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第六章 声

第40話 この宝石って……?

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――その日の夜


 俺たちは船を救ってくれたお礼という船長の計らいで、水夫たちが使用する巨大な食堂で晩御飯を馳走になっていた。
 その晩御飯とは……クラーケン。
 なんで怪物がご飯に? と思われるだろうが、これはアスカが食べてみたいという要望を出したので仕方ない。

 俺たちは広い食堂が見渡せる席――所謂、上座という場所をあてがわれ、そこに座り、豪勢なイカ料理を前にして、その味を堪能していた。

 俺たちは思い思いにイカ料理を口へ運んでいく。

「イカって初めて食べるけど、美味いな。見た目はグロいのに……」
「大きなイカは水っぽく不味いかと思っておったが、クラーケンの身は引き締まっており、なかなかじゃな」
「このイカのご飯、美味しい」
「シャーレさん、こちらのイカ焼きもなかなかですよ」
「煮つけも、いいですね。イカの出汁が、スープに溶け込んで」


 仲間たちの料理批評。 
 そこに加え、俺の隣から少女の声が聞こえてくる。

「うわ~、美味しい~。イカのフライってやつマジ美味い」

 少女の声の正体はララ=リア=デュセイア。
 魔族であり、吸血鬼の始祖であり、王女。

 彼女はしばらくの間、イカ料理を堪能していたが途中で我に返る。

「はっ!? 私なにしてんの!? なんで、仲良く一緒に食事なんかを!?」
「ええ、いまさら……」
「うっさい、いまさらでもいいのよ。私は水夫たちを兵士にするために!」
「それなら、あちらで水夫二名がアピールしてるけど?」

 
 甲板かんぱんでモテない男の悲哀を訴えていた新人水夫の二人が首のすそをはだけさせて、首筋をララに見せつけている。
 それを目にしたララは「はぁ~」ッと大きなため息をついて、再びイカ料理を味わい始めた。

「もう、いっか……なんでこんなことに?」

 この声に俺の隣に座っているシャーレが答える。
「デュセイアの領地にルフォライグが攻めてきたと言っていたけど、どういった事情で? それと何故あなたがフォルスの隣に座っているの?」

「なんか、利用価値がどうのこうのって言ってたのを脱出する寸前に聞いただけで事情はわかんない。座ってるのはなんでか私まであんたたちの仲間扱いされて、案内されて、場所がここしか空いてなかったからよ」

「どこか別の場所に座りなさい。利用価値? ルフォライグが治める領地は魔都イシューケンの北西。デュセイアは南東。真逆。ルフォライグにとって経済的軍事的価値あるとは思えないけど……デュセイアの一族は魔導技術を得意とする。それが狙い?」
「たぶんね。どんな技術が必要かまではわかんないけど。あと、移動するのめんどいからヤダ。ってかさ、あんたなんでそんなに魔族わたしたちのことに詳しいの?」

「そんなことより、早くフォルスから離れなさい!」
「はぁ? なんであんたに命令されなきゃなんないのよ!?」
「言ってもわからないようなら、力尽くしかないようね」
「へぇ~、やれるもんならやってみなさいよ」


 二人が席から立ち上がり、臨戦態勢に入る。
 挟まれた俺は慌ててララとシャーレを諫めた。

「ちょっと落ち着けって、二人とも。食事の席だぞ」

「先にこの女がいちゃもんつけてきたんじゃない? 落ち着くのはあいつの方じゃん」
「あなたが断りもなくフォルスの隣に座ってるからでしょ」
「え、なに? もしかして、嫉妬? 恋人同士なの?」
「そ、それは……その……」

 シャーレは戸惑いに瞳を泳がせる。そしてそれをゆっくりと俺に合わせてきた。
 俺は言葉に窮する。

(どう答えを返せば正解なんだ?)

 はい、そうです。という答えはおかしい。彼女の気持ちを知っているが、それに応えられるほどの仲じゃない。
 だからといって、違います。と言えば、食堂に死体の山ができかねない。


(保留してます。いやいや、それは優柔不断全開で情けないような……)
 俺は瞳を泳がせて、ゆっくりとアスカへ合わせた。

 視線に気づいたアスカはいかにも面倒そうな表情をするが、巨大なゲソの端っこの端っこを咥えた口でシャーレへ声を掛ける。

「もぐもぐ、ゆくゆくはそうなりたいと願っておるのじゃろ、シャーレ」
「え? あ、うん……」
「じゃが今は、フォルスの夢を支えてやりたいんじゃよな」
「……うん」
「内助の功じゃな」

「それは最初に聞いた妻的な役割ね?」
「その通りじゃ」
「ぬふふ、ええそうよ。今は一歩引いてフォルスの夢を支えているの。ぬふふふ」


 シャーレはぬふふ声とともに妄想の世界へ旅立った。
 想い人に尽くす自分の姿に思いを馳せているのだろう
 正直、彼女のことを見事なまでに制御しているアスカの存在が俺は怖い……。

 悦に浸るシャーレを置いて、アスカがララへ声を返す。
「男女の間じゃ。いろいろ複雑なんじゃよ。だからシャーレのことはそっと見守ってほしいのじゃ」
「はぁ~? よくわかんない。でも、めんどくさそうだから触れないでおく。あの、フォルスだっけ?」
「ああ、そうだけど」
「その様子だと答えを保留にしてるって感じでしょ?」
「え!?」

「フフ、それくらいわかるっての。まったく、クラーケンから助けてくれた時にちょっと良い男だなぁ思っ――チッ!」


 何故か、いきなりの舌打ち。
 ララは顔を赤く染めながら、俺に人差し指を向けてくる。
「とにかく、優柔不断な男って嫌われるんだからしっかりしなさい!」
「あ、はい。そうします……」
「棚上げにしたままだと、そのうち、こっちのシャーレって子に呆れられて……………………シャーレ?」 


 ララは首を捻り、シャーレを見つめる。
「シャーレ……え、でも、そんなわけ……。ちょっとごめん!」
 彼女は席から身を乗り出して、椅子に座る俺越しにシャーレの顔を覗き込む。
 目の前でじっと覗かれたシャーレは妄想世界から帰り、驚きに身を固めている。

「え、なに?」
「う~ん、たしか……」

 ララがシャーレの胸元にあるアクセサリーをペロリ捲った。
 そこには皮膚に埋まる青い宝石たち――石の名はファワード。彼女が魔族である証。
 その模様は鳥の両翼。グラフィー家の象徴。代々伝わるレペアトの使途としての力。つまり――


「あああああああああああ!!」
 ララが俺のあごに肘鉄をお見舞いしつつ席から飛び跳ねる。
 そして、シャーレを指さし、食堂全体に響き渡る大声を跳ね上げた。

「グラフィー家の象徴である、大鷹の両翼紋! 青の宝石のファワード!! そして、名はシャーレ。あんたは、いえ、貴方は……魔王シャーレ陛下ぁぁあぁぁぁあぁぁ!?」
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