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31-6 侯爵令嬢のサロン

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 アリアンヌの言葉に従い、令嬢たちは次々とサロンを去っていく。

 最後にサロンを去ったのはカロリーヌ……利き茶に細工をした著本人だ。

「アリアンヌ様、わたくしは……!」

「……言い訳は無用よ。ミレイ様と二人きりにして頂戴」

 何とか弁明を試みようとするカロリーヌだったが、アリアンヌは氷のような冷たい視線を送り、無言で退出を促しただけだった。

 絶望した表情で視線を彷徨わせた後、席に座ったままの美鈴に目を留めたその瞬間、カロリーヌの瞳の中に赤々と憎しみの炎が燃え上がった。

 カロリーヌが客間を出て行き、召使いたちに対しても人払いをするよう申し付けると、アリアンヌは美鈴の真向かいの席に座った。

 先ほどまで華やいでいた空間に今はアリアンヌとたった二人きり――。

「先ほどの利き茶、見事だったわ」

 凛と透き通った声でアリアンヌが言った。

「よほど深い知識をお持ちのようね。カロリーヌがすり替えたお茶……あのお茶についてもあなたは正しい答えを知っていたのでしょう?」

「はい……アリアンヌ様」

 静かにそう答えた美鈴をしげしげと眺めながら、アリアンヌは優雅に小首を傾げた。

「……本当に不思議な方……だからこそ、フェリクスはあなたに惹かれているのかしら」

 思いがけなくアリアンヌの口からフェリクスの名がでたことに美鈴は一瞬ドキリとした。

 しかし、リオネルから聞いた話では、彼女とフェリクスは婚約間近という噂だったはずだけれど――。

 フェリクスから宮廷歌劇の招待を受けたことを知って、何か誤解をしているのだろうか――。

 もし、そうだとしたら、アリアンヌが気の毒だと美鈴は思った。

 自分とフェリクスとの間にはまだ何もない――この夏を共に過ごして以前よりも彼の人となりを知り、惹かれ始めていることは確かだったけれど……。

 それも、侯爵家との縁談の話を聞くまでのことだ。侯爵家との縁談が持ち上がっているフェリクスに想いを寄せることなど、美鈴には考えられなかった。

 ――彼女に、伝えなくては……。

 膝に落としていた視線を上げると、アリアンヌと目が合った。

 意外なことに――この世にもまれな美しい令嬢はなぜか哀し気な表情を浮かべて美鈴をじっと見つめていた。

「……わたくしは、これまで自分以外の誰かになりたいなどと、思ったことは一度もなかったわ」

 気のせいだろうか、美鈴にはアリアンヌの声がほんの少し震えているように聞こえた。

「侯爵家の令嬢として相応しい人間であろうと努力し、自分を磨いて来たし、そのことに自信を持っている……けれど」

「アリアンヌ様……」

「……あなたがうらやましいわ。いとも簡単にフェリクスの心を手に入れてしまった、あなたが」

 彼女の胸に溢れているのは、悔しさなのだろうか、それとも悲しみ……?

 高貴な人々は人前で感情を見せてはならない。アリアンヌは決して泣いてなどいなかった。

 けれど、その美しく大きな瞳には確かにうっすらと涙が浮かんでいた。

「長らく、中断していた婚約の話が伯爵家の希望で白紙になったの。フェリクスはこう言ったわ。――結婚を申し込みたい女性がいるから、と」
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