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13-2 最初のダンスは私に
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ジュリアンや美鈴たちが控えていた第一の間に、フォンテーヌ侯爵夫人その人が姿を現した瞬間だった。
40代前半の貴婦人は色白でほっそりとしており、たおやかな肢体と優雅な身のこなしとは対照的な意志の強そうな黒曜石の瞳をもち、その双眸は扉の両脇に据えられたランプの灯りを受けて輝いている。
パリスイの貴族社会の最上位に位置する、現国王と遠戚関係にあるヴィリエ公爵家出身の彼女は十代後半でフォンテーヌ侯爵に嫁ぎ、夫と死別してからは女侯爵として領地の切り盛りや産業への投資に力を入れている女傑であった。
侯爵夫人に続いて、紅バラを思わせる可憐なドレスの令嬢が現れた。
彼女が現れた瞬間、広間の前方のざわめきはさらに大きくなり人々は口々に彼女の名を口にした。
侯爵夫人の実家でもあるヴィリエ公爵家の長女、パリスイ貴族社会の令嬢の中の令嬢、輝くストロベリーブロンドの髪を結い上げた、アリアンヌ・ド・ヴィリエが少し緊張した面持ちで夫人の後を追うように第二の間に歩み出る。
第二の間に進み出た夫人は従僕の一人が先導する中、最前列から二列目にいるジュリアンの元へしずしずと歩を進めた。
目の前の侯爵夫人に向かい、ジュリアンは頭を垂れ、なぜか申し訳なさそうな様子で二言、三言言葉を交わしているようだった。
侯爵夫人は薄いシルク地に金色の細工を施した扇で、居並ぶ人々の視線から表情を隠しながらジュリアンの言葉に真剣に耳を傾けているようだった。
「……フ—ン、なるほどな」
隣に立つリオネルがふと漏らした呟きに、美鈴が思わず彼を仰ぎ見ると、面白い見世物を見たと言わんばかりの表情をしたリオネルと視線がぶつかった。
「……何があったの? 一体」
一人だけ訳知り顔で笑っているリオネルに対して少々の苛立ちを感じながら、美鈴は彼に問いただした。
「なに、パリスイの社交界では日常茶飯時だ。こんなことは」
焦らすように、前置きを語ってからリオネルは美鈴の耳元で囁いた。
「……今夜、アルノー伯爵は舞踏会に来ない。それを伝えに、親友のジュリアンをこの場に寄越した……まあ、名門貴族のお坊ちゃんの気まぐれだな、要するに」
皮肉っぽく最後にそう付け足して、リオネルは背筋を伸ばすと面白そうに最前列付近で繰り広げられるやり取りに視線を戻した。
人垣の隙間に、心底申し訳なさそうに侯爵夫人に向かい頭を下げ、謝罪しているジュリアンの背中を美鈴の位置からも見て取ることができる。
一体どうなることかと広間に詰めかけた一同が見守るただ中で、侯爵夫人は扇をそっと閉じ辺りを見渡して優雅に微笑んで見せた。
「お集まりいただいた皆様、お待たせして申し訳ありません。……楽隊の準備も整ったようですし、もう間もなく、最初の曲の演奏を始めます。今宵の舞踏会、どうか心から楽しんでいってください」
凛と通った声が、広間に響き渡り、侯爵夫人の挨拶に次いで沸き起こった拍手と人々のどよめきがやや後方にいる美鈴たちの元にも押し寄せてくる。
気の早い人々がオーケストラが控えている舞踏の間に移動しようと動き出す中、美鈴とリオネルはしばし立ち止まり、前方のジュリアンと侯爵夫人、そしてアリアンヌ嬢に視線を向けた。
侯爵夫人はまだ頭を垂れているジュリアンの肩に優しく手を置くと彼の耳元に何事かを囁いたようだった。
その隣には扇で口元を隠しながらも、美しい容貌を落胆で曇らせたアリアンヌ嬢の姿が見える。
ジュリアンはもう一度深く侯爵夫人と令嬢に対して一礼すると、踵を返して広間から出る人々の群れに加わった。
彼は、舞踏会用の盛装である黒の燕尾服を着用しておらず、リオネルの言う通り、あくまでアルノー伯爵のため、メッセンジャーとしてこの屋敷を訪れた様子だった。
「……さて、俺達も大広間に移動しよう。最初の円舞曲は、俺と踊ってくれるか……? ミレイ」
美鈴の露わな肩にさり気なく手を添えながら、リオネルが美鈴の瞳を捉えて問いかけた。
「えっ……ええ、もちろん……」
リオネルに半ば気圧される形で、美鈴はつい、彼の申し出を受けてしまった。
「フフ……この一か月、ダンスの特訓をしていたんだって? 子爵夫人から聞いたんだが」
美鈴の了承を得て、上機嫌のリオネルは口元を綻ばせた。
「緊張する必要は一切ない……俺がリードするから、君はただ身体を預けるだけでいい」
……身体を預ける?……この、何を考えているのか分からない リオネルに……?
初舞台となる舞踏会でドレスの裾を翻して華麗にダンスを踊る……。
パリスイの華やかな社交界を知る女性なら一度は憧れる、その瞬間を前に美鈴の心臓はときめきとは全くかけ離れた不安で高鳴っていた。
40代前半の貴婦人は色白でほっそりとしており、たおやかな肢体と優雅な身のこなしとは対照的な意志の強そうな黒曜石の瞳をもち、その双眸は扉の両脇に据えられたランプの灯りを受けて輝いている。
パリスイの貴族社会の最上位に位置する、現国王と遠戚関係にあるヴィリエ公爵家出身の彼女は十代後半でフォンテーヌ侯爵に嫁ぎ、夫と死別してからは女侯爵として領地の切り盛りや産業への投資に力を入れている女傑であった。
侯爵夫人に続いて、紅バラを思わせる可憐なドレスの令嬢が現れた。
彼女が現れた瞬間、広間の前方のざわめきはさらに大きくなり人々は口々に彼女の名を口にした。
侯爵夫人の実家でもあるヴィリエ公爵家の長女、パリスイ貴族社会の令嬢の中の令嬢、輝くストロベリーブロンドの髪を結い上げた、アリアンヌ・ド・ヴィリエが少し緊張した面持ちで夫人の後を追うように第二の間に歩み出る。
第二の間に進み出た夫人は従僕の一人が先導する中、最前列から二列目にいるジュリアンの元へしずしずと歩を進めた。
目の前の侯爵夫人に向かい、ジュリアンは頭を垂れ、なぜか申し訳なさそうな様子で二言、三言言葉を交わしているようだった。
侯爵夫人は薄いシルク地に金色の細工を施した扇で、居並ぶ人々の視線から表情を隠しながらジュリアンの言葉に真剣に耳を傾けているようだった。
「……フ—ン、なるほどな」
隣に立つリオネルがふと漏らした呟きに、美鈴が思わず彼を仰ぎ見ると、面白い見世物を見たと言わんばかりの表情をしたリオネルと視線がぶつかった。
「……何があったの? 一体」
一人だけ訳知り顔で笑っているリオネルに対して少々の苛立ちを感じながら、美鈴は彼に問いただした。
「なに、パリスイの社交界では日常茶飯時だ。こんなことは」
焦らすように、前置きを語ってからリオネルは美鈴の耳元で囁いた。
「……今夜、アルノー伯爵は舞踏会に来ない。それを伝えに、親友のジュリアンをこの場に寄越した……まあ、名門貴族のお坊ちゃんの気まぐれだな、要するに」
皮肉っぽく最後にそう付け足して、リオネルは背筋を伸ばすと面白そうに最前列付近で繰り広げられるやり取りに視線を戻した。
人垣の隙間に、心底申し訳なさそうに侯爵夫人に向かい頭を下げ、謝罪しているジュリアンの背中を美鈴の位置からも見て取ることができる。
一体どうなることかと広間に詰めかけた一同が見守るただ中で、侯爵夫人は扇をそっと閉じ辺りを見渡して優雅に微笑んで見せた。
「お集まりいただいた皆様、お待たせして申し訳ありません。……楽隊の準備も整ったようですし、もう間もなく、最初の曲の演奏を始めます。今宵の舞踏会、どうか心から楽しんでいってください」
凛と通った声が、広間に響き渡り、侯爵夫人の挨拶に次いで沸き起こった拍手と人々のどよめきがやや後方にいる美鈴たちの元にも押し寄せてくる。
気の早い人々がオーケストラが控えている舞踏の間に移動しようと動き出す中、美鈴とリオネルはしばし立ち止まり、前方のジュリアンと侯爵夫人、そしてアリアンヌ嬢に視線を向けた。
侯爵夫人はまだ頭を垂れているジュリアンの肩に優しく手を置くと彼の耳元に何事かを囁いたようだった。
その隣には扇で口元を隠しながらも、美しい容貌を落胆で曇らせたアリアンヌ嬢の姿が見える。
ジュリアンはもう一度深く侯爵夫人と令嬢に対して一礼すると、踵を返して広間から出る人々の群れに加わった。
彼は、舞踏会用の盛装である黒の燕尾服を着用しておらず、リオネルの言う通り、あくまでアルノー伯爵のため、メッセンジャーとしてこの屋敷を訪れた様子だった。
「……さて、俺達も大広間に移動しよう。最初の円舞曲は、俺と踊ってくれるか……? ミレイ」
美鈴の露わな肩にさり気なく手を添えながら、リオネルが美鈴の瞳を捉えて問いかけた。
「えっ……ええ、もちろん……」
リオネルに半ば気圧される形で、美鈴はつい、彼の申し出を受けてしまった。
「フフ……この一か月、ダンスの特訓をしていたんだって? 子爵夫人から聞いたんだが」
美鈴の了承を得て、上機嫌のリオネルは口元を綻ばせた。
「緊張する必要は一切ない……俺がリードするから、君はただ身体を預けるだけでいい」
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初舞台となる舞踏会でドレスの裾を翻して華麗にダンスを踊る……。
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