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01-2 温かい手と無礼な男

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 再び美鈴が目を覚ますと、美鈴の前で涙ぐんでいた男女 ―― この家の主人であるクラシックな装いの紳士とその奥方が美鈴の枕元にやってきた。

 二人が語るところによると、どうやら美鈴は紳士の屋敷の庭に突然現れたということだった。

 芝草の上に横たわる美鈴を見つけたのは、リオネル……美鈴を抱き上げ、屋敷の客間に運んだ男だと夫妻は語った。

「リオネルに呼ばれて……貴女を初めて見た時、本当に驚きましたわ。まるであの娘が生き返ったのかと……」

 かつて 二人には 「ミレーヌ」という愛娘がいたのだが、不幸な事故で14年前に亡くなったという。

 美鈴は姿かたちだけでなく声までもが、その娘に生き写しだというのだ。

 いくら娘に似ているとはいえ、赤の他人である自分を親切に介抱してくれた夫妻に、美鈴は深く頭を下げた。

「……すみません、ここに来るまでのことを覚えていなくて……。本当に、ご親切にありがとうございました」

 階段を踏み外したのは、間違いなくあの駅だった……。

 駅の構内ならいざしらず、なぜ、会ったこともない他人の庭に倒れていたのか……。

 腑に落ちないことだらけだったが、見るからに善良そうな夫妻が嘘をついているとも思えなかった。

 この親切な夫妻には、後日改めて訪問して心からお礼を述べたいと思う。でも、まずは一刻も早く帰社しなければならない。

 窓の外の日はすでに傾いていており、西日が差す窓越しに空に高く響く鐘のような音が聞こえてきた。

 教会……が近くにあるのだろうか……。

「……あの、ここは東京……ですよね。何区ですか……?」

 美鈴の問いに、二人は目を見合わせた。

「トウキョウ……?」

「ええ、わたし、大手町の会社まで戻らないと……。最寄り駅はどこでしょうか?」

 心臓がどきどきする。

 だんだんハッキリしてきた頭で考えると、この屋敷で目覚めてからの出来事すべてに強烈な違和感を感じる。

 夫妻の、現代日本ではありえないような古風な装い。

 見るからに重厚で本格的な西洋建築とそれに相応しい高価そうな調度品。

 東京は、今、真冬だというのに、春先のような暖かい空気と、庭に咲き乱れる花々。

「駅というとオルセル鉄道駅のことかな?随分遠くから来たようだね」

 まったく聞きなれない単語に、胸の動悸がさらに高まったように感じられた。

「あの……おかしなことを聞くと思われるかもしれませんが……」

 夫妻の顔を交互に見つめてから、美鈴は先ほどから何度も心の中で繰り返した質問を口にした。

「ここは、いったいどこ……なのでしょうか?」

「……あなた」
 夫人の困惑した視線を受けて、軽く頷いた紳士は美鈴にゆっくりと言い聞かせるように説明した。

「ここは、フランツ王国の首都パリスイ。私はアラン・ド・ルクリュ子爵、これは妻のロズリーヌ」

「……きっと、随分遠いところから来られたのね。慣れない土地でお困りなのかしら」

 確かに、自分が今朝までいた場所「東京」に比べたらここは全くの「異国」だった。

 両手を胸の前で固く握りしめながら、美鈴は必死に事態を理解しようと努めた。

「おやおや!ようやく眠り姫がお目覚めになったようだな……」

 軽口をたたきながら、リオネルがズカズカと部屋に入ってくる。

 ベッドに半身を起こしている美鈴の真横までやってくると、彼はゆっくりと優雅な所作しょさで片膝をついた。

 差し出された手には美しいカットが施されたグラス。中には少量の琥珀色の液体……アルコールのようだった。

「お姫様は大変お疲れのようだ。ちょっとした「気付け薬」をお持ちしたのだが……」

 リオネルはゆっくりと、美鈴の固く握りしめた手をほどいて、グラスを握らせた。

「さ、ゆっくりと…。召し上がれ」

 頭が混乱してうまく働かない。

 言われるままに、美鈴は渡されたその酒を一気に飲み干してしまった。

 じわじわと度数の高いアルコールの熱さが喉を伝っていく感覚。

 気付けどころか、強烈な酩酊感と眠気に襲われて、美鈴は再びベッドに倒れこんでしまった。

「まあ、なんてこと……!」

「リオネル、おふざけが過ぎるぞ!」

 ルクリュ氏と夫人に責められ、リオネルはさすがに「ちょっと困った」というような表情でつややかな黒髪の巻き毛頭を撫でながらつぶやいた。

「うーん。このお姫様はだいぶ酒に弱そうだな……」
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