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第一章 ヤンデレ魔王と異界の龍少女

第3話 ヤンデレ魔王

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――好きです……


 突然、魔王シャーレは俺にそう言った。
 何が起こったのかわからず、俺は疑問符がついた短い言葉を漏らす。

「はい?」

 すると、彼女は両手をもじもじしながら答えを返す。
「だって、あなたは私に『彼女は<美しい>女の子だ。俺には<思い人である>彼女を殺すことなんてできない』って言ってくれたから」

「え? え? なんか、増えてない? 言葉?」
「ぬふふ、私を必要としてくれる人がいた。嬉しい……」

 そう言って、俺の胸板にそっと頬を寄せて、甘えるようにすり寄ってくる。
 一瞬、柔らか! いい匂い! と思ったがすぐに我に返り、後ずさりをして彼女へ状況の整理しようと訴えたのだが――


「ちょっと待って! 何が起こってるのか――」
「そんな……私から離れた。あなたも私を裏切った配下たちと同じように、私を拒絶するんだ。するんだ! するんだぁぁぁあぁ!」

 魔王シャーレは再び鋭い刃をともなった漆黒の風を生んだ。
 慌てて言葉を返す。

「別に拒絶なんかしてない。ちょっと驚いただけで!」
「え、本当? 嬉しい……やっぱり、私を必要としてくれるんだ」
 またもや、俺の胸板にぴったり寄り添う。

 この様子を鼻をほじりながら眺めていたアスカに尋ねる。
「えっと、アスカだっけ? これ、どゆこと?」
「知らん。まったく、公衆の面前で乳繰り合いおってからに」
「乳繰り合ってねぇよ! がっ!?」
 

 シャーレに首をがしりと掴まれ、無理やり自分の方向へ向けられた。
「だめよ、私以外見ないで。私のこと愛してくれるって言ったじゃない。それとも、裏切るつもり?」

 言った覚えねぇ~、と言いたかったがそれを口にしたら殺されそうなのでやめておく。
 代わりに作り笑いを浮かべて、落ち着いて話そうと提案することにした。

「あの、とりあえず、どこかでお互いの情報交換的なことをしよう」
「私はあなたのことが好き。あなたは私のことが好き。それで十分でしょ?」
「え、いつ相思相愛に?」
「なに……?」
「いえ、何でもありません。とにかく、お互いに自己紹介もしてないし、ね。わかる?」
「……うん、私もあなたの名前を知りたい」
「そうだね、そうしよう。とりあえず、離れてくれる?」

 この言葉に、シャーレは瞳を冷たく凍らせる。
「私を拒絶するの?」
「違う。違うからそんな怖い目しない。えっとね……ほら、じっくり腰を据えて君のことが知りたいなぁ~って」


 と答えると、シャーレの表情はパ~っと明るくなり、俺から小さく飛び退いて、その場でぴょんぴょんと飛び跳ねている。

「やっぱり、私たちは愛し合ってるのね」

 彼女の様子を見ていたアスカが片手を頭に置いて天を仰ぐ。
「あ~、やってもうたの。今の言葉でますます深みにはまったぞ」
「だったらなんて返せばいいんだよ!? ってか、俺は君のことも良く知らないんだぞ!」

 このやり取りにシャーレがぬらりと割り込んできた。
「ねぇ、この女は誰? さっきから私たちの邪魔ばかりをして」
 再び、漆黒の瞳を凍りつかせて、魔力を含んだ黒の風を巻き起こそうとする。

 これを力尽くで止めようとしても俺では無理だ。
 だが、彼女は俺に好意を抱いている様子。それを利用しよう。
 俺は大声を上げて、場のコントロールを試みる。


「とりあえず! 順番に整理して行こう! シャーレ! 俺の話を聞きたくないのか!?」
「聞きたい!!」
「即答!? ちょっとびっくりだけどその方がいいか。それじゃあ、一旦村に……親父とお袋、それに村のみんなにも、この騒動の説明をしておかないといけないし」


 勇者になるまで戻るつもりはなかった村を若菜色の瞳に収めて、一歩前に出ようとした。
 それをアスカが止めに入る。

「やめておけ」
「え、なんで?」
「シャーレとやらを見ろ」

 促され、魔王シャーレを見る。
 彼女は頬をてかてかに光らせて、なぜかご満悦の様子。

「こ、これは?」
「おそらくこう思っておるのじゃろう。私をご両親に紹介してくれるんだ~、とな……」
「なっ!? ……森だ! 森に行こう! この先に森があるから、そこに行こう!」

 この言葉を聞いたシャーレは頬からてかてかを降ろして、代わりに漆黒の風を纏う。
「どうして? 私を紹介するのが……いやなの?」
「そうじゃない! えっとな、えっとな、あれだ」
「なに?」


 言い訳を振り絞れ、俺。
 彼女は俺に好意を抱いている。もう一度それを利用すればいいだけだ!

「俺は勇者になるべく故郷と決別した。再び戻るときは勇者になってからだ、と。この男としての決意! 君ならわかってくれると思うんだ!」
「決意? それは、ご両親に会うよりも大切なものなの?」

 クッ、黒い風が消えない! 
 これでは駄目か。ならば!!


「俺は君を傷つけたくないんだ!」
「え?」
「見ろ、ここだと日差しが強すぎる! 春の日差しとはいえ、君の珠のように美しい肌が傷つけられることは避けたい。だから、木陰でゆっくり君と話がしたい」
「美しい……うん、あなたが言うなら」

 よし、何とかなった。それなら村でもいいじゃないとツッコまれずに良かった。
 この様子を尻を掻きながら見ていたアスカがぽつりと漏らす。
「あ~あ、またもや余計な言い回しを。順調にゴールへのフラグを積み上げておるな」
「フラグ? 何、フラグって?」
「イベント発生の条件や分岐のことじゃ。順調にフラグを建てていくとおぬしとシャーレは親密になり、やがては――」

「やっぱいい、聞きたくない」
「そうか? なんにせよ気をつけよ。どうやらシャーレは情緒不安定度の高いヤンデレのようじゃからな」
「やんでれ?」

「ヤンデレとは、好きな相手に対して深く執着しゅうちゃくする者を指すのじゃ。自分の感情が受け入れられないときは、物理的、精神的な束縛や攻撃性を見せたりするのじゃ」
「攻撃性ね。なるほど……」


 この短時間で何度も見た、彼女が纏う漆黒の刃付きの風を思い起こし納得。
 アスカの説明はまだ続く。

「じゃが、基本的に愛する相手のことを優先する傾向にあるので、シャーレの想いを無碍むげにしなければ安全じゃ。なので、シャーレの想いには細心の注意を払うことじゃな」
「払い損ねると?」
「聞きたいか?」
「……いえ、なんとなくわかるのでいいです」

「まぁ、接し方を間違えんことじゃな。しかしじゃの……」

 アスカはちらりとシャーレへ視線を送る。
「幸い、シャーレはそこまで重くない。少なくともおぬしの話に耳を傾けておるからな。シャーレの会話の内容から、情緒不安定なのは配下の裏切りとやらが要因なのじゃろう。そこを克服すれば変わっていくじゃろうて」
「そうなんだ。克服できるといいんだけど。そうじゃないと……ともかく、ここじゃなんだから森へ行こう」
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