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第四章 封印されし堕ちた勇者

第26話 伝説の勇者・レム=サヨナレス

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 結局、アスカの年齢はうやむやに終わり、目的地であるレム=サヨナレスが封じられた神殿へ向かうことに。
 だが、その神殿へ向かうまでもなく、神殿近くにある村で情報を得た。
 それは、黒い影を纏った騎士のような亡霊が街道に現れ、時折咆哮を上げていると……。
 その情報をもとに、俺たちはその街道へ向かう。


 目撃地点と思われる場所に近づくと、荷物を満載にした馬車が慌てた様子でこちらへ向かってきた。
 馬車の操り手である御者ぎょしゃのおじさんが早口で言葉を回す。

「あんたら、あっち行っちゃ駄目だ! 黒い化け物がいやがる!!」

 俺たちはおじさんにその化け物を何とかするべく訪れた冒険者だと伝え、彼にここから離れるように促した。
 おじさんは俺たちを見て眉を顰める。

 このメンバーで冒険者っぽい姿をしてるのは俺だけ。
 残りは白いワンピースの姿の少女に黒のドレスを纏った少女と白い祭祀服に身を包む少女。とても冒険者一行には見えない。
 怪訝な表情をしていたおじさんだったけど、ここにとどまり続けることを恐れ、俺たちの言葉に素直に従いこの場から去った。


 俺は先に続く街道へ目を向けて言葉を漏らし、それにラプユス・シャーレ・アスカが続く。
「どうやら、神殿まで行く必要はなさそうだな」
「そのようです。レム様の封印は解かれ、すでに神殿から御出になっている様子」
「先ほどの男の様子から、出たばかりで何ら被害はなさそうね」
「ならば、サクッとクエストを終わらせるのじゃ。相手は伝説とうたわれる勇者。油断するのではないぞ、フォルス」

「ああ、わかってる……クエストって?」
「探索の別の言い方じゃ。まぁ、お仕事と置き換えてもよいかもな」
「なら、そう言えばいいのに」
「クエストの方が雰囲気が出るじゃろ?」
「はぁ?」


 たまにアスカの言っていることがわからない。
 彼女は異界の存在だし、俺たちとは感覚が違う部分があるんだろう。

「ともかく、先へ進もう」



――少し進んだ街道

「居た。あれが、伝説の勇者レム=サヨナレス……」

 俺たちの瞳に映ったのは騎士らしき形をした黒いもや
 靄は空を見上げ咆哮する。


「うがぁぁぁぁぁああぁぁぁああっぁぁっがぁぁあっぁぁ!」


 その姿はまさに獣。
 伝説とうたわれ、皆から敬愛されていた勇者の姿はどこにもない。
 親友から裏切られ、三百年間、光の差さぬ神殿に封じられた勇者の末路。
 俺の隣からひょこりと顔を出したアスカが同情を表し、俺もまた口から同じ思いを零す。

「むごいのぉ」
「ああ、そうだな。本当に……ひでぇ、こんなのってありかよ。みんなを守るために戦い続けてきたってのに……」

 この言葉をラプユスが心で受け止めて、申し訳なさそうに声を返した。
「……私たち、教会の、罪です」


 今を生きる彼女を責めるつもりなど毛頭ない。
 だけど、どこかに教会や王国を非難する思いがあった。
 先ほど零れ落ちた言葉にその思いが含まれ、それをラプユスは感じ取ってしまったようだ。
 俺は詫びを入れ、勇者レムへ向き直る。

「不用意な発言だった、ごめん。さて、どうしようか?」

 レムは体を揺らし、靄に包まれた大剣を片手に持ち、それを引きずるようにあてどなくゆらゆらと歩いては時折咆哮を上げるを繰り返している。
 当時、たった一人の勇者として戦い続け、信じていた友に裏切られ、針の刻まぬ時間の檻に封じられた者。
 そんな彼を俺たちは討ちに来た――果たして、それでよいのだろうか?


 そう疑問を抱いたところで、レムがこちらに気づいた。
 黒い靄に包まれた顔が俺たちを覗き見る。瞳もまた黒い靄だが、そこから寒気を覚えるような視線を感じた。
 靄は俺たちを見て、溺れるような言葉を発する。

「ま、お゛う? せい゛、ぜいじょ? まおう? せいじょ? 魔王? 聖女?」
「レム? もしかして、シャーレやラプユスのことを感じ取って?」


 そう言葉に出した瞬間、レムは咆哮とともに襲い掛かってきた。

「まおうぉぉぉぉぉぉ、ころすすうすすすすすう!! せいじょぉぉぉぉ、ゆるさなぁあぁぁぁ!!」

 風よりもき黒の姿が俺とアスカの横を通り過ぎた。
「へ?」

 黒はまばたきも許さぬ素早さでシャーレとラプユスの前に現れる。
「いけない! ぐっ!」
「間に合え、きゃあ!?」

 レムがもやの大剣を横に薙ぎ払う。
 それをシャーレが黒き風で受け流し、ラプユスが結界でレムの突進を抑えるが、どちらも完全に力を殺すことができずに後方へ吹き飛ばされる。

 レムは吹き飛んだ二人へ一気に詰め寄り、止むことのない剣撃を浴びせ続ける。
 それは風をも切り裂く鋭き剣線――。
 線により生まれた真空の刃が大地を刻み、周囲の木々を切り倒していく。

 アスカが声を荒げる。
「いかん! 二人とも最初の一撃でかなりのダメージを負っておる。攻撃が鋭く態勢を整えることもままならん。このままでは押し切られるぞ!!」

 アスカは身の内よりたけき龍の力を生み二人へ助勢しようとするが、レムの黒き力よりも遥かに劣る。
 ナグライダの一件で力を回復したとはいえ、それは微小なもの。
 本調子ではない彼女ではレムの相手は厳しい。


――だから、俺が行く!!


時滅剣クロールンナストハ!」

 
 左腰から可能性を喰い滅ぼす剣が引き抜かれ、剣は俺の勇者としての可能性の一端を渡す。
 可能性という名の力は両足に伝播し、大地を蹴り上げて二人を追い詰める剣の嵐の前に立ちはだかった。
 風よりもきレムのやいばを全て受け止め切り、彼と鍔迫り合いを行う。

 黒の靄に包まれる顔は地獄の奥底から響く声を発する。
「ジャマヲスルナァッァアアァ!」
「グッ! なんて力だ! これが伝説の勇者の力っ。だけど!! うぉぉぉぉおぉぉぉぉ!」

 全身から力を噴き上げて、レムを後方へ吹き飛ばす。
 飛ばされた彼は大地に剣を突き刺し、それを軸にひらりと一回転して、両足を地に収めた。


――強敵


 ナグライダとは違う、剣士としての強さを彼から感じ取る。
 後方に立つシャーレとラプユスが声を掛けてくる。

「ありがとうフォルス。援護する」
「私も援護します。守りは任せてください」

 少し離れた場所からアスカの声が飛ぶ。
「ワシも頑張るかの。さっきまで力の蓄えはいまいちじゃったがフォルスが剣を使用したおかげで、たっぷり力が流入しておるしの」

 相手は伝説の勇者レム=サヨナレス。
 だが、向かい討つは可能性を喰い滅ぼす魔剣を手にした俺。
 魔王シャーレ・聖女ラプユス・異界の神にして龍アスカ。

 いかに伝説とはいえ、このメンバー相手では勝ち目はないだろう。
 確実に討つことができる。

 しかしここで、俺の心に先ほど抱いた迷いが生じる――本当にこれでよいのだろうかと……。


 伝説の勇者レム=サヨナレス。
 勇者の中の勇者。
 多くの人々から称えられ、騎士や戦士たちから憧れを抱かれる勇者。
 俺もまたそう……。

 だが、親友から裏切られ、生きながら三百年間拘束され、正気を失った。
 そして結末は、俺たちに討たれて終わる……。

 勇者として生きて、勇者として大勢を守り続けた騎士へ対するあまりにも惨い結末。

 たしかに、安息以外彼に救いはないのかもしれない。
 だけど、もし、他に救いがあるとしたら?
 その可能性を示せるとしたら……そうだ、俺は救いたい。
 それは永遠の眠りという名の救いではない。
 レム=サヨナレスを獣から解放してやりたい!


「アスカ、シャーレ、ラプユス! 手出しは無用!!」
「な、何を馬鹿なことを!?」
「フォルス!?」
「フォルスさん、何をするつもりなんですか!?」


「……時滅剣クロールンナストハよ、新たな可能性を俺に示してくれ! レム=サヨナレスを勇者として祝福するための可能性を!!」

 ナストハを大きく振るう。
 剣を握る右手から可能性が心へ届く。
 レムを救う可能性が!

「うぉぉぉぉぉぉぉ!」

 青い闘気が全身から吹き出し、天を青き炎で焦がす。
 ラプユスが言葉をおぼろに漏らす。

「回復魔法? いえ……ま、まさか精神感応術式! 他者の心と共鳴して癒す魔法なんて……駄目です! 人の心に広さも深さもありません! 無限なんです! 心への接続は危険すぎます!!」

 さらにアスカが焦りの色を交えた声を飛ばす。
「やめよ! レムの闇は深い! そのようなことをすれば闇に呑まれるぞ!」

 シャーレが俺のもとへ駆け出す。
「ダメ! フォルス! それは危険すぎる!!」


 俺は駆け寄るシャーレへ顔を振り、微笑んだ。
「ふふ、俺は勇者を目指す男。誰かの命を奪うことよりも誰かを救うために戦う。誰かを悲しませるよりも喜びを与える――それが勇者。だから安心しな。シャーレを悲しませるようなことはしない」
「え……?」
「もちろん、アスカやラプユスも。俺は誰も悲しませることなく、レムを救って見せる! だから、大丈夫さ」

 シャーレは俺へ伸ばしていた手をゆっくりと降ろし、胸元へ置いた。
「うん、信じてる!」
「ありがとう……では、行くぞ! レム=サヨナレス!!」
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