14 / 30
14
しおりを挟む
少女は身を強張らせて、振り返りたいという衝動を辛うじて抑えた。
里の者ではないことは直ぐに分かった。それほど、男の醸し出す雰囲気は異質なものだった。
旅人だろうか、それとも……。
言われるままにきゅっと口をつぐむと少女は泉に映る影のおぼろげな輪郭を見つめて待った。
「おぬし、先ほど『水さえあれば』というておったな」
少女が素直に言うことを聞いたため安心したのか、声の主は若干口調をやわらげて問いかけた。
「はい……。田畑を潤す水さえあれば、皆が助かると申しました」
「では、その水を都合してやると言ったら、どうする……?」
びくり、と少女の肩が震えた。
人間には到底できないようなことを言ってのけるその男の正体に聡い少女は薄々気づきかけていた。
あやかし……?
時に神として祭られ、時に邪として恐れられる人智を越えた力を持った存在。
「……娘、こちらを向け」
心臓がバクバクと音を立てているのが分かる。
恐る恐る振り向いた少女の目に映ったのは。
ゆるく波打った薄茶色の長い髪。
六尺は優に超えているであろう、長身の大男がそびえるようにそこに立っていた。
腰までの長い髪を結いもせずに振り乱し、黒い着物の裾をからげた男の姿は娘には異様に思えた。
思わず、後ずさりをしようとした娘の腕を男は俊敏な動作で捉えた。
「はなして……!」
「ばか、水の中に落ちる気か!」
そう言われて娘はハッとした。
振り向けば、もう水辺の際まで後がない。
すんでのところで頭から泉の中に飛び込んでしまうところだった。
「……ありがとう、ございます」
「気をつけろ。小さな泉に見えてもここはかなり深い」
腕を捉えられ、男の胸に引き寄せられた娘が恐る恐る顔を上げた。
涼し気な一対の瞳がじっとこちらを見下ろしている。
瞬きもせず真剣に娘の瞳を覗き込んでいる男の瞳はなぜか淡く金色に光っているように見える。
『なんてふしぎな……』
思わず男の瞳に宿る不可思議な光に見惚れそうになった娘だったが、身体に回された男の腕の熱さにふと我に返った。
見も知らぬ男に抱きかかえられ、互いの息遣いさえ聞こえるような距離にいることに気づき、娘は頬を紅く染めた。
「もう、大丈夫ですから……お放しください」
顔を伏せ、小さな両手で男の胸を押しのけながら、娘はか細い声で懇願するように言った。
「……ああ、すまん。怯えさせるつもりはなかった」
抱きすくめていた両腕をゆるめ、男は少女を解放した。
「だが、まだ答えを聞いておらんな」
腰を折り、少女と目線を合わせてから男は笑みを浮かべて言った。
「え……」
「先ほど言っただろう。『水を都合してやると言ったら、どうする』と」
里の者ではないことは直ぐに分かった。それほど、男の醸し出す雰囲気は異質なものだった。
旅人だろうか、それとも……。
言われるままにきゅっと口をつぐむと少女は泉に映る影のおぼろげな輪郭を見つめて待った。
「おぬし、先ほど『水さえあれば』というておったな」
少女が素直に言うことを聞いたため安心したのか、声の主は若干口調をやわらげて問いかけた。
「はい……。田畑を潤す水さえあれば、皆が助かると申しました」
「では、その水を都合してやると言ったら、どうする……?」
びくり、と少女の肩が震えた。
人間には到底できないようなことを言ってのけるその男の正体に聡い少女は薄々気づきかけていた。
あやかし……?
時に神として祭られ、時に邪として恐れられる人智を越えた力を持った存在。
「……娘、こちらを向け」
心臓がバクバクと音を立てているのが分かる。
恐る恐る振り向いた少女の目に映ったのは。
ゆるく波打った薄茶色の長い髪。
六尺は優に超えているであろう、長身の大男がそびえるようにそこに立っていた。
腰までの長い髪を結いもせずに振り乱し、黒い着物の裾をからげた男の姿は娘には異様に思えた。
思わず、後ずさりをしようとした娘の腕を男は俊敏な動作で捉えた。
「はなして……!」
「ばか、水の中に落ちる気か!」
そう言われて娘はハッとした。
振り向けば、もう水辺の際まで後がない。
すんでのところで頭から泉の中に飛び込んでしまうところだった。
「……ありがとう、ございます」
「気をつけろ。小さな泉に見えてもここはかなり深い」
腕を捉えられ、男の胸に引き寄せられた娘が恐る恐る顔を上げた。
涼し気な一対の瞳がじっとこちらを見下ろしている。
瞬きもせず真剣に娘の瞳を覗き込んでいる男の瞳はなぜか淡く金色に光っているように見える。
『なんてふしぎな……』
思わず男の瞳に宿る不可思議な光に見惚れそうになった娘だったが、身体に回された男の腕の熱さにふと我に返った。
見も知らぬ男に抱きかかえられ、互いの息遣いさえ聞こえるような距離にいることに気づき、娘は頬を紅く染めた。
「もう、大丈夫ですから……お放しください」
顔を伏せ、小さな両手で男の胸を押しのけながら、娘はか細い声で懇願するように言った。
「……ああ、すまん。怯えさせるつもりはなかった」
抱きすくめていた両腕をゆるめ、男は少女を解放した。
「だが、まだ答えを聞いておらんな」
腰を折り、少女と目線を合わせてから男は笑みを浮かべて言った。
「え……」
「先ほど言っただろう。『水を都合してやると言ったら、どうする』と」
0
お気に入りに追加
42
あなたにおすすめの小説
イケメン副社長のターゲットは私!?~彼と秘密のルームシェア~
美和優希
恋愛
木下紗和は、務めていた会社を解雇されてから、再就職先が見つからずにいる。
貯蓄も底をつく中、兄の社宅に転がり込んでいたものの、頼りにしていた兄が突然転勤になり住む場所も失ってしまう。
そんな時、大手お菓子メーカーの副社長に救いの手を差しのべられた。
紗和は、副社長の秘書として働けることになったのだ。
そして不安一杯の中、提供された新しい住まいはなんと、副社長の自宅で……!?
突然始まった秘密のルームシェア。
日頃は優しくて紳士的なのに、時々意地悪にからかってくる副社長に気づいたときには惹かれていて──。
初回公開・完結*2017.12.21(他サイト)
アルファポリスでの公開日*2020.02.16
*表紙画像は写真AC(かずなり777様)のフリー素材を使わせていただいてます。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

知らずに双子パパになっていた御曹司社長は、愛する妻子を溺愛したい
及川 桜
恋愛
児童養護施設の学習ボランティアにとんでもない男が入ってきた!?
眉目秀麗、高学歴、おまけに財閥御曹司。
不愛想でいけすかない奴だと思っていたのに、どんどん惹かれていって・・・
子どもができたことは彼には内緒。
誰よりも大切なあなたの将来のために。
隠れドS上司をうっかり襲ったら、独占愛で縛られました
加地アヤメ
恋愛
商品企画部で働く三十歳の春陽は、周囲の怒涛の結婚ラッシュに財布と心を痛める日々。結婚相手どころか何年も恋人すらいない自分は、このまま一生独り身かも――と盛大に凹んでいたある日、酔った勢いでクールな上司・千木良を押し倒してしまった!? 幸か不幸か何も覚えていない春陽に、全てなかったことにしてくれた千木良。だけど、不意打ちのように甘やかしてくる彼の思わせぶりな言動に、どうしようもなく心と体が疼いてしまい……。「どうやら私は、かなり独占欲が強い、嫉妬深い男のようだよ」クールな隠れドS上司をうっかりその気にさせてしまったアラサー女子の、甘すぎる受難!
優しい愛に包まれて~イケメンとの同居生活はドキドキの連続です~
けいこ
恋愛
人生に疲れ、自暴自棄になり、私はいろんなことから逃げていた。
してはいけないことをしてしまった自分を恥ながらも、この関係を断ち切れないままでいた。
そんな私に、ひょんなことから同居生活を始めた個性的なイケメン男子達が、それぞれに甘く優しく、大人の女の恋心をくすぐるような言葉をかけてくる…
ピアノが得意で大企業の御曹司、山崎祥太君、24歳。
有名大学に通い医師を目指してる、神田文都君、23歳。
美大生で画家志望の、望月颯君、21歳。
真っ直ぐで素直なみんなとの関わりの中で、ひどく冷め切った心が、ゆっくり溶けていくのがわかった。
家族、同居の女子達ともいろいろあって、大きく揺れ動く気持ちに戸惑いを隠せない。
こんな私でもやり直せるの?
幸せを願っても…いいの?
動き出す私の未来には、いったい何が待ち受けているの?

社長室の蜜月
ゆる
恋愛
内容紹介:
若き社長・西園寺蓮の秘書に抜擢された相沢結衣は、突然の異動に戸惑いながらも、彼の完璧主義に応えるため懸命に働く日々を送る。冷徹で近寄りがたい蓮のもとで奮闘する中、結衣は彼の意外な一面や、秘められた孤独を知り、次第に特別な絆を築いていく。
一方で、同期の嫉妬や社内の噂、さらには会社を揺るがす陰謀に巻き込まれる結衣。それでも、蓮との信頼関係を深めながら、二人は困難を乗り越えようとする。
仕事のパートナーから始まる二人の関係は、やがて揺るぎない愛情へと発展していく――。オフィスラブならではの緊張感と温かさ、そして心揺さぶるロマンティックな展開が詰まった、大人の純愛ストーリー。

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。
海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。
ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。
「案外、本当に君以外いないかも」
「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」
「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」
そのドクターの甘さは手加減を知らない。
【登場人物】
末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。
恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる?
田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い?
【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる