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至近距離から矢を放たれてもキジマは動じることなくそこに立ち尽くしていた。
不思議なことにキジマに向けて射られた矢は、ひとつたりとも彼に当たらなかった。
あるいは空中で力を失って地に落ち、あるいは常ならぬ軌道を描いてキジマの身体を避けるように飛んでいく。
「……! 化け物めっ」
じりじりと、キジマを囲んでいる射手たちが後退する。
恐れが彼らの心を支配し始めていた。
地面に落ちた最後の矢を横目で見た後、キジマは伸ばした手で戸を掴み、ゆっくりと引いた――。
「……鬼、出ていけッ!」
甲高い子供の声と共に、パラパラと石礫のようなものが家の内から投げつけられた。
恐怖に震えながらも、小さな足でしっかと立ち、キジマを睨み据えているのはゆりの幼い弟だった。
「……!」
先ほど向けられた矢には微動だにしなかったキジマが、礫から身体を庇うように腕を前に差し出した。
その腕に再び飛んできた小さな粒が当たった途端、パチリと火の粉が舞い、キジマの肌に火傷のような傷をつけた。
「おおっ、神社でいただいた豆粒が……」
「これならば、鬼を追い返すことができるかもしれん」
家の中から、男衆から、一斉に豆粒がキジマに向かって投げられた。
豆粒はキジマの身体に触れると同時に火と化したかのように燃えてはその肌を灼いていく。
「山へ帰れ! 二度と里には来るな!!」
小さな豆粒が雨のようにキジマに降りかかり、鬼の身体はみるみるうちに傷ついていった。
それでも、キジマは戸口に佇んだまま、そこを動こうとはしないのだった。
「強情な奴め、はよう去ね!」
傷から血が流れ、地面を赤く染め始めても、キジマはそこに静かに立続けた。
「なんと、強情な……」
里人たちがうろたえ始めたその時、里の者に抱えられるようにして家の中から現れたのは、病身のゆりの父親だった。
「婿殿よ。 ここは一旦、帰られてはどうかな」
「ゆりに……会わせてくれ」
なおも懇願するキジマにむかって父親は静かに頷くと、地面に落ちている豆を数粒拾って自らの掌の上に乗せた。
「……わしらには特別な力はないが、汗をかいて育てた豆と氏神様のお力をお借りして、この先何度でも婿殿を追い返すことだろう。大切な娘を鬼に嫁にやることはできない」
手の上の豆をじっと見つめながら父親は続けた。
「しかし、この家の者が撒いた豆の中に……もしも、芽吹くものがあれば……その時は」
キジマの額から血が滴り、顎を伝って数滴が地面へと落ちていった。
「娘を迎えに来るがいい。それが『約束』だ」
「……俺は、何度でも迎えにくるぞ」
「何度でも、やってくるがいい……。我々が『約束』を守り続ける限り、娘は……ゆりは決して渡さん」
顔にかかった髪の後ろで、キジマがうっすらと笑ったようだった。
『ゆり、俺は必ずお前を……』
戸板にぴったりと身を寄せて外の様子に耳を澄ませていたゆりは、確かにキジマの声を聞いたと思った。
「あけてッ! ここを開けてっ! ……私を、あの人に会わせて!!」
弱まっていた風が再びゴウと吹き荒れた後、家の前にはキジマの姿はなく、血の痕さえも残っていなかった。
「鬼が……帰っていった」
キジマと対峙していた父親は家の前に進み出ると、地面に膝をつき、山に向かって手を合わせた。
里人たちも父親に倣ってそれぞれに手を合わせ薄く雪をかぶった山をしばしの間眺めていた。
不思議なことにキジマに向けて射られた矢は、ひとつたりとも彼に当たらなかった。
あるいは空中で力を失って地に落ち、あるいは常ならぬ軌道を描いてキジマの身体を避けるように飛んでいく。
「……! 化け物めっ」
じりじりと、キジマを囲んでいる射手たちが後退する。
恐れが彼らの心を支配し始めていた。
地面に落ちた最後の矢を横目で見た後、キジマは伸ばした手で戸を掴み、ゆっくりと引いた――。
「……鬼、出ていけッ!」
甲高い子供の声と共に、パラパラと石礫のようなものが家の内から投げつけられた。
恐怖に震えながらも、小さな足でしっかと立ち、キジマを睨み据えているのはゆりの幼い弟だった。
「……!」
先ほど向けられた矢には微動だにしなかったキジマが、礫から身体を庇うように腕を前に差し出した。
その腕に再び飛んできた小さな粒が当たった途端、パチリと火の粉が舞い、キジマの肌に火傷のような傷をつけた。
「おおっ、神社でいただいた豆粒が……」
「これならば、鬼を追い返すことができるかもしれん」
家の中から、男衆から、一斉に豆粒がキジマに向かって投げられた。
豆粒はキジマの身体に触れると同時に火と化したかのように燃えてはその肌を灼いていく。
「山へ帰れ! 二度と里には来るな!!」
小さな豆粒が雨のようにキジマに降りかかり、鬼の身体はみるみるうちに傷ついていった。
それでも、キジマは戸口に佇んだまま、そこを動こうとはしないのだった。
「強情な奴め、はよう去ね!」
傷から血が流れ、地面を赤く染め始めても、キジマはそこに静かに立続けた。
「なんと、強情な……」
里人たちがうろたえ始めたその時、里の者に抱えられるようにして家の中から現れたのは、病身のゆりの父親だった。
「婿殿よ。 ここは一旦、帰られてはどうかな」
「ゆりに……会わせてくれ」
なおも懇願するキジマにむかって父親は静かに頷くと、地面に落ちている豆を数粒拾って自らの掌の上に乗せた。
「……わしらには特別な力はないが、汗をかいて育てた豆と氏神様のお力をお借りして、この先何度でも婿殿を追い返すことだろう。大切な娘を鬼に嫁にやることはできない」
手の上の豆をじっと見つめながら父親は続けた。
「しかし、この家の者が撒いた豆の中に……もしも、芽吹くものがあれば……その時は」
キジマの額から血が滴り、顎を伝って数滴が地面へと落ちていった。
「娘を迎えに来るがいい。それが『約束』だ」
「……俺は、何度でも迎えにくるぞ」
「何度でも、やってくるがいい……。我々が『約束』を守り続ける限り、娘は……ゆりは決して渡さん」
顔にかかった髪の後ろで、キジマがうっすらと笑ったようだった。
『ゆり、俺は必ずお前を……』
戸板にぴったりと身を寄せて外の様子に耳を澄ませていたゆりは、確かにキジマの声を聞いたと思った。
「あけてッ! ここを開けてっ! ……私を、あの人に会わせて!!」
弱まっていた風が再びゴウと吹き荒れた後、家の前にはキジマの姿はなく、血の痕さえも残っていなかった。
「鬼が……帰っていった」
キジマと対峙していた父親は家の前に進み出ると、地面に膝をつき、山に向かって手を合わせた。
里人たちも父親に倣ってそれぞれに手を合わせ薄く雪をかぶった山をしばしの間眺めていた。
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