元勇者、魔王の娘を育てる~父と娘が紡ぐ、ふたつの物語~

雪野湯

文字の大きさ
25 / 100
第一章 勇者から父として

第25話 十歳の記憶・後編

しおりを挟む
 俺はヒースにフローラの魔力覚醒について尋ねた。


「フローラはまだ魔力覚醒が起きてないんだろ? それで、これだけのことができるなんて……」
「ふふ、魔法使いであるローレの血を色濃く受け継いだのかもね」
「三年前、お前に聞いたが、魔力覚醒は早ければ早いほどその素質に恵まれると。フローラはそれに当てはまらないようだな」

「それは多いというだけで、必ずしもというわけじゃないから。遅咲きの子だっている。それに、ほら、フローラは珍しい魔族と人間族の子どもだから……」
「参考となるものが少なすぎて、成長過程や才覚の現れ方が不透明と言うわけか。どちらにしろ、小規模ながらも見事に魔力を操れている。フローラは天才と言っても過言じゃないな」

「ふふ、ありがとう。だけど、天才と呼ぶのは拙速だ。才が開花せず終わる子も大勢いる。しっかり、見守り、導いてあげないと」
「そうだな」


 俺とヒースは互いに軽く微笑み、ヒースは汗だくのアスティとアデルに声を掛ける。
「二人とも水分補給。それと塩とミネラルの補充を」
「それはお父さん特製の微妙な味の飲み物があるから大丈夫」
「妙な味だよなぁ。甘いんだけど酸っぱいような塩気があるような。あ、そう言えばヒースおじさん」

「なんだい、アデル?」
「みねらるってなんのこと? このジュースのこと?」
「それは……」


 と、ヒースが説明しようとしたところで、俺が横からかっさらってしまった。
「生体を構成する四元素以外の総称だ。カリウムやリンやカルシウムなどのな。俺の特製ジュースにはそれらが含まれている」
「う、う~ん、よくわかんないけど、体に良い飲み物ってこと、おじさん?」
「端的に言えばそうだな。特に体を動かした後には良いものだ」

「へ~、味微妙なのに……でも、体に良いならしっかり飲もうっと」
「あ、アデル! 私のコップ使わないでよ!! それと私が先に飲むから」
「なんでだよ!」


 二人の間で、コップの取り合いとジュースの取り合いが始まった。
 それをフローラが宥めている。
 三人の関係はやんちゃするアスティとアデル。それを諫めるフローラという、赤ん坊の頃にあった関係に戻ったようだ。

 
 その三人の関係を見て、まだまだ言葉も歩くこともおぼつかなかった幼い頃の三人の姿を思い出し、頬が緩む。
 その緩む頬に向かって、何故か突き刺さるような視線をヒースが見せてきた。
 ヒースは訝しそうな瞳で、俺にこう問うてくる。

「ヤーロゥはずいぶんと物知りだね。全神ノウンの御業である魔導体系を基に、世界の知識を広げる事が基本である『セイクウ』では、まず、科学的考察や視点はない。そもそもとして、科学知識を有しても否定から入るものなのに」

「俺の村は異端の神を祀る村で、そこでは魔導体系と科学体系が絡み合った知識が基本だったからな。その知識は正確に伝わっていないが、それを基とした教科書で幼い頃に学んだ」
「異端の? 全神ノウンの子ではない者たちの……その中で科学に触れる村か……なるほど、もしかしてきみ――」

「ヒースこそ、魔導体系から外れた物の見方をできているようだが、どこかで?」

 そう問うと、彼は奥歯を噛みしめて、吐き捨てるように言葉を漏らす。
「昔、勤めていた場所で……そこは反吐の出るような場所だった」
「……そうか」


 これ以上聞かず、俺は子どもたちへ顔を向ける。
 コップとジュースの取り合いは終わり、三人は何やら言い合いになっていた。

「お父さんの方が物知りだって! お料理の知識とかすごいんだから」
「はん、料理だって? なんだよそんなの。うちの父ちゃんなんてああ見えて戦術や戦略についてだったら、あの天下の奇才・宰相アルダダスも真っ青なくらいにすごいんだからな!!」
「でも、一番物知りなのはパパかなぁ。だって、お医者様ですもん!」


 三人とも一歩も引かずににらみ合う。
 俺とヒースは、自分の父親に肩入れする子どもたちの姿を前にして、とても面映ゆい。
 とはいえ、このまま放っておくわけにもいかず、俺は三人の言い合いに割って入り、適当に場を濁すことにしたのだが……。

「ほらほら、やめなさい。どこの家のお父さんもお母さんもいろんなことを知っているんだからな。誰が凄いとか凄くないとかなくて――」

「ねぇ、お父さん。どうして太陽は光ってるの?」

 アスティからの突然の質問。その横では、アデルとフローラが俺を見つめる。
 言い合いの末、これを答えられた親が凄いということになったのだろうか?

 俺とヒースは互いに視線を交わし合い、小さく肩を竦める。
 そして、ヒースと俺は同時に声を出したのだが……。

「それはね、全神ノウンが――」
「たしか、カク――」

「え?」
「あれ?」

 のっけから話が分かれたが、俺は自分の額をペチンと叩く。
(しまった。故郷の話をしていたせいで、つい。これは異端の知識だった)
「あ~、そうだった、ヒースの言うとおり、全神ノウンの御力だ。それはまだ闇しかなかった世界に光を――」

 俺はこうして、全神ノウンの世界創造の話を始める。
 俺の隣ではヒースが眉間に小さな皺を寄せていた。
 彼の言葉を二回も横から奪ってしまったからな。そのせいで不満を覚えたのだろう。



――――ヒース


 ヒースは先ほどのヤーロゥの説明に不審を覚えて、眉間に皺を寄せてしまった。

(カク……まさかと思うけど、続く言葉は核融合反応だったのでは? だけどその知識は、僕が勤めていた魔族の知の象徴たる魔導科学アカデミークラスの知識。どうして、そんなことを知っているんだ? ヤーロゥは人間族の最高教育機関であるノウン機関にいたとか? いや、あの機関は魔導体系を突き詰めた機関。同じ答えに至っても、核融合反応なんて言葉は使わない)

 ヒースはヤーロゥに見られていることに気づき、眉間より皺を消し、代わりに小さな微笑みを見せて心を隠した。
(機関に所属していたわけじゃないなら、彼がいま現した知識は、異端の神を祀る村の知識となるが……人間族の異端の村で、それだけの知識を有している村となると、一つだけ――太陽と風の神を祀る村『グローブ』。そして、彼の剣と魔法の腕前。ということは、十中八九彼は勇者ジル……)


 ここでヒースは思考を止めた。
(やめよう。余計な詮索はしないが、このレナンセラ村の不文律。いや、それでも……)

 彼は瞳を、村長リンデンの家へと投げる。
(村長は彼について知っているんだろうか? もし、知っていたとして、この村とこの地域が何故存在して、誰によって作られたのかを伝える気はないのか?)

 瞳をヤーロゥへ戻し、言葉をかける。
「僕はそろそろ、訪診ほうしんに戻るよ」
「ああ、そうか。アスティとアデルの治療で世話をかけたな」
「それは医者としての本文だから」

 そう言葉を残して、彼は立ち去ろうとする。
 心だけに言葉を広げ……。

(真実を伝えることを危険と思っているのか、村長は。たしかに、彼があの勇者ならば、全てが失われる可能性も……でも、魔族の子であるアスティへそそぐ愛情は本物。もはや、危険視する理由もないと思うけど――――――――リンデン村長に探りを入れてみようかな?)
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。 だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった 何故なら、彼は『転生者』だから… 今度は違う切り口からのアプローチ。 追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。 こうご期待。

戦場の英雄、上官の陰謀により死亡扱いにされ、故郷に帰ると許嫁は結婚していた。絶望の中、偶然助けた許嫁の娘に何故か求婚されることに

千石
ファンタジー
「絶対生きて帰ってくる。その時は結婚しよう」 「はい。あなたの帰りをいつまでも待ってます」 許嫁と涙ながらに約束をした20年後、英雄と呼ばれるまでになったルークだったが生還してみると死亡扱いにされていた。 許嫁は既に結婚しており、ルークは絶望の只中に。 上官の陰謀だと知ったルークは激怒し、殴ってしまう。 言い訳をする気もなかったため、全ての功績を抹消され、貰えるはずだった年金もパー。 絶望の中、偶然助けた子が許嫁の娘で、 「ルーク、あなたに惚れたわ。今すぐあたしと結婚しなさい!」 何故か求婚されることに。 困りながらも巻き込まれる騒動を通じて ルークは失っていた日常を段々と取り戻していく。 こちらは他のウェブ小説にも投稿しております。

美人四天王の妹とシテいるけど、僕は学校を卒業するまでモブに徹する、はずだった

ぐうのすけ
恋愛
【カクヨムでラブコメ週間2位】ありがとうございます! 僕【山田集】は高校3年生のモブとして何事もなく高校を卒業するはずだった。でも、義理の妹である【山田芽以】とシテいる現場をお母さんに目撃され、家族会議が開かれた。家族会議の結果隠蔽し、何事も無く高校を卒業する事が決まる。ある時学校の美人四天王の一角である【夏空日葵】に僕と芽以がベッドでシテいる所を目撃されたところからドタバタが始まる。僕の完璧なモブメッキは剥がれ、ヒマリに観察され、他の美人四天王にもメッキを剥され、何かを嗅ぎつけられていく。僕は、平穏無事に学校を卒業できるのだろうか? 『この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません』

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話

桜井正宗
青春
 ――結婚しています!  それは二人だけの秘密。  高校二年の遙と遥は結婚した。  近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。  キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。  ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。 *結婚要素あり *ヤンデレ要素あり

解呪の魔法しか使えないからとSランクパーティーから追放された俺は、呪いをかけられていた美少女ドラゴンを拾って最強へと至る

早見羽流
ファンタジー
「ロイ・クノール。お前はもう用無しだ」 解呪の魔法しか使えない初心者冒険者の俺は、呪いの宝箱を解呪した途端にSランクパーティーから追放され、ダンジョンの最深部へと蹴り落とされてしまう。 そこで出会ったのは封印された邪龍。解呪の能力を使って邪龍の封印を解くと、なんとそいつは美少女の姿になり、契約を結んで欲しいと頼んできた。 彼女は元は世界を守護する守護龍で、英雄や女神の陰謀によって邪龍に堕とされ封印されていたという。契約を結んだ俺は彼女を救うため、守護龍を封印し世界を牛耳っている女神や英雄の血を引く王家に立ち向かうことを誓ったのだった。 (1話2500字程度、1章まで完結保証です)

Sランク昇進を記念して追放された俺は、追放サイドの令嬢を助けたことがきっかけで、彼女が押しかけ女房のようになって困る!

仁徳
ファンタジー
シロウ・オルダーは、Sランク昇進をきっかけに赤いバラという冒険者チームから『スキル非所持の無能』とを侮蔑され、パーティーから追放される。 しかし彼は、異世界の知識を利用して新な魔法を生み出すスキル【魔学者】を使用できるが、彼はそのスキルを隠し、無能を演じていただけだった。 そうとは知らずに、彼を追放した赤いバラは、今までシロウのサポートのお陰で強くなっていたことを知らずに、ダンジョンに挑む。だが、初めての敗北を経験したり、その後借金を背負ったり地位と名声を失っていく。 一方自由になったシロウは、新な町での冒険者活動で活躍し、一目置かれる存在となりながら、追放したマリーを助けたことで惚れられてしまう。手料理を振る舞ったり、背中を流したり、それはまるで押しかけ女房だった! これは、チート能力を手に入れてしまったことで、無能を演じたシロウがパーティーを追放され、その後ソロとして活躍して無双すると、他のパーティーから追放されたエルフや魔族といった様々な追放少女が集まり、いつの間にかハーレムパーティーを結成している物語!

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

処理中です...