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第四章 封印されし堕ちた勇者

第25話 魔王としてのシャーレ

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 聖都グラヌスより南西に伸びる街道を歩き、小さな村を一つ挟んでから、聖人の称号を持つ伝説の勇者レム=サヨナレスを人柱として捧げた神殿へ向かうことになった。


 その道中にラプユスが魔族についてシャーレに尋ねている。
「そういえば、シャーレさんが魔王に即位してからというもの、大きな戦争が起きてませんが何か理由があるのですか?」

「……なぜ、そんなことを聞きたいの?」

「私たち人間族や獣人族の間では、魔族側が大規模戦争の準備をしているという噂がありまして。だから今は、小規模な戦闘しか起こしていないと囁かれていて、かなり警戒していましたから。そうなのかなぁ、と?」

「さぁね」

 この疑問にシャーレは少し突き放すような物言いをした。
 おそらく、何か理由があるのだろうが、魔王の椅子を奪われたとはいえシャーレは魔族。
 仲間の情報を無闇に渡したくないのだろう。


 ラプユスもそれを理解したようでこれ以上深く尋ねなかった。
 代わりに俺が別の疑問を声に出すと、ラプユスが答えてくれた。

「大きな戦争が起きてない? あれ、俺が聞いた話だと魔族との戦火が広がってあちこちの村や町が焼かれ、孤児が増えていると聞いたけど? 違うの?」
「小規模な戦闘は頻発しているんですよ。そのため、あちらこちらの村や町が……」
「ああ、それで」
「ですけど、犠牲者や難民の数は大きな戦争が起きるよりも少ないです。だからといって良いというわけではありませんが」


 俺は頭を捻る。
(大きな戦争は起きてないけど、小さな戦争は頻発してる? 魔王のシャーレは一体何を考えていたんだろう?)

 ちらりと彼女を見る。
 彼女は俺の視線に気づいているが表情から色を消して無音に身を包む。
 やはり、何らかの理由はあるけど話したくないようだ。


 ここでアスカが人間族についてラプユスに尋ねる。
「よくわからんが魔族側は大戦争を避けておるようじゃのう。人間族側から仕掛けることはないのか、ラプユス?」
「それは無理ですよ~。過去に起きた小規模な戦争で勇者さんたちとシャーレさんが戦ったことがありますが、こちらは総勢七人の勇者。対するシャーレさんは、魔王軍五騎士の一人、ルフォライグという人だけを引き連れて、ほぼ互角だったんですよ」

「ほほ~、つまり五騎士とやらのうち、四人を温存できるほどの力の差があるというわけか」
「ええ、そうです。ですから、こちらから打って出るなんてできません」
「勇者が七人に居て、二人で互角か。たしかに、人間族側から下手に動けぬの~」


 この二人の会話にシャーレが交わる。
「敵を擁護するわけじゃないけど、勇者の中にもまともにやり合えば私と匹敵する者が居る。ほら、昨日アスカには話したでしょ。緋水のマレミアと絶聖のクレインのこと」
「そういえばそうじゃったな。痛々しい通り名のついたおぬしに匹敵する勇者の話」

「正面を切って戦えば、非常に面倒。でも、戦争だから。一対一で戦うことはせず戦術を駆使して戦っていたから、七人の勇者を相手にしてもなんとかなっていたというわけ」

「ふむ、戦術……つまり、魔族側には相当な知恵者がおるというわけじゃな」
「それがラプユスが口にしたルフォライグ。私に比類する力を持ち、最も頼りにして、信頼していた男。そして、真っ先に裏切った男よっ」


 シャーレは表情を曇らせて、刺々しい雰囲気を醸し出す。
 とても恐ろし気な様子。だけど、俺はそこに小さな驚きが覚える。

「以前とはちょっと違うね。普通に怒ってる感じだし」
「え?」
「こう言ったらあんまり気分良くないかもしれないけど、ほら、最初のシャーレって相当怒ってて暴走してたし」

「あっ……その、あの時は……」
「いや、まぁ、あれは済んだことだし、こうして無事だったから気にしないで。それよりも、あの時と何か変わった?」
「それは……そうね、以前よりかは裏切られた苦しさと向き合えているかも。でも、深く考えると……グッ」


 シャーレの体が小刻みに震え、魔力が滲み出始めた。
 このままだといつものように漆黒の風の刃が生まれてしまう。
 だから俺は優しく声を掛けて、謝罪をする。

「大丈夫、落ち着いて、シャーレ。それとごめん。嫌な気分にさせちゃって」
「え? あ、大丈夫。うん、私は、大丈夫……」

 そう言って、彼女は胸元に手を置いて深呼吸を繰り返す。
 出会ったときと比べて、心の傷が癒えている様子。
 それでも彼女の表情に痛みが走り、ただ見ている俺でさえ彼女の苦しさが心に伝わってくる。
 多少は癒えているとはいえ、まだまだ傷は深く、完全治癒とはいかないようだ。
 

 俺とラプユスはこれ以上話しかけることなく、シャーレが落ち着くまで待つつもりだった。
 しかし、全く空気を読む気のないアスカがシャーレへ話しかける。

「シャーレよ、即位はどのくらい前なんじゃ?」
「え!? どうして急にそんなことを?」
「いやの、ふと年はいくつなんじゃろうなぁと思ってな。見た目は若く見えるが、フォルスよりも年上なのではないか?」
「――――っ!?」

 シャーレの体がびくりと跳ねて固まった。
 どうやら年齢のことを聞かれたくないようだ……でも、彼女に悪いが俺も気になる。
 だからといってそれを尋ねるのはさすがに失礼だ。
 なので、頭の中で親父から習った歴史の勉強を思い起こし、心の中で指を折ろうとしたのだが……。
(えっと、たしか即位は十五年前だから少なくとも――)

「フォルス、駄目よ! お願いだから、やめて!」
「あばばばばば」


 考えていることを勘づかれ、両手で頭を握られ激しく揺さぶられ記憶をシャッフルされる。
 この様子を見ていたラプユスがシャーレへ助け舟を出した……助けかどうかは微妙だけど。

「フォルスさん、魔族は人間の三倍は生きますから、仮にシャーレさんが六十歳でも人間年齢に換算したら二十歳ですよ。だから、多少年を取っていても『若い』うちに入りますから――」
「お願いだからラプユスもやめて!」
「もががががが、ふぁーれはん。くひをおさへないでふらはい。ひきが!」

 今度は手のひらでラプユスの口を塞ぐ。彼女の顔が見る見るうちに青くなっていく。
 このままじゃラプユスが死んでしまう。
 俺は急ぎラプユスの口を押さえているシャーレの手を握り締めて、とっさにフォローを入れた。
「ラプユスが死ぬって! ほら、シャーレは可愛いんだし、年齢なんて関係ないさ!!」
「え?」
「あっ」


 思わず、妙なことを口走ってしまった。
 俺は握っていた彼女の手をそっと離す。
 シャーレはというと、離された手ともう一つの手を重ね合わせ、もじもじとしながら頬を赤く染めている。
「そ、そんな、可愛いって……それに今の、最後の言葉、本当に?」
「あ、その、うん……そうだ、ね。えっと、かわい……あああああああ!」
「ど、どうしたのフォルス!?」

 面と向かってシャーレに可愛いと言うのがめちゃくちゃ恥ずかしくなってきた!
 俺はこの場を何とか誤魔化そうとして――元凶を睨みつける。

「あああああ、もう! 元はと言えばアスカが変なことを尋ねるから!!」
「なんじゃなんじゃ。この程度で恥ずかしがりおって。初心うぶじゃのう」
初心うぶで悪かったな。大体、年齢ならたぶんアスカがこの中で一番年上だろ。いったい何歳なんだよ!?」


 こう言葉を飛ばすと、ラプユスとシャーレが続く。
「それは私も気になりますね」
「……私も」
「おぬしらもか。そもそもシャーレは自分のことを棚に上げて――」
「いいから何歳なの?」
「グッ、こやつ押し切りおった。はぁ……良いか、おぬしらに一言言っておく」

「なんだよ?」
「なに?」
「何ですか?」

「女性に年齢などそうそう聞くものではないぞ。なっとらんの」

「おまえが先に言いだしたんだろ!」
「あなたが先に言いだしたんでしょ!」
「アスカさんが先に言いだしたんですよね!」
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