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第五章 真昼に舞う宵闇の王女

第36話 ハーレム系主人公死すべし!!!!

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 両親と祖国を失った王女ララ。
 その心情、察するに余りあるが、彼女の行おうとしていることは短慮に過ぎる。
 だから、彼女を止めようと声を掛けようとしたのだけど……。
「君の考えはともかく、このまま黙って見過ごす――」


「それってキスってことですか!!」
「首元にチューするってことですよね!!」

 二十歳はたち前後の青年らしき二人の水夫が大声を張り上げて俺の言葉を消し去った。
 二人は新人らしく、他の水夫と比べあまり日に焼けていなく、また体も細く頼りなさげ。
 その二人が人々を押しのけて前へ出てくる。

 彼らは甲板かんぱん上で蝙蝠を包まれているララを見据えた。

「ララさん、でしたよね?」
「え? ええ、そうだけど……」

「俺たちを!」
「僕たちを!」

「「下僕にしてくれるんですよね! あなたのキスで!!」

 二人の青年は白い水夫服の首元を思いっきり伸ばして首筋を見せる。
 それにはララも眉を顰めて疑問を纏う。
「あ、あんたたち、何言ってんの? ってか、キスじゃなくて吸血。わかる?」

「わかります。ですが、唇がくっつくと言うことは――即ち、キス!」
「首の皮と唇の皮は繋がっている! 即ち、唇へのキス!」

「違うよ! 全然違う! あんたたちなに言ってんの? 正気なの? 大体、吸血鬼から血を吸われるってことは吸血鬼になって私の下僕になるってことよ。怖くないの? 私が言うのもなんだけどさ」


 たしかに、ララが心配するのもおかしな話だが、そのおかしさは二人の水夫の方が上回ってしまっているため、彼らが場を支配する。
 二人は口々にこう答える。

「怖さはあります。ですが、もうこれしかないんんだ!!」
「だって、だって、僕たちは!!」


「「モテないから!!」」


 ……さわやかな日差しの下、穏やかに流れる海風。
 そこに轟く、哀愁の挽歌。

 ここにいる全員がとんだカミングアウトに呆気にとられる中、彼らは涙ながらに自分たちのことを語り始める。

「これからの人生、俺たちに女の子と話す機会なんてありえない!」
「そうだ! このチャンスを逃したら一生ありえない!」
「ああ、そうだ。ありえない。ありえないからこそ、ここで勇気を振り絞る!」
「一生に一度の勇気! ここが絞りどころ! たとえそれが、奴隷であっても!」

「「美少女の奴隷なら悪くない!!」」


 二人は息を荒げながら、両手を前に突き出し、そろりそろりララへ近づいていく。

「ひひひ、椅子に成れと言えばあなたの椅子に成り、愛らしいお尻の温かさを背中で受け止めます」
「へへへ、御御足おみあしを舐めろと言われれば、指の隙間から爪の先まで舌を這わせていただきます」


 この二人を目にして、ララは青褪めた。
「ちょちょちょちょ、なんなの!? 近づかないで!! いや、いや~~」

 俺は三人の様子を見ながらどうしたらいいかなと誰となしに問い掛ける。これにアスカが答えてきた。
「えっと、放ってていいのかな?」
「何やら茶番じみてきたのぅ。とはいえ、若人わこうどの暴走を放置しては子どもたちの精神衛生上よくあるまい。そこの二人、やめよ。幼子が見ておるのじゃぞ」

「幼子って、君も幼子じゃないかっ」
「いいかい、お嬢ちゃん。大人にはたとえ恥だとわかっていてもやらねばならないことがあるんだ。だから、黙って見ていなさい」

「駄目じゃなこれは……フォルス」
「え、俺!?」
「こういった場合、男同士の方が話が通じやすいかもしれん。頑張るがよい」
「あんまり頑張りたくないなぁ」


 俺は仕方なく怯えるララを庇うように、彼女を背にして二人の前に立つ。
「あの、とりあえず、いったん落ち着きましょう」
「チッ! 失せろや」
「てめぇなんかに何がわかんだよ!?」

 二人の四つの瞳から放たれる冷たき眼光が、俺の心をえぐり恐怖に皮膚を粟立たせる。
 この感覚、覚えがある。

「こ、この殺気。まさか、乗船前に俺に殺気を飛ばしていたのは……あんたたちか!? あの時は何かとんでもないことの前触れかと思ったのに!」
「はんっ、な~にが前触れだよ! この世界の全てはてめぇの都合で回ってんのか? これだからモテ男は!」
「僕たちの視線に気づいていたのかよ。さっすが、モテ男さんは鋭いねぇ~。その鋭さがモテる秘訣ってか? 美女美少女に囲まれて調子に乗ってんじゃねぇぞ、こら!」

「いや、調子に乗っては……」
「あ~あ、モテる男は余裕がありますな~」
「僕たちなんか、女の子に話しかけるのにも勇気を振り絞らなきゃいけないってのによ」


「話しかける勇気って、話しかけるくらいなら誰だって……」

 この一言――俺は彼らのことを理解してなかった。
 全く理解してなかった。
 だからこそ、水夫二人は嘆きに顔を皺くちゃにする。

「話しかけるくらいだって! それが非モテ系男子にとってどれだけ高い壁かわかってやしねぇ!」
「安易に話しかけてみろ。『うわ、きも』とか思われるかもしれないじゃないか!」

「いや、そんなことはな――」

「「ある!!」」
「ひっ!」

「あるんだよ! お前みたいなモテ系にはわかんねぇだけどな!」
「僕たち非モテ系はな、話しかけて無視されたらどうしようとか、嫌がられたらどうしようとか、不安で不安でいっぱいになって、その不安が話しかける勇気をゴリゴリ削っていくんだよ」
「当たり前のように女の子に囲まれているお前にはわかりゃしねぇよ、この気持ち!」
「それも美少女ばかり! 不安なんて抱いたことないだろ。毎日がエロエロハッピーでよ!」

「エロエロハッピーって……別に俺は彼女たちとそんなことしてないし」

「おい、聞いたかよ。俺は美少女に囲まれる毎日を送ってますが聖人ですってよ」
「持つ者は余裕がありますなぁ。持たざる者は宝を見ることすら許されないってのによ!」
「下手に見たら警吏けいりに通報されるしな」
「おう」


「いや、そんなことはな――」

「「ある!!」」
「ひっ!」


 水夫たちは怒りに顔を捻じ曲げながら、不良のように眉を捻じ曲げて睨みつけてくる。
「大体よ、ほんとに手を出してないのかよ?」
「女子が身近にいる毎日。なんか、エッチなイベントの一つや二つ起きてんだろ?」

「それは……」


 頭にトラトスの塔での出来事が過ぎる
 シャーレが衣服を乱し、俺のベッドに忍び込んできたあの夜ことが……。
 男たちの嘆きの合間に生まれた、俺の小さな空白の間。
 それを彼らは敏感に感じ取る!


「やっぱあるんじゃねぇか!!」
「こん、うそつきがぁ!」

「あの、その、ごめんなさい」
 何に対して、なんで謝っているのか自分でもわからない。
 男たちの勢いに押されて徐々に後ずさりをしてしまう。

 だがそこに、彼らを止めることのできる人物が現れる。
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