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第三章 童貞勇者のくせに生意気じゃ
第23話 騎士と教皇の密謀
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――同時刻、グラシエル教皇の私室
本棚にぎっしりと詰まった書物。黒色の執務机にも書物の山。床にも足の踏み場なく書物の束。
ここは部屋の主を書物だと称しても過言ではない書物によって形作られた部屋。
その中で、僅かに人が収まることが許された執務椅子に腰を掛ける教皇グラシエル。
机を挟み、とても窮屈そうな様子で彼の前に立つ仮面の騎士アルフェン。
アルフェンはちらりと書物へ視線をぶつけ、瞳をグラシエルへ戻して声を生むが……声帯も爛れた顔と同様に爛れており、彼はしゃがれ潰れた醜き化け物のような声を出す。
「アイカわらず、ヘヤが乱雑としていますね。片づけるキはないのですか?」
「こう見えても私なりに整理整頓はできていてね。この部屋のどこにどんな書物があるのかしっかり把握している」
「書物が書物のシタジきになっているようでは取り出すのもタイヘンでしょうに。これを整理セイトンができている言えますかね?」
「フフ、この状態ならば不埒な輩が侵入したとしても、貴重な書物を探すことも持ち出すこともできまい。防犯という面では大きく寄与しているよ」
「モノは言いようですね」
アルフェンは小さなため息を挟み、話を本題へ移す。
「ワタシを呼びタてたのは、ラプユス様のことについてですね」
「ああ。君は彼女の旅を許すべきと言ったがやはり不安は残る。だから改めて君の口から保証を得たい」
「そうですか、では……レペアトの巫女フィナクルの反乱、魔王シャーレのシッキャク。これは予期されていたこと。そしてそれは我々のケイカクの狼煙でもある。そのケイカク内容をラプユス様にシられるわけにはいかない」
「その通りだ。彼女の耳に入れば必ず邪魔をする。だから、遠ざけると言うわけだな。我々が事を行いやすくするために」
「ええ。ですが、ラプユス様の御身を保証なくトオざけるのは問題。彼女はモチウォン様の聖女にして聖都グラヌスのショウチョウ。彼女にマンイチでもあれば、事」
「そうだな。ラプユスの身を守護せねばならぬ。彼らに預けて安心と?」
「魔王シャーレ、アスカなる少女。そして、ナグライダを屠った青年。ミナ、超一流の実力の持ち主と見受けられます。ゴエイとしては申し分ないかと」
「力量は十分。だが、信頼はできるのか?」
「そこは大いに不安視されるでしょうが、カレらならばラプユス様に危害を加えることもなく、また、御身の安全をハカってくれるでしょう」
「その根拠はなんだ?」
「ラプユス様の瞳と、私のカンです」
「ふむ……」
グラシエルは鼻で息を抜き、両腕を組んで目を閉じ、静かに熟考する。
「……勘か。普通ならばこれほどいい加減な保証もないが、私の知る限り、これまで君の勘は外れたことがない。それに、計画とラプユスを天秤に量れば、優先されるべきは計画。彼女が聖都に居ては計画が滞るどころか破綻しかねない。わかった、彼らに預けよう。だが……」
アルフェンの言に納得する素振りを見せたグラシエルは、言葉の最後に逆接の接続詞を置いた。
これは前文に対して矛盾や対立を仄めかすもの。
しかし、彼の『だが』は全く別のものへと繋がっている。
そのことはアルフェンにもよく伝わっていた。
「まんまと籠に飛び込んできた鳥をトリカゴから解き放つことにテイコウがあるのですね」
「ああ、君の言うとおりだ」
「しかしながら、強制的な拘束となるとムズカしい。もちろん、やってやれないことはありませんが……ラプユス様がハンタイされるでしょう」
「そうだな」
「だからこそ、ラプユス様の旅の同行が意味をオびてくる」
「彼女を遠ざけると同時に、定期連絡という名目で監視の役目を負わせる。今は不安を押し殺し、気配を隠すことが肝心か。わかった、そのように『彼』にも手紙を送っておこう」
グラシエル教皇は白眉を撫でて、最終目標である計画の完遂に重きを置き、己の不安を鎮めた。
そこから話題をもう一つの懸念へ移す。
「ナグライダの復活。となれば、人柱となった彼の者の封印も解けているだろう」
「はい、そうでしょうね」
「恨みと憎悪が聖都を襲うな」
「当然でしょう。私たちはそれだけのシウちを行った。だからといって、アマんじて憎しみを受け止めるわけにはいかない」
「そこで、彼らの手を借りるのだな。教会の恥部を晒すことを厭わずに」
「そのヨテイです」
「そうなるとラプユスが心配だ。無事で済むと思っているのか?」
「ナグライダを事もなく屠る青年に魔王シャーレがいます。モンダイないでしょう。ラプユス様もまた、彼の者を救えないことはショウチでしょうから」
「自我を保ち百年苛まれ、正気を失い二百年嘆き苦しむ。身勝手ではあるが永遠に眠ってもらうことが最善であろうな」
「我々は罪をオカシ続けてますね」
「導く者の役目だ。言い訳は許されない。ただ罪を受け入れ、世界に栄華を与えるのみ。それにだ、我々は更なる罪を重ね、世界を救わねばならん。あの時、我ら三人はそう誓ったのだから」
教皇グラシエルは漆黒の瞳を悲しげに揺らすが、宿る光には決意を秘めていた。
それは、これから先、どのようなことが起きようとも必ず計画を完遂するという覚悟――。
静かなる決意は主を書物に置く部屋を静謐へと帰し、世界が凍りついたように、ただ無音のまま時だけが流れゆく。
アルフェンは決意に満たされた音無き世界へ敬意を払い、空気の揺らぎもなく踵を返し、部屋から立ち去ろうとした。
だが、グラシエルは静謐に音を授け、彼へ問い掛ける。
「巨なる悪魔ナグライダ……君ならばフォルスという青年と同じことが、いやそれ以上のことができたであろう」
「ええ」
「そして、彼の者の魂へ安らぎを与えること。それもまた可能であろう」
「ええ……ですが、私が表舞台に立つことはキケンです」
「そうであるな。何者にも警戒されることなく、事を完遂せねば。ふふ、彼らが訪れたことにより君の実力を披露する機会は失われたが、そうであって良かった。これはモチウォン様のお導きかもしれん」
「ええ、きっとそうでしょう。それでは、シツレイいたします」
重厚な扉はゆっくりと音もなく閉じられる。
扉から離れ、アルフェンは長廊下の先を見つめる。
廊下の壁には光の力が封じられた魔石が置かれ足元を照らし出しているが、廊下の奥は闇に閉ざされ人の目では先を捉えることは許されない。
だがしかし、彼は闇を見つめ、先を覗き込み、足を一歩、踏み出す。
(まさか、あのナグライダをあれほど軽々と。想定したよりも遥かに強い。あれが時滅剣ナストハの可能性を喰らう力か)
彼はこの世界では誰も知らぬはずの剣の名を心の中で唱え、見えざる先を見通す。
(巫女フィナクルの動きもまた想定より早い。しかし、私に大きな介入は許されない。傍観あるのみ……いや、介入などせずともナストハならば。フフ、大いに期待が持てるな)
本棚にぎっしりと詰まった書物。黒色の執務机にも書物の山。床にも足の踏み場なく書物の束。
ここは部屋の主を書物だと称しても過言ではない書物によって形作られた部屋。
その中で、僅かに人が収まることが許された執務椅子に腰を掛ける教皇グラシエル。
机を挟み、とても窮屈そうな様子で彼の前に立つ仮面の騎士アルフェン。
アルフェンはちらりと書物へ視線をぶつけ、瞳をグラシエルへ戻して声を生むが……声帯も爛れた顔と同様に爛れており、彼はしゃがれ潰れた醜き化け物のような声を出す。
「アイカわらず、ヘヤが乱雑としていますね。片づけるキはないのですか?」
「こう見えても私なりに整理整頓はできていてね。この部屋のどこにどんな書物があるのかしっかり把握している」
「書物が書物のシタジきになっているようでは取り出すのもタイヘンでしょうに。これを整理セイトンができている言えますかね?」
「フフ、この状態ならば不埒な輩が侵入したとしても、貴重な書物を探すことも持ち出すこともできまい。防犯という面では大きく寄与しているよ」
「モノは言いようですね」
アルフェンは小さなため息を挟み、話を本題へ移す。
「ワタシを呼びタてたのは、ラプユス様のことについてですね」
「ああ。君は彼女の旅を許すべきと言ったがやはり不安は残る。だから改めて君の口から保証を得たい」
「そうですか、では……レペアトの巫女フィナクルの反乱、魔王シャーレのシッキャク。これは予期されていたこと。そしてそれは我々のケイカクの狼煙でもある。そのケイカク内容をラプユス様にシられるわけにはいかない」
「その通りだ。彼女の耳に入れば必ず邪魔をする。だから、遠ざけると言うわけだな。我々が事を行いやすくするために」
「ええ。ですが、ラプユス様の御身を保証なくトオざけるのは問題。彼女はモチウォン様の聖女にして聖都グラヌスのショウチョウ。彼女にマンイチでもあれば、事」
「そうだな。ラプユスの身を守護せねばならぬ。彼らに預けて安心と?」
「魔王シャーレ、アスカなる少女。そして、ナグライダを屠った青年。ミナ、超一流の実力の持ち主と見受けられます。ゴエイとしては申し分ないかと」
「力量は十分。だが、信頼はできるのか?」
「そこは大いに不安視されるでしょうが、カレらならばラプユス様に危害を加えることもなく、また、御身の安全をハカってくれるでしょう」
「その根拠はなんだ?」
「ラプユス様の瞳と、私のカンです」
「ふむ……」
グラシエルは鼻で息を抜き、両腕を組んで目を閉じ、静かに熟考する。
「……勘か。普通ならばこれほどいい加減な保証もないが、私の知る限り、これまで君の勘は外れたことがない。それに、計画とラプユスを天秤に量れば、優先されるべきは計画。彼女が聖都に居ては計画が滞るどころか破綻しかねない。わかった、彼らに預けよう。だが……」
アルフェンの言に納得する素振りを見せたグラシエルは、言葉の最後に逆接の接続詞を置いた。
これは前文に対して矛盾や対立を仄めかすもの。
しかし、彼の『だが』は全く別のものへと繋がっている。
そのことはアルフェンにもよく伝わっていた。
「まんまと籠に飛び込んできた鳥をトリカゴから解き放つことにテイコウがあるのですね」
「ああ、君の言うとおりだ」
「しかしながら、強制的な拘束となるとムズカしい。もちろん、やってやれないことはありませんが……ラプユス様がハンタイされるでしょう」
「そうだな」
「だからこそ、ラプユス様の旅の同行が意味をオびてくる」
「彼女を遠ざけると同時に、定期連絡という名目で監視の役目を負わせる。今は不安を押し殺し、気配を隠すことが肝心か。わかった、そのように『彼』にも手紙を送っておこう」
グラシエル教皇は白眉を撫でて、最終目標である計画の完遂に重きを置き、己の不安を鎮めた。
そこから話題をもう一つの懸念へ移す。
「ナグライダの復活。となれば、人柱となった彼の者の封印も解けているだろう」
「はい、そうでしょうね」
「恨みと憎悪が聖都を襲うな」
「当然でしょう。私たちはそれだけのシウちを行った。だからといって、アマんじて憎しみを受け止めるわけにはいかない」
「そこで、彼らの手を借りるのだな。教会の恥部を晒すことを厭わずに」
「そのヨテイです」
「そうなるとラプユスが心配だ。無事で済むと思っているのか?」
「ナグライダを事もなく屠る青年に魔王シャーレがいます。モンダイないでしょう。ラプユス様もまた、彼の者を救えないことはショウチでしょうから」
「自我を保ち百年苛まれ、正気を失い二百年嘆き苦しむ。身勝手ではあるが永遠に眠ってもらうことが最善であろうな」
「我々は罪をオカシ続けてますね」
「導く者の役目だ。言い訳は許されない。ただ罪を受け入れ、世界に栄華を与えるのみ。それにだ、我々は更なる罪を重ね、世界を救わねばならん。あの時、我ら三人はそう誓ったのだから」
教皇グラシエルは漆黒の瞳を悲しげに揺らすが、宿る光には決意を秘めていた。
それは、これから先、どのようなことが起きようとも必ず計画を完遂するという覚悟――。
静かなる決意は主を書物に置く部屋を静謐へと帰し、世界が凍りついたように、ただ無音のまま時だけが流れゆく。
アルフェンは決意に満たされた音無き世界へ敬意を払い、空気の揺らぎもなく踵を返し、部屋から立ち去ろうとした。
だが、グラシエルは静謐に音を授け、彼へ問い掛ける。
「巨なる悪魔ナグライダ……君ならばフォルスという青年と同じことが、いやそれ以上のことができたであろう」
「ええ」
「そして、彼の者の魂へ安らぎを与えること。それもまた可能であろう」
「ええ……ですが、私が表舞台に立つことはキケンです」
「そうであるな。何者にも警戒されることなく、事を完遂せねば。ふふ、彼らが訪れたことにより君の実力を披露する機会は失われたが、そうであって良かった。これはモチウォン様のお導きかもしれん」
「ええ、きっとそうでしょう。それでは、シツレイいたします」
重厚な扉はゆっくりと音もなく閉じられる。
扉から離れ、アルフェンは長廊下の先を見つめる。
廊下の壁には光の力が封じられた魔石が置かれ足元を照らし出しているが、廊下の奥は闇に閉ざされ人の目では先を捉えることは許されない。
だがしかし、彼は闇を見つめ、先を覗き込み、足を一歩、踏み出す。
(まさか、あのナグライダをあれほど軽々と。想定したよりも遥かに強い。あれが時滅剣ナストハの可能性を喰らう力か)
彼はこの世界では誰も知らぬはずの剣の名を心の中で唱え、見えざる先を見通す。
(巫女フィナクルの動きもまた想定より早い。しかし、私に大きな介入は許されない。傍観あるのみ……いや、介入などせずともナストハならば。フフ、大いに期待が持てるな)
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