66 / 85
31-3 侯爵令嬢のサロン
しおりを挟む
バラート
セーロン
そしてシーナ……
カードには紅茶の産地として有名な三つの国名が飾り文字で描かれている。
イグランド等の交易国を通して世界的な紅茶の産地から取り寄せられた最高級の茶葉。
専門商社を通して取り扱われる紅茶の流通量はパリスイでもまだ少ない。
したがって、午後の紅茶を嗜むことができ、ましてや各産地の銘柄について語れるだけの財力を持った貴族はほんの一握りだった。
ルクリュ家では子爵夫人ロズリーヌが紅茶の愛好家であることから、しばしば邸宅でティータイムを楽しむことはあった。
しかし、上級貴族が手に入れるような最高級の銘柄、最も良い時期に収穫された希少な茶葉となればなかなか手に入れることは難しい。
紅茶は、収穫する季節や標高などの条件によって驚くほどその品質――色や香りに違いが出る。
ここにいる令嬢、ましてやゲームに挑む令嬢たちは恐らくそうそうたる家柄の出身に違いない。
日常的に紅茶を嗜んでいる彼女たちを相手に、果たして勝負になるだろうか……。
一瞬、目の前が暗くなりかけた美鈴だったが、一つ深呼吸をしてから顔を上げて前を向いた。
――落ち着きを無くしている場合じゃないわ。
視線の先にいるアリアンヌを美鈴はじっと見つめた。
こんなことで――こんなつまらないことで、自分を助けてくれたルクリュ家の子爵夫妻に迷惑をかけたくはなかった。
何としてでもこの場を切り抜けて、アリアンヌの疑いを晴らさなくては――。
元の世界で紅茶愛好家であった美鈴はこちらに来てからもいくつか紅茶の文献を読んだり、実際に味わった紅茶について調べてみたりもしていた。
この異世界は元の世界との共通点も多い――まるで、歴史上のほんの少しのきっかけで枝分かれをした並行世界のように。
付け焼刃だけれど、この世界の知識と元の世界の知識を総動員すれば、何とか道は開けるはず……。
――見ていなさい。
美鈴は思った。
――東京の紅茶店は残らず回ったわたしよ。……負ける気がしないわ。
美鈴は覚悟を決めた。
白い、小さな取っ手のないシンプルな陶磁器にはほんの少量、一口にも満たないような量の紅茶が注がれている。
まず、香りを確かめてから、ゆっくりと少量の紅茶を口に含む。
ややオレンジがかった黄金色の紅茶は、すっきりとした味わいで紅茶というよりも緑茶にやや近い。
――若い味わい……。元の世界では確かヌワラエリヤといったかしら。標高の高い地域でとれる種類だったはず――。
元の世界で味わった紅茶の情報と本で学んだこの世界の紅茶産地の情報を照らし合わせて、冷静に判断していく。
一杯目、二杯目、そして最後の三杯目を飲み終えて、カードを陶磁器の目の前にピタリと置く。
カードを置く手の動きに一切の迷いはない。事実、その判断のスピードは隣のテーブルのルイーズよりも早かった。
意外な展開に見守る令嬢たちからもざわめきが漏れる。
「あら……あんなにも早く!?」
「苦し紛れの当てずっぽうではなくて?」
「でも、ルイーズ様はまだ迷っていらっしゃるわよ?」
取り巻く令嬢たちのざわめきには耳もかさず、背筋を伸ばして美鈴はテーブルの向こうのアリアンヌの瞳をまっすぐに見すえた。
アリアンヌも冷然と美鈴の瞳を見返している。
数分後、やっとルイーズがカードを並べ終わった。それを見計らって、菫色の瞳の令嬢が二つのテーブルの間に立った。
「……それでは、お二人の答えを確認します――。」
セーロン
そしてシーナ……
カードには紅茶の産地として有名な三つの国名が飾り文字で描かれている。
イグランド等の交易国を通して世界的な紅茶の産地から取り寄せられた最高級の茶葉。
専門商社を通して取り扱われる紅茶の流通量はパリスイでもまだ少ない。
したがって、午後の紅茶を嗜むことができ、ましてや各産地の銘柄について語れるだけの財力を持った貴族はほんの一握りだった。
ルクリュ家では子爵夫人ロズリーヌが紅茶の愛好家であることから、しばしば邸宅でティータイムを楽しむことはあった。
しかし、上級貴族が手に入れるような最高級の銘柄、最も良い時期に収穫された希少な茶葉となればなかなか手に入れることは難しい。
紅茶は、収穫する季節や標高などの条件によって驚くほどその品質――色や香りに違いが出る。
ここにいる令嬢、ましてやゲームに挑む令嬢たちは恐らくそうそうたる家柄の出身に違いない。
日常的に紅茶を嗜んでいる彼女たちを相手に、果たして勝負になるだろうか……。
一瞬、目の前が暗くなりかけた美鈴だったが、一つ深呼吸をしてから顔を上げて前を向いた。
――落ち着きを無くしている場合じゃないわ。
視線の先にいるアリアンヌを美鈴はじっと見つめた。
こんなことで――こんなつまらないことで、自分を助けてくれたルクリュ家の子爵夫妻に迷惑をかけたくはなかった。
何としてでもこの場を切り抜けて、アリアンヌの疑いを晴らさなくては――。
元の世界で紅茶愛好家であった美鈴はこちらに来てからもいくつか紅茶の文献を読んだり、実際に味わった紅茶について調べてみたりもしていた。
この異世界は元の世界との共通点も多い――まるで、歴史上のほんの少しのきっかけで枝分かれをした並行世界のように。
付け焼刃だけれど、この世界の知識と元の世界の知識を総動員すれば、何とか道は開けるはず……。
――見ていなさい。
美鈴は思った。
――東京の紅茶店は残らず回ったわたしよ。……負ける気がしないわ。
美鈴は覚悟を決めた。
白い、小さな取っ手のないシンプルな陶磁器にはほんの少量、一口にも満たないような量の紅茶が注がれている。
まず、香りを確かめてから、ゆっくりと少量の紅茶を口に含む。
ややオレンジがかった黄金色の紅茶は、すっきりとした味わいで紅茶というよりも緑茶にやや近い。
――若い味わい……。元の世界では確かヌワラエリヤといったかしら。標高の高い地域でとれる種類だったはず――。
元の世界で味わった紅茶の情報と本で学んだこの世界の紅茶産地の情報を照らし合わせて、冷静に判断していく。
一杯目、二杯目、そして最後の三杯目を飲み終えて、カードを陶磁器の目の前にピタリと置く。
カードを置く手の動きに一切の迷いはない。事実、その判断のスピードは隣のテーブルのルイーズよりも早かった。
意外な展開に見守る令嬢たちからもざわめきが漏れる。
「あら……あんなにも早く!?」
「苦し紛れの当てずっぽうではなくて?」
「でも、ルイーズ様はまだ迷っていらっしゃるわよ?」
取り巻く令嬢たちのざわめきには耳もかさず、背筋を伸ばして美鈴はテーブルの向こうのアリアンヌの瞳をまっすぐに見すえた。
アリアンヌも冷然と美鈴の瞳を見返している。
数分後、やっとルイーズがカードを並べ終わった。それを見計らって、菫色の瞳の令嬢が二つのテーブルの間に立った。
「……それでは、お二人の答えを確認します――。」
1
お気に入りに追加
632
あなたにおすすめの小説
旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます
結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】
ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。

【完結】幼い頃から婚約を誓っていた伯爵に婚約破棄されましたが、数年後に驚くべき事実が発覚したので会いに行こうと思います
菊池 快晴
恋愛
令嬢メアリーは、幼い頃から将来を誓い合ったゼイン伯爵に婚約破棄される。
その隣には見知らぬ女性が立っていた。
二人は傍から見ても仲睦まじいカップルだった。
両家の挨拶を終えて、幸せな結婚前パーティで、その出来事は起こった。
メアリーは彼との出会いを思い返しながら打ちひしがれる。
数年後、心の傷がようやく癒えた頃、メアリーの前に、謎の女性が現れる。
彼女の口から発せられた言葉は、ゼインのとんでもない事実だった――。
※ハッピーエンド&純愛
他サイトでも掲載しております。

幼い頃に魔境に捨てたくせに、今更戻れと言われて戻るはずがないでしょ!
克全
恋愛
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。
ニルラル公爵の令嬢カチュアは、僅か3才の時に大魔境に捨てられた。ニルラル公爵を誑かした悪女、ビエンナの仕業だった。普通なら獣に喰われて死にはずなのだが、カチュアは大陸一の強国ミルバル皇国の次期聖女で、聖獣に護られ生きていた。一方の皇国では、次期聖女を見つけることができず、当代の聖女も役目の負担で病み衰え、次期聖女発見に皇国の存亡がかかっていた。

辺境伯へ嫁ぎます。
アズやっこ
恋愛
私の父、国王陛下から、辺境伯へ嫁げと言われました。
隣国の王子の次は辺境伯ですか… 分かりました。
私は第二王女。所詮国の為の駒でしかないのです。 例え父であっても国王陛下には逆らえません。
辺境伯様… 若くして家督を継がれ、辺境の地を護っています。
本来ならば第一王女のお姉様が嫁ぐはずでした。
辺境伯様も10歳も年下の私を妻として娶らなければいけないなんて可哀想です。
辺境伯様、大丈夫です。私はご迷惑はおかけしません。
それでも、もし、私でも良いのなら…こんな小娘でも良いのなら…貴方を愛しても良いですか?貴方も私を愛してくれますか?
そんな望みを抱いてしまいます。
❈ 作者独自の世界観です。
❈ 設定はゆるいです。
(言葉使いなど、優しい目で読んで頂けると幸いです)
❈ 誤字脱字等教えて頂けると幸いです。
(出来れば望ましいと思う字、文章を教えて頂けると嬉しいです)
とまどいの花嫁は、夫から逃げられない
椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ
初夜、夫は愛人の家へと行った。
戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。
「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」
と言い置いて。
やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に
彼女は強い違和感を感じる。
夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り
突然彼女を溺愛し始めたからだ
______________________
✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定)
✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです
✴︎なろうさんにも投稿しています
私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

家族と移住した先で隠しキャラ拾いました
狭山ひびき@バカふり200万部突破
恋愛
「はい、ちゅーもーっく! 本日わたしは、とうとう王太子殿下から婚約破棄をされました! これがその証拠です!」
ヴィルヘルミーネ・フェルゼンシュタインは、そう言って家族に王太子から届いた手紙を見せた。
「「「やっぱりかー」」」
すぐさま合いの手を入れる家族は、前世から家族である。
日本で死んで、この世界――前世でヴィルヘルミーネがはまっていた乙女ゲームの世界に転生したのだ。
しかも、ヴィルヘルミーネは悪役令嬢、そして家族は当然悪役令嬢の家族として。
ゆえに、王太子から婚約破棄を突きつけられることもわかっていた。
前世の記憶を取り戻した一年前から準備に準備を重ね、婚約破棄後の身の振り方を決めていたヴィルヘルミーネたちは慌てず、こう宣言した。
「船に乗ってシュティリエ国へ逃亡するぞー!」「「「おー!」」」
前世も今も、実に能天気な家族たちは、こうして断罪される前にそそくさと海を挟んだ隣国シュティリエ国へ逃亡したのである。
そして、シュティリエ国へ逃亡し、新しい生活をはじめた矢先、ヴィルヘルミーネは庭先で真っ黒い兎を見つけて保護をする。
まさかこの兎が、乙女ゲームのラスボスであるとは気づかづに――
廃妃の再婚
束原ミヤコ
恋愛
伯爵家の令嬢としてうまれたフィアナは、母を亡くしてからというもの
父にも第二夫人にも、そして腹違いの妹にも邪険に扱われていた。
ある日フィアナは、川で倒れている青年を助ける。
それから四年後、フィアナの元に国王から結婚の申し込みがくる。
身分差を気にしながらも断ることができず、フィアナは王妃となった。
あの時助けた青年は、国王になっていたのである。
「君を永遠に愛する」と約束をした国王カトル・エスタニアは
結婚してすぐに辺境にて部族の反乱が起こり、平定戦に向かう。
帰還したカトルは、族長の娘であり『精霊の愛し子』と呼ばれている美しい女性イルサナを連れていた。
カトルはイルサナを寵愛しはじめる。
王城にて居場所を失ったフィアナは、聖騎士ユリシアスに下賜されることになる。
ユリシアスは先の戦いで怪我を負い、顔の半分を包帯で覆っている寡黙な男だった。
引け目を感じながらフィアナはユリシアスと過ごすことになる。
ユリシアスと過ごすうち、フィアナは彼と惹かれ合っていく。
だがユリシアスは何かを隠しているようだ。
それはカトルの抱える、真実だった──。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる