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18-1 真夜中の顔

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 大小さまざまな道が複雑に入り組み交差するパリスイの中心部。

 時は深夜。

 ある辻を曲がってから馬車は次第に速度を落とし、瀟洒しょうしゃなアパルトマンが立ち並ぶ一画で完全に車輪を停めた。

 この上なく上機嫌な顔で美鈴に笑いかけてから、リオネルは馬車の外に出るとそのまま後方を廻って美鈴の席側に回る。

 もったいぶるようにゆっくりと扉を開けると一言も発さないまま、席に縮こまっている美鈴をじっくりと眺めまわしている。

「さあ、お手を……」

 やっとそれだけ言うとリオネルは美鈴の前に手を差し出した。

 急な展開とリオネルの強引さに辟易していた美鈴は、わざと顔を伏せたまま、リオネルの顔を見ずにその手をとって馬車を降りた。

 路上には御者席から降りたレミが所在なさげな表情でオロオロと立ち尽くしている。

「じゃあ、レミ、しばらくの間ご令嬢は俺が預かるから……」

 レミにそう言い含めるリオネルを遮り、美鈴はレミに向かって言った。

「いいえ、用事は直ぐすみます。ここで待っていてください」

 キッパリと、そう言い放つ美鈴をリオネルは面白そうに眺めている。

「……はい。あの、お気をつけて」

 絞り出すしたような小さな声でレミはそう答えた。

 リオネルはレミにいたずらっぽく片手を振ってから美鈴の手を取って目の前にある六階建ての見るからに重厚な作りのアパルトマン入り口に導いた。

 慣れた手つきで合い鍵をさしこみ、ゆっくりと音をたてないように大きな玄関扉を開ける。

 玄関ホールを抜けるとすぐに石造りの立派な階段が現れ、美鈴を先に登らせてリオネルがその後に続いた。

 リオネルが後ろで掲げる手燭の灯りを頼りにユラユラと不安定に揺れる光の中、スカートの裾をつまんで用心深く階段を上がっていく。

 自分たちの立てる靴音だけが空間にこだましている。

 なんて、勝手な人なのかしら……!

 さきほどから、美鈴の胸にはかすかな不安と、戸惑い。そして憤りにも似た感情が湧きおこっていた。

 真夜中に『部屋に招待する』だなんて……。

『俺のことも君にもっと知ってもらいたい』

 リオネルはそんな風に言っていたけれど、それならば改めて昼間に部屋に招待すればいいことだと思う。

 わざわざ舞踏会の直後、しかも深夜に彼の部屋に寄る必要はないはずだ。

 美鈴にはリオネルが思惑がさっぱり読めなかった。

 同時にリオネルに寄せかけた信頼が少しずつ薄れていくように感じられて何故だか切ない。

「……ここだ」

 3階の一室の前に辿り着くとリオネルが身を屈めて美鈴の耳元で囁いた。

「……」

 何も言わずに美鈴は冷ややかな瞳でリオネルを見上げる。

 冷たい視線を浴びせられながらもリオネルは全く意に介さない様子で微笑みさえ浮かべて美鈴を見下ろしている。

 グリーンの瞳が蝋燭の火を映して燃えるような輝きを宿していた。

 ――深夜に人を呼びつけておいてその堂々とした態度はいったいなんなのだろう。

 美鈴は直ぐに目を逸らし無表情に正面のドアを見つめた。

 リオネルが上衣のポケットから鈍い金色の鍵を取り出し、そっと鍵穴に差し込んだ。

 カチャリ、と乾いた音が静まり返った廊下に響いた後、ゆっくりと部屋のドアを開ける。

 手燭の灯りが、ぼんやりと彼の部屋の中を映し出した。

 玄関を入ってすぐの空間はホールで続く部屋は応接間になっているようだ。

 リオネルに続いて応接間に入りかけて、美鈴は思わず入り口で足をとめた。

 ――闇の中、手燭のささやかな灯りを受けて煌めく光の粒、絹の光沢。

 光を受けて無数に輝く光の正体。

 それはトルソーやコートハンガーにかけられたドレスたちの宝石や金ボタンが光を受けてキラキラと輝きを放っていたのだった。
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