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『その日』からずっと、雨はひび割れた大地に優しく降り注ぎ、里の田畑を潤していった。

 何とか村が立ち直り始めた秋頃、娘は両親の前に両手をついて言った。

「私、近いうちにお嫁に行きます。――ある人に見染められて……。今はまだ、詳しいことは言えないけれど……」

「ほう、それはめでたい。お前にも好いた男がおったのか」

「もしや、相手は惣四郎かえ? あの子も、立派な若衆になって……」

「違うの、あの人は……この里の人ではないの」

 結婚は家と家との結びつき。

 ましてや家同士の関係が深く濃い田舎の里である。

 それを、両の親が見も知らぬ、里の外の人間と結婚したいとは……。

 両親は突然の娘の申し出にしばし呆気あっけにとられていた。

「……お前が見染めた相手だもの。近いうちに連れてきなさい」

 それでも、聡明で美しい娘を目に入れても痛くないほど可愛がっていた父親は相合そうごうを崩して頷いてみせた。

 父親の言葉に頭を深く下げた娘の目じりには涙が光っていた。

 決して、婿殿を父母に合わせることはできない……その上、娘自身、もうこの家に帰れないことを知っていたからだった。



 ※※※


 眩いばかりの黄色に燃えるような紅色、濃淡のある橙色が果てなく続き、その間に点在する緑がさらに景色を華美なものにしていた。

 本物の錦の着物を見たことさえない娘にも、長く裾を引く優美な山容と相まって、殿上人の着ける衣はかくやと思われた。

 紅葉に覆われた山の裾で娘はひとり、男を待っていた。

「……なんて、きれい」

 陽に透けてる黄色の葉を見つめながら、娘はふとあの男の淡い髪の色を思い出した。

 ――あのひとの髪も、陽に透けて金色に光っていた。

 ふと、男の名前すら聞いていないことに娘は気づいた。

 ――正体を尋ねることは禁じられている……でも、名前なら?

 カサリ、とかすかに草を踏む音がして、娘は後ろを振り返った。

 薄茶色の長い髪をなびかせて、男がそこに立っていた。

「あ……!」


 娘が言葉を紡ぐより早く、男は動いた。

 華奢な娘の身体をかき抱き、満ち足りたように大きく息を吐いた。

「……よく、来てくれた。ずっと、お前が来るのを待っていた……!」

 力強い腕で抱きしめながら、思いのほか男は優しい声音で呟いた。

「あ……あのッ!」

「ン……なんだ?」

 急に大きな声を上げた娘に、少し驚いた様子で男が問い返した。

「あなたの正体は尋ねません……でも、せめて……なまえ、名前を……教えてほしいのです」

 一瞬、キョトンとした表情で娘の顔を見返した男だったが、すぐに口許に端正な微笑みを浮かべて言った。

「……やはり、お前は面白い、変った奴じゃ」

 目を細めて娘を眺めた後、男はゆっくりと形の良い唇を動かした。

「き、じ、ま……『キジマ』というのだ、俺の名は」

 男のうっすらと金色に光る瞳が瞬きもせずに娘を見つめる。

 問い返しているのだ、同じ問いを。

 娘は直感でそう理解した。

「ゆり……私の名前は、『ゆり』と申します」
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