」

「負けたんだよ~」

「負けた……って」


 姐さんが?
 今朝のホームルーム時点では、BクラスからCクラスに降格した2人が紹介された。その2人は最初Cクラスで途中入学するはずだった姐さんとフライヤーが倒して昇格した結果だった。
 でも……そうだ、さっき見た時も疑問に思ったけどなんで傷だらけなんだ?
 もしかして戦った降格した2人がそれだけ強かったって事か?でもそれなら負けたなんて言わないか。


「ど、どう言う事なの? フライヤー」

「そのままの意味。私たちはB級に上がった後、すぐにA級に挑もうと考えたのよ。けど……B級最強と言われてる相手に負けたの。2人とも惨敗したわ」

「B級最強?」

「バジル・グリーンゴッデス君のことだよ」


 ロザリアが説明する。


「彼は南の大陸から来た留学生で、実力もかなりあってね」

「そ、そうなのか。海外の強者……」

「南の大陸から来たのは彼だけじゃない。A級にも2人いて、どちらも五芒星の次くらいに強いレベル」


 五芒星の次。
 確かそのうちのリキュアと、シルビアって女の子が学園を襲ったガンマンズをやっつけたんだっけ。それだけ強い五芒星の次に強い種族と同じバジルって奴がB級最強なのか。


「私もその戦いを見たけど、ライトニングさんとフライヤーさんはBクラスの中でも上の方の実力者……それでもバジル君もそうだし、多分あと4人くらい上の人間がいるわ」


 レッサーベアーがイヤホンをスカートのポケットにしまいながらそう言った。
 それを聞いて姐さんの俺を抱きしめる力が強くなり、ギリギリと歯軋りの音が聞こえた。


「それも納得できないわ……ぐぬぬ、これでも軍学校で“天才”って言われて飛び級で卒業して、階級だってもらったってのに」

「その4人ってのはあのクラスの中にいるんですよね、ブロッサムさん」


 フライヤーも納得できないと言った感じでそう聞いた。


「ん……あ、いや。1人退学してるわね」

「退学? それって」


 俺はそれが誰だか予想がついた。


「ギブソン君。彼にも多分勝てない」

「そんなに強いの? 退学してるのに?」

「ええ、彼はB級の中でも強い方だったし、実際に戦ったソニアならわかるんじゃない?」

「……まあ、姐さんより強いって断言できるほどアイツの実力を知ってるわけじゃないけど、でも私よりずっとずっと強いってのはわかるよ」


 あの日、あの時。
 ギブソンとの戦いで、俺は大した決定打を与えられていない。それどころかギブソンは戦いの前にAクラスの人間や、教師達と戦ってきた後で傷だらけだった。それにアイツが朝倉颯太と戦った時に出した真紅のオーラも俺の時には出していなかった。
 はるか上の実力者、そう言われても文句なんて付けようがない。


「今ギブソン君何してるんだろうね~」

「どこに行ったのかわからないけど。あ、そういえば彼がソニアとの戦い前に挑んだAクラスの相手って言うのも、南の大陸からの留学生だったって話よ」


 ロザリアとボディアが彼を思い出しながらそんな風に話している。ボディアの隣に座るニーナは———俺のことを凝視していた。


「え? ど、どうしたニーナ」

「いや……今、聞き間違いじゃなかったら、姐さんって言ってなかった?」

「……言ってた」


 レッサーベアーもむすっ、として怪しむような目つきで俺と姐さんを見ている。
 そういえば言ってなかったな、兄弟の契りでライトニング姐さんやオシリン、オシラーゼと義理兄弟になったこと。
 どう説明しようかと考えた俺とは違い、姐さんはなんでもないように話し出す。


「そりゃ私はソニアの姉だし」

「はあ?」

「“兄弟”の契りを交わしたのよ。だからこの2人と、あと駐屯基地にいる2人ほどが義理の兄弟になったの」


 フライヤーが面倒くさそうに説明してくれた。


「待て、義理じゃない。同じ血を持つ正真正銘の……」

「そう思いたいだけでしょ?」

「事実だ。私とソニアは血を分けた姉妹だ」

「「“姉妹”……?」」


 ニーナとレッサーベアーが同時にそう言った。
 ニーナは疑り深くこちらを見ていて、レッサーベアーはというとショックを受けて放心状態だった。


「本気なの?」

「えっと……」


 ニーナの方は俺の中身が男だと知っているから、女同士の兄弟という意味の姉妹という関係を受け入れている事に疑いを持っている。

 そしてレッサーベアーの方は……。


「さ、先を越された……こ、こんなにも早く……そんな、そんな……」


 とんでもなくショックを受けているようで、一度勢いよく立ち上がったかと思いきや、ゆっくりと腰を下ろしてもう一度座り直した。


「れ、レッサーベアー、そのね?」

「はうっ、ふうっ……だ、大丈夫」


 緊張からか息を大きく吐き出したりして、呼吸が安定していない。


「大丈夫、そう、大丈夫なのよ」

「ほ、ほんとに?」

「調子悪いなら保健室に連れて行くわよ」


 ボディアが立ち上がって彼女の肩に手を置き、心配している。


「……うん……そ、ソニアが、そう認めたなら……すぅー……ふぅー……」


 一度深呼吸して、そして一転してしっかりとした意志を持って俺を見る。


「ソニアが姉と認めたのなら、それごと受け入れてあなたと恋愛をする」

「え……」

「好きって気持ちに嘘はつけない。だから全部受け入れた上で……ぐううう!」


 言葉の途中でたまらず頭を抱えて机に突っ伏してしまった。
 声をかけようとしたところで、彼女のそばにいるボディアが手を向けて俺を制止させた。


「待って、ソニアはまだ。レッサーベアーの心が落ち着いてからね」


 ボディアは突っ伏したレッサーベアーの背中を撫でながら、ロザリアにアイコンタクトして彼女もそばに来させる。
 お、俺はまだ話しかけられないか。でもここまで好いてくれる人がいるなんてな……。


「ど、どうしよう姐さん」

「……私とソニアは家族って意味の姉妹だから、もし本気で……いえ『もし』ではないわね。私の妹を本気で好きでいてくれてありがとう」


 俺から一度体を話し、真面目な表情で姐さんはレッサーベアーにそう言葉を伝えた。
 それにレッサーベアーは顔を上げて一瞥した後に、しかし悔しい気持ちが勝ったのか、手元に両手で持てるサイズの淡い桃色の水晶をコアで作り出すと、それをガリガリと噛み始めた。


「むぐぐ……ふぬぐぐぐ……」

「……ところで一ついいかしら」


 ラウラウが、ライトニングに目を向ける。


「その“兄弟”の契りって言うのはなに?」

「何って……2人が右手に傷をつけて血を出し、それを握手でくっつけて互いの血を交わらせるって言う……」

「なにそれ、聞いたことないんだけど」

「そりゃそうだ。遠い地方の儀式で、私も知ったのはそう言うものが必要になったから調べただけで普通の人は知れないだろうな」

「必要になった?」


 兄弟の契りが必要になる状況になったって事か?
 どう言うことだ?
 俺が聞くと姐さんは横目で見てきて、何でもないように答える。


「父親と弟が母親に殺されて、その母親もどっかに逃げて、家族が壊れたからな」

「え……」

「その後軍の方に拾われて、オシリンとオシラーゼと出会ってそこで前もって出産や結婚以外の家族を作る方法を調べてた私はアイツらと“兄弟”の契りを交わしたってわけ」


 そういえば逃げた母親は最近商都の方で新しい男を作ってるとか、そんなこと聞いたなーと世間話をするように姐さんは続けた。


「ね、姐さん……」

「ん?」


 姐さんは俺の顔を不思議そうに見て、そして周りを見ると前から知っていたであろうフライヤー以外が自分のことを心配そうに見ている事に気づいた。


「あ! あはは! いやいや気にすんなって! 別に今はもう新しい家族を作って、私を捨てた母親なんかももう忘れてるし……」

「姐さん!」

「お、おう? ソニア?」


 思わず大きな声が出てしまう。彼女の腕を掴んで、引き寄せてこちらを向かせる。


「俺は姐さんの母親にはなれない」

「え?」

「でも姐さんのことを愛することはできる」

「え! あはは、なんだそれ! 恥ずかしいな」

「恥ずかしくない! 人を愛することは恥忍ぶもんじゃない! だから……だから、姐さんの事をもっと知りたい……例えば姐さんがどれだけ失った家族を想っているのかとか」


 姐さんの顔がイラついた風に変わる。


「なにさ、さっきから。なんなの?」

「それが知りたいんだよ! 仕方ないだろ! アンタが始めにやったんだ!」

「は?」

「アンタが俺が苦しむところを見て家族になろうと決めたんだ! だったら俺だって、アンタと家族になるために必死になったっていいはずだ! アンタの苦しみを……取り消すことはできないけどっ……緩和することは少なくともできるはず!」

「……と、取り消す? 私はもう忘れたって何度も言ってるじゃん。それにほら、みんな見てるし」

「じゃあみんながいない所なら正直に話すのか?」

「……はあ? ……いやアンタが何聞きたいのか知んないし……もしかして私の事情を聞いて同情して」

「同情して何が悪い!」


 勝手に涙が出る。


「目の前で俺を想ってくれた人が泣いてんだ! こっちも同じ気持ちになって何が悪いんだよ!」

「……アンタに私の何がわかるの」

「それを知るための質問だ!」

「私のプライドは」

「先にプライド傷つけられたのはこっちだ! 今もズキズキ痛んでる! アンタが……アンタが隠そうとしてる気持ちが、俺には、必要なんだよ……必要なのに言わねーからこうやって咽び泣いて懇願してんじゃねーか!」

「私の中でもう完結してるって言ってるだろーが!! もう終わったことなんだよ! それを掘り返さないでって言ってるんじゃないの!」

「じゃあ何で俺を求めた? 何でオシリンやオシラーゼと家族になった! 家族が欲しかったからだろ? でも俺は姐さんの元の家族を再現はできない、でも、姐さんが寂しいって想ってるならそれを———」

「寂しいなんて想ってるわけ———」


 言い争う俺らの顔と顔の間に、紫色に輝く剣が差し込まれた。それに思わず口を閉ざす。


「はい、そこまで」


 見ればロミロミがいつのまにかいて、剣で俺らの言い争いを止めた。


「周りを見てごらん」


 ロミロミが涼しい顔でそう言った。
 姐さんと2人で周りを見ると、みんな居た堪れないと言った複雑な表情だった。それでもみんな優しいから俺らを止めようとしていて、ニーナとフライヤーはどうしようもなく放心して固まっていた。


「あ」

「通りかかっただけだから話の流れはわからない。でも、多分ソニア。あなたがやり過ぎ。というか言い過ぎ。もっとライトニングさんの気持ちを汲み取って慎重に言わないと傷つけるだけよ」

「………」


 冷静になって考えてみると、ロミロミの言う通り俺はずっと泣いて喚いて姐さんに自分の意見をぶつかるばかりだった。


「姐さん、ごめんなさい」

「………」

「ライトニングさんも……まあ今すぐにとは言わないけど、でもソニアの気持ちもわかるんでしょ? ソニアの自分を想う気持ちがわかるからこそ、その優しさに身を委ねられなくて、怖くて、本当の気持ちを曝け出せない」

「……随分と言ってくれるわね」

「じゃあ2人とも最後の一言で終わらせなさい。今回の言い合いで、言いたかったこと全てを詰め込んだ一言で」


 ロミロミの提案に、俺は思案する。
 冷静になった今なら何が言いたかったのか伝えられるかも知れない。
 俺は何が言いたかったんだ?
 それは、姐さんの事を思っての事じゃない。自分のことを考えての事だ。これから先姐さんとどう付き合って行くかの瀬戸際だった。だからこそ姐さんが求める家族像が知りたかった。
 ……でも、姐さんの中で別の新しい家族を作りたかったのかな。
 それでも姐さんが寂しいと思ってることはわかってて、それを慰められるのは多分本当の家族たちだと思ったから、泣き喚いて聞いていた。
 だとしたら俺は……彼女に何を言えばいい?


「……姐さん」

「……なに?」


 考えがハッキリとまとまらないけど、伝えたい事を言うことにした。


「俺は姐さんの妹だ」

「……私も、自分で決めた姉なのね。完結した物語の続きを始めたのは私自身」


 歯を食いしばって、ずっと見せなかった涙が彼女の頰を伝って、握りしめた拳に落ちる。


「私はあなたが妹がいい」

「……へっ、へへっ、なんだそれ」

「そう思ったの!」

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