44 / 85
21-3 伯爵家の御曹司
しおりを挟む
まるで重大な秘密を告白するかのように、フィリップは小声で美鈴に告げた。
まさか、これほどの腕前の持ち主だったとは……。
端正に彫り上げられた中央部のバラも、蓋部分に入れられた透かし彫りも、熟練の職人の手によるものかと思うほど美しい仕上がりだった。
「フィリップ様が……ご自分で?」
美鈴の問いにピクンと肩を震わせると、フィリップはもう一度こっくりと頷いた。
「凄い……! フィリップ様には才能があるのですね。こんな見事な細工ができるなんて」
「いいえ! 尊敬する人に比べたら私など、まだまだです。それに……」
もじもじと身体を軽く左右に揺すりながら、フィリップは小さな声で呟いた。
「貴女に……こんなことをお話ししてよいのか……でも、本当のところ」
意を決したような表情でフィリップは美鈴を見つめた。
「早く……身を固めることを父は望んでいます。でも、本当は……リタリアに行きたいのです」
「リタリア……!」
絵画をはじめとした芸術家、著名な工芸家を多く抱える隣国のリタリア。
フランツ王国からも貴族の青年達が教育の最終過程として訪れることがあるというが――。
「リタリアに行って……私の作品を見てもらい……教えを乞いたい方がいるので、でも」
夢見るような瞳を上げて、フィリップは天を仰いだ。
「きっと……無理なんです。僕は一応長男だし。才能だって、大したものではないかもしれないし……」
淋しそうなフィリップの横顔を見つめていると、美鈴は胸の中にふつふつと何かがこみあげて来るのを感じた。
「フィリップ様……自分の気持ちに素直になってくださいませ」
驚いたようにフィリップが顔を上げて美鈴を見た。
「……せっかく、素晴らしい才能を持っていらっしゃるのに。諦めるなんて……!」
もったいなさすぎる……美鈴は心からそう思った。
こんなことを言って……いいのだろうか?
私は婚活をしているはずじゃ……フィリップの結婚する気が削がれてしまったら、どうするの?
頭の中にいるもう一人の冷静な自分がそう言っているのが聞こえる。
しかし、目の前のフィリップの誠実な人柄やひたむきな思いを知ってしまった今、自分の利益のために彼の心を婚活に向けようなどとは考えらえなくなっていた。
「ご両親には、『独身の内に見聞を深めるため』とおっしゃればいいことです。こんなチャンスは滅多にないと思いますわ」
婚活中の、令嬢――そして、目の前の相手はお見合いの相手……しかも伯爵家の御曹司。
自分の立場を忘れてしまったかのように、気づけば美鈴はリタリア行きを可能にする具体的な方法まで熱弁してしまっている。
「まずは教えを乞いたいというその方にお手紙を書いて……伯爵家の家名をもってすれば、それも叶うでしょう。もしリタリアでも有数の彫金師に認めていただけるようなら、きっとご両親も許してくださるのでは?」
美鈴の熱のこもった言葉に、驚いた様子でぼうぜんと彼女を眺めていたフィリップがふと我に返った。
「貴女の言う通りだ……!」
フィリップは真剣な顔で何度も頷いた。
「何もしないまま、終わるのは僕も嫌だ……。リタリアに、行ってみることにするよ」
さきほどとは打って変わり、自信と希望に満ちた顔つきでフィリップは颯爽と立ち上がった。
……ああ、むざむざ、伯爵家の御曹司との結婚のチャンスを……。
そう悔やむ気持ちがないわけでない、しかし、美鈴はなぜだか晴れ晴れとした気分だった。
「ミレイ殿……ありがとう! 君が、僕に勇気をくれたんだ」
そう言ってフィリップは美鈴の両手をキュッと握った。
「いいえ、わたしは何も……。フィリップ様のご活躍をお祈りしておりますわ」
にっこりと笑って美鈴はフィリップに答えた。
「君こそ、元気で……。リタリアから、手紙を書くよ」
そう言い残すと、何度もこちらを振り返りながらフィリップは伯爵家の召使いと共に、元来た小路を帰ってゆく。
フィリップの姿が完全に見えなくなったところで、美鈴は椅子に腰を下ろすと、ほうっと息を吐いた。
……やっぱり、向いていないのかしら。
駆け引きなんて、自分にはとてもできそうにない……。
夏空は蒼く澄み渡り、多少の暑さはあるものの、空気は乾燥して過ごしやすい……。
それにしても疲れたわ。……いっそここで眠ってしまいたい。
もちろんそんなことは叶わないと知りながら、眠気を感じてあくびをしながら、美鈴は椅子に上半身を横たえた。
そっと目を閉じると、小鳥のさえずりと遠くからかすかに聞こえてくる賑やかなメインストリートのざわめきだけが聞こえてくる。
そうして数分の間じっと微動だにせず横たわっていると、普段より研ぎ澄まされた耳がかすかな足音と衣擦れの音を捉えた。
……執事が呼びに来たのかしら?
うっすらと目を開けた美鈴の瞳に映ったのは、黒髪の長身――趣味の好い夏物のグレイの上衣、白のズボン、男らしい端正な顔立ち……。
「……! リオネル」
飛び起きるように身体を起こして居ずまいを正す。
「やぁ、奇遇だな」
にっこりと笑いかけながら軽く帽子を脱いで、リオネルは美鈴に会釈した。
なぜ、彼がここに……。
そう思ってからすぐに美鈴はそれが愚問だと思い直した。
ジャネットに子爵夫人、彼の情報源はいくらでも思い当たる。
ましてや、今日の装い――ドレスの準備という点で彼はこのお見合いに多大な貢献をしてくれた人物だ。
美鈴がいつどこでフィリップと会う手はずになっているか……知らない方がおかしいではないか。
「奇遇ね。お散歩かしら?」
「まあ、そんなところだ。隣、座っても?」
「ええ、どうぞ」
お見合いに失敗した今、気が抜けてリオネルに突っ張る気さえ失くしてしまったようだった。
「……お見合いは失敗よ。フィリップ様はリタリアに行くことになったわ」
「へえ……こんなにも魅力的な君を残して? 信じられないな」
わざとらしく眉を上げて、リオネルは意外だという表情を浮かべて見せる。
「……で、君の『気持ち』は?」
こころもち美鈴の方へ身を乗り出してリオネルは低い声で囁いた。
「よくわからないけど……。スッキリした気分よ。少し、残念な気もするけど……これで良かったんだって思える」
「世の中には、いろんな男がいるものだ。いろんな女がいるように」
神妙な顔でリオネルは頷くと、おもむろに立ち上がり美鈴に向かって片手を差し出した。
「もう少し、寄り道しないか。執事には、俺が話をつけるから……」
帰りの道すがら、リオネルは馬車をカフェの近くに停めさせ、召使いに二言三言言い聞かせた。
カフェへ使い走りに遣った召使いが持ち帰ったのは、冷たいアイスクリーム。
「さ、召し上がれ」
リオネルに勧められてそっと口をつけると、ひんやりとした感触とともに濃厚なヴァニラとほんのわずかなリキュールの香りが口の中に広がる。
「美味しい……!」
ちょうど喉が渇いていたこともあり、冷たいアイスクリームの上品な甘さはたちまちのうちに美鈴を虜にした。
「気に入ってもらえてよかった」
まるで子供のように無邪気にアイスに集中している彼女を、リオネルは目を細めて見つめている。
「……ミレイ、俺は少しの間旅に出る」
「……え?」
アイスクリームを食べ終え、馬車が再びルクリュ家へ向かって走り出した時、リオネルは美鈴に打ち明けた。
「ヴァカンスと商用旅行を兼ねて、数か国を巡ってくる。ひと月ほどは留守にするつもりだ」
「そう……、それは……」
この世界にやって来てから今までというもの、3日とリオネルと顔を合わせないことはなかった。
特にこのところは舞踏会やお見合いの衣装合わせでずっと彼の世話になりっぱなしだったことに、美鈴は改めて思い至った。
「リオネル……、あの」
こちらを見つめるヘーゼルグリーンの瞳がそっと優し気に細められる。
「色々と……ありがとう。舞踏会のことも、このドレスも……」
――素直に、心から感謝を伝えたいだけなのに。
たどたどしく言葉を紡ぎながら、美鈴は自分が歯がゆくて仕方なかった。
「…貴方がいなかったら、どうなっていたか分からないわ。感謝しています、本当に……」
リオネルの顔を見上げた美鈴の頬に、軽くリオネルの温かく大きな手が触れた。
「まるで、永の別れみたいだな。……俺はすぐに帰ってくる。君に会いに」
そこまで言ってリオネルは、おや、という風に少々驚いたような表情を浮かべた。
「クリームが、ついてるぞ」
「えっ、どこに??」
うっかりして、服にこぼしてしまったかと思った美鈴は、慌てて胸元を確認した。
「ちょっと待ってくれ、ちゃんと取ってやるから……」
懐からハンカチを取り出したリオネルが美鈴の傍ににじり寄る。
「動かないで……目を瞑って」
……なんで、目を??
そう思いながらも、美鈴は近づいてくるリオネルに気圧されて言われるままに目を閉じてしまう。
その瞬間
唇に弾力のある熱いものが触れた。
「……大丈夫、とれたぞ」
ぺろりと自分の唇を舐めてみせながら、いたずらっ子そのものの笑顔でリオネルが笑った。
まさか、これほどの腕前の持ち主だったとは……。
端正に彫り上げられた中央部のバラも、蓋部分に入れられた透かし彫りも、熟練の職人の手によるものかと思うほど美しい仕上がりだった。
「フィリップ様が……ご自分で?」
美鈴の問いにピクンと肩を震わせると、フィリップはもう一度こっくりと頷いた。
「凄い……! フィリップ様には才能があるのですね。こんな見事な細工ができるなんて」
「いいえ! 尊敬する人に比べたら私など、まだまだです。それに……」
もじもじと身体を軽く左右に揺すりながら、フィリップは小さな声で呟いた。
「貴女に……こんなことをお話ししてよいのか……でも、本当のところ」
意を決したような表情でフィリップは美鈴を見つめた。
「早く……身を固めることを父は望んでいます。でも、本当は……リタリアに行きたいのです」
「リタリア……!」
絵画をはじめとした芸術家、著名な工芸家を多く抱える隣国のリタリア。
フランツ王国からも貴族の青年達が教育の最終過程として訪れることがあるというが――。
「リタリアに行って……私の作品を見てもらい……教えを乞いたい方がいるので、でも」
夢見るような瞳を上げて、フィリップは天を仰いだ。
「きっと……無理なんです。僕は一応長男だし。才能だって、大したものではないかもしれないし……」
淋しそうなフィリップの横顔を見つめていると、美鈴は胸の中にふつふつと何かがこみあげて来るのを感じた。
「フィリップ様……自分の気持ちに素直になってくださいませ」
驚いたようにフィリップが顔を上げて美鈴を見た。
「……せっかく、素晴らしい才能を持っていらっしゃるのに。諦めるなんて……!」
もったいなさすぎる……美鈴は心からそう思った。
こんなことを言って……いいのだろうか?
私は婚活をしているはずじゃ……フィリップの結婚する気が削がれてしまったら、どうするの?
頭の中にいるもう一人の冷静な自分がそう言っているのが聞こえる。
しかし、目の前のフィリップの誠実な人柄やひたむきな思いを知ってしまった今、自分の利益のために彼の心を婚活に向けようなどとは考えらえなくなっていた。
「ご両親には、『独身の内に見聞を深めるため』とおっしゃればいいことです。こんなチャンスは滅多にないと思いますわ」
婚活中の、令嬢――そして、目の前の相手はお見合いの相手……しかも伯爵家の御曹司。
自分の立場を忘れてしまったかのように、気づけば美鈴はリタリア行きを可能にする具体的な方法まで熱弁してしまっている。
「まずは教えを乞いたいというその方にお手紙を書いて……伯爵家の家名をもってすれば、それも叶うでしょう。もしリタリアでも有数の彫金師に認めていただけるようなら、きっとご両親も許してくださるのでは?」
美鈴の熱のこもった言葉に、驚いた様子でぼうぜんと彼女を眺めていたフィリップがふと我に返った。
「貴女の言う通りだ……!」
フィリップは真剣な顔で何度も頷いた。
「何もしないまま、終わるのは僕も嫌だ……。リタリアに、行ってみることにするよ」
さきほどとは打って変わり、自信と希望に満ちた顔つきでフィリップは颯爽と立ち上がった。
……ああ、むざむざ、伯爵家の御曹司との結婚のチャンスを……。
そう悔やむ気持ちがないわけでない、しかし、美鈴はなぜだか晴れ晴れとした気分だった。
「ミレイ殿……ありがとう! 君が、僕に勇気をくれたんだ」
そう言ってフィリップは美鈴の両手をキュッと握った。
「いいえ、わたしは何も……。フィリップ様のご活躍をお祈りしておりますわ」
にっこりと笑って美鈴はフィリップに答えた。
「君こそ、元気で……。リタリアから、手紙を書くよ」
そう言い残すと、何度もこちらを振り返りながらフィリップは伯爵家の召使いと共に、元来た小路を帰ってゆく。
フィリップの姿が完全に見えなくなったところで、美鈴は椅子に腰を下ろすと、ほうっと息を吐いた。
……やっぱり、向いていないのかしら。
駆け引きなんて、自分にはとてもできそうにない……。
夏空は蒼く澄み渡り、多少の暑さはあるものの、空気は乾燥して過ごしやすい……。
それにしても疲れたわ。……いっそここで眠ってしまいたい。
もちろんそんなことは叶わないと知りながら、眠気を感じてあくびをしながら、美鈴は椅子に上半身を横たえた。
そっと目を閉じると、小鳥のさえずりと遠くからかすかに聞こえてくる賑やかなメインストリートのざわめきだけが聞こえてくる。
そうして数分の間じっと微動だにせず横たわっていると、普段より研ぎ澄まされた耳がかすかな足音と衣擦れの音を捉えた。
……執事が呼びに来たのかしら?
うっすらと目を開けた美鈴の瞳に映ったのは、黒髪の長身――趣味の好い夏物のグレイの上衣、白のズボン、男らしい端正な顔立ち……。
「……! リオネル」
飛び起きるように身体を起こして居ずまいを正す。
「やぁ、奇遇だな」
にっこりと笑いかけながら軽く帽子を脱いで、リオネルは美鈴に会釈した。
なぜ、彼がここに……。
そう思ってからすぐに美鈴はそれが愚問だと思い直した。
ジャネットに子爵夫人、彼の情報源はいくらでも思い当たる。
ましてや、今日の装い――ドレスの準備という点で彼はこのお見合いに多大な貢献をしてくれた人物だ。
美鈴がいつどこでフィリップと会う手はずになっているか……知らない方がおかしいではないか。
「奇遇ね。お散歩かしら?」
「まあ、そんなところだ。隣、座っても?」
「ええ、どうぞ」
お見合いに失敗した今、気が抜けてリオネルに突っ張る気さえ失くしてしまったようだった。
「……お見合いは失敗よ。フィリップ様はリタリアに行くことになったわ」
「へえ……こんなにも魅力的な君を残して? 信じられないな」
わざとらしく眉を上げて、リオネルは意外だという表情を浮かべて見せる。
「……で、君の『気持ち』は?」
こころもち美鈴の方へ身を乗り出してリオネルは低い声で囁いた。
「よくわからないけど……。スッキリした気分よ。少し、残念な気もするけど……これで良かったんだって思える」
「世の中には、いろんな男がいるものだ。いろんな女がいるように」
神妙な顔でリオネルは頷くと、おもむろに立ち上がり美鈴に向かって片手を差し出した。
「もう少し、寄り道しないか。執事には、俺が話をつけるから……」
帰りの道すがら、リオネルは馬車をカフェの近くに停めさせ、召使いに二言三言言い聞かせた。
カフェへ使い走りに遣った召使いが持ち帰ったのは、冷たいアイスクリーム。
「さ、召し上がれ」
リオネルに勧められてそっと口をつけると、ひんやりとした感触とともに濃厚なヴァニラとほんのわずかなリキュールの香りが口の中に広がる。
「美味しい……!」
ちょうど喉が渇いていたこともあり、冷たいアイスクリームの上品な甘さはたちまちのうちに美鈴を虜にした。
「気に入ってもらえてよかった」
まるで子供のように無邪気にアイスに集中している彼女を、リオネルは目を細めて見つめている。
「……ミレイ、俺は少しの間旅に出る」
「……え?」
アイスクリームを食べ終え、馬車が再びルクリュ家へ向かって走り出した時、リオネルは美鈴に打ち明けた。
「ヴァカンスと商用旅行を兼ねて、数か国を巡ってくる。ひと月ほどは留守にするつもりだ」
「そう……、それは……」
この世界にやって来てから今までというもの、3日とリオネルと顔を合わせないことはなかった。
特にこのところは舞踏会やお見合いの衣装合わせでずっと彼の世話になりっぱなしだったことに、美鈴は改めて思い至った。
「リオネル……、あの」
こちらを見つめるヘーゼルグリーンの瞳がそっと優し気に細められる。
「色々と……ありがとう。舞踏会のことも、このドレスも……」
――素直に、心から感謝を伝えたいだけなのに。
たどたどしく言葉を紡ぎながら、美鈴は自分が歯がゆくて仕方なかった。
「…貴方がいなかったら、どうなっていたか分からないわ。感謝しています、本当に……」
リオネルの顔を見上げた美鈴の頬に、軽くリオネルの温かく大きな手が触れた。
「まるで、永の別れみたいだな。……俺はすぐに帰ってくる。君に会いに」
そこまで言ってリオネルは、おや、という風に少々驚いたような表情を浮かべた。
「クリームが、ついてるぞ」
「えっ、どこに??」
うっかりして、服にこぼしてしまったかと思った美鈴は、慌てて胸元を確認した。
「ちょっと待ってくれ、ちゃんと取ってやるから……」
懐からハンカチを取り出したリオネルが美鈴の傍ににじり寄る。
「動かないで……目を瞑って」
……なんで、目を??
そう思いながらも、美鈴は近づいてくるリオネルに気圧されて言われるままに目を閉じてしまう。
その瞬間
唇に弾力のある熱いものが触れた。
「……大丈夫、とれたぞ」
ぺろりと自分の唇を舐めてみせながら、いたずらっ子そのものの笑顔でリオネルが笑った。
1
お気に入りに追加
632
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
子ども扱いしないでください! 幼女化しちゃった完璧淑女は、騎士団長に甘やかされる
佐崎咲
恋愛
旧題:完璧すぎる君は一人でも生きていけると婚約破棄されたけど、騎士団長が即日プロポーズに来た上に甘やかしてきます
「君は完璧だ。一人でも生きていける。でも、彼女には私が必要なんだ」
なんだか聞いたことのある台詞だけれど、まさか現実で、しかも貴族社会に生きる人間からそれを聞くことになるとは思ってもいなかった。
彼の言う通り、私ロゼ=リンゼンハイムは『完璧な淑女』などと称されているけれど、それは努力のたまものであって、本質ではない。
私は幼い時に我儘な姉に追い出され、開き直って自然溢れる領地でそれはもうのびのびと、野を駆け山を駆け回っていたのだから。
それが、今度は跡継ぎ教育に嫌気がさした姉が自称病弱設定を作り出し、代わりに私がこの家を継ぐことになったから、王都に移って血反吐を吐くような努力を重ねたのだ。
そして今度は腐れ縁ともいうべき幼馴染みの友人に婚約者を横取りされたわけだけれど、それはまあ別にどうぞ差し上げますよというところなのだが。
ただ。
婚約破棄を告げられたばかりの私をその日訪ねた人が、もう一人いた。
切れ長の紺色の瞳に、長い金髪を一つに束ね、男女問わず目をひく美しい彼は、『微笑みの貴公子』と呼ばれる第二騎士団長のユアン=クラディス様。
彼はいつもとは違う、改まった口調で言った。
「どうか、私と結婚してください」
「お返事は急ぎません。先程リンゼンハイム伯爵には手紙を出させていただきました。許可が得られましたらまた改めさせていただきますが、まずはロゼ嬢に私の気持ちを知っておいていただきたかったのです」
私の戸惑いたるや、婚約破棄を告げられた時の比ではなかった。
彼のことはよく知っている。
彼もまた、私のことをよく知っている。
でも彼は『それ』が私だとは知らない。
まったくの別人に見えているはずなのだから。
なのに、何故私にプロポーズを?
しかもやたらと甘やかそうとしてくるんですけど。
どういうこと?
============
番外編は思いついたら追加していく予定です。
<レジーナ公式サイト番外編>
「番外編 相変わらずな日常」
レジーナ公式サイトにてアンケートに答えていただくと、書き下ろしweb番外編をお読みいただけます。
いつも攻め込まれてばかりのロゼが居眠り中のユアンを見つけ、この機会に……という話です。
※転載・複写はお断りいたします。
【書籍化確定、完結】私だけが知らない
綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
書籍化確定です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2024/12/26……書籍化確定、公表
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
【完結】私を捨てて駆け落ちしたあなたには、こちらからさようならを言いましょう。
やまぐちこはる
恋愛
パルティア・エンダライン侯爵令嬢はある日珍しく婿入り予定の婚約者から届いた手紙を読んで、彼が駆け落ちしたことを知った。相手は同じく侯爵令嬢で、そちらにも王家の血筋の婿入りする婚約者がいたが、貴族派閥を保つ政略結婚だったためにどうやっても婚約を解消できず、愛の逃避行と洒落こんだらしい。
落ち込むパルティアは、しばらく社交から離れたい療養地としても有名な別荘地へ避暑に向かう。静かな湖畔で傷を癒やしたいと、高級ホテルでひっそり寛いでいると同じ頃から同じように、人目を避けてぼんやり湖を眺める美しい青年に気がついた。
毎日涼しい湖畔で本を読みながら、チラリチラリと彼を盗み見ることが日課となったパルティアだが。
様子がおかしい青年に気づく。
ふらりと湖に近づくと、ポチャっと小さな水音を立てて入水し始めたのだ。
ドレスの裾をたくしあげ、パルティアも湖に駆け込んで彼を引き留めた。
∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞
最終話まで予約投稿済です。
次はどんな話を書こうかなと思ったとき、駆け落ちした知人を思い出し、そんな話を書くことに致しました。
ある日突然、紙1枚で消えるのは本当にびっくりするのでやめてくださいという思いを込めて。
楽しんで頂けましたら、きっと彼らも喜ぶことと思います。
【1/21取り下げ予定】悲しみは続いても、また明日会えるから
gacchi
恋愛
愛人が身ごもったからと伯爵家を追い出されたお母様と私マリエル。お母様が幼馴染の辺境伯と再婚することになり、同じ年の弟ギルバードができた。それなりに仲良く暮らしていたけれど、倒れたお母様のために薬草を取りに行き、魔狼に襲われて死んでしまった。目を開けたら、なぜか五歳の侯爵令嬢リディアーヌになっていた。あの時、ギルバードは無事だったのだろうか。心配しながら連絡することもできず、時は流れ十五歳になったリディアーヌは学園に入学することに。そこには変わってしまったギルバードがいた。電子書籍化のため1/21取り下げ予定です。
平凡な女には数奇とか無縁なんです。
谷内 朋
恋愛
この物語の主人公である五条夏絵は来年で三十路を迎える一般職OLで、見た目も脳みそも何もかもが平凡な女である。そんな彼女がどんな恋愛活劇を繰り広げてくれるのか……?とハードルを上げていますが大した事無いかもだしあるかもだし? ってどっちやねん!?
『小説家になろう』で先行連載しています。
こちらでは一部修正してから更新します。
Copyright(C)2019-谷内朋
挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました
結城芙由奈@12/27電子書籍配信
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】
今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。
「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」
そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。
そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。
けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。
その真意を知った時、私は―。
※暫く鬱展開が続きます
※他サイトでも投稿中
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる