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プロローグ 朝倉颯太のすべて
親子の反省
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男はふらりと近くに初めてできた喫茶店に入った。本当はコーヒー苦手なのに。
「いらっしゃいませ」
マスターは少し貧乏っぽい感じだった。
「ん? あれ? ど、どうされましたそのほっぺ!」
そしてマスターは男の頬が腫れているのを見つけて、心配して駆け寄る。
男はそれを軽く押し退けて、力無く、入り口近くの席に座った。
「あ、あのーご注文は」
「……ブラック」
「はあ……かしこまりました」
マスターは客の様子が気になりつつも、コーヒーを淹れて、テーブルに差し出した。そしてやつれた男は一口飲んだが、すぐに噴き出してしまった。
「うわあ! そ、そんなに味悪かったですか⁉︎」
マスターはタオルを持ってきて謝る。
だがそれを止めて男は懺悔する。
「謝るのは、俺の方だ」
「え? いえ、本当に味が悪かったら……」
「俺の方なんだ……うっ、くっ」
男は泣き出してしまった。体の大きい男が急に肩を震わせて泣き出したのでマスターも困る。
「な、なにかあったんですか?」
「ううっ、ぐっ……俺は、部下を大勢率いた暴走族のドンだった……それなのに、腐るほど喧嘩してきたはずなのに……今日の、息子の拳が一番イテェ……」
飛び掛かられて、殴られた頬をさする。そこで自分が泣いていることに気がついた。頬を触る手が硬直して、頬から手を離す。
そして頭を抱えて、嘆く。
「どうして……なんで……どういうことかちっともワカラねぇ……なにも」
「えっと……とりあえずお冷やをどうぞ」
差し出された水を一気飲みすると、さらに涙が溢れ出す。
「おれがっ……くぅ……オレが、俺がダメなのはずっと、分かってた……けど、初めて人の親ってのになって……!」
何をすればいいのか、何をするべきなのか、何をしていいのか、子供にどう接すればいいのか。わからないので自分はずっと逃げていた。逃げて逃げて……逃げた。
「こんなことなら……子供なんて産まなきゃよかった」
———ガシャーン!
水を入れていたコップの割れる音が響いた。コップで殴られた男は、別に痛くも何ともないが、倒れ込んだ。
そしてそんな彼にマスターは千円札と小銭を投げつけた。
「傷害罪の弁償ならいくらでもくれてやる。だから二度とそんな言葉を口にするな」
「うっ、クッ……ううっ……」
「もし子供の前で言った時、その時は殴るだけじゃ済まない」
「ううう……ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……」
男は、父は頭を抱えて泣きながら何度も謝り続けた。
マスターは自分の店に初めて来た、念願の初客を見下ろして、ソッとため息をついた。
父は家に帰る。玄関に置いてあった靴につまずいて転けてしまう。そしてまた泣きそうになって……そこで寝室の方から誰かの泣く声が聞こえて来るのに気がつく。
「……たしか、颯太を閉じ込めて……」
それから自分と妻は逃げ出すように外に出た。
寝室の襖を神経質のようにゆっくりと開いて中を覗くと、暗闇の中、息子が背中を丸めて泣いていた。そして息子はぐしゃぐしゃの顔でこちらに振り向くと。
「パパ~……ごめんなさい~!」
「え?」
「パパとママをナグった、手が、イタイくて……」
息子は泣きながら謝ってきた。自分を殴った拳を見せながら。
瞬間、父の中にはいろんな感情が入り乱れて、そして子に抱きついて力一杯抱きしめた。
「ゴメン! ゴメン……! おれ、おれ! どうしようもねぇよな……ゴメンな……」
「オレ、オレね……さみしくて」
「いい! 何も言わなくて……ゴメンな……ゴメン!」
父と子は泣きじゃくり、謝り続けた。
少しして寝室の隣、風呂場の方から音が聞こえてきた。勢いの強いシャワーの音。そしてしばらくして居間の方に服ごとびしょ濡れになった母が現れた。
父はその姿を見て。
「もしかしてお前、俺より先に帰ってたのか……それでずっと風呂場に」
「……は、はは……行きつけのバーに行ったら、バレちゃったのかお酒出してもらえなくてね……それでこれは、その、すぐそこの川に落ちて……」
自分でもよくわからない事を言いながら母は寝室の暗がりで抱き合う二人を見た。するともう言葉が出なくなって、二人ごと抱きしめた。
「ゴメン! ごめんなさい! 本当……私、馬鹿でさ! 本当は颯太を愛したかった! でもどうすればいいか何にも分からなくて……」
「俺もだ……父親、失格だった」
颯太は両親に抱かれて思いっきり泣いた。二人もそれにつられて泣いて、誓う。
「俺、絶対パパになるから!」
「私もママになる! ずっと寂しい想いさせてごめんね、颯太」
「颯太……許してくれるか?」
「俺もナグってごめんなさい……でも、これしかって思えなくて」
「うん、うん……」
「わかってる。わかるから……」
「いらっしゃいませ」
マスターは少し貧乏っぽい感じだった。
「ん? あれ? ど、どうされましたそのほっぺ!」
そしてマスターは男の頬が腫れているのを見つけて、心配して駆け寄る。
男はそれを軽く押し退けて、力無く、入り口近くの席に座った。
「あ、あのーご注文は」
「……ブラック」
「はあ……かしこまりました」
マスターは客の様子が気になりつつも、コーヒーを淹れて、テーブルに差し出した。そしてやつれた男は一口飲んだが、すぐに噴き出してしまった。
「うわあ! そ、そんなに味悪かったですか⁉︎」
マスターはタオルを持ってきて謝る。
だがそれを止めて男は懺悔する。
「謝るのは、俺の方だ」
「え? いえ、本当に味が悪かったら……」
「俺の方なんだ……うっ、くっ」
男は泣き出してしまった。体の大きい男が急に肩を震わせて泣き出したのでマスターも困る。
「な、なにかあったんですか?」
「ううっ、ぐっ……俺は、部下を大勢率いた暴走族のドンだった……それなのに、腐るほど喧嘩してきたはずなのに……今日の、息子の拳が一番イテェ……」
飛び掛かられて、殴られた頬をさする。そこで自分が泣いていることに気がついた。頬を触る手が硬直して、頬から手を離す。
そして頭を抱えて、嘆く。
「どうして……なんで……どういうことかちっともワカラねぇ……なにも」
「えっと……とりあえずお冷やをどうぞ」
差し出された水を一気飲みすると、さらに涙が溢れ出す。
「おれがっ……くぅ……オレが、俺がダメなのはずっと、分かってた……けど、初めて人の親ってのになって……!」
何をすればいいのか、何をするべきなのか、何をしていいのか、子供にどう接すればいいのか。わからないので自分はずっと逃げていた。逃げて逃げて……逃げた。
「こんなことなら……子供なんて産まなきゃよかった」
———ガシャーン!
水を入れていたコップの割れる音が響いた。コップで殴られた男は、別に痛くも何ともないが、倒れ込んだ。
そしてそんな彼にマスターは千円札と小銭を投げつけた。
「傷害罪の弁償ならいくらでもくれてやる。だから二度とそんな言葉を口にするな」
「うっ、クッ……ううっ……」
「もし子供の前で言った時、その時は殴るだけじゃ済まない」
「ううう……ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……」
男は、父は頭を抱えて泣きながら何度も謝り続けた。
マスターは自分の店に初めて来た、念願の初客を見下ろして、ソッとため息をついた。
父は家に帰る。玄関に置いてあった靴につまずいて転けてしまう。そしてまた泣きそうになって……そこで寝室の方から誰かの泣く声が聞こえて来るのに気がつく。
「……たしか、颯太を閉じ込めて……」
それから自分と妻は逃げ出すように外に出た。
寝室の襖を神経質のようにゆっくりと開いて中を覗くと、暗闇の中、息子が背中を丸めて泣いていた。そして息子はぐしゃぐしゃの顔でこちらに振り向くと。
「パパ~……ごめんなさい~!」
「え?」
「パパとママをナグった、手が、イタイくて……」
息子は泣きながら謝ってきた。自分を殴った拳を見せながら。
瞬間、父の中にはいろんな感情が入り乱れて、そして子に抱きついて力一杯抱きしめた。
「ゴメン! ゴメン……! おれ、おれ! どうしようもねぇよな……ゴメンな……」
「オレ、オレね……さみしくて」
「いい! 何も言わなくて……ゴメンな……ゴメン!」
父と子は泣きじゃくり、謝り続けた。
少しして寝室の隣、風呂場の方から音が聞こえてきた。勢いの強いシャワーの音。そしてしばらくして居間の方に服ごとびしょ濡れになった母が現れた。
父はその姿を見て。
「もしかしてお前、俺より先に帰ってたのか……それでずっと風呂場に」
「……は、はは……行きつけのバーに行ったら、バレちゃったのかお酒出してもらえなくてね……それでこれは、その、すぐそこの川に落ちて……」
自分でもよくわからない事を言いながら母は寝室の暗がりで抱き合う二人を見た。するともう言葉が出なくなって、二人ごと抱きしめた。
「ゴメン! ごめんなさい! 本当……私、馬鹿でさ! 本当は颯太を愛したかった! でもどうすればいいか何にも分からなくて……」
「俺もだ……父親、失格だった」
颯太は両親に抱かれて思いっきり泣いた。二人もそれにつられて泣いて、誓う。
「俺、絶対パパになるから!」
「私もママになる! ずっと寂しい想いさせてごめんね、颯太」
「颯太……許してくれるか?」
「俺もナグってごめんなさい……でも、これしかって思えなくて」
「うん、うん……」
「わかってる。わかるから……」
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