元勇者、魔王の娘を育てる~血の繋がらない父と娘が過ごす日々~

雪野湯

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第35話 十四歳の記憶・前編

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――――十四歳・春

 
 白に埋まった大地は溶け消えて、代わりに緑の絨毯が広がる。
 ここは春の訪れを祝う花々が咲き誇る村の広場。
 
 そこでは、深紅に溶け込む黒艶がより一層の赤を映えさせる長い髪を、微睡まどろみを帯びた春風にたなびかせている少女がいた。
 少女の名はアスティ。
 アスティは風を誘うようにゆらりと腕を動かし、剣使いとは思えぬ奏者のように繊細な指先を髪に通して俺を呼ぶ。

「お父さん」

 微笑み、父を呼ぶ少女は幼い愛らしさを残しつつも、女性としての艶麗えんれいを纏い始め、着実に大人へなろうとしていた。


(ふふ、それも当然か。もし、貴族ならばそろそろ婚約の話が出てきてもおかしくない頃。女の子ではなく、女性としての階段を一歩踏み出す年齢)

 俺は同じく微笑みを返して翡翠色の瞳に我が子を映す。


 太陽の輝きを封じたかのような黄金の瞳。陽射しを受け止める睫毛は美しく、外に広がりを見せて丸くぱっちりとした瞳を守る。

 父親……ガルボグ譲りなのか鼻立ちはすっきりしていて、その先に続く桃色の唇からは小指の先ほどの牙が見え隠れしている。
 厳しい訓練を経ても肌に傷はなく潤い、白く艶やか。


 服選びはとっくの昔に俺から離れ、自分で見立てたもの。
 赤い髪とは対極的な青いサーコート(※丈長の上着)に薄い水色の短めフレアスカートと長ブーツ。
 腰には青色の鞘に納められた鉄製の剣。

 動くとスカートとブーツの間で太ももが見え隠れして、親としてはちゃんと隠しなさいと言いたくなるが口は出さないようにしている。


 何故かというと、父親では女の子のお洒落関係の相談相手など務められないだろうと思い、それらは同性のカシアやローレに任せているからだ。
 これについては十歳を超えてから二人に任せっぱなし。
 年頃の娘の下着のチョイスや体の変化など父親に相談できないだろうし、されてもどう対応していいかわからないからな。

 それでも……やはり、短めのスカートはいただけない。
「スカート、短すぎないか?」
「そうかなぁ? インナーパンツ履いてるから問題ないと思うけど?」


 男はそれでも喜ぶんだよ。だからやめとけ、と言いたかったが、父親として男のサガに関することなど、娘になんとなく伝えづらいものがある。
 これ以上、話が妙な方向に行く前に、本題に入るとしよう。

「まぁいい。しかし、ずいぶんと気合の入った格好だな。いつも通りの訓練服でもよかったんだぞ」
「だって今日は、お父さんが必殺技みたいなのを教えてくれるんでしょ。だからちょっと気合を入れてみたの!!」


 アスティに続き、少し離れた場所で様子を見ていたアデルとフローラが会話に加わってくる。
「おおお、必殺技!! 燃えるな!!」
「必殺技よりも……あーちゃん、ずるいなぁ。私もちゃんとした服装にすればよかった。真っ白シャツの訓練服だし~」


 そう言って、フローラは訓練服の裾を引っ張る。
 すると、訓練服が胸に張り付き、年齢にしては大きめの胸がくっきりと表れて年頃の男の子たちがおお~、という歓声を上げた。
 見学に来ていた父親ヒースが慌てて声を荒げる。

「フ、フローラ! はしたないからやめなさい!」
「パパ? フフ、ごめんなさい。わたし、魅力的だから」

 と言って、フローラは妖艶な笑みを生み、ヒースは頭を抱えて、隣にいたローレに慰められている。
 俺はヒース・ローレ夫妻をチラ見してから周りを見回した。
 周囲には剣や武道の指導役に、訓練に来た子どもたち。そして、その保護者。
 さらには村長のリンデンまでいる。

 どこで聞きつけてきたのか、俺が必殺技を見せるという話を聞いてみんなは集まってきたのだ。
 特にリンデンは俺に対して疑念が生まれたため、余計に興味を惹かれたのだろう。


 同じ剣の指導役のジャレッドがカシアを伴い話しかけてくる。
「がはは、見世物になってんな! まぁ、ヤーロゥは滅茶苦茶腕が立つからな。その必殺技となればみんな集まって当然か」
「あたしはあんた・・・の戦い方を実際に見たことないから、とても興味がある」

 ジャレッドとヒースは俺が元勇者であることを知っている。そして、その伴侶である二人もまた、すでに知っている。
 だからカシアは少しだけ言葉に含みを持たせた。そして、小さく言葉を落とす。
「興味はあるけど、アデルが心配ね……」


 彼女はアデルが冒険家になることを恐れている。今回の見世物で剣士に対する意識をより一層高めることを恐れている。
 彼女は剣を習うことそのものに反対していた。母であるカシアは息子のアデルに危険が多い選択肢を選んでほしくないのだ。
 たとえ、それが親のわがままであっても……。

 その想いは、俺の心にも響く。
 それでも子どもの可能性を狭くすることも閉ざすことも彼女にはできない。俺にもできない。
 だから、与えらえるものは全て与える選択をした――しかし、選択をしても迷いは残る。それが心というもの。
 誰もが理知だけに生きてるわけではない。


 俺は彼女の想いに小さく頭を下げる。
 するとカシアもまた小さく手を振って気にしないでと伝えてきた。

 俺はこくりと頷き、広場の中心に立って、相対する場にアスティを立たせた。

「さてと、今から俺の村に伝わる奥義、みたいなものを披露するわけだが……それをしっかり教えることができるかどうかはお前の才能次第になる。いいか?
「うん!」

「では、さっそく……と、行きたいが、目が多すぎてうまくいくかなぁ?」
「お父さん? みんなに見せるとダメなの? 必殺技だから秘匿するものって感じで?」
「いや、そういうわけじゃない。この技はあらゆる目を盗む技なんだが……」
「目?」

「ただの目じゃない。あらゆる目だ。世界はあらゆる存在によって見られている。それは人間族だったり、魔族だったり、鳥だったり、微生物だったり、悪魔だったり、神だったりとな」
「はぁ?」
「それらの目……視界・視線から逃れ、存在を消す。だからこれは、神の目を盗む技と言われている」
「神様の目を……?」


 ここで俺は、両手を腰に置いて大きなため息をつく。
「ただ、俺は妹と違って、この技をちゃんと習得してないんだ。だから、これだけの目を盗み、姿を消すってのが、うまくいくのか不安でな」
「お父さんの妹さんはできるんだ」
「戦いは不得手だけど、この技だけはな。おかげでかくれんぼすると簡単に負ける」
「あははは、なにそれ?」
「ま、やってみるか。久しぶりってのもあるが……うまくいきますように、と」
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