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第六章 声
第42話 影すら踏ませぬナストハの謎
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――食後
食事が終わり、俺たちは船長から新たに用意してもらった一等客室よりも格上の特等客室へ向かう。
これはクラーケン退治の礼だそうだ。旅の醍醐味を味わいたく贅沢を控えたかった俺だが、礼と言われると断れない。
部屋割りは女子と俺とで別れている。
女子の方はララを含む五人。
どうやら、彼女も俺たちの仲間扱いになっているらしい。
彼女たちに用意された部屋は五人が使用するとあって、かなり広いそうだ。
俺の方は本来二人部屋である特等客室を使用……まぁ、夜中にシャーレがやってきて二人部屋としての機能を果たすことになるんだろうけど。
彼女が深い眠りに落ちたら抱きかかえてもう一つのベッドへ移動させないと。
部屋へ向かう途中、雑談を交えながら歩く。
俺の前を歩くアスカたちが、水夫からシャワー室があるという話を聞いたことで盛り上がっている。
「部屋にはシャワーが完備されとるらしいぞ」
「シャワー? お風呂はないのね」
「そこまで大きな船じゃありませんしね。シャワーがあるだけ良しとしませんと」
「船旅で、シャワーとは、豪勢ですね」
アスカ・シャーレ・ラプユス・レムの四人の後ろに続き、ララが歩いているが、彼女は途中で足を止めて、少々大きめの声を上げた。
「あ、あの、シャーレ様!」
「ん、なに?」
「ルフォライグが言っていたのですが、シャーレ様は、その、あの……」
言い淀むララ。
それはそうだろう。主と仰ぐ魔王相手に失脚してたのですかとは尋ねにくい。
だからシャーレが続きを口にする。
「ええ、玉座を奪われた。巫女フィナクルにね」
「ほんとうだったんだ……シャーレ様、これからどうなさるつもりなんですか?」
「逆賊フィナクルを討つ。そう、フォルスが約束してくれた」
と言って、シャーレがこちらへ微笑みを見せてくる。たしかに勇者として魔王退治を目標として掲げているが、彼女と直接そんな約束した覚えはない。
しかし――
「のうのう」
「なんだよ、アスカ?」
「おぬし、忘れているだろうが。実は言っておるぞ」
「え、そうだっけ?」
「ほれ、ワシらが出会い、自己紹介をしたときじゃよ」
――第一章・駆け出しの勇者と恋する魔王より
「俺はフォルス=ヴェル。今はまだ駆け出しの勇者だけど、将来魔王を討伐して本物の勇者になりたいと願っている」
「魔王を、討伐……」
呟いたのはシャーレ。
俺は慌てて言い訳を口にしようとしたが……。
「いや、別に君を――」
「嬉しい!!」
「へ?」
「あの、腐れ女フィナクルを生きながら肉を削ぎ、磨り潰し、焼いて、殺してくれるのね! 私のために!!」
「えっと、まぁ、そうですね。倒すだけで、そこまで残酷なことはできませんが」
「ぬふふふ! やっぱりあなたは私の王子様!」
―――
「の?」
「うわっ、ほんとだ。消極的ながらも言っちゃってる!」
俺は熱い視線を見せているシャーレへ顔を向ける。
「まぁ、勇者として魔王退治は目標みたいなもんだし、伝統みたいなもんだしな」
「ぬふふふ、フォルスはやっぱり私の王子様」
ねっとりとした笑顔で俺を包むシャーレ。
今のところ未熟で仲間たちの中で誰よりも弱い俺とっては遠い目標だが、巫女フィナクルが人間の敵となり、災いをもたらそうとするならば、勇者として彼女を退治したいと思う。
すると、この会話を聞いていたララが突然、シャーレの前で膝をつき、頭を垂れる。
「その宿願を果たす旅路の末席に、このララ=リア=デュセイアを加えていただけないでしょうか!」
シャーレは一歩前に出て、彼女の前に立つ。
「それはルフォライグへの復讐のため?」
「卑しくも……その通りでございます。我らデュセイアの一族は情けなくも奮闘叶わず国を奪われてしまいました。パパ――父と母もルフォライグの手によって……王の宿願を前に個の恨みを抱き、王の歩む道を穢すなど許されざるべき行いでないことは承知。しかしながら、私だけでは……」
ララは拳を握り締め、自身の爪で手のひらの皮膚を突き破らんとする。
震える肩に憎しみと恥を交え、言葉を発する。
「何卒、ご同道を……この聊爾、首をご所望ならば喜んで差し上げます。ですから、何卒……」
とても重い言葉。
初めて出会ったときはとても軽い性格で言葉もまた軽かった。
しかし、彼女が故郷に思いを馳せる心と、両親への想いは本物。
真なる想いが彼女の言葉に重みを与えている。
故郷を想い、両親を想い、己を捨て、一心不乱に縋る彼女へ、シャーレは言葉を与える。
「私はすでに王ではない。魔族の敵。そのような者に付き従う意味、わかっていて?」
「当然です。それに、ルフォライグは敵。そこに魔族の全てが含まれるのならば、魔族もまた敵。覚悟は承知の上」
「……そう、わかった。同行を許可する」
「あ、ありがたき幸せ!」
「ただし、条件がある!」
「へ? あ、あの、なんでしょうか?」
冷たい氷の視線を見せるシャーレ。
それに心を凍てつかせるララ。
だが、そこからシャーレは鋭い視線に柔らかさを与え、ララへこう伝えた。
「私はもう王じゃない。だから、そんなに畏まらなくてもいい。あなたらしく接しなさい」
「え、でも……失礼じゃ」
「いまさらでしょ。それにらしくない。あなたはそんな性格じゃないんだから」
この声を聞いたララは体を震わせて、すっくと立ちあがり……シャーレの肩をぽんぽんと叩く。
「だよね~。もう、ほんとさ、堅苦しくって死にそうだったよ~。それじゃあ、よろしくね、シャーレ」
俺は思わずガクッと頭を落とす。
「かっる!? え、なに? さっきまでの? あんなに重々しかったのに!? 演技?」
「はぁ? 演技なわけないじゃん。マジよ、マジ。この上なくマジよ」
「いや、だってさ。落差がありすぎて……」
「メリハリってやつよ。しかるべきところではしかるべきに。そうじゃないところではお気楽に」
「いやいやいや、なんか違う」
「うっさいなぁ~、このっ」
「おふっ、みぞおち!」
ララが軽く俺のみぞおちを拳で打つ。
不意だったもので、思ったより痛い。
「ごほごほ、急にはやめろよ」
「ええ~、あの程度で咳き込むの? 他の人と比べてあんた弱すぎない?」
「うぐっ、それは……」
「ねぇ、シャーレもそう――へっ!?」
シャーレがララの頭を両手で持ち固定して、自分の顔をぴったりとくっつける。
「もう一つ言っておく……フォルスを馬鹿にするのは、ユルサナイ」
「ご、ごめんなさい」
顔同士がぴったりくっついているからシャーレの表情は窺い知れない。
しかし、大地が揺れるがごとく震えているララの様子から空恐ろしいものだというのはわかる。
シャーレから解放されたララは自分の心臓を押さえて息を荒く出す。
「はぁはぁはぁ、めっちゃ怖い。さすが魔王様。でも、なんで魔王様がこんなへっぽこぴ~な弱っち……このような大した腕前のない青年と?」
「丁寧に言えばいいというわけじゃ、はぁ……たしかに今のフォルスは少しだけ心許ないかもしれない。だけど、いずれは私を越えて、大空を舞う才能がある。それに、彼の心はとても魅力的。私がどこかに忘れ、置いてきてしまった不思議な親しみ深さというもある」
彼女の声にアスカ・ラプユス・レムが続く。
「時滅剣ナストハを託すに値する可能性の塊じゃからな、フォルスは。それに妙に惹かれるところもある。これは人徳かの?」
「どうでしょうかねぇ。でも、フォルスさんって何故か放っておけないんですよねぇ。不思議な人です」
「稀に、ただ、そこにいるだけで、人々を惹きつける才を持つ者が、います。フォルスはそういった人物なのでしょう」
皆はそう言ってくれて、俺に親しみを覚えてくれている。
彼女たちの言葉を大変うれしい。
それに見合うだけの才気が俺に存在するのかはわからないけど、彼女たちの期待を裏切るような真似はしたくない。
俺は彼女たちの熱き視線に顔を向ける――そこでぞっとしたものが背中に走る。
そう、いつもの視線。
俺を見ているようで見ていない、恐ろしくも不可思議な視線。
俺はその視線に怯え、瞳を逃がす。
そこで、時滅剣ナストハに瞳が落ちた。
これは可能性を喰らいつく剣。
使い続ければ、末は廃人か消滅か……だが、そう言っているのは剣のことを詳しく知らぬアスカ。
俺はこの奇妙な視線たちの原因が、この剣にあるのではないかと考える。
(もしかしたら、彼女たちが親しみを覚えているのは俺じゃなくてこの剣とか?)
それを知るために瞳を剣から離して、新しく仲間となったララへ合わせる、
しかし、彼女の視線は他のみんなと違い、俺をたしかに捉えている。
(俺のことを見ている? 他のみんなと違う?)
疑問は言葉を形作る。
「ララは……俺に親しみを覚えたりしない?」
「え、なに言ってんの? ナンパ?」
「いや、違うけど……」
「はぁ~、よくわかんない人ね。今日あったばかりの人に親しみも何もあるわけないじゃん。ま、正直言うと、クラーケンから助けてくれた時、ちょっとだけドキッとした――うっ」
シャーレがララを睨んでいる。
それにララは怯え、言葉が詰まってしまったようだ。
俺は彼女たちを置いて、しばし思考に耽る。
(ララは妙な視線を見せない。彼女は俺をクラーケンから救ってくれた人程度と見て、特別な感情はない。剣の力がアスカたちに作用して何かを引き起こしているが、ララには起きていないってこと? それとも剣の力なんてものはなく、アスカたちは本心から俺を慕って? でもあの視線は? ……ダメだ、わかんないな)
現状では時滅剣ナストハに関する情報がなさ過ぎて、俺が抱いている違和感が勘違いによるものなのか、剣の力によるものなのかがわからない。
さらに、これから先、魔剣に関する情報が手に入るかどうかもわからない。
持ってきた張本人であるアスカが良く知らないと言っている以上、異世界からやってきた剣の情報など、この世界にはないはず。
時滅剣ナストハとは全く謎の剣。
そう思ったら、背中に寒気が走る。
(ホイホイ使ってたけど、その代償がどんなものかわかったもんじゃないな。アスカは廃人か消滅かと言っているけど本当にそうなのか? まぁ、それでも十分大きい代償だけど……でも、今のところ、あんまり怖いとは感じてないんだよなぁ)
剣の力を使用するたびに、今の俺では到底産み出せない力が宿る。
本当ならもっと恐れるべきでは?
だが、使わないと今の俺では誰も救えない。
俺に宿る正義とやらが恐怖を薄めている?
廃人、消滅……これは果たして、正義への想いだけで薄まる恐怖なのだろうか?
もしかしら、俺もまた剣の影響を受けて、本来あるべき感情に何らかの変化が?
ここで俺は軽く頭を振る。
(だめだ。やっぱりわからない)
剣の鍔へ瞳を動かす。
(時計の針は一時間進んだ程度。まだ、余裕はある。こいつが半分すぎるまでに何かわかればいいけど。いや、それまでに俺が強くなればいいのか)
そう、今は剣の力に頼りきりだが、そこから成長すればいいこと。
幸い、俺の周りには世界でもトップクラスの強さを誇る仲間たちがいる。
彼女たちから学び、腕を磨き、自分自身の力で勇者として名乗れるよう努力すればいいんだ。
俺は横に振った頭を小さく縦に振る。
そして、みんなに声を掛けた。
「ともかく、今日はもう休もう。のんびりな船旅だと思ってたけど、いろいろあってみんなも疲れてるだろ。俺は別の部屋だから先に行くよ。じゃあ、また明日」
別れの言葉を渡し、俺はこの場から立ち去った……。
食事が終わり、俺たちは船長から新たに用意してもらった一等客室よりも格上の特等客室へ向かう。
これはクラーケン退治の礼だそうだ。旅の醍醐味を味わいたく贅沢を控えたかった俺だが、礼と言われると断れない。
部屋割りは女子と俺とで別れている。
女子の方はララを含む五人。
どうやら、彼女も俺たちの仲間扱いになっているらしい。
彼女たちに用意された部屋は五人が使用するとあって、かなり広いそうだ。
俺の方は本来二人部屋である特等客室を使用……まぁ、夜中にシャーレがやってきて二人部屋としての機能を果たすことになるんだろうけど。
彼女が深い眠りに落ちたら抱きかかえてもう一つのベッドへ移動させないと。
部屋へ向かう途中、雑談を交えながら歩く。
俺の前を歩くアスカたちが、水夫からシャワー室があるという話を聞いたことで盛り上がっている。
「部屋にはシャワーが完備されとるらしいぞ」
「シャワー? お風呂はないのね」
「そこまで大きな船じゃありませんしね。シャワーがあるだけ良しとしませんと」
「船旅で、シャワーとは、豪勢ですね」
アスカ・シャーレ・ラプユス・レムの四人の後ろに続き、ララが歩いているが、彼女は途中で足を止めて、少々大きめの声を上げた。
「あ、あの、シャーレ様!」
「ん、なに?」
「ルフォライグが言っていたのですが、シャーレ様は、その、あの……」
言い淀むララ。
それはそうだろう。主と仰ぐ魔王相手に失脚してたのですかとは尋ねにくい。
だからシャーレが続きを口にする。
「ええ、玉座を奪われた。巫女フィナクルにね」
「ほんとうだったんだ……シャーレ様、これからどうなさるつもりなんですか?」
「逆賊フィナクルを討つ。そう、フォルスが約束してくれた」
と言って、シャーレがこちらへ微笑みを見せてくる。たしかに勇者として魔王退治を目標として掲げているが、彼女と直接そんな約束した覚えはない。
しかし――
「のうのう」
「なんだよ、アスカ?」
「おぬし、忘れているだろうが。実は言っておるぞ」
「え、そうだっけ?」
「ほれ、ワシらが出会い、自己紹介をしたときじゃよ」
――第一章・駆け出しの勇者と恋する魔王より
「俺はフォルス=ヴェル。今はまだ駆け出しの勇者だけど、将来魔王を討伐して本物の勇者になりたいと願っている」
「魔王を、討伐……」
呟いたのはシャーレ。
俺は慌てて言い訳を口にしようとしたが……。
「いや、別に君を――」
「嬉しい!!」
「へ?」
「あの、腐れ女フィナクルを生きながら肉を削ぎ、磨り潰し、焼いて、殺してくれるのね! 私のために!!」
「えっと、まぁ、そうですね。倒すだけで、そこまで残酷なことはできませんが」
「ぬふふふ! やっぱりあなたは私の王子様!」
―――
「の?」
「うわっ、ほんとだ。消極的ながらも言っちゃってる!」
俺は熱い視線を見せているシャーレへ顔を向ける。
「まぁ、勇者として魔王退治は目標みたいなもんだし、伝統みたいなもんだしな」
「ぬふふふ、フォルスはやっぱり私の王子様」
ねっとりとした笑顔で俺を包むシャーレ。
今のところ未熟で仲間たちの中で誰よりも弱い俺とっては遠い目標だが、巫女フィナクルが人間の敵となり、災いをもたらそうとするならば、勇者として彼女を退治したいと思う。
すると、この会話を聞いていたララが突然、シャーレの前で膝をつき、頭を垂れる。
「その宿願を果たす旅路の末席に、このララ=リア=デュセイアを加えていただけないでしょうか!」
シャーレは一歩前に出て、彼女の前に立つ。
「それはルフォライグへの復讐のため?」
「卑しくも……その通りでございます。我らデュセイアの一族は情けなくも奮闘叶わず国を奪われてしまいました。パパ――父と母もルフォライグの手によって……王の宿願を前に個の恨みを抱き、王の歩む道を穢すなど許されざるべき行いでないことは承知。しかしながら、私だけでは……」
ララは拳を握り締め、自身の爪で手のひらの皮膚を突き破らんとする。
震える肩に憎しみと恥を交え、言葉を発する。
「何卒、ご同道を……この聊爾、首をご所望ならば喜んで差し上げます。ですから、何卒……」
とても重い言葉。
初めて出会ったときはとても軽い性格で言葉もまた軽かった。
しかし、彼女が故郷に思いを馳せる心と、両親への想いは本物。
真なる想いが彼女の言葉に重みを与えている。
故郷を想い、両親を想い、己を捨て、一心不乱に縋る彼女へ、シャーレは言葉を与える。
「私はすでに王ではない。魔族の敵。そのような者に付き従う意味、わかっていて?」
「当然です。それに、ルフォライグは敵。そこに魔族の全てが含まれるのならば、魔族もまた敵。覚悟は承知の上」
「……そう、わかった。同行を許可する」
「あ、ありがたき幸せ!」
「ただし、条件がある!」
「へ? あ、あの、なんでしょうか?」
冷たい氷の視線を見せるシャーレ。
それに心を凍てつかせるララ。
だが、そこからシャーレは鋭い視線に柔らかさを与え、ララへこう伝えた。
「私はもう王じゃない。だから、そんなに畏まらなくてもいい。あなたらしく接しなさい」
「え、でも……失礼じゃ」
「いまさらでしょ。それにらしくない。あなたはそんな性格じゃないんだから」
この声を聞いたララは体を震わせて、すっくと立ちあがり……シャーレの肩をぽんぽんと叩く。
「だよね~。もう、ほんとさ、堅苦しくって死にそうだったよ~。それじゃあ、よろしくね、シャーレ」
俺は思わずガクッと頭を落とす。
「かっる!? え、なに? さっきまでの? あんなに重々しかったのに!? 演技?」
「はぁ? 演技なわけないじゃん。マジよ、マジ。この上なくマジよ」
「いや、だってさ。落差がありすぎて……」
「メリハリってやつよ。しかるべきところではしかるべきに。そうじゃないところではお気楽に」
「いやいやいや、なんか違う」
「うっさいなぁ~、このっ」
「おふっ、みぞおち!」
ララが軽く俺のみぞおちを拳で打つ。
不意だったもので、思ったより痛い。
「ごほごほ、急にはやめろよ」
「ええ~、あの程度で咳き込むの? 他の人と比べてあんた弱すぎない?」
「うぐっ、それは……」
「ねぇ、シャーレもそう――へっ!?」
シャーレがララの頭を両手で持ち固定して、自分の顔をぴったりとくっつける。
「もう一つ言っておく……フォルスを馬鹿にするのは、ユルサナイ」
「ご、ごめんなさい」
顔同士がぴったりくっついているからシャーレの表情は窺い知れない。
しかし、大地が揺れるがごとく震えているララの様子から空恐ろしいものだというのはわかる。
シャーレから解放されたララは自分の心臓を押さえて息を荒く出す。
「はぁはぁはぁ、めっちゃ怖い。さすが魔王様。でも、なんで魔王様がこんなへっぽこぴ~な弱っち……このような大した腕前のない青年と?」
「丁寧に言えばいいというわけじゃ、はぁ……たしかに今のフォルスは少しだけ心許ないかもしれない。だけど、いずれは私を越えて、大空を舞う才能がある。それに、彼の心はとても魅力的。私がどこかに忘れ、置いてきてしまった不思議な親しみ深さというもある」
彼女の声にアスカ・ラプユス・レムが続く。
「時滅剣ナストハを託すに値する可能性の塊じゃからな、フォルスは。それに妙に惹かれるところもある。これは人徳かの?」
「どうでしょうかねぇ。でも、フォルスさんって何故か放っておけないんですよねぇ。不思議な人です」
「稀に、ただ、そこにいるだけで、人々を惹きつける才を持つ者が、います。フォルスはそういった人物なのでしょう」
皆はそう言ってくれて、俺に親しみを覚えてくれている。
彼女たちの言葉を大変うれしい。
それに見合うだけの才気が俺に存在するのかはわからないけど、彼女たちの期待を裏切るような真似はしたくない。
俺は彼女たちの熱き視線に顔を向ける――そこでぞっとしたものが背中に走る。
そう、いつもの視線。
俺を見ているようで見ていない、恐ろしくも不可思議な視線。
俺はその視線に怯え、瞳を逃がす。
そこで、時滅剣ナストハに瞳が落ちた。
これは可能性を喰らいつく剣。
使い続ければ、末は廃人か消滅か……だが、そう言っているのは剣のことを詳しく知らぬアスカ。
俺はこの奇妙な視線たちの原因が、この剣にあるのではないかと考える。
(もしかしたら、彼女たちが親しみを覚えているのは俺じゃなくてこの剣とか?)
それを知るために瞳を剣から離して、新しく仲間となったララへ合わせる、
しかし、彼女の視線は他のみんなと違い、俺をたしかに捉えている。
(俺のことを見ている? 他のみんなと違う?)
疑問は言葉を形作る。
「ララは……俺に親しみを覚えたりしない?」
「え、なに言ってんの? ナンパ?」
「いや、違うけど……」
「はぁ~、よくわかんない人ね。今日あったばかりの人に親しみも何もあるわけないじゃん。ま、正直言うと、クラーケンから助けてくれた時、ちょっとだけドキッとした――うっ」
シャーレがララを睨んでいる。
それにララは怯え、言葉が詰まってしまったようだ。
俺は彼女たちを置いて、しばし思考に耽る。
(ララは妙な視線を見せない。彼女は俺をクラーケンから救ってくれた人程度と見て、特別な感情はない。剣の力がアスカたちに作用して何かを引き起こしているが、ララには起きていないってこと? それとも剣の力なんてものはなく、アスカたちは本心から俺を慕って? でもあの視線は? ……ダメだ、わかんないな)
現状では時滅剣ナストハに関する情報がなさ過ぎて、俺が抱いている違和感が勘違いによるものなのか、剣の力によるものなのかがわからない。
さらに、これから先、魔剣に関する情報が手に入るかどうかもわからない。
持ってきた張本人であるアスカが良く知らないと言っている以上、異世界からやってきた剣の情報など、この世界にはないはず。
時滅剣ナストハとは全く謎の剣。
そう思ったら、背中に寒気が走る。
(ホイホイ使ってたけど、その代償がどんなものかわかったもんじゃないな。アスカは廃人か消滅かと言っているけど本当にそうなのか? まぁ、それでも十分大きい代償だけど……でも、今のところ、あんまり怖いとは感じてないんだよなぁ)
剣の力を使用するたびに、今の俺では到底産み出せない力が宿る。
本当ならもっと恐れるべきでは?
だが、使わないと今の俺では誰も救えない。
俺に宿る正義とやらが恐怖を薄めている?
廃人、消滅……これは果たして、正義への想いだけで薄まる恐怖なのだろうか?
もしかしら、俺もまた剣の影響を受けて、本来あるべき感情に何らかの変化が?
ここで俺は軽く頭を振る。
(だめだ。やっぱりわからない)
剣の鍔へ瞳を動かす。
(時計の針は一時間進んだ程度。まだ、余裕はある。こいつが半分すぎるまでに何かわかればいいけど。いや、それまでに俺が強くなればいいのか)
そう、今は剣の力に頼りきりだが、そこから成長すればいいこと。
幸い、俺の周りには世界でもトップクラスの強さを誇る仲間たちがいる。
彼女たちから学び、腕を磨き、自分自身の力で勇者として名乗れるよう努力すればいいんだ。
俺は横に振った頭を小さく縦に振る。
そして、みんなに声を掛けた。
「ともかく、今日はもう休もう。のんびりな船旅だと思ってたけど、いろいろあってみんなも疲れてるだろ。俺は別の部屋だから先に行くよ。じゃあ、また明日」
別れの言葉を渡し、俺はこの場から立ち去った……。
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