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第二章 愛に殉ずる聖女
第16話 教皇の思惑
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聖女ラプユスに名を呼ばれた、年老いた男性と中年の男性。
グラシエル教皇と仮面の騎士アルフェン。
肩書きから判断して、モチウォン教のトップとそれを守護する教会騎士だろう。
グラシエルはラプユスをジロリと黒の瞳で睨みつける。
その眼光に身を震わすラプユス。彼は彼女から視線を切り、お付きたちへと瞳を向けた。
「ラプユスは聖女。聖都グラヌス、ひいてはモチウォン教の象徴。それを疎んずるとは何事か、室長!」
「いえ、その、も、申し訳ありません」
グラシエルは言葉に怒りを交え、さらに嘆息挟み会話を続けるのだが……続く会話はとても聖女に対する評価とは思えないもの。
「……いくら、普段から暴走気味で取り扱いが難しく、銭勘定もろくにできないとはいえラプユスは聖女であるぞ」
「まぁ、そうなんですが……そこまでおわかりなら、それに付き合わされる我々の身にもなってほしいですよ、教皇」
二人の会話にラプユスの言葉が混じる。
「あ、あれ、ちょっと待ってください。今、さらっと、私酷いこと言われてません?」
「理解しているからこそ、貴様らのような胆力ある者たちで彼女の脇を固めておるのだろう」
「いやいや、物事には限界がありますよ。今日もラプユス様はコソ泥の足を切り落としましたし。あんな異常行動ついて行けませんって」
「ちょっと、二人とも……」
「聖女に対して異常とはなんという言い草だ。せめて、奇行と呼びなさい」
「はぁ、たしかに少し言葉が過ぎました。申し訳ございません」
「いえ、どちらも酷い言葉ですよ」
「ともかく、無茶苦茶な存在であるが、ラプユスは聖女。モチウォン教の象徴。故に卒爾な発言は控えよ。でなければ、人々の心に雲がかかるぞ」
「はい。滅茶苦茶な行動をとっていますが、その分、筋や正義は通してますし、見た目は可愛いので人気はありますからね。気をつけておきます。ですがやはり、ある程度縄で縛る――」
「二人とも! もうやめてくださいよ!! 何ですか、さっきから!? 私を変人みたいに言って!!」
散々悪口を重ねられたラプユスが大声を張り上げた。
その声を聞いた二人は小さな息を漏らしてラプユスへ顔を向ける。
同じく声を聞いた町の人たちはというと、教皇と室長の会話に賛同するような小さな頷きを何度も見せていた。
この様子に、ラプユスは周囲の人たちへ声を掛ける。
「あれ? 一人くらい、そんなことはないと言ってくれないんですか? ねぇ、酒屋のノルマンさん?」
「え、まぁ、ラプユス様はとても清廉なお方ですよ。ラプユス様のおかげで聖都は他の町と比べても治安はいいですし……でも、ちょっぴり、懲らしめ方が怖いかなぁって思ってもみたり」
「そんな!? 悪を懲らしめ愛を与えるのは当然でしょう! ね、定食屋のミニーさん?」
「……愛は素晴らしいですけど、懲らしめ方がちょっと。罪状に応じてもうちょっとだけ柔軟になって頂けると」
「なんということでしょう!? 皆さん、私の愛を行きすぎだと感じていたのですか!? ならば、どうして、今まで私にそう訴えなかったのですか!?」
この沈痛なる声に対して、町の人たちは無言の内に言葉を心に広げている様子。
(聖女様に物申しにくいし、怖いから)
「どうして今になって、このような無体な真似を!?」
(普段はいらっしゃらない、唯一ラプユス様を諭せるグラシエル教皇が一緒にいらっしゃるから)
「どうして皆さん、黙っているんですか!? 私は皆さんから忌避され疎んじられる存在だったのですか? 皆さん!?」
「「「いえいえ、滅相もない。そんなことはありませんよ。ただ……」」」
「ただ、なんですか?」
「「「ちょっと、付き合いづらいかなっと」」」
「~~~~~!? もう、いいです! 皆さんには裏切られた気分です!!」
ラプユスはつかつかと俺の方へ歩いてきて、不意に腕に手を回した。
「絶対にフォルス様の旅に着いて行きますからね。私がいなくなって悪が蔓延る町になって困るといいですよ! フンッだ!」
まるで子どものような態度。
その態度に教皇も町の人々も言葉もない様子。
しかし、彼女の行動を許せない人が一人、俺のそばに居る。
「あなた、気安く私のフォルスに近づかないでくれる?」
――シャーレだ!
シャーレはラプユスが絡めてきた俺の腕とは別の腕を握り締めて引っ張り始める。
「離しなさい! 彼は私のものよ!」
「あなたの愛には敬服しますが、その愛を少しくらい分けていただいてもいいじゃないですか!」
「駄目よ! フォルスは私だけのものなんだから」
二人からぐいぐい引っ張られる。しかも二人とも尋常じゃない力の持ち主。このままじゃ身体が真っ二つになる。
「痛い痛い痛い痛い! 二人ともマジで痛いから。アスカ! 何とかしてくれ!?」
「え~、痴話喧嘩は犬も食わぬと言うしの~」
「それを言うなら夫婦喧嘩! それに痴話じゃない!」
「ならば、引っ張り合って勝った方がフォルスを――」
「そんときには死んでるわ! いたたたたた。うわ!? ヤバいぞ。脳からビシって音が聞こえてきた」
このままでは本当に真っ二つになってしまう。
そう命の危機を覚えたところで、グラシエル教皇の声が割って入り、二人を止めてくれた。
「二人ともやめなさい。大切な人を痛みに苛むことは、愛を欲する者、愛を与える者の行動ではなかろう」
言葉は決して強くない。
だけど、言葉の一つ一つに確かな重みのあるもの。
彼の声に促され、シャーレとラプユスは俺から手を離してくれた。
俺は二つに分かれようとしていた体を両脇からくっつけるように両手で押す。
「いった~。マジで分裂するかと思った。あの、グラシエル教皇。助けていただき、ありがとうございます」
「構わぬよ、この程度のこと。こちらは貴方に町を救われた恩がある。だが……」
教皇は視線を俺からシャーレへ移す。
そして、こう言った。
「恩あるお方のお連れに、魔王がいるというのはどういうことかな?」
彼の声にシャーレが答える。
「こちらに敵対の意思はない。少なくともフォルスに危険が及ばない限り」
「ふむ……そこの若き勇者を利用する気か?」
「え?」
「レペアトの巫女フィナクルに玉座を奪われたのであろう」
「どうして……?」
「ふふ、種族は違い、敵対していても、我らは二つ神によって生み出された生命。その神を頂く教団同士、多少なりともつながりがある故。もっとも、先ほど手にしたばかりの情報なので、仔細は知らず大まかにだが」
「そのことを知り、私が玉座を取り戻すためにフォルスを利用しようとしていると考えたの?」
「違うのか?」
「違う。フォルスは私のために戦ってくれると約束してくれたの。ね、フォルス」
あれ、そうだっけ? っと、声に出しそうになった。
しかし、出会った当初、私のために偽魔王フィナクルを倒してくれるのね。という会話を行っていた。
たぶん、そのことを指しているのだろう。
これについては会話の流れでそうなっただけで明確な約束はしてないけど、俺は勇者を目指す者。
最終目標は魔王を倒して、世界を安寧に導くこと。
だから、俺は教皇へこう答える。
「勇者として、世界を混沌に導く存在を退治するのは当然の役目ですよ」
「……フンッ」
鼻で笑われた。
俺は何か妙なことを言っただろうか?
教皇はシャーレへの警戒感を緩めず、さらに矛先が俺たちにも向く。
「事情はどうであれ、魔王をこのまま放置にはできまい。しばらくは我らの監視下に置くとする。無論、フォルス殿やそこな桃色の髪を持つ少女もな」
そう彼が言葉を発した途端、教会騎士の一団が素早く俺たちを取り囲んだ。
教皇もまた、先端に楕円の刃が付いた錫杖を握り締め、気炎を纏う。
これに応え、シャーレも黒い風の魔力を纏い、風は刃の形を見せ始める。
教皇とシャーレの対峙――ラプユスが止めに入ろうとするが届かない。
「グラシエル! あなたは何を!?」
「ラプユス! 相手は玉座を追われたとはいえ魔王! 野放しにはできん!」
「ですが、彼女からは邪悪なる気配など皆無。ひとえに、フォルス様を想う心しか――」
「そうであったとしても、捨て置けぬのだ!」
「何故ですか!?」
「彼女が魔族であり、その頂である王であるからだ! 人に害が及ぶ可能性がある限り、我らは彼らを捨て置けぬ!」
「だから、この方にはもう、そのような恐ろし気な――」
「なんじゃなんじゃ、くだらんのぉ~」
互いに一歩も退かぬ会話を終わらせたのはアスカ。
彼女は教皇グラシエルへ語り掛ける。
「おぬし、かなりの強者じゃの?」
「そちらも見かけによらず、恐ろし気な力を纏う。危険な存在のようだ」
「ほ~、見た目に惑わされず見抜くか、本質を。なればこそ、我らが真の意味で危険かどうかは見抜いておるのでは?」
「そうであろうとも、保証無き力ある存在を野放しにはできぬ」
「フフフ、愉快なことを言う。保証のある力など、この世に存在するのか?」
「ぬっ」
「そこに心があり、思いがあり、意思がある限り、力の天秤は揺蕩うものぞ。それはおぬしほどの者であればわかっておることじゃろう」
「…………」
「いや、わかっておるからこそ、ワシらを引き留めたいのか? 何を隠しておる。いや、企んでおる。グラシエル教皇?」
アスカが最後に置いた言葉にグラシエルの瞳が小さく動いた。
それは本当に小さなもので、おそらく町の人たちの中で気づいた者はいないだろう。
俺だって、彼の瞳を睨みつけていなければ気づかなかった。
それほど小さな動き――そして動きの意味は、動揺……。
つまり、アスカの指摘通り、彼は何かを企んでいる?
無音がアスカと教皇の間を埋めて、互いに睨み合いは続き動かない。
すると、後ろで控えていた仮面の騎士が教皇へ近づき、耳そばで何かを囁いた。
その囁きは、囁きという言葉で表現するにはとても長いもの。
教皇は彼へ向き直り、何かを口にしようとして口を開きかけたが、それを閉じて、片手を上げると教会騎士に刃を降ろさせた。
これにアスカが片眉を跳ねる。
「なんじゃ、随分とあっさりしておるの。先ほどの仮面の騎士になんぞ言われたか?」
「このような町中で貴様たちのような強者と一戦やり合えば被害が出る。そう言われてな」
「その割には随分と長い内緒話じゃったように見えるがの?」
「邪推だ。条件を全て併せ見て、比べて、下した判断ぞ」
「ほ~」
「聖女であるラプユスの瞳はたしかだ。魔王シャーレに悪意の気配なく、心を愛に満たしているというのならばそうであろう」
「なるほどの、ラプユスの力はおぬしほどの男が信頼に足る力というわけか」
ラプユスが白と言えば、一切の疑いもなく白となる。
彼女の持つモチウォンの力が宿る瞳は本物ということ……つまりは。
俺はアスカの姿を若菜色の瞳に納める。
(こいつが邪悪なのも疑いなく本当のことなのか? 性格に難はあるけど、邪悪と言うほど悪い子には見えないんだけどなぁ)
グラシエル教皇と仮面の騎士アルフェン。
肩書きから判断して、モチウォン教のトップとそれを守護する教会騎士だろう。
グラシエルはラプユスをジロリと黒の瞳で睨みつける。
その眼光に身を震わすラプユス。彼は彼女から視線を切り、お付きたちへと瞳を向けた。
「ラプユスは聖女。聖都グラヌス、ひいてはモチウォン教の象徴。それを疎んずるとは何事か、室長!」
「いえ、その、も、申し訳ありません」
グラシエルは言葉に怒りを交え、さらに嘆息挟み会話を続けるのだが……続く会話はとても聖女に対する評価とは思えないもの。
「……いくら、普段から暴走気味で取り扱いが難しく、銭勘定もろくにできないとはいえラプユスは聖女であるぞ」
「まぁ、そうなんですが……そこまでおわかりなら、それに付き合わされる我々の身にもなってほしいですよ、教皇」
二人の会話にラプユスの言葉が混じる。
「あ、あれ、ちょっと待ってください。今、さらっと、私酷いこと言われてません?」
「理解しているからこそ、貴様らのような胆力ある者たちで彼女の脇を固めておるのだろう」
「いやいや、物事には限界がありますよ。今日もラプユス様はコソ泥の足を切り落としましたし。あんな異常行動ついて行けませんって」
「ちょっと、二人とも……」
「聖女に対して異常とはなんという言い草だ。せめて、奇行と呼びなさい」
「はぁ、たしかに少し言葉が過ぎました。申し訳ございません」
「いえ、どちらも酷い言葉ですよ」
「ともかく、無茶苦茶な存在であるが、ラプユスは聖女。モチウォン教の象徴。故に卒爾な発言は控えよ。でなければ、人々の心に雲がかかるぞ」
「はい。滅茶苦茶な行動をとっていますが、その分、筋や正義は通してますし、見た目は可愛いので人気はありますからね。気をつけておきます。ですがやはり、ある程度縄で縛る――」
「二人とも! もうやめてくださいよ!! 何ですか、さっきから!? 私を変人みたいに言って!!」
散々悪口を重ねられたラプユスが大声を張り上げた。
その声を聞いた二人は小さな息を漏らしてラプユスへ顔を向ける。
同じく声を聞いた町の人たちはというと、教皇と室長の会話に賛同するような小さな頷きを何度も見せていた。
この様子に、ラプユスは周囲の人たちへ声を掛ける。
「あれ? 一人くらい、そんなことはないと言ってくれないんですか? ねぇ、酒屋のノルマンさん?」
「え、まぁ、ラプユス様はとても清廉なお方ですよ。ラプユス様のおかげで聖都は他の町と比べても治安はいいですし……でも、ちょっぴり、懲らしめ方が怖いかなぁって思ってもみたり」
「そんな!? 悪を懲らしめ愛を与えるのは当然でしょう! ね、定食屋のミニーさん?」
「……愛は素晴らしいですけど、懲らしめ方がちょっと。罪状に応じてもうちょっとだけ柔軟になって頂けると」
「なんということでしょう!? 皆さん、私の愛を行きすぎだと感じていたのですか!? ならば、どうして、今まで私にそう訴えなかったのですか!?」
この沈痛なる声に対して、町の人たちは無言の内に言葉を心に広げている様子。
(聖女様に物申しにくいし、怖いから)
「どうして今になって、このような無体な真似を!?」
(普段はいらっしゃらない、唯一ラプユス様を諭せるグラシエル教皇が一緒にいらっしゃるから)
「どうして皆さん、黙っているんですか!? 私は皆さんから忌避され疎んじられる存在だったのですか? 皆さん!?」
「「「いえいえ、滅相もない。そんなことはありませんよ。ただ……」」」
「ただ、なんですか?」
「「「ちょっと、付き合いづらいかなっと」」」
「~~~~~!? もう、いいです! 皆さんには裏切られた気分です!!」
ラプユスはつかつかと俺の方へ歩いてきて、不意に腕に手を回した。
「絶対にフォルス様の旅に着いて行きますからね。私がいなくなって悪が蔓延る町になって困るといいですよ! フンッだ!」
まるで子どものような態度。
その態度に教皇も町の人々も言葉もない様子。
しかし、彼女の行動を許せない人が一人、俺のそばに居る。
「あなた、気安く私のフォルスに近づかないでくれる?」
――シャーレだ!
シャーレはラプユスが絡めてきた俺の腕とは別の腕を握り締めて引っ張り始める。
「離しなさい! 彼は私のものよ!」
「あなたの愛には敬服しますが、その愛を少しくらい分けていただいてもいいじゃないですか!」
「駄目よ! フォルスは私だけのものなんだから」
二人からぐいぐい引っ張られる。しかも二人とも尋常じゃない力の持ち主。このままじゃ身体が真っ二つになる。
「痛い痛い痛い痛い! 二人ともマジで痛いから。アスカ! 何とかしてくれ!?」
「え~、痴話喧嘩は犬も食わぬと言うしの~」
「それを言うなら夫婦喧嘩! それに痴話じゃない!」
「ならば、引っ張り合って勝った方がフォルスを――」
「そんときには死んでるわ! いたたたたた。うわ!? ヤバいぞ。脳からビシって音が聞こえてきた」
このままでは本当に真っ二つになってしまう。
そう命の危機を覚えたところで、グラシエル教皇の声が割って入り、二人を止めてくれた。
「二人ともやめなさい。大切な人を痛みに苛むことは、愛を欲する者、愛を与える者の行動ではなかろう」
言葉は決して強くない。
だけど、言葉の一つ一つに確かな重みのあるもの。
彼の声に促され、シャーレとラプユスは俺から手を離してくれた。
俺は二つに分かれようとしていた体を両脇からくっつけるように両手で押す。
「いった~。マジで分裂するかと思った。あの、グラシエル教皇。助けていただき、ありがとうございます」
「構わぬよ、この程度のこと。こちらは貴方に町を救われた恩がある。だが……」
教皇は視線を俺からシャーレへ移す。
そして、こう言った。
「恩あるお方のお連れに、魔王がいるというのはどういうことかな?」
彼の声にシャーレが答える。
「こちらに敵対の意思はない。少なくともフォルスに危険が及ばない限り」
「ふむ……そこの若き勇者を利用する気か?」
「え?」
「レペアトの巫女フィナクルに玉座を奪われたのであろう」
「どうして……?」
「ふふ、種族は違い、敵対していても、我らは二つ神によって生み出された生命。その神を頂く教団同士、多少なりともつながりがある故。もっとも、先ほど手にしたばかりの情報なので、仔細は知らず大まかにだが」
「そのことを知り、私が玉座を取り戻すためにフォルスを利用しようとしていると考えたの?」
「違うのか?」
「違う。フォルスは私のために戦ってくれると約束してくれたの。ね、フォルス」
あれ、そうだっけ? っと、声に出しそうになった。
しかし、出会った当初、私のために偽魔王フィナクルを倒してくれるのね。という会話を行っていた。
たぶん、そのことを指しているのだろう。
これについては会話の流れでそうなっただけで明確な約束はしてないけど、俺は勇者を目指す者。
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だから、俺は教皇へこう答える。
「勇者として、世界を混沌に導く存在を退治するのは当然の役目ですよ」
「……フンッ」
鼻で笑われた。
俺は何か妙なことを言っただろうか?
教皇はシャーレへの警戒感を緩めず、さらに矛先が俺たちにも向く。
「事情はどうであれ、魔王をこのまま放置にはできまい。しばらくは我らの監視下に置くとする。無論、フォルス殿やそこな桃色の髪を持つ少女もな」
そう彼が言葉を発した途端、教会騎士の一団が素早く俺たちを取り囲んだ。
教皇もまた、先端に楕円の刃が付いた錫杖を握り締め、気炎を纏う。
これに応え、シャーレも黒い風の魔力を纏い、風は刃の形を見せ始める。
教皇とシャーレの対峙――ラプユスが止めに入ろうとするが届かない。
「グラシエル! あなたは何を!?」
「ラプユス! 相手は玉座を追われたとはいえ魔王! 野放しにはできん!」
「ですが、彼女からは邪悪なる気配など皆無。ひとえに、フォルス様を想う心しか――」
「そうであったとしても、捨て置けぬのだ!」
「何故ですか!?」
「彼女が魔族であり、その頂である王であるからだ! 人に害が及ぶ可能性がある限り、我らは彼らを捨て置けぬ!」
「だから、この方にはもう、そのような恐ろし気な――」
「なんじゃなんじゃ、くだらんのぉ~」
互いに一歩も退かぬ会話を終わらせたのはアスカ。
彼女は教皇グラシエルへ語り掛ける。
「おぬし、かなりの強者じゃの?」
「そちらも見かけによらず、恐ろし気な力を纏う。危険な存在のようだ」
「ほ~、見た目に惑わされず見抜くか、本質を。なればこそ、我らが真の意味で危険かどうかは見抜いておるのでは?」
「そうであろうとも、保証無き力ある存在を野放しにはできぬ」
「フフフ、愉快なことを言う。保証のある力など、この世に存在するのか?」
「ぬっ」
「そこに心があり、思いがあり、意思がある限り、力の天秤は揺蕩うものぞ。それはおぬしほどの者であればわかっておることじゃろう」
「…………」
「いや、わかっておるからこそ、ワシらを引き留めたいのか? 何を隠しておる。いや、企んでおる。グラシエル教皇?」
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それは本当に小さなもので、おそらく町の人たちの中で気づいた者はいないだろう。
俺だって、彼の瞳を睨みつけていなければ気づかなかった。
それほど小さな動き――そして動きの意味は、動揺……。
つまり、アスカの指摘通り、彼は何かを企んでいる?
無音がアスカと教皇の間を埋めて、互いに睨み合いは続き動かない。
すると、後ろで控えていた仮面の騎士が教皇へ近づき、耳そばで何かを囁いた。
その囁きは、囁きという言葉で表現するにはとても長いもの。
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これにアスカが片眉を跳ねる。
「なんじゃ、随分とあっさりしておるの。先ほどの仮面の騎士になんぞ言われたか?」
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「その割には随分と長い内緒話じゃったように見えるがの?」
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「ほ~」
「聖女であるラプユスの瞳はたしかだ。魔王シャーレに悪意の気配なく、心を愛に満たしているというのならばそうであろう」
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現在、第三章フェレスト王国エルフ編
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