【現代異類婚姻譚】約束の花嫁 ~イケメン社長と千年の恋~

敷島 梓乃

文字の大きさ
上 下
16 / 30

16

しおりを挟む
『その日』からずっと、雨はひび割れた大地に優しく降り注ぎ、里の田畑を潤していった。

 何とか村が立ち直り始めた秋頃、娘は両親の前に両手をついて言った。

「私、近いうちにお嫁に行きます。――ある人に見染められて……。今はまだ、詳しいことは言えないけれど……」

「ほう、それはめでたい。お前にも好いた男がおったのか」

「もしや、相手は惣四郎かえ? あの子も、立派な若衆になって……」

「違うの、あの人は……この里の人ではないの」

 結婚は家と家との結びつき。

 ましてや家同士の関係が深く濃い田舎の里である。

 それを、両の親が見も知らぬ、里の外の人間と結婚したいとは……。

 両親は突然の娘の申し出にしばし呆気あっけにとられていた。

「……お前が見染めた相手だもの。近いうちに連れてきなさい」

 それでも、聡明で美しい娘を目に入れても痛くないほど可愛がっていた父親は相合そうごうを崩して頷いてみせた。

 父親の言葉に頭を深く下げた娘の目じりには涙が光っていた。

 決して、婿殿を父母に合わせることはできない……その上、娘自身、もうこの家に帰れないことを知っていたからだった。



 ※※※


 眩いばかりの黄色に燃えるような紅色、濃淡のある橙色が果てなく続き、その間に点在する緑がさらに景色を華美なものにしていた。

 本物の錦の着物を見たことさえない娘にも、長く裾を引く優美な山容と相まって、殿上人の着ける衣はかくやと思われた。

 紅葉に覆われた山の裾で娘はひとり、男を待っていた。

「……なんて、きれい」

 陽に透けてる黄色の葉を見つめながら、娘はふとあの男の淡い髪の色を思い出した。

 ――あのひとの髪も、陽に透けて金色に光っていた。

 ふと、男の名前すら聞いていないことに娘は気づいた。

 ――正体を尋ねることは禁じられている……でも、名前なら?

 カサリ、とかすかに草を踏む音がして、娘は後ろを振り返った。

 薄茶色の長い髪をなびかせて、男がそこに立っていた。

「あ……!」


 娘が言葉を紡ぐより早く、男は動いた。

 華奢な娘の身体をかき抱き、満ち足りたように大きく息を吐いた。

「……よく、来てくれた。ずっと、お前が来るのを待っていた……!」

 力強い腕で抱きしめながら、思いのほか男は優しい声音で呟いた。

「あ……あのッ!」

「ン……なんだ?」

 急に大きな声を上げた娘に、少し驚いた様子で男が問い返した。

「あなたの正体は尋ねません……でも、せめて……なまえ、名前を……教えてほしいのです」

 一瞬、キョトンとした表情で娘の顔を見返した男だったが、すぐに口許に端正な微笑みを浮かべて言った。

「……やはり、お前は面白い、変った奴じゃ」

 目を細めて娘を眺めた後、男はゆっくりと形の良い唇を動かした。

「き、じ、ま……『キジマ』というのだ、俺の名は」

 男のうっすらと金色に光る瞳が瞬きもせずに娘を見つめる。

 問い返しているのだ、同じ問いを。

 娘は直感でそう理解した。

「ゆり……私の名前は、『ゆり』と申します」
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

皇太子夫妻の歪んだ結婚 

夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。 その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。 本編完結してます。 番外編を更新中です。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

大好きな背中

詩織
恋愛
4年付き合ってた彼氏に振られて、同僚に合コンに誘われた。 あまり合コンなんか参加したことないから何話したらいいのか… 同じように困ってる男性が1人いた

イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の体は溶けていく。

すずなり。
恋愛
人数合わせで参加した合コン。 そこで私は一人の男の人と出会う。 「俺には分かる。キミはきっと俺を好きになる。」 そんな言葉をかけてきた彼。 でも私には秘密があった。 「キミ・・・目が・・?」 「気持ち悪いでしょ?ごめんなさい・・・。」 ちゃんと私のことを伝えたのに、彼は食い下がる。 「お願いだから俺を好きになって・・・。」 その言葉を聞いてお付き合いが始まる。 「やぁぁっ・・!」 「どこが『や』なんだよ・・・こんなに蜜を溢れさせて・・・。」 激しくなっていく夜の生活。 私の身はもつの!? ※お話の内容は全て想像のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※表現不足は重々承知しております。まだまだ勉強してまいりますので温かい目で見ていただけたら幸いです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 では、お楽しみください。

思い出さなければ良かったのに

田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。 大事なことを忘れたまま。 *本編完結済。不定期で番外編を更新中です。

処理中です...