上 下
10 / 56
第二章 愛に殉ずる聖女

第10話 聖女ラプユス

しおりを挟む
 これからもシャーレと共に旅を続ける。ギルドに情報を集めに行く。
 そう話はまとまり、ギルドの場所を通りかかりの人に尋ねようとしたところで大声が響き渡る。

「誰かそいつを捕まえてくれ! ドロボーだ!!」

 俺たちの視線が声へ向かう。
 一人の青年がバッグを脇に抱えて、俺たちとは反対側の通りを走り抜けていく。
 その後ろから、ふとっちょのおじさんが頬を赤く腫らして口から血を流し、息を切らせて走っている。
 どうやらおじさんが青年に殴られてバッグを盗まれてしまったようだ

 青年は息を切らすおじさんをせせら笑い、足の速度を速めていく。
 そこに、水よりも透き通る清涼な少女の声が広がった。


――聖都グラヌスで悪事を働くなど身の程知らずですね――


 青年は少女を前にして足を止めた。
 俺たちは青年の先にいる少女を見るために首を伸ばす。


 そこには、絹糸のように細く長い金の髪を揺らす美しい少女を中心に置いた、真っ白なローブを纏う集団がいた。

 少女の髪の左右には青の髪飾り。
 背格好は150cmにも届かない程度だったが、伝わる雰囲気に僅かな大人の色香が混ざっており、おそらく年は十五歳前後。
 彼女もまた純白の服装であったが、集団の単純なローブとは違い、足首まで届くスカートの膝・太もも・腰の部分にフリルがあり、その服の上に絢爛な刺繍がほどこされた桜色のローブを纏っている。

 誰かが少女の名を呼ぶ。

「ラプユス様だ! 聖女ラプユス様がお越しになられたぞ!」

 
 俺はその名前に聞き覚えがあった。
「ラプユスと言うと、モチウォン教の聖女……彼女があの噂の聖女なのか」
「何者じゃ、あやつは?」
「俺も詳しくはないんだ。癒しの聖女として名高いというくらいかな。シャーレは?」
「ごめんなさい。私もフォルスと同じで具体的には」
「そっか。それにしても、いきなり聖都の象徴に会えるなんてラッキーだったかも。泥棒の方は運が悪かったんだろうけど」


 俺たちは瞳を聖女ラプユスへ寄せる。
 ラプユスは柳眉りゅうびを逆立て、緑の虹彩に包まれた黄金の瞳で青年を射抜く。

「何やら不穏な気配を感じ取り、急遽、巡回の予定を組みましたが功を奏したようですね……他者を傷つけ、財を奪うなど言語道断。聖女ラプユスの名にいて裁きを与えましょう」


 どこまでも精白な彼女の声に民衆はどよめきを返す。
 俺は聖都の象徴たる聖女の裁きに興味を示しているんだろうなと思ったが、どよめきの内容は思っていたものとは違った。

「おいおいおい、ラプユス様の裁きだとよ」
「ああ、やべぇことになりそうだ」
「あの泥棒も運がないよな。よりによってラプユス様の巡回中に盗みを働くなんて」
「とりあえず、子どもは家の中へ。とてもじゃないが見せられないからな」

 
 何故かやじ馬たちに怯えが見える。
 それは聖女ラプユスを取り囲んでいた白いローブのお付きの人たちも同じ。

「ラ、ラプユス様! 何も御自おみずから裁きなど!」
「ふふふ、お気遣いは無用ですよ」
「いえいえ、お気遣いではなく聖女としてのイメージが悪くなりますので」

「はい? 闇に落ちた哀れな青年へ愛を伝えることが悪いと?」
「そういうわけじゃありませんが……ともかく我らが処理しますのでラプユス様は巡回の続きを」
「そうは参りません。巡回は町と民を見て回るもの。そうだというのに、目の前で起きた惨事を見過ごしては意味がありませんでしょう?」

「惨事と言うほどではないでしょう。盗みですし」
「あなたは罪に貴賤をつけるつもりですかっ?」

 ラプユスの声の高さが一つ上がり、金の瞳に冷たさが宿る。
 それに怯えたお付きは声を上擦らせた。
「そ、そ、そのようなつもりでは」
「ならば、良いのです。では、断罪を」

  
 ラプユスが右手を掲げると、ササっと別のお付きが錫杖を渡した。
 いや、錫杖と呼べるのかは甚だ疑問だ。
 地面を突く杖の端は針のように鋭く、掲げる先端部分には楕円の形をしたやいば
 それはちょうど人の首を刎ねるに適した形。
 

 ラプユスは怯える青年へ暖かな微笑みを浮かべ優しく諭していく。
「なぜ、二つ神は悪を人ヘ与えたもうたのか? それは、私たちが無知であるため蒙昧もうまいであるため。悪を知らずに善を知り得ない愚かな存在であるため」

 彼女は太陽の光を反射させるやいばの先端を青年へ向ける。
「何故、あなたが他者の財を奪い、傷つけることができるのか? それは愛を知らぬため痛みを知らぬため。愛と痛みは表裏。故に、あなたに痛みを授け、愛へのかいとしましょう」


 一歩踏み込むラプユス。それに対して青年は盗んだバッグを投げ捨てて懐からナイフを取り出す。
「クソッたれ! や、やれるもんならやってみやがれ!! 返り討ちにしてやらぁあ!!」

 青年はラプユスへ飛び掛かった。
 それに合わせて、やじ馬の皆さんとお付きの人たちは目を背けた。
 俺たちだけが次に起きた出来事をはっきりと目にする。

 ラプユスは錫杖で足払いをする。
 その動きは、修行のおかげで多少なりとも成長した俺でも目で追うのがやっとの速さ。
 青年にとっては神業と言えるものだっただろう。


 彼の足首が宙を舞い、勢いづいていた彼は地面へ転がるように倒れ込む。
 舞った足首が青年の目先にぼたっと落ちると、彼は恐怖と痛みに悲鳴を上げた。

「ひぃぃいいいいぃいい! 足が、俺の足がぁぁぁ!! いてぇええぇえ、いてぇええよぉぉぉ!!」

 痛みに傷を抱えようとするが、その動作で痛みが走り、のたうち回ることしかできない。
 正視するには耐え難い惨状。
 しかし、ラプユスは暖かな微笑みを見せたまま。

「痛いでしょう。傷を負うというのは、これほどまでに痛いのですよ。えいっ」
「ひぎゃぁぁあぁ!」

 ラプユスは針のように鋭い先端で彼の肩を突き刺す。
「痛いですか? この痛みをしかと覚えておくことです。あなたがあちらのおじさまへ拳を振り下ろした時も、おじさまは痛かったのですよ」
「は、はい、はい! だから、もう!」

「許しを乞う相手は私ではありません。違いますか?」
「え? はい、はいそうです!!」

 青年は痛みに耐えながら、脂汗と唾液に塗れた顔を被害者のおじさんへ向ける。
「ごめんなさい。俺のせいで怪我をさせて。バッグを盗んで。だから許してください!!」
「あ、ああ、俺としてはバッグが戻ってくればいいし。そういうわけでラプユス様。もうこれ以上は……」
「ふふふ、寛容な方ですね。では、あなたの暖かな愛に応え、断罪を終えるとしましょう」


 杖先を肩から引き抜く。
 そこから零れ落ちる多量の血。
 青年は再び痛みに呻き声を上げるが――それを聖女ラプユスが優しく抱きしめた。

「頑張りましたね。とても痛かったでしょう」
「え、え?」
「愛と痛みは表裏。痛みを知ったあなたへ、愛を授けましょう」

 そう唱えた途端、ラプユスの全身から激しい緑光が溢れ出す。
 光は青年を温かく包み、肩の傷が瞬く間に塞がる。
 お付きが足首を拾い、青年の傷口へ添える。
 
 ラプユスが傷へ手を添えると、緑光が彼女の手と傷の部分を包み、足首は傷一つなく元通りとなった。

 ラプユスは青年から離れる。
 青年は彼女のぬくもりが残る傷跡に触れて、虚ろな瞳でラプユスを見上げた。
 青年へラプユスは微笑む。

「痛みを知ったあなたは愛の大切さを知った。これからは愛を大切にすること。いいですね」
「はい……」
「もし、生活が苦しいのであれば教会を頼りなさい。必ずや力になってあげますから」
「はい」
「あなたの罪はおじさまの愛とモチウォン様の愛によって許されました。神に感謝を。おじさまに感謝を。多くへ感謝を」
「はい、ラプユス様!」


 青年はキラキラとした瞳でラプユスを見つめ続ける。
 お付きは頭を抱えながらぶつぶつと呟く。
「ああ~、だから巡回は嫌なんですよ。ラプユス様は加減を知らないから」

 どうやら、今の異常とも思えるやり取りは、この町にとって日常のようだ。
 これら一連の流れを見ていた俺たちの背筋にはぞっとするものが走った。


「え、なに、あれ? 怖いんだけど」
「一種の洗脳じゃな。恐怖を味わわせ、追い詰めて、極限状態で救いの手を差し伸べる。そうして、心を支配する」
「しかもあの女、それを意図してやっていない。心底、愛と痛みは表裏と思い行っている。危険な存在よ」

 このシャーレの言葉に、俺とアスカは眉を折りつつ視線を彼女へ向ける。
(危険ってシャーレの言うセリフじゃないよなぁ)
(おぬしが言うセリフか?)

「ん、どうしたの、二人とも?」

「いや、なんでもないっす」
「なんでもないのじゃ。それよりも一刻も早くここから離れた方がいいのじゃ」
 
 このアスカの言葉に俺は疑問を纏う。
「どうして?」
「魔王がおるんじゃぞ。あのような女に正体が知れてみろ。どうなることやら……」
「そっか。面倒なことになりそうだもんな。シャーレ、ごめんな。嫌な思いをさせることになる」
「ううん、気にしてない。フォルスが優しくしてくれからむしろ嬉しい」

 こうして、この場から離れることにした……のだが、こちらへ大声が飛んでくる。


「待ちなさい、あなたたち!!」

 声の主は聖女ラプユス。
 彼女は青年の血が滴り落ちる錫杖を手にしたまま、こちらへ向かってくる。

「あなた方の中に邪悪な波動を持つ存在がいますね!」
「クッ、見つかった!」
「これはいかんの」

 無駄だとわかっているが、俺とアスカはシャーレの姿を隠すように前に立った。
 当然、その程度じゃ誤魔化しきれず、ラプユスはやいばの付いた錫杖の先端をこちらへ向けて、こう言い放った。

「そこの桃色の髪の少女! あなたからとてもよこしまなる気配を感じます!! 聖都グラヌスを罪過ざいかに包もうとする悪! そのようなことは決して、この聖女ラプユスが許しません!!」

 錫杖の先端を向けられたのは――アスカ!?
 アスカもまた自分自身を指で差す。

「邪悪って――ワ、ワシのことなのかぁぁぁあぁ!?」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

巻き込まれ召喚されたおっさん、無能だと追放され冒険者として無双する

高鉢 健太
ファンタジー
とある県立高校の最寄り駅で勇者召喚に巻き込まれたおっさん。 手違い鑑定でスキルを間違われて無能と追放されたが冒険者ギルドで間違いに気付いて無双を始める。

解呪の魔法しか使えないからとSランクパーティーから追放された俺は、呪いをかけられていた美少女ドラゴンを拾って最強へと至る

早見羽流
ファンタジー
「ロイ・クノール。お前はもう用無しだ」 解呪の魔法しか使えない初心者冒険者の俺は、呪いの宝箱を解呪した途端にSランクパーティーから追放され、ダンジョンの最深部へと蹴り落とされてしまう。 そこで出会ったのは封印された邪龍。解呪の能力を使って邪龍の封印を解くと、なんとそいつは美少女の姿になり、契約を結んで欲しいと頼んできた。 彼女は元は世界を守護する守護龍で、英雄や女神の陰謀によって邪龍に堕とされ封印されていたという。契約を結んだ俺は彼女を救うため、守護龍を封印し世界を牛耳っている女神や英雄の血を引く王家に立ち向かうことを誓ったのだった。 (1話2500字程度、1章まで完結保証です)

転生貴族のハーレムチート生活 【400万ポイント突破】

ゼクト
ファンタジー
ファンタジー大賞に応募中です。 ぜひ投票お願いします ある日、神崎優斗は川でおぼれているおばあちゃんを助けようとして川の中にある岩にあたりおばあちゃんは助けられたが死んでしまったそれをたまたま地球を見ていた創造神が転生をさせてくれることになりいろいろな神の加護をもらい今貴族の子として転生するのであった 【不定期になると思います まだはじめたばかりなのでアドバイスなどどんどんコメントしてください。ノベルバ、小説家になろう、カクヨムにも同じ作品を投稿しているので、気が向いたら、そちらもお願いします。 累計400万ポイント突破しました。 応援ありがとうございます。】 ツイッター始めました→ゼクト  @VEUu26CiB0OpjtL

スライムすら倒せない底辺冒険者の俺、レベルアップしてハーレムを築く(予定)〜ユニークスキル[レベルアップ]を手に入れた俺は最弱魔法で無双する

カツラノエース
ファンタジー
ろくでもない人生を送っていた俺、海乃 哲也は、 23歳にして交通事故で死に、異世界転生をする。 急に異世界に飛ばされた俺、もちろん金は無い。何とか超初級クエストで金を集め武器を買ったが、俺に戦いの才能は無かったらしく、スライムすら倒せずに返り討ちにあってしまう。 完全に戦うということを諦めた俺は危険の無い薬草集めで、何とか金を稼ぎ、ひもじい思いをしながらも生き繋いでいた。 そんな日々を過ごしていると、突然ユニークスキル[レベルアップ]とやらを獲得する。 最初はこの胡散臭過ぎるユニークスキルを疑ったが、薬草集めでレベルが2に上がった俺は、好奇心に負け、ダメ元で再びスライムと戦う。 すると、前までは歯が立たなかったスライムをすんなり倒せてしまう。 どうやら本当にレベルアップしている模様。 「ちょっと待てよ?これなら最強になれるんじゃね?」 最弱魔法しか使う事の出来ない底辺冒険者である俺が、レベルアップで高みを目指す物語。 他サイトにも掲載しています。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

30年待たされた異世界転移

明之 想
ファンタジー
 気づけば異世界にいた10歳のぼく。 「こちらの手違いかぁ。申し訳ないけど、さっさと帰ってもらわないといけないね」  こうして、ぼくの最初の異世界転移はあっけなく終わってしまった。  右も左も分からず、何かを成し遂げるわけでもなく……。  でも、2度目があると確信していたぼくは、日本でひたすら努力を続けた。  あの日見た夢の続きを信じて。  ただ、ただ、異世界での冒険を夢見て!!  くじけそうになっても努力を続け。  そうして、30年が経過。  ついに2度目の異世界冒険の機会がやってきた。  しかも、20歳も若返った姿で。  異世界と日本の2つの世界で、  20年前に戻った俺の新たな冒険が始まる。

【超速爆速レベルアップ】~俺だけ入れるダンジョンはゴールドメタルスライムの狩り場でした~

シオヤマ琴@『最強最速』発売中
ファンタジー
ダンジョンが出現し20年。 木崎賢吾、22歳は子どもの頃からダンジョンに憧れていた。 しかし、ダンジョンは最初に足を踏み入れた者の所有物となるため、もうこの世界にはどこを探しても未発見のダンジョンなどないと思われていた。 そんな矢先、バイト帰りに彼が目にしたものは――。 【自分だけのダンジョンを夢見ていた青年のレベリング冒険譚が今幕を開ける!】

レベルを上げて通販で殴る~囮にされて落とし穴に落とされたが大幅レベルアップしてざまぁする。危険な封印ダンジョンも俺にかかればちょろいもんさ~

喰寝丸太
ファンタジー
異世界に転移した山田(やまだ) 無二(むに)はポーターの仕事をして早6年。 おっさんになってからも、冒険者になれずくすぶっていた。 ある日、モンスター無限増殖装置を誤って作動させたパーティは無二を囮にして逃げ出す。 落とし穴にも落とされ絶体絶命の無二。 機転を利かせ助かるも、そこはダンジョンボスの扉の前。 覚悟を決めてボスに挑む無二。 通販能力でからくも勝利する。 そして、ダンジョンコアの魔力を吸出し大幅レベルアップ。 アンデッドには聖水代わりに殺菌剤、光魔法代わりに紫外線ライト。 霧のモンスターには掃除機が大活躍。 異世界モンスターを現代製品の通販で殴る快進撃が始まった。 カクヨム、小説家になろう、アルファポリスに掲載しております。

処理中です...