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31-2 侯爵令嬢のサロン
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「……そうね。あなた方も準備はよろしくって?」
周囲をぐるりと見まわすアリアンヌに答えて、令嬢たちはそれぞれに頷いた。
それを合図に、扉の外で待機していたらしい館の召使いたちが部屋の中へ次々と覆いをかけたワゴンを運び入れる。
あっけにとられてその様子を見ている美鈴の肩に、侯爵令嬢の白魚のような美しい手がそっと置かれた。
「……あなたのことをよく知るために、どうしたらよいか。わたくしこれまでずっと考えてきましたの」
囁くような声で語るアリアンヌの声にはどこかこれまでと違う冷たい響きがあった。
「パリスイの貴族社会に突然現れて……今までは、田舎の領地にいらっしゃったというけれど、ルクリュ子爵家の親戚筋にあなたのような方がいるとはついぞ聞いたことがないわ」
大きな青い瞳が射るような鋭さをもって美鈴をじっと見据えている。
「……大方、あなたはルクリュ家の『切り札』なのでしょう……? 亡くした娘の代わりに、貴族の地位を与えて美しさを武器に大貴族との婚姻に利用するための」
「アリアンヌ様、それは――!」
ルクリュ子爵家が、異世界に迷い込んだ自分に居場所を与えてくれたことは事実だけれど、子爵夫妻が美鈴を利用しようとしているなどというのはとんでもない誤解だ。
「いいえ、言い訳は無用よ。――にわか仕込みの貴族令嬢など、わたくしに見破れないとお思い?」
アリアンヌの唇に、ふっと冷たい笑みが浮かんだ。
「ここにいるのは良家の令嬢たちばかりです。……貴族令嬢に相応しいやり方で、あなたの化けの皮を剥がしてあげるわ」
ちょうどその時、列の最後にいた四台目のワゴンが広間の中へ滑り込んだ。
「……一体何をするおつもりなのです?」
ルクリュ家の体面を保つためにも、なんとかこの場を無難に切り抜けなければ……美鈴は出来る限り平静を装いながらアリアンヌに尋ねた。
「あなたには、わたくしの親友たちとちょっとしたゲームをしていただきます」
それだけ言うと、アリアンヌは興味津々といった瞳で視線を送っている令嬢たちに高らかに宣言した。
「みなさま、それでは『利き茶』をはじめましょう!」
「さあ、こちらですわミレイ様」
さきほどはしゃいだ声を上げた、オレンジがかった金髪の令嬢が美鈴を二つならんだテーブルに案内した。
それぞれのテーブルには、椅子が一脚のみ、それも背中合わせになるように置かれている。
「ミレイ様がこちらの椅子、わたくしはあちらの椅子に座ります――『利き茶』ゲームを以前されたことは……?」
「いいえ、ありません」
きっぱりとそういう美鈴を、令嬢は面白そうに眺めた。
「……そうだろうと思いましたわ。では、説明をさせて頂きますわ」
令嬢が給仕に目配せすると、ワゴンの覆いがさっと取り外され、そこから紅茶のティーセットが現れた。
「申し遅れましたが、わたくしはルイーズ。一番目の対戦相手をつとめさせていただきます」
ボリュームのある豪奢な巻き毛の令嬢はそう名乗ると美鈴を片方のテーブルにつかせた。
テーブルの上に用意されたのは、丸い茶盆に三つの取っ手のない小さな器――舶来物らしく、珍しい装飾がほどこされた陶磁器の中にはほんの少量の紅茶が注いであるようだった。
「……ここに用意されているのはいずれも異なる国から取り寄せられた最高級の紅茶ですわ。わたくしも隣のテーブルで同じものをいただきます」
陶磁器の中の紅茶は黄金色からより赤みがかったものまでそれぞれ色合いが微妙に異なっている。
「それぞれのお茶を味わい、飲み終わったらこのカードで……それぞれの紅茶の産地を当てていただきます」
ルイーズが示した三枚のカードにはそれぞれの国名が模様と共に飾り文字で描かれている。
「……貴族階級であれば、一度は味わったことのある銘柄ばかりですわ」
ご心配なさらず、と呟きながらルイーズは美鈴と背中合わせの自分の席についた。
二つのテーブルの周囲には、アリアンヌとその取り巻きをはじめ、令嬢たちが取り囲むように席につき、美鈴とルイーズの一挙手一投足を注視している。
「ちょっとしたお遊び」といいながら、アリアンヌの意図は明白だった。
子爵令嬢を名乗る美鈴が利き茶で敗北する様を上流階級の令嬢たちに見せつけることで、美鈴の出自にまつわる不確かな情報が世間に認識されることになる。
それこそがアリアンヌがこのサロンに美鈴を招いた真の目的だった。
周囲をぐるりと見まわすアリアンヌに答えて、令嬢たちはそれぞれに頷いた。
それを合図に、扉の外で待機していたらしい館の召使いたちが部屋の中へ次々と覆いをかけたワゴンを運び入れる。
あっけにとられてその様子を見ている美鈴の肩に、侯爵令嬢の白魚のような美しい手がそっと置かれた。
「……あなたのことをよく知るために、どうしたらよいか。わたくしこれまでずっと考えてきましたの」
囁くような声で語るアリアンヌの声にはどこかこれまでと違う冷たい響きがあった。
「パリスイの貴族社会に突然現れて……今までは、田舎の領地にいらっしゃったというけれど、ルクリュ子爵家の親戚筋にあなたのような方がいるとはついぞ聞いたことがないわ」
大きな青い瞳が射るような鋭さをもって美鈴をじっと見据えている。
「……大方、あなたはルクリュ家の『切り札』なのでしょう……? 亡くした娘の代わりに、貴族の地位を与えて美しさを武器に大貴族との婚姻に利用するための」
「アリアンヌ様、それは――!」
ルクリュ子爵家が、異世界に迷い込んだ自分に居場所を与えてくれたことは事実だけれど、子爵夫妻が美鈴を利用しようとしているなどというのはとんでもない誤解だ。
「いいえ、言い訳は無用よ。――にわか仕込みの貴族令嬢など、わたくしに見破れないとお思い?」
アリアンヌの唇に、ふっと冷たい笑みが浮かんだ。
「ここにいるのは良家の令嬢たちばかりです。……貴族令嬢に相応しいやり方で、あなたの化けの皮を剥がしてあげるわ」
ちょうどその時、列の最後にいた四台目のワゴンが広間の中へ滑り込んだ。
「……一体何をするおつもりなのです?」
ルクリュ家の体面を保つためにも、なんとかこの場を無難に切り抜けなければ……美鈴は出来る限り平静を装いながらアリアンヌに尋ねた。
「あなたには、わたくしの親友たちとちょっとしたゲームをしていただきます」
それだけ言うと、アリアンヌは興味津々といった瞳で視線を送っている令嬢たちに高らかに宣言した。
「みなさま、それでは『利き茶』をはじめましょう!」
「さあ、こちらですわミレイ様」
さきほどはしゃいだ声を上げた、オレンジがかった金髪の令嬢が美鈴を二つならんだテーブルに案内した。
それぞれのテーブルには、椅子が一脚のみ、それも背中合わせになるように置かれている。
「ミレイ様がこちらの椅子、わたくしはあちらの椅子に座ります――『利き茶』ゲームを以前されたことは……?」
「いいえ、ありません」
きっぱりとそういう美鈴を、令嬢は面白そうに眺めた。
「……そうだろうと思いましたわ。では、説明をさせて頂きますわ」
令嬢が給仕に目配せすると、ワゴンの覆いがさっと取り外され、そこから紅茶のティーセットが現れた。
「申し遅れましたが、わたくしはルイーズ。一番目の対戦相手をつとめさせていただきます」
ボリュームのある豪奢な巻き毛の令嬢はそう名乗ると美鈴を片方のテーブルにつかせた。
テーブルの上に用意されたのは、丸い茶盆に三つの取っ手のない小さな器――舶来物らしく、珍しい装飾がほどこされた陶磁器の中にはほんの少量の紅茶が注いであるようだった。
「……ここに用意されているのはいずれも異なる国から取り寄せられた最高級の紅茶ですわ。わたくしも隣のテーブルで同じものをいただきます」
陶磁器の中の紅茶は黄金色からより赤みがかったものまでそれぞれ色合いが微妙に異なっている。
「それぞれのお茶を味わい、飲み終わったらこのカードで……それぞれの紅茶の産地を当てていただきます」
ルイーズが示した三枚のカードにはそれぞれの国名が模様と共に飾り文字で描かれている。
「……貴族階級であれば、一度は味わったことのある銘柄ばかりですわ」
ご心配なさらず、と呟きながらルイーズは美鈴と背中合わせの自分の席についた。
二つのテーブルの周囲には、アリアンヌとその取り巻きをはじめ、令嬢たちが取り囲むように席につき、美鈴とルイーズの一挙手一投足を注視している。
「ちょっとしたお遊び」といいながら、アリアンヌの意図は明白だった。
子爵令嬢を名乗る美鈴が利き茶で敗北する様を上流階級の令嬢たちに見せつけることで、美鈴の出自にまつわる不確かな情報が世間に認識されることになる。
それこそがアリアンヌがこのサロンに美鈴を招いた真の目的だった。
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