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第三章 童貞勇者のくせに生意気じゃ

第20話 更なる深く濃き契約を

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 俺は片目を隠すように手を置いて、疑問を言葉に表す。
「何故、そこまでして二人きりに? どんな話を?」
「今後のおぬしに関わることじゃ」
「具体的には?」

 アスカはベッド傍に立て掛けてある時滅剣クロールンナストハを見つめる。
「可能性を喰らう魔剣。使い続ければ可能性は失われ、末は廃人か消滅か。しかし、その代償として得られる力は膨大。それはおぬしも実感しておるだろう」
「ああ、駆け出しの勇者である俺が魔王を組み伏せて、巨なる悪魔ナグライダを瞬殺できてしまったんだからな」

「ワシはおぬしを媒介にしてこの世界を満たす力を己の力として還元しておる。つまり、おぬしが取り込む力が強ければ強いほど、その還元の量は上がる」
「そのために魔剣を与えたんだもんな。ひっどい話だよ」
「まぁ、そう言うな。ワシとて、ここまで予想外な事態になると思わなかったのじゃ」
「予想外?」


 アスカはシャーレへ視線を振り、次に窓へ顔を向けて遠くを見ている。
「魔王シャーレ。恐ろしいほどの使い手よ。そして、彼女はこの世界の頂に立つ者だと思っておった。じゃが、どうだ。ナグライダ・聖女ラプユス・教皇グラシエル・仮面の騎士と次から次へと強者が現れる」

「いまいちピンとこないけど、グラシエル教皇やあの仮面の人もそれほどなのか?」
「ナグライダ・ラプユス・グラシエルはシャーレより劣るじゃろう。仮面の騎士に関しては……計り知れぬ」
「マジか、凄い騎士様なんだな」

「ああ、驚くほどな。おぬしと出会ってちょっと旅をしただけでこのありさまじゃ。今後どれほどの数の強者と出会うことやら。普通、最初はスライムが定番なのにの」
「すらいむ?」

「それは気にするな。ともかく、今後のことを考えるとこのままじゃおぬしは本当に廃人になってしまう。ワシは力の回復をしたいだけでおぬしを廃人にしたり消滅させたりする気はないからの」
「それお気遣いどうも。でも、今回のナグライダとの戦闘で結構回復したんじゃ、いや、できてないって言ってたな」


 時計塔の屋根の上で、そんな話をしていたことを思い出す。
 アスカは眉間に皺を寄せて、大仰に首を振り、桃色の髪を左右に揺らす。
「ああ、話しておったの。本当に残念じゃが、ほとんど還元できておらぬ」
「どうして?」
「やはり、ワシの使用する力の概念とこちらの世界の力の概念に大きな隔たりがあり、還元が難しいようじゃ。さらに、おぬしとの繋がりが浅いことも理由じゃ」

「浅いって?」

「おぬしとは口頭での契約できっちりとした契約を結んでおらぬからな」
「そう言えばそうだったな。それじゃあ、今から契約書みたいなのにサインとか? よくある血の契約的な感じ? 自分の血でサインみたいな?」

「それだけでは足らぬ。もっと強い契約が必要じゃ。そして、その契約をシャーレに見られるとややこしくなるゆえ、眠ってもらったのじゃ」
「はぁ? 見られたら困る契約って、どんな契約なんだよ?」

「まぁ、ともかくベッドから降りて、ワシの前に立ってくれ」
「ああ、いいけど」


 俺はシャーレにぶつからないようにゆっくりとベッドから降りてアスカの前に立った。
「これでいいか?」
「ああ、良いぞ。では、さらなる強固な契約を結ぶとするが、これはおぬしにも大きなメリットがある」
「メリットね。どんなもの?」
「ワシの内部に眠る力の一部を貸与できる。それにより、おぬしの体はより強固になり、経験値は十倍増しじゃ」

「強固はわかるけど、経験値十倍って何?」
「そのままの意味じゃ。一度の経験で十回分というわけじゃな」
「なるほど。つまり一回の戦闘で十回分の経験を得られるわけだ」
「そういうことじゃ。これにより、おぬしは加速度的に成長を遂げられる。そうなれば、強者と相対しても時滅剣クロールンナストハを使用する回数が減るじゃろう」
「あっ」

 アスカは口端をくいっと上げて笑う。
「クスッ、言うておろう。ワシはおぬしを廃人にしたいわけではない。力を回復したいだけ。その見返りにおぬしを勇者にしてやろうぞ。ま、それは本来、おぬしが時を重ね得られる経験だったものなので、大きな顔はできぬがな」


 アスカは一歩前に出て、俺を見上げる。
「よし、フォルスよ。ちょいと目をつむっておれ」
「はい?」
「今から契約を行うからさっさと目を瞑れっ」
「はぁ、よくわからないけど目を閉じればいいんだな」

 言われた通り目を閉じる。
「これでいいか?」
「ああ、良いぞ。ワシが良いと言うまで絶対に目を開けてはならぬぞ」
「……顔に落書きとかすんなよ」
「するか! ワシをどういう目で見ておるんじゃ、おぬしは?」
「そういう目で……」
「この、本当にしてやろうかの」
「やめろ、悪かったって」
「まったく……それでは更なる濃き契約を――すぅ~はぁ~、すぅ~はぁ~」

 
 アスカの深呼吸が耳に届く。それはゆったりと深く……。
 やがて深呼吸はピタリと止まり、彼女の気配を間近に感じる。
 不意にふよんとした柔らかさが胸板に伝わった――この柔らかさ、知っている!!

(え!? これってシャーレの胸の柔らかさ!?)

 そうだ、さっき味わったばかりの柔らかさ。いや、先ほどよりも大きくふくよかで弾力がある。
 
(な、何が――!?)

 次に、唇に柔らかさとなまめかしい潤いが伝わった。
 これも知っている。
 シャーレと出会い、いきなり唇を奪われたときの感触!?

「あ、アスカ、一体――おごっ!?」


 俺は思わず目を開けてしまいそうになった。しかし、開く直前に口から喉を通り、胃に何かが届く。それは粘っこさのある巨大なパンの塊みたいなもの。

「おごごごっごごご、おええええええ、うがぁぁああっぁあ! がはぁつ!!」

 あまりの苦しさに耐えかねて、喉と腹を押さえながら床にひざまずく。
「あ~あ~、おえ、うご、がぁっ、はぁはぁはぁはぁ、ごほごほ、な、なに。いまの?」
「ワシに宿る神気しんきをおぬしの体に流し込んだだけじゃ」
「しん、き?」

 口元を抑え、嗚咽を漏らしつつアスカへ顔を向ける。
 そこにはいつものアスカの姿。
 桃色の髪に二本の角を生やした白いワンピース姿の少女。
 俺は軽い混乱に陥る。


「変なのが流れ込んできて。でも、あの柔らかさ。口にも。あれは胸と唇の。だけど、お前ちっちゃいし。第一、背伸びしたって届かないはずだし」
「ほほ~、シャーレから乙女の柔肌を学んだか。童貞勇者のくせに生意気じゃの~」
「さっきから童貞童貞言い過ぎだろ! ってか、マジ、何が起こったの?」

 喉と胃の中を蹂躙された苦しさも和らぎ、ゆっくりと立ち上がる。
 そして、アスカへ問い掛けようとしたが、そこでとある少女の声が室内に響き渡った。


「見~ちゃいました、見ちゃいました!」
「へ?」

 声の出所は――上!?
 天井を見上げる。
 するとそこには――暗がりの中、天井から顔だけを見せているラプユスの姿がっ!

「ひっ、こわっ!」
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