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35-4 恋人たちの森
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「巫女様……愛の女神様にお願いがあります」
ミレーヌは膝を折り両手を胸の前に合わせて巫女の瞳を真剣な眼差しで見つめた。
魂だけになったはずなのに、まだ自分の身体がそこにあるかのように感じるのが不思議だった。
事実、巫女の方もミレーヌがそこに「いる」かのように振舞っている。
「どんな形でも構いません。どうかもう一度フェリクス・ド・アルノーに会わせてください……!」
そう言い終わるとミレーヌはぎゅっと両目を閉じた。
「……」
靴音も衣擦れの音も全く聞こえてこなかった。
それなのにいつの間にか巫女はミレーヌのすぐ隣に立ち彼女を見下ろしていた。
ミレーヌの瞳を覗き込んでから何事かを考えるような素振りで小首を傾げる。
「魂のまま、この世界にとどまることはできません……。あなたは、今の姿を一度捨てねばならない」
凛とした声音で巫女はミレーヌにそう言うと、彼女の足元に視線を移した。
「あっ……」
巫女の視線を追って自らの足元を見たミレーヌは思わず声を上げた。足のつま先が淡く光り小さな光の粒となって散りかけている。
ほんの少しずつ、でも確実に、ミレーヌの魂は生前の姿を失いかけているのだった。
「選択肢は一つだけ……。願いをかなえるには、あなたは今の姿を捨て、試練を受けなければならない」
「試練……?」
ミレーヌが問い返すと巫女は静かに頷いた。
「この世界と似た別の世に生まれて……同じような境遇を通して『彼』の痛みを知る……それでも今の気持ちを取り戻せたら」
足先と同じように光に包まれて徐々に形を失っていく手に触れながら、巫女はミレーヌの瞳を覗き込むように見つめる。
「愛する心を失わずにいられたら……あなたの願いは叶うでしょう」
ミレーヌの手をそっと放し、巫女は自らの両手を広げた。
「試練を、受ける覚悟があるか――。決めるのは、あなたです」
その頃には指先ばかりでなくミレーヌの全身が淡い光に包まれつつあった。
残り時間はもう僅かもない。そして巫女の瞳を見返したミレーヌの目に迷いはなかった。
「――約束を守る為なら……」
ミレーヌのその言葉に巫女は頷くと、祈るように両手を胸の前で組み合わせた。
「あなたがそう望むなら……神のご加護があらんことを……!」
巫女がそう言い終えた直後、ミレーヌの身体を包む光が一層その強さを増した。
ついに全身が眩い光に包まれた――、と思ったその瞬間、美鈴は意識を取り戻した。
『ミレーヌ』として生きた記憶が蘇ったと同時に、元の世界で経験した出来事がある意味を持って思い起こされてくる。
美鈴がずっと恋愛沙汰を避けていた原因――それは高校生の頃に母の浮気現場に出くわしてしまったことだった。
海外出張で一年の半分の間家を空けていた父とそれを不満に思っていた母。
二人の溝は年と共に深いものになっていき、美鈴が大学生になったその春に離婚が成立した。
――愛や恋なんて、しょせんは幻想。いつかは必ず冷めるもの。
冷え切った両親の関係を見て育った美鈴には自分が人を愛することができるなどと想像することもできなかった。
この世界に来るまでは……。彼と会うまでは。
「巫女様……わたし……」
ミレーヌは膝を折り両手を胸の前に合わせて巫女の瞳を真剣な眼差しで見つめた。
魂だけになったはずなのに、まだ自分の身体がそこにあるかのように感じるのが不思議だった。
事実、巫女の方もミレーヌがそこに「いる」かのように振舞っている。
「どんな形でも構いません。どうかもう一度フェリクス・ド・アルノーに会わせてください……!」
そう言い終わるとミレーヌはぎゅっと両目を閉じた。
「……」
靴音も衣擦れの音も全く聞こえてこなかった。
それなのにいつの間にか巫女はミレーヌのすぐ隣に立ち彼女を見下ろしていた。
ミレーヌの瞳を覗き込んでから何事かを考えるような素振りで小首を傾げる。
「魂のまま、この世界にとどまることはできません……。あなたは、今の姿を一度捨てねばならない」
凛とした声音で巫女はミレーヌにそう言うと、彼女の足元に視線を移した。
「あっ……」
巫女の視線を追って自らの足元を見たミレーヌは思わず声を上げた。足のつま先が淡く光り小さな光の粒となって散りかけている。
ほんの少しずつ、でも確実に、ミレーヌの魂は生前の姿を失いかけているのだった。
「選択肢は一つだけ……。願いをかなえるには、あなたは今の姿を捨て、試練を受けなければならない」
「試練……?」
ミレーヌが問い返すと巫女は静かに頷いた。
「この世界と似た別の世に生まれて……同じような境遇を通して『彼』の痛みを知る……それでも今の気持ちを取り戻せたら」
足先と同じように光に包まれて徐々に形を失っていく手に触れながら、巫女はミレーヌの瞳を覗き込むように見つめる。
「愛する心を失わずにいられたら……あなたの願いは叶うでしょう」
ミレーヌの手をそっと放し、巫女は自らの両手を広げた。
「試練を、受ける覚悟があるか――。決めるのは、あなたです」
その頃には指先ばかりでなくミレーヌの全身が淡い光に包まれつつあった。
残り時間はもう僅かもない。そして巫女の瞳を見返したミレーヌの目に迷いはなかった。
「――約束を守る為なら……」
ミレーヌのその言葉に巫女は頷くと、祈るように両手を胸の前で組み合わせた。
「あなたがそう望むなら……神のご加護があらんことを……!」
巫女がそう言い終えた直後、ミレーヌの身体を包む光が一層その強さを増した。
ついに全身が眩い光に包まれた――、と思ったその瞬間、美鈴は意識を取り戻した。
『ミレーヌ』として生きた記憶が蘇ったと同時に、元の世界で経験した出来事がある意味を持って思い起こされてくる。
美鈴がずっと恋愛沙汰を避けていた原因――それは高校生の頃に母の浮気現場に出くわしてしまったことだった。
海外出張で一年の半分の間家を空けていた父とそれを不満に思っていた母。
二人の溝は年と共に深いものになっていき、美鈴が大学生になったその春に離婚が成立した。
――愛や恋なんて、しょせんは幻想。いつかは必ず冷めるもの。
冷え切った両親の関係を見て育った美鈴には自分が人を愛することができるなどと想像することもできなかった。
この世界に来るまでは……。彼と会うまでは。
「巫女様……わたし……」
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