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「社長、先日の雑誌のインタビュー記事、確認用の原稿が届きました。一度お目通しをお願いします」

「ん、ありがとう。如月さん」

 百合が確認を終えた原稿をクリアファイルに入れて鬼嶋に手渡した……その時、ほんの少しだけ指先が触れる。

 鬼嶋の顔を見ると、かすかに微笑みを浮かべて「どうかしたのか」とでも言いたげに百合をみつめている。

「……確認、終わりましたら雑誌社に返信いたします、ので」

 よろしくお願いします……と続けてから百合は自席に戻りさり気なく頬に手を当てた。

 ――ダメだ。いちいち照れてなんかいたら仕事にならない。しっかりしなきゃ!

 百合が新しい会社に転職して一か月が経とうとしていた。

 仕事はすこぶる順調で、社長の鬼嶋は常に多忙でありながら非常に有能な人物で、百合や部下に対して適切な指示とフォローを欠かさない。

 社長として大きな決断が必要な際も迷うことなく冷静な判断を下していく姿は、さすがに若くして社長になっただけのことはあると思わせる貫禄があった。

 ほんのりと熱くなった頬の熱を冷ますべく、会議資料の作成に取り掛かろうとしたその時、鬼嶋が思い出したように百合に声をかけた。

「あ、如月さん。今週金曜日の夜、予定は空いてる?」

「え、はい。午前中に打ち合わせが入っていますが、午後はフリーですよ」

 スケジューラーを見ながらそう答える百合の顔を、一瞬きょとんとした顔で見つめていた鬼嶋だったが、すぐに「ああ」と頷いた。

「ごめん、勘違いさせたね。……俺じゃなくて、君の予定を聞きたかったんだけど」

「えっ、私の?」

「そう。二人で食事でもどうかなと思ってね。……この前の歓迎会ではあまり話ができなかったし、君に来てもらってから俺もすごく助かっているから、日頃のお礼も兼ねて」

「どうかな?」と首を傾げた鬼嶋に、百合は一も二もなく頷いた。

「よかった、じゃあ、知り合いがやってる店を予約しておくから。楽しみにしてて」

「ありがとうございます。……楽しみです」

『二人で』という一言に胸がときめかないわけがない。

 資料作成を始めながらも嬉しさからつい口元が緩むのを感じてしまう。

 ――金曜日、何を着ようかな……。こんな気分になるのは久しぶり。

 今日は仕事を定時で上がって、服でも見て帰ろうか。浮き浮きとした気持ちで百合はキーボードをたたき始めた。


 ※※※


 そして、待ちに待った金曜日――。

 新調した春らしい薄いラベンダー色のワンピースに身を包んだ百合は仕事をキッチリ定時で終え、はやる気持ちを抑えながら自分のデスクに座っていた。

「ごめん、待たせたね」

 会議室から電話を終えた鬼嶋が出てきてそう詫びると、百合は全然、と首を振った。

 オフィスから出て駐車場に向かい、鬼嶋の自家用車で店まで向かうのことになっていたのだが、指定の駐車スペースに停まっている車を見て百合は意外に思った。

 駐車されていたのは、ツーシーターのコロンとしたフォルムの外車でサンルーフがついている。

 世の社長が乗り回していそうな、黒光りするごつい高級車を想像していた百合は一瞬あっけにとられたけれど、おもちゃのような車の運転席に大柄の鬼嶋が窮屈そうに座っているのはなんだか可愛らしい光景だった。

「可愛い車ですね。綺麗な色……」

 秋の青空のような澄み切った水色のボンネットは艶々と光っている。

「うん、らしくないって言われるけど、デザインが気に入ってね。……ちょっと、窮屈だけど」

 エンジンを始動させながら鬼嶋が百合に笑いかける。

 狭い車内のせいでいつも以上に距離が近く感じる。

 ――二人でドライブなんて、デートみたい。

 ふと、そんなことを思って百合は顔をほんのり赤らめた。

 天気のいい日にこんな車で自然が豊かな郊外へドライブにでかけたらきっと楽しいだろうな――。お弁当を作ってハイキングに出かけるとか……。

「如月さんは、好き嫌いはないんだっけ?」

「あ、はい。特には……。何でも大丈夫です」

「よかった。今日行く店は、俺の隠れ家にしてる店だから」

 信号待ちで停車中、鬼嶋は百合の方をみて悪戯っぽく笑って唇に人差し指を当てた。

「……他の奴らには内緒だよ?」
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