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Bクラス争奪戦 第一章 開幕
『技』か『心』か、それとも『体』か
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(ハートのストロー……マジかよ)
レッサーベアーが持ってきたのはカップルが使うような、2人用のストロー。真ん中がハートの形に曲がっている。
それを隣に座るニーナと一緒に使うことに。
「……や、やるの? ほんとに?」
「別に一緒に使う必要ないでしょ? 順番に使えばいいじゃない」
「あ、なるほど」
これを出された時、てっきり一緒に使うものかと思い込んでいたが、そうだよな。別々に順番に使えばいいんだ。
「先にどうぞ。私はあなたの飲んだから」
「うん」
お言葉に甘えてストローを咥える。中身がスポーツドリンクなのが微妙な感じだが。
「なんてね」
(え?)
俺が使っていると、反対側をニーナが咥えた。ハートのストローの中をスポドリが、両側の出口から出ていく。
目の前にはニーナの口を窄めた顔が。
「な、何してんだよ!」
「いやー、あなたの反応面白くて」
「わかるわ~、強気になろうとして、でもなんだか女の子に耐性ない感じで私が近づくだけでも照れちゃうのが可愛いわよね~」
「れ、レッサーベアーは黙ってて! 持ってきてくれた相手に言うのも悪いと思うけど!」
口元を曲げてニヤニヤと笑うニーナと、向かい側の席でニマニマと微笑ましくこちらを眺めてくるレッサーベアーに挟まれて居た堪れなくなる。
と、そこでレッサーベアーの隣に座るラウラウがその微妙な空気をぶった斬って話し始めた。
「でさ、レッサーベアー。アンタにアタシ、話があるんだけど」
「断っておくけど私は雑食でも、誰でもいいと言う訳でもないの。心でこの人と一緒にいたいと思った相手だけ。だからラウラウは確かに可愛いけど、私は今ソニアに夢中だから、また別の機会に……」
「そうじゃないわよ……でもソレよ」
「はい?」
「心。アンタ、確かシグナルインパルス先生の弟子だったわよね」
「師匠のお話がしたいの?」
レッサーベアーの師匠と言うと、深力の授業の先生だ。こないだ授業中に騒がしくした事を謝りに行ったら、彼女は優しく対応してくれて許してくださった。とても優しい先生だ。
ちなみに本名はハイヒルダ・シグナルインパルス。中にはハイヒール先生と呼んでいる生徒もいるのだとか。
「そうよ。まあ、あの先生をどうこう言うつもりはないわ。ただ疑問があるの。先生と、それを信じるアンタ達の“信念”に。文字の意味通り“信念”に疑問がある」
「……ふぅん」
俺には何言ってるのかさっぱりだったが、レッサーベアーの方は察したようだ。スウッと目を細めて真面目な顔つきに変わる。
ガチャ、とラウラウは背負っていた特殊な剣を持って、自身の前に出した。何かするのかと思って身を乗り出しかけたが、向かい側のレッサーベアーが机に乗せた手を上げて俺を止めた。
ラウラウを見ると攻撃するつもりはないようだ。自分を落ち着かせて成り行きを見守る事にする。
ラウラウは続けた。
「ここまで言えばある程度、私が何を言いたいのかわかるでしょ?」
「深力のお話ね。そう言えばあなたはコンベア町の……」
「古い町の考え方が染み付いている、そう言いたいの?」
「喧嘩するつもりはないけど」
「いいえ、その通りよ」
ラウラウは自身の特殊な剣の、中央にある持ち手を持って念じ始めた。すると、円の外側についている二つの剣が、触ってないのに動き出した。円に沿って外周を回り始める。
「えっ! ど、どうなってんだそれ、手品?」
「アタシの剣はコアを流し込む事によって外についた剣を動かすことのできるもの。とっても苦労して操れるように訓練したわ。名前は『レローエスパーダ』、言い換えれば『時計剣』。みたまんまね」
「あら奇遇ね」
レッサーベアーも手に剣を出した。前に見せてもらったものだ。
彼女の剣はコアによって生成されていて、すぐにレッサーベアーの手の上に現れる。
浅葱色の、透き通るような剣。それを持つレッサーベアーの姿は、なびく銀髪と相まって美しく見える。
「この剣の名前は『ペルラエスパーダ』。言い換えれば『真珠剣』。同じエスパーダの名を冠する者同士」
「その事もアタシがアンタに向ける興味と……劣等感を助長しているわ」
「私がBクラスだから、と言うだけではないんでしょうね。残念ながら」
敵意は全く含んでいないが、しかし二人は静かに睨み合っていた。
「ど、どう言う事なの? ニーナ」
「“深力”の話」
「そ、それは聞いてればわかるけど、コアのどう言う話なのかなって」
「多分、学説の話よ」
「学説?」
「ソニア、そこからは私が説明するわね」
ニーナの答えをレッサーベアーが引き継いで、少し気を緩ませて微笑みながら、レッサーベアーは話し始めた。
「まず深力と言うものはまだ完全に解明されているものではない」
「え? でも深力の本質は“心”だってこの前」
「違うわよ!」
ラウラウが突然激昂して、机を叩き、発言した俺ではなくレッサーベアーの方を睨んだ。
それを、まあまあ、とレッサーベアーが落ち着かせて話を続ける。ラウラウも剣を背負い直して、それに応じてレッサーベアーも剣をしまった(消した)。
「ソニア、コアについての学説は三つあるの。一つは『心』、一つは『体』、もう一つは『技術』」
心技体……?
その三つがコアの本質に関わる事なのか。
心のことはレッサーベアーから聞いたけど、他の二つは初耳だな。
「それがどう、ラウラウの怒りの関係するの?」
「それは———」
「ハアッ! いいわ、アタシが言う」
レッサーベアーの説明を止めてラウラウが話し出す。
「アタシは『技術』の派閥。つまり心だと信じるシグナルインパルス先生やレッサーベアーとは考え方の根本が違うってわけ」
だからと言って問答無用で喧嘩を売るつもりはないけど、とラウラウは口を尖らせて右下に目線を向けながら、そっぽを向いて付け加えた。
「でもアタシの“信念”が否定される感じがするのは嫌なのよ」
「いやでも、三つで成立してるなら、それぞれにも根拠はあるはずだよね」
「ええ、当然あるわ。順番に説明するわね。まずコアについて初めに唱えられたのは『技術説』」
技術説とは、特訓した上でコアが体内に生成されて、さらなる特訓によって扱えるようになるというもの。それが初めに唱えられた理由は、誰もがコアを持っているわけではないと考えた研究者や学者が、後天的に鍛えることで使えるようになる力だとしたから。
変換能力の高さも努力によって操れるものだとした。
「ん? でもコアはみんなにあるって」
「その通り。それが先天的に、生まれた時から身についているという説の『体説』につながるの」
技術説は鍛えることで得られるとした後天的なもの、体説は誰しもが生まれた時から持っているとした先天的なもの。
この生まれた時からコアは全員に存在するとした体説は、研究や調査によってしっかりとした根拠を持って本当のことだとされ、技術説の根本を覆した。
「覆したって……それなら技術説は消えてそうなものだけど」
「けどそうはならなかった。まあ昔の人たちはずっと技術説を信じていたからね。今ではちょっと形を変えて、コアがどこから発生するのかではなく、コアの成長の概念を提唱するものとなっているわ」
「代わりに体説は持って生まれた成長性の才能が、コアの成長を促す者だと提唱した……本当、アタシはそんなの信じられないわ」
「ん? それじゃ、心ってのは」
「その成長に関わる新たな反論として生まれたのが、『心説』」
会話や経験、心の揺れ動きによってコアは変化するものだと提唱された。変換能力の高さも人間の心の移り変わりによって変化しているからだと。
「けど! コアを変換させて炎や氷を出しても、それは出せるだけで、『魔法』によって大きさや形や動きを操作できるようになったのは技術説に基づくもので———!」
「ま、待って。話を聞いてもなんでラウラウがそんなに怒ってるのかわからないんだけど」
「心とは先天的に存在し、そして後天的に自然と変化するもの。成長も困難を乗り越えた先にあるけど、その成長は運命だとか、宿命だとか、そういう説明のつかない事象によって行われる。こう言ってはなんだけど、それらは自動的に降りかかるもので、ほとんど何もしなくても成長できると言う事」
「それが、腹立つのよ! アタシの努力が否定されてるようで———」
「……苦労してって言ってたけど、ラウラウはその剣を使うために沢山努力したってことなのね」
「そうよ……」
ラウラウはずっと顔を逸らしている。どうしても自身の根底が壊されそうで怖いのか、許せないのか。どちらにせよ、ラウラウを慰めるための知識が俺にはない。
言葉を探しているうちにレッサーベアーが反論し始めた。
「でもラウラウ。成長するためには困難を乗り越える必要があるけど、その乗り越える意思は自然とは出てこない……」
「訳わかんないわよそんなの! アタシが今、この時、心構えができてないって言うの! だったらその試練みたいなものはいつ来るのよ! 来る人には来て、来ない人には来ないなんて……不公平じゃない」
「だから公平な手段に会話があるの。こうやって色んな観点から意見をぶつけ合って会話するのも必要なこと……」
「知らない! 話して体が鍛えられるわけでもなし!」
「コアは単純な話ではないってこと。もっともっと深い話。だからこそ心こそが」
「な、なあ……いや、その。ちょっといいかしら」
討論じみた言い合いの中に突入するのは勇気がいったが、レッサーベアーはずっと落ち着いているし大丈夫かと思って、話に割り込んだ。
「なによ!」
「勇者はなんなの? 勇者もコアは使えるんでしょ? でもこの世界の人間じゃないのに、召喚された時からコアは持ってるって……」
「それが元からあった技術説を覆した一端よ。なぜ異世界から召喚されてくる勇者にコアが備わっているのか。その理由を解明するために研究者は、王国全員にコアがあるかどうかを調べて、そして体説が提唱された」
「じゃあ勇者も元からコアがあったってこと?」
「元いた世界ではそんなもの知らないってのが勇者の意見だけど、そこはまだわからない部分ね。これが技術によってコアが生まれて勇者も使えるようになったというのが技術説の裏付け、しかし心説はこれに100年前の勇者の大暴走を根拠に反論した」
「100年前の暴走……昔あった都を壊したって言う」
ニーナから聞いたのを覚えている。都を滅ぼすほどの力を勇者は感情が昂り暴走させて生み出したと聞いた。
なるほど、そこまでの大きな力を生み出せたのは心であり、技術説では説明できない。さらに勇者のコアが強力なのも先天的に持つ心によるものだとすれば、後天的に身につけ成長していくという技術説の反論になっている。
「でも同時に『体説』もその他二つに関連して、同じように根拠が生まれていって……だから三つ存在し続けているってわけか」
「んーん、もう一個私が知ってるので根拠があるわ」
すっかりスポドリを飲み切ったニーナが会話に入ってきた。
「体説の根拠?」
「そ。私が火山の近くに住んでたってのは話したよね」
「うん。ボルカノンっていう火山か囲まれた土地の国って話だったわよね」
「そう。それで、その火山の中のマグマの中に住む種族がいるのよ。【レッドシフト】っていう種族。聞いたことあるでしょ?」
「ああ、ある。BクラスとAクラスに一人ずつ、そのレッドシフトって種族がいるって、生徒一覧の説明に書いてあったわ」
フランで調べればすぐに出てくるが、この学園の生徒達の情報は、学園のホームページに載っている。勇者にも情報を行き渡らせやすくするための試みから生まれたものらしい。
そこで観た情報によると、確かに【レッドシフト】という名前の種族が同じ学年にもいると書かれていた。マグマに住む種族だと言う事も知っている。
「それがどう関係してくるの?」
「地域柄そのレッドシフトとは交流もあって、色々と知ってるんだけど。レッドシフトは体表にコアの膜を作ってマグマや高い温度の熱から体を守っているの。まあ元々熱に強い体質ではあるんだけど、でも産まれてすぐに赤ん坊の頃からそのコアの操作は身についている」
「歩いたり、腕を振ったりできる体の機能と同等の生まれついて持っているコアの操作。なるほど……それが体説の根拠なのか」
「生まれついて全てが決定してるなんて……信じたくない」
「そうじゃないわラウラウ。何度も言うようだけど会話からでも成長できる。だから希望として私はソニアにも本質は心だと教えて……」
「まああの時は時間もなかったから、ここまで説明し切れなかったってのもあると思うけど……」
「会話なんかで成長できるか! だったら今までアタシがやってきたのはなんだったのよ!」
「今までの話じゃなくてこれからの話で……」
「もういい!」
バッ!とラウラウは立ち上がると、屋根がある場所から出て、レッサーベアーを指差した。
「ここでアンタを倒せばアタシは証明される! 勝負よ! レッサーベアー!」
ーーーーー
ーーー
ー
勝負はあっという間に終わってしまった。
流石の上級クラスというべきか。透き通る剣を振るう洗練されたレッサーベアーの一挙手一投足は、剣が輝いて帯状の流線を描き、布帯を振って舞い踊る踊り子のような優雅な動きをしながら確実にラウラウを追い詰めていった。
足はトントンとステップを踏んで、最低限の動きと移動だけをして、無駄な体力を使わない。
そして最終的には、隙を見せたラウラウの剣を弾き飛ばした。
「まだ、このステージに上がるのは早いみたいね」
ラウラウは肩で息をしているが、優雅に剣を鞘に収めるレッサーベアーの呼吸は乱れていない。
レッサーベアーは戦い中ずっと表情は柔らかで、見ているこっちはその笑顔と柔和な雰囲気に見惚れていた。本当に踊り子のような戦い方で、終わった後もまだまだ余力が残っているのもわかって、これがBクラスの実力なのかと思い知らされた。
「ソニアも、私の動きから何か学べたかしら」
「いや……すげー綺麗だな、って」
「ふふっ。その綺麗と思う事も大切。あなたの心の成長に関われたって事ね、嬉しいわ」
………。
どうしてレッサーベアーはそこまで言えるほど、俺を気にしてくれるんだろう。あまりの言葉の美しさに俺はそう感じた。
「いつかベッドの上で語り合える日が来たら、今あなたが見た感想を話してほしいわね」
「そ、そんな日くるかな……って、ラウラウ! 大丈夫か?」
「……ごめん、話せる気分じゃない」
負けて地面に手をついて、項垂れていたラウラウは、俺の差し出した手を避けて立ち上がり、立ち去ろうとする。
「アンタら、そろそろお風呂とか行きなさいよ。ロミロミの服は後で………本人に返して。私は受け取れるかわからない。それじゃ」
落ち込んでるはずなのに、最後には俺たちのことを気遣った言葉を残してから、ラウラウは去って行った。
剣を重みのように引きずって、肩を落として遠ざかるラウラウの背中……。
「……優しい女の子が落ち込んでいるのは、気分が良くないわね」
「レッサーベアーは悪くない。と言うか誰も悪くない。責める必要もないから、だから……」
「ふふっ、心配してくれてありがと。でも大丈夫、勝負の世界の礼節はわかってるつもりよ。それにあの子はこれからも私と競い合うはず、ロミロミもそうだし、あの子はずっと努力して来た強い子だから……ふっ、心配されるなら私があの子に落とされる危惧の方ね」
「……頑張れって、どっち応援したらいいかな」
「願わくば私であって欲しいけどね。それじゃ、同じクラスだしロミロミには服のこと言っておくから、ソニアもニーナも、もうお風呂に入って来なさい。風邪を引いたらダメよ?」
「ああ、わかって……」
「風邪を引いたら裸で看病しに行くから」
「やめてよ⁉︎」
そんな事されたら悪化する!
レッサーベアーは俺の心をとことん振り回してから、彼女も去っていった。
「さてと、言われた通りに———」
「ソニア」
「ん? なんだ、ニーナ」
「私の部屋に来ない?」
「え?」
レッサーベアーが持ってきたのはカップルが使うような、2人用のストロー。真ん中がハートの形に曲がっている。
それを隣に座るニーナと一緒に使うことに。
「……や、やるの? ほんとに?」
「別に一緒に使う必要ないでしょ? 順番に使えばいいじゃない」
「あ、なるほど」
これを出された時、てっきり一緒に使うものかと思い込んでいたが、そうだよな。別々に順番に使えばいいんだ。
「先にどうぞ。私はあなたの飲んだから」
「うん」
お言葉に甘えてストローを咥える。中身がスポーツドリンクなのが微妙な感じだが。
「なんてね」
(え?)
俺が使っていると、反対側をニーナが咥えた。ハートのストローの中をスポドリが、両側の出口から出ていく。
目の前にはニーナの口を窄めた顔が。
「な、何してんだよ!」
「いやー、あなたの反応面白くて」
「わかるわ~、強気になろうとして、でもなんだか女の子に耐性ない感じで私が近づくだけでも照れちゃうのが可愛いわよね~」
「れ、レッサーベアーは黙ってて! 持ってきてくれた相手に言うのも悪いと思うけど!」
口元を曲げてニヤニヤと笑うニーナと、向かい側の席でニマニマと微笑ましくこちらを眺めてくるレッサーベアーに挟まれて居た堪れなくなる。
と、そこでレッサーベアーの隣に座るラウラウがその微妙な空気をぶった斬って話し始めた。
「でさ、レッサーベアー。アンタにアタシ、話があるんだけど」
「断っておくけど私は雑食でも、誰でもいいと言う訳でもないの。心でこの人と一緒にいたいと思った相手だけ。だからラウラウは確かに可愛いけど、私は今ソニアに夢中だから、また別の機会に……」
「そうじゃないわよ……でもソレよ」
「はい?」
「心。アンタ、確かシグナルインパルス先生の弟子だったわよね」
「師匠のお話がしたいの?」
レッサーベアーの師匠と言うと、深力の授業の先生だ。こないだ授業中に騒がしくした事を謝りに行ったら、彼女は優しく対応してくれて許してくださった。とても優しい先生だ。
ちなみに本名はハイヒルダ・シグナルインパルス。中にはハイヒール先生と呼んでいる生徒もいるのだとか。
「そうよ。まあ、あの先生をどうこう言うつもりはないわ。ただ疑問があるの。先生と、それを信じるアンタ達の“信念”に。文字の意味通り“信念”に疑問がある」
「……ふぅん」
俺には何言ってるのかさっぱりだったが、レッサーベアーの方は察したようだ。スウッと目を細めて真面目な顔つきに変わる。
ガチャ、とラウラウは背負っていた特殊な剣を持って、自身の前に出した。何かするのかと思って身を乗り出しかけたが、向かい側のレッサーベアーが机に乗せた手を上げて俺を止めた。
ラウラウを見ると攻撃するつもりはないようだ。自分を落ち着かせて成り行きを見守る事にする。
ラウラウは続けた。
「ここまで言えばある程度、私が何を言いたいのかわかるでしょ?」
「深力のお話ね。そう言えばあなたはコンベア町の……」
「古い町の考え方が染み付いている、そう言いたいの?」
「喧嘩するつもりはないけど」
「いいえ、その通りよ」
ラウラウは自身の特殊な剣の、中央にある持ち手を持って念じ始めた。すると、円の外側についている二つの剣が、触ってないのに動き出した。円に沿って外周を回り始める。
「えっ! ど、どうなってんだそれ、手品?」
「アタシの剣はコアを流し込む事によって外についた剣を動かすことのできるもの。とっても苦労して操れるように訓練したわ。名前は『レローエスパーダ』、言い換えれば『時計剣』。みたまんまね」
「あら奇遇ね」
レッサーベアーも手に剣を出した。前に見せてもらったものだ。
彼女の剣はコアによって生成されていて、すぐにレッサーベアーの手の上に現れる。
浅葱色の、透き通るような剣。それを持つレッサーベアーの姿は、なびく銀髪と相まって美しく見える。
「この剣の名前は『ペルラエスパーダ』。言い換えれば『真珠剣』。同じエスパーダの名を冠する者同士」
「その事もアタシがアンタに向ける興味と……劣等感を助長しているわ」
「私がBクラスだから、と言うだけではないんでしょうね。残念ながら」
敵意は全く含んでいないが、しかし二人は静かに睨み合っていた。
「ど、どう言う事なの? ニーナ」
「“深力”の話」
「そ、それは聞いてればわかるけど、コアのどう言う話なのかなって」
「多分、学説の話よ」
「学説?」
「ソニア、そこからは私が説明するわね」
ニーナの答えをレッサーベアーが引き継いで、少し気を緩ませて微笑みながら、レッサーベアーは話し始めた。
「まず深力と言うものはまだ完全に解明されているものではない」
「え? でも深力の本質は“心”だってこの前」
「違うわよ!」
ラウラウが突然激昂して、机を叩き、発言した俺ではなくレッサーベアーの方を睨んだ。
それを、まあまあ、とレッサーベアーが落ち着かせて話を続ける。ラウラウも剣を背負い直して、それに応じてレッサーベアーも剣をしまった(消した)。
「ソニア、コアについての学説は三つあるの。一つは『心』、一つは『体』、もう一つは『技術』」
心技体……?
その三つがコアの本質に関わる事なのか。
心のことはレッサーベアーから聞いたけど、他の二つは初耳だな。
「それがどう、ラウラウの怒りの関係するの?」
「それは———」
「ハアッ! いいわ、アタシが言う」
レッサーベアーの説明を止めてラウラウが話し出す。
「アタシは『技術』の派閥。つまり心だと信じるシグナルインパルス先生やレッサーベアーとは考え方の根本が違うってわけ」
だからと言って問答無用で喧嘩を売るつもりはないけど、とラウラウは口を尖らせて右下に目線を向けながら、そっぽを向いて付け加えた。
「でもアタシの“信念”が否定される感じがするのは嫌なのよ」
「いやでも、三つで成立してるなら、それぞれにも根拠はあるはずだよね」
「ええ、当然あるわ。順番に説明するわね。まずコアについて初めに唱えられたのは『技術説』」
技術説とは、特訓した上でコアが体内に生成されて、さらなる特訓によって扱えるようになるというもの。それが初めに唱えられた理由は、誰もがコアを持っているわけではないと考えた研究者や学者が、後天的に鍛えることで使えるようになる力だとしたから。
変換能力の高さも努力によって操れるものだとした。
「ん? でもコアはみんなにあるって」
「その通り。それが先天的に、生まれた時から身についているという説の『体説』につながるの」
技術説は鍛えることで得られるとした後天的なもの、体説は誰しもが生まれた時から持っているとした先天的なもの。
この生まれた時からコアは全員に存在するとした体説は、研究や調査によってしっかりとした根拠を持って本当のことだとされ、技術説の根本を覆した。
「覆したって……それなら技術説は消えてそうなものだけど」
「けどそうはならなかった。まあ昔の人たちはずっと技術説を信じていたからね。今ではちょっと形を変えて、コアがどこから発生するのかではなく、コアの成長の概念を提唱するものとなっているわ」
「代わりに体説は持って生まれた成長性の才能が、コアの成長を促す者だと提唱した……本当、アタシはそんなの信じられないわ」
「ん? それじゃ、心ってのは」
「その成長に関わる新たな反論として生まれたのが、『心説』」
会話や経験、心の揺れ動きによってコアは変化するものだと提唱された。変換能力の高さも人間の心の移り変わりによって変化しているからだと。
「けど! コアを変換させて炎や氷を出しても、それは出せるだけで、『魔法』によって大きさや形や動きを操作できるようになったのは技術説に基づくもので———!」
「ま、待って。話を聞いてもなんでラウラウがそんなに怒ってるのかわからないんだけど」
「心とは先天的に存在し、そして後天的に自然と変化するもの。成長も困難を乗り越えた先にあるけど、その成長は運命だとか、宿命だとか、そういう説明のつかない事象によって行われる。こう言ってはなんだけど、それらは自動的に降りかかるもので、ほとんど何もしなくても成長できると言う事」
「それが、腹立つのよ! アタシの努力が否定されてるようで———」
「……苦労してって言ってたけど、ラウラウはその剣を使うために沢山努力したってことなのね」
「そうよ……」
ラウラウはずっと顔を逸らしている。どうしても自身の根底が壊されそうで怖いのか、許せないのか。どちらにせよ、ラウラウを慰めるための知識が俺にはない。
言葉を探しているうちにレッサーベアーが反論し始めた。
「でもラウラウ。成長するためには困難を乗り越える必要があるけど、その乗り越える意思は自然とは出てこない……」
「訳わかんないわよそんなの! アタシが今、この時、心構えができてないって言うの! だったらその試練みたいなものはいつ来るのよ! 来る人には来て、来ない人には来ないなんて……不公平じゃない」
「だから公平な手段に会話があるの。こうやって色んな観点から意見をぶつけ合って会話するのも必要なこと……」
「知らない! 話して体が鍛えられるわけでもなし!」
「コアは単純な話ではないってこと。もっともっと深い話。だからこそ心こそが」
「な、なあ……いや、その。ちょっといいかしら」
討論じみた言い合いの中に突入するのは勇気がいったが、レッサーベアーはずっと落ち着いているし大丈夫かと思って、話に割り込んだ。
「なによ!」
「勇者はなんなの? 勇者もコアは使えるんでしょ? でもこの世界の人間じゃないのに、召喚された時からコアは持ってるって……」
「それが元からあった技術説を覆した一端よ。なぜ異世界から召喚されてくる勇者にコアが備わっているのか。その理由を解明するために研究者は、王国全員にコアがあるかどうかを調べて、そして体説が提唱された」
「じゃあ勇者も元からコアがあったってこと?」
「元いた世界ではそんなもの知らないってのが勇者の意見だけど、そこはまだわからない部分ね。これが技術によってコアが生まれて勇者も使えるようになったというのが技術説の裏付け、しかし心説はこれに100年前の勇者の大暴走を根拠に反論した」
「100年前の暴走……昔あった都を壊したって言う」
ニーナから聞いたのを覚えている。都を滅ぼすほどの力を勇者は感情が昂り暴走させて生み出したと聞いた。
なるほど、そこまでの大きな力を生み出せたのは心であり、技術説では説明できない。さらに勇者のコアが強力なのも先天的に持つ心によるものだとすれば、後天的に身につけ成長していくという技術説の反論になっている。
「でも同時に『体説』もその他二つに関連して、同じように根拠が生まれていって……だから三つ存在し続けているってわけか」
「んーん、もう一個私が知ってるので根拠があるわ」
すっかりスポドリを飲み切ったニーナが会話に入ってきた。
「体説の根拠?」
「そ。私が火山の近くに住んでたってのは話したよね」
「うん。ボルカノンっていう火山か囲まれた土地の国って話だったわよね」
「そう。それで、その火山の中のマグマの中に住む種族がいるのよ。【レッドシフト】っていう種族。聞いたことあるでしょ?」
「ああ、ある。BクラスとAクラスに一人ずつ、そのレッドシフトって種族がいるって、生徒一覧の説明に書いてあったわ」
フランで調べればすぐに出てくるが、この学園の生徒達の情報は、学園のホームページに載っている。勇者にも情報を行き渡らせやすくするための試みから生まれたものらしい。
そこで観た情報によると、確かに【レッドシフト】という名前の種族が同じ学年にもいると書かれていた。マグマに住む種族だと言う事も知っている。
「それがどう関係してくるの?」
「地域柄そのレッドシフトとは交流もあって、色々と知ってるんだけど。レッドシフトは体表にコアの膜を作ってマグマや高い温度の熱から体を守っているの。まあ元々熱に強い体質ではあるんだけど、でも産まれてすぐに赤ん坊の頃からそのコアの操作は身についている」
「歩いたり、腕を振ったりできる体の機能と同等の生まれついて持っているコアの操作。なるほど……それが体説の根拠なのか」
「生まれついて全てが決定してるなんて……信じたくない」
「そうじゃないわラウラウ。何度も言うようだけど会話からでも成長できる。だから希望として私はソニアにも本質は心だと教えて……」
「まああの時は時間もなかったから、ここまで説明し切れなかったってのもあると思うけど……」
「会話なんかで成長できるか! だったら今までアタシがやってきたのはなんだったのよ!」
「今までの話じゃなくてこれからの話で……」
「もういい!」
バッ!とラウラウは立ち上がると、屋根がある場所から出て、レッサーベアーを指差した。
「ここでアンタを倒せばアタシは証明される! 勝負よ! レッサーベアー!」
ーーーーー
ーーー
ー
勝負はあっという間に終わってしまった。
流石の上級クラスというべきか。透き通る剣を振るう洗練されたレッサーベアーの一挙手一投足は、剣が輝いて帯状の流線を描き、布帯を振って舞い踊る踊り子のような優雅な動きをしながら確実にラウラウを追い詰めていった。
足はトントンとステップを踏んで、最低限の動きと移動だけをして、無駄な体力を使わない。
そして最終的には、隙を見せたラウラウの剣を弾き飛ばした。
「まだ、このステージに上がるのは早いみたいね」
ラウラウは肩で息をしているが、優雅に剣を鞘に収めるレッサーベアーの呼吸は乱れていない。
レッサーベアーは戦い中ずっと表情は柔らかで、見ているこっちはその笑顔と柔和な雰囲気に見惚れていた。本当に踊り子のような戦い方で、終わった後もまだまだ余力が残っているのもわかって、これがBクラスの実力なのかと思い知らされた。
「ソニアも、私の動きから何か学べたかしら」
「いや……すげー綺麗だな、って」
「ふふっ。その綺麗と思う事も大切。あなたの心の成長に関われたって事ね、嬉しいわ」
………。
どうしてレッサーベアーはそこまで言えるほど、俺を気にしてくれるんだろう。あまりの言葉の美しさに俺はそう感じた。
「いつかベッドの上で語り合える日が来たら、今あなたが見た感想を話してほしいわね」
「そ、そんな日くるかな……って、ラウラウ! 大丈夫か?」
「……ごめん、話せる気分じゃない」
負けて地面に手をついて、項垂れていたラウラウは、俺の差し出した手を避けて立ち上がり、立ち去ろうとする。
「アンタら、そろそろお風呂とか行きなさいよ。ロミロミの服は後で………本人に返して。私は受け取れるかわからない。それじゃ」
落ち込んでるはずなのに、最後には俺たちのことを気遣った言葉を残してから、ラウラウは去って行った。
剣を重みのように引きずって、肩を落として遠ざかるラウラウの背中……。
「……優しい女の子が落ち込んでいるのは、気分が良くないわね」
「レッサーベアーは悪くない。と言うか誰も悪くない。責める必要もないから、だから……」
「ふふっ、心配してくれてありがと。でも大丈夫、勝負の世界の礼節はわかってるつもりよ。それにあの子はこれからも私と競い合うはず、ロミロミもそうだし、あの子はずっと努力して来た強い子だから……ふっ、心配されるなら私があの子に落とされる危惧の方ね」
「……頑張れって、どっち応援したらいいかな」
「願わくば私であって欲しいけどね。それじゃ、同じクラスだしロミロミには服のこと言っておくから、ソニアもニーナも、もうお風呂に入って来なさい。風邪を引いたらダメよ?」
「ああ、わかって……」
「風邪を引いたら裸で看病しに行くから」
「やめてよ⁉︎」
そんな事されたら悪化する!
レッサーベアーは俺の心をとことん振り回してから、彼女も去っていった。
「さてと、言われた通りに———」
「ソニア」
「ん? なんだ、ニーナ」
「私の部屋に来ない?」
「え?」
応援ありがとうございます!
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