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第五章 真昼に舞う宵闇の王女

第33話 奇妙な少女と増し増しのフラグと殺意の視線

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――ネーデルの港


 どこまでも広がる青のキャンバスに大小様々船が浮かび揺れる。
 村では見かけることないコンクリートで舗装された白色の港を歩き、背をのけ反り見上げるほどの巨大な船の前に立つ。

 木造の船で側面には何門もの砲台が備えつけられ、船首には水龍を模したレリーフが飾られてあった。

 あまりにも巨大な船に大口を開けて黙ってしまった俺をよそに、シャーレとアスカは何やら会話を重ねている。

「見たところ武装船のようだけど、客船はなかったの?」
「一応、これも客船じゃそうじゃ。とはいえこの武装……海賊でも出ておるのかの?」


 この問いにラプユスが答え、レムがたどたどしい口調で疑問を口にする。
「海賊は出ていませんよ。これはその昔、王都へ続く海路・アノリア海に棲みついていた怪物たちに対しての武装の名残ですね」
「怪物たち、ですか?」

「はい。五十年ほど前になりますが、アノリア海に怪物たちが棲みついたようです。ですが、それも当時の勇者に退治されて今は存在しません。だから、これらの砲台は今では飾りみたいなものですね」

「そう、ですか。それは、よかった。怪物たち、とやらは、全て退治されたのですね?」
「一匹だけ討ち損じたとありますが……まぁ、その後出現していないのでおそらくどこかで死んでしまったのかと」
「そう、ですか……」


 これほど巨大な船を目にしてもみんな冷静なようで、相変わらず驚いているのは俺だけのようだ。愚痴っても仕方ないことだけど、やっぱり寂しい……。

 俺は寂しさを誤魔化すように軽く頭を振って、もう一度船を目にした。
 船の上では船乗りとおぼしき男たちが忙しく働いている。
 皆、白色のシャツに青色のパンツを着用。首元には水色の洒落たネクタイを付けていた。
 そして、全員が全員日に焼けていて、腕はふとましく逞しい。

「へ~、船乗りってのはあんなに頑強そうなんだなぁ」
「ほんとねぇ。フフ、雑貨屋のおばあちゃんのアドバイス通りね」
「へ?」


 突然、聞き覚えのない少女の声が耳に入った。
 俺は声が聞こえてきた方へ顔を向ける。

 そこには、紫髪のツインテール……いや、違う。あれは最近アスカから習った髪型。
 全ての髪を結わずに後ろ髪を残して、頭頂部に近い髪を左右に束ねたツーサイドアップという髪型だ。
 なんでかアスカはどうでもいい知識まで俺に教えてくる。意図は不明。
 
 少女はそのツーサイドアップの紫髪と、禍々しくも妖美なブラッドムーン色の瞳を魅せる。
 年は俺より一・二歳年下だろうか?

 顔にはまだ幼さが残るが、同時に大人の女性としての魅力をほのかに纏う。今はまだ、そこにやんちゃさが同居する。
 しかし、出で立ちはやんちゃさからは程遠い、怪しげな雰囲気を醸すもの。
 
 赤色のリボンタイのついた白のブラウス。胴の部分には幾重もの黒のベルトが巻き付いており、まるでコルセットのよう。
 しかしコルセットとは違い、ベルトの隙間には複数のナイフが仕込まれている。

 赤と黒が交わる短めのスカート。黒のブーツに黒のマントを着用。
 体は非常にスマートでシャーレやラプユスと比べるとって、俺は馬鹿なのか!?
 やっぱり、俺はスケベなんだろうか?


 失礼のないように視線を外す。そこで彼女の腰元にぶら下がっている武器が目に入った。
 腰元には真ん中に穴のあいた金属製の円盤がいくつもぶら下がる。その円盤の外側にはやいば
 あれは円月輪チャクラムという武器だ。

 彼女は俺を見て軽く微笑むとすぐに立ち去る
「クスッ、ごめんね。勝手に会話に入っちゃって。じゃね」


 そう言って、彼女は二つの髪を揺らし、これから俺たちが乗る船へ乗り込んでいった。
「なんだか妙な人だな」

「フォルス、何をボケっとしておる? さっさと船に乗るぞ」
「ん? ああ、わかった」

 返事をすると、アスカは満面な笑みを見せてこう答える。
「船旅と言えば巨大なイカの魔物クラーケンが付き物。ラプユスの話によると五十年前くらいになんか怪物がおったらしい。クラーケンかもしれんの」
「不吉なこと言うなよ……」
「何を言うとるか? 船旅イベントのセオリーじゃろ」
「なんだよ、セオリーって? そんなのいらないから余計なこと言うな」

「つまらん奴じゃ。しかたないのぅ~。では、これでどうじゃ?」
 アスカは小さく咳払いをしてセリフを言い直す。棒読みで……。


「この船に乗れば王都まであっという間じゃ~。ここまで来たら何事もなく王都へ着くじゃろうな~」
「やめろ! それはそれでなんか起こりそうだろ! もう、お前は何も言うな!!」
「なんじゃと? まったく、ほんと小うるさい奴じゃ」

「小うるさくて悪かったな!」
 俺はアスカを無視することにして、シャーレたちへ話しかける。
「とにかく、船に乗ろう」
「うん」
「はい、そうですね」
「わかり、ました」

 俺はみんなから視線を外し、三度みたび、大きな船を見上げる。
 そして、口元を綻ばせた。
(こんな大きな船に乗るのって初めてだから楽しみ。海の上ってのも初めてだしっ)


 不意に、誰かが俺の袖を引っ張る。
「ん? あ、シャーレか」
「船に乗るのが楽しいの?」
「え?」

「フォルス、船を見てなんだか楽しそうだったから」
「あ、いや、参ったな。うん、正直言って楽しみだよ。でも、子どもっぽい話だよな。なんだか、恥ずかしいや」

 俺は照れ隠しに明後日の方向に瞳を動かして頬をぽりぽりと掻く。
 その姿を見つめ、シャーレはゆっくりと顔を左右に振った。
「ううん、可愛いと思う」
「かわ……それはそれで恥ずかしいんだけど」
「あ、ごめんなさい。そんなつもりじゃ」
「いやいや、謝られるようなことじゃ。なんて言ったらいいのかなぁ。照れ臭いと言うか、俺としてはもう大人の男として、いや、う~ん」


 言い訳を口にすればするほどぬかるみにハマっているような……。
 そんな俺たちをアスカたちが生暖かく見守っている。

「なんぞなんぞ、甘ったるいの~」
「いいですねぇ。私もああいうのやりたいです」
「フォルスは、年頃の、男の子としての、意地が、あるのでしょう」

「そこ、うるさいよっ。とにかく、乗ろ、乗ろ!」

 俺は足早に船へ向かう。
 
 そのあとをシャーレが追い、後ろからはアスカたちがついてくる。
「ねぇ、フォルス?」
「うん?」
「あとで、一緒に船の中を見学しない?」
「え?」
「だめ?」
「いや、駄目じゃないけど……それじゃ、船の探検と行こうか」
「うん!」

 シャーレはとても嬉しそうに返事をした。
 その姿は普通の女の子。とても危険な地雷を抱えている子には見えない。
 いや、その地雷が消えつつあるんだ。
 その証拠に、俺の表情を窺うことなく、とても自然な笑顔を見せてくれる。
 やはり、以前と比べて彼女は変わってきている。仲間との旅が良い影響を与えているみたいだ。
 

 この俺たちのやり取りを見ていたアスカから、ニマニマ笑顔まじりの声が飛んでくる。
「にへへへ、せっかくじゃから、船首部分で二人重なり合うように立って海風を感じてみるといいぞ」
「海風はともかく、なんで重なり合うように?」
「定番だからじゃ、にへへへ」
「定番……?」
 
 アスカは瞳を三日月にして、胡散臭く笑う。

「いや、なんか不吉な予感がするからやめとく」
「クッ、勘のいい奴め! 沈没フラグを回避しよった!」
「そんなフラグ立てようとするなよ!!」
「まぁよい。おぬし、船は初めてなんじゃろ。しかも、海に出る船は?」

「ああ、そうだけど」
「そうか……ククク、はしゃげるのも今のうちだけじゃ。せいぜい、船酔いにならぬよう気をつけることじゃな」
「船酔いって、たしか波に揺れて酔うことだっけ? なんねぇよ」
「それはどうだかの。おや?」


 アスカのそばをお爺さんが横切る。
 お爺さんは背に大荷物を抱えて息切れをしていた。
「なにやら重たそうじゃの。どれ、手伝ってやろう」
「おやおや、ありがとうね。お嬢ちゃん」
「後ろから支えるとしようかの。よいせ……重たいの。何が入っておるんじゃ?」
「王都の孫たちにネーブル特産の果物や干物や燻製を届けようとな。どれも質が良く、結構な品なんじゃよ」

「干物に燻製か。美味しそうじゃの」
「ふぉふぉふぉ、そうかの~。果物はともかく、若い子は干物や燻製などにあんまり興味がないと思っておったが。良ければ、手伝ってもらったお礼にいくつかいるかの?」
「それは嬉しい申し出なのじゃ。ありがたくいただくのじゃっ」

 そう言って、アスカはおじいちゃんが背負う荷物を支えながら船に乗り込んでいく。
 彼女の姿を目で追い、シャーレたちが俺に声を掛けてきた。


「お嬢ちゃんではないでしょ、たぶん」
「そうですねぇ。おそらく人間より遥かに長く生きているでしょうし」
「ふふ、普段は、無茶な言動が、目立ちますが、根は優しい方のようですね」

 レムは俺に白銀の瞳を寄せる。
 それに小さな声で答える。
「ま、そうかもな」

 そう答えた途端、アスカからジジイのような笑い声が飛んできた。
「ほ~れ、おぬしら、何をしておる? もしかして船酔いが怖いのか? 特にフォルスは初めての船旅じゃしの~。げぇげぇげぇは辛いからの~。かかかかか」

 俺は一度肩を落としてから、アスカの笑い声を睨みつける。
「はぁ、ああいったところがなければな……アスカ! だから俺は酔わねぇって言ってるだろ!!」

 大声を上げて言い返すが、その瞬間、奇妙な視線を感じた。
「んっ!?」
 俺は船を見上げる。
 
 船には二つの人影。
 それはすぐに身を伏せて姿を隠した……。
 シャーレが俺に尋ねてくる。
「フォルス? どうしたの?」
「……いや、何でもない」

 何でもない……とも言えない視線。
 なぜなら、その視線には、僅かだけど殺意が溶け込んでいたから……。
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