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第23話 九歳の記憶
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――九歳・冬
空からふわりふわり舞い落ちる柔らかな雪は身を寄せ合い、折り重なり、大地をミルク色へと染めていく。
幸い、この地方の積雪量はさほどでもなく、多くても足首が埋まる程度。
そのため、子どもたちは寒さもなんのそのと村の広場を元気いっぱいに走り回り、ある者は雪合戦を行い、ある者は雪玉を重ねてそれに木の棒を挿して丸っこい人型の造形物を作っていた。
俺とアスティもその広場に訪れる。
アスティはアデルとフローラの姿を見つけると、俺を置いて走って向かっていってしまった。
親と一緒にいるよりも、お友達と一緒にいる方が楽しいお年頃というところか。
「滑らないように気をつけろよ~」
という注意が届いたかどうかわからないが、アスティは転ぶことなく二人のそばに近づき、何やら雪のキャンバスに絵を書いて遊んでいる。
俺は木製のベンチに積もった雪を払い落として、そこへ腰かけた。
そして、アスティの遊ぶ姿を瞳に宿す。
「育ったなぁ。あんなに小さかったのに」
両手で包み込めるほど小さかったアスティ。
しかし今では、両腕で抱えても余りあるほど。
雪景色に大きなアクセントをつける真っ赤なローブを纏った姿。
僅かな黒が映える深紅の長い髪に、太陽のように輝く黄金の瞳。
瞳はぱっちりしており、女の子としての愛らしさを表す。
そして……魔族の特徴である、唇から見え隠れする牙に、はっきりと尖った耳。
俺は次に、瞳をフローラへ向ける。
牙は唇の内側に隠れており、耳も控えめに尖っている程度。
それはフローラが人間族と魔族のハーフだからだ。
しかし、生粋の魔族であるアスティは違う。魔族としての特徴がはっきりと現れている。
それはすなわち、俺と血の繋がりがない証拠である。
アスティは九歳となり、薄々は気づいているようだがそれを尋ねたりしない。
俺もまた、それを口に出す勇気がなくて話していない。
(だけど、いずれは話さないとならないだろうな……)
俺とアスティが実の親子ではないことを。
そこから繋がる、アスティの出生の秘密――魔王ガルボグの娘であることを!
それを話せば、アスティはどうするだろうか?
父の軌跡を求めて旅に出るだろうか? 母の存命の有無を確かめるために旅に出るのだろうか?
父のような王を目指すのだろうか?
だが、願わくば、俺は……普通の女性としての人生を歩むことを望む!
平穏で、変わり映えのない日常が過ぎ去り、恋をして、家庭を持つ。
そんな一介の村娘としての人生を歩んでほしい。
ここで俺は、片手で自分の顔の半分を隠して自嘲する。
「少年時代、普通の人生が嫌で村を飛び出した俺がなんてわがままを……」
それでも、父親として、俺が歩んできた冒険の軌跡――殺伐として、臓腑の中を転げまわり、数え切れぬ命を奪い続けてきた道を歩いてほしくないと願う!
(俺の親父やおふくろもおんなじ気持ちだったんだろうか? いや、それはないな。家族もだが、故郷の村にそんな感傷的な奴は一人もいない。故郷をあまり悪く言いたくないが、妙な価値観を持つ村だったし――っ!?)
不意に雪玉が飛んできた。
それを片手でパシリと受け止める。
「だれだ~、これを投げたのは~?」
そう問いかけると、アスティとフローラに周りの子どもたちがアデルを指さした。
あっさり売られたか、かわいそうに。
「アデル、周りの人に当たらないように気を付けないとな」
「ご、ごめんなさい」
「まぁ、いいさ。ほれ、仕返しじゃい!」
俺は雪玉を投げる。それをアデルは躱そうとしたが、雪玉を魔法で操り、身を捻ったアデルの背中に当てた。
「あいたっ!」
「ふふ~ん、おじさんの雪玉から逃げようったって甘い甘い」
「ううう、ぶつけられた~……ねぇ、おじさん、今のどうやったの?」
「氷属性の魔法で水分子に干渉して、運動エネルギーを変化させただけだよ」
「えっと?」
「ああ、悪い悪い分かりにくかったな。魔法で雪玉を操っただけだ」
「魔法! そう言えば、ヤーロゥおじさんもローレ先生みたいに魔法が使えるんだったね」
「まぁな。あまり得意じゃないがね。どちらかというと剣を操る方が得意だからな」
「剣……おじさんはとーちゃんと同じように、村の人たちの剣の先生をしてるよね?」
「ああ」
「とーちゃんとどっちが強いの?」
「そうだなぁ、同じくらいかなぁ」
「そうなんだ!? じゃあ、ヤーロゥおじさんも滅茶苦茶強いんだ」
「かもな」
「あの~、それだったらぁ~」
アデルは急に体をくねらせ始めて、あからさまに言葉を出しにくそうな態度を見せる。
「おや、どうした、アデル?」
「あのね、おれに剣を教えてよ、おじさん!」
「剣を? それは――」
何故だと問いかけようとしたところで、横からアスティとフローラの声が飛んできた。
「ずるい! 私も教えてほしい!」
「あ、あの、二人がならうなら、わたしも……」
アスティは前のめりに声を出して、フローラは控えめに手を上げる。
その様子を見て、俺は顎に手を置き、心の中を曇らせる。
(アスティに剣を、か……)
アスティは剣と魔法の達人であった、あの魔王ガルボグの娘。
それを証明するかのように、すでに魔力覚醒を得て才覚を表している。
残念ながら、その成長の歩みは遅いが、それでも俺の見立てでは将来化けるのではないかと見ている……これは親バカな評価かもしれないが。
親バカかはともかく、アスティは魔族という点を差し引いても、幼い子どもにしては身体機能が優れているため、剣を教えれば一端の剣士になる可能性は十分にある。
しかしそれは、戦う術を得るということ。戦いに飛び込む可能性が高まるということ。
それを思い、心が曇ってしまうのだ。
しかし、戦う術を持たなければ、立ち向かうどころか逃げる選択肢を生み出すこともできず、暴力に蹂躙されかねない。
だから、教えてあげた方が後々役に立つだろう。
さらには、アスティが魔王ガルボグの背中を追うとなった時も大いに役立つだろう。
――――だが、だが、だがだ! 俺はその選択肢を選ぶ可能性を高めたくなかった。
それでも、戦う術を持たぬということが悲惨な現実を引き寄せることも知っている。
……俺は、心の曇りに偽りのベールを纏い、三人へ答えを返した。
「ふむ、そうだな。わかった、とりあえず基礎だけなら」
「本当、お父さん!? やったぁ~!」
「よっしゃあ! これで剣がならえる」
「あ、あの、おてやわらかにおねがいします」
三者三様の言葉を表す。
その中で俺はアデルの反応が気になった。
「アデル、どうしてジャレッドに頼まないんだ?」
「教えてもらおうとしたけど、母ちゃんがまだ子どもだから早すぎるって反対するんだ」
「ん?」
「でも、ヤーロゥおじさんが教えてくれるなら、もう、母ちゃんに文句を言わせないぜ!」
「え、ちょっと、カシアは反対――――」
「よ~し、これから俺は戦士としての訓練を頑張るぞ!」
「私も私も! アデルなんかに負けないからね。なにせ、先生はお父さんで私は娘なんだから!」
「わたしも二人ががんばるなら、がんばる!」
盛り上がる三人。それを横目に俺は頭を抱える。
(カシアは反対してるのか……これはどう説得したもんか)
空からふわりふわり舞い落ちる柔らかな雪は身を寄せ合い、折り重なり、大地をミルク色へと染めていく。
幸い、この地方の積雪量はさほどでもなく、多くても足首が埋まる程度。
そのため、子どもたちは寒さもなんのそのと村の広場を元気いっぱいに走り回り、ある者は雪合戦を行い、ある者は雪玉を重ねてそれに木の棒を挿して丸っこい人型の造形物を作っていた。
俺とアスティもその広場に訪れる。
アスティはアデルとフローラの姿を見つけると、俺を置いて走って向かっていってしまった。
親と一緒にいるよりも、お友達と一緒にいる方が楽しいお年頃というところか。
「滑らないように気をつけろよ~」
という注意が届いたかどうかわからないが、アスティは転ぶことなく二人のそばに近づき、何やら雪のキャンバスに絵を書いて遊んでいる。
俺は木製のベンチに積もった雪を払い落として、そこへ腰かけた。
そして、アスティの遊ぶ姿を瞳に宿す。
「育ったなぁ。あんなに小さかったのに」
両手で包み込めるほど小さかったアスティ。
しかし今では、両腕で抱えても余りあるほど。
雪景色に大きなアクセントをつける真っ赤なローブを纏った姿。
僅かな黒が映える深紅の長い髪に、太陽のように輝く黄金の瞳。
瞳はぱっちりしており、女の子としての愛らしさを表す。
そして……魔族の特徴である、唇から見え隠れする牙に、はっきりと尖った耳。
俺は次に、瞳をフローラへ向ける。
牙は唇の内側に隠れており、耳も控えめに尖っている程度。
それはフローラが人間族と魔族のハーフだからだ。
しかし、生粋の魔族であるアスティは違う。魔族としての特徴がはっきりと現れている。
それはすなわち、俺と血の繋がりがない証拠である。
アスティは九歳となり、薄々は気づいているようだがそれを尋ねたりしない。
俺もまた、それを口に出す勇気がなくて話していない。
(だけど、いずれは話さないとならないだろうな……)
俺とアスティが実の親子ではないことを。
そこから繋がる、アスティの出生の秘密――魔王ガルボグの娘であることを!
それを話せば、アスティはどうするだろうか?
父の軌跡を求めて旅に出るだろうか? 母の存命の有無を確かめるために旅に出るのだろうか?
父のような王を目指すのだろうか?
だが、願わくば、俺は……普通の女性としての人生を歩むことを望む!
平穏で、変わり映えのない日常が過ぎ去り、恋をして、家庭を持つ。
そんな一介の村娘としての人生を歩んでほしい。
ここで俺は、片手で自分の顔の半分を隠して自嘲する。
「少年時代、普通の人生が嫌で村を飛び出した俺がなんてわがままを……」
それでも、父親として、俺が歩んできた冒険の軌跡――殺伐として、臓腑の中を転げまわり、数え切れぬ命を奪い続けてきた道を歩いてほしくないと願う!
(俺の親父やおふくろもおんなじ気持ちだったんだろうか? いや、それはないな。家族もだが、故郷の村にそんな感傷的な奴は一人もいない。故郷をあまり悪く言いたくないが、妙な価値観を持つ村だったし――っ!?)
不意に雪玉が飛んできた。
それを片手でパシリと受け止める。
「だれだ~、これを投げたのは~?」
そう問いかけると、アスティとフローラに周りの子どもたちがアデルを指さした。
あっさり売られたか、かわいそうに。
「アデル、周りの人に当たらないように気を付けないとな」
「ご、ごめんなさい」
「まぁ、いいさ。ほれ、仕返しじゃい!」
俺は雪玉を投げる。それをアデルは躱そうとしたが、雪玉を魔法で操り、身を捻ったアデルの背中に当てた。
「あいたっ!」
「ふふ~ん、おじさんの雪玉から逃げようったって甘い甘い」
「ううう、ぶつけられた~……ねぇ、おじさん、今のどうやったの?」
「氷属性の魔法で水分子に干渉して、運動エネルギーを変化させただけだよ」
「えっと?」
「ああ、悪い悪い分かりにくかったな。魔法で雪玉を操っただけだ」
「魔法! そう言えば、ヤーロゥおじさんもローレ先生みたいに魔法が使えるんだったね」
「まぁな。あまり得意じゃないがね。どちらかというと剣を操る方が得意だからな」
「剣……おじさんはとーちゃんと同じように、村の人たちの剣の先生をしてるよね?」
「ああ」
「とーちゃんとどっちが強いの?」
「そうだなぁ、同じくらいかなぁ」
「そうなんだ!? じゃあ、ヤーロゥおじさんも滅茶苦茶強いんだ」
「かもな」
「あの~、それだったらぁ~」
アデルは急に体をくねらせ始めて、あからさまに言葉を出しにくそうな態度を見せる。
「おや、どうした、アデル?」
「あのね、おれに剣を教えてよ、おじさん!」
「剣を? それは――」
何故だと問いかけようとしたところで、横からアスティとフローラの声が飛んできた。
「ずるい! 私も教えてほしい!」
「あ、あの、二人がならうなら、わたしも……」
アスティは前のめりに声を出して、フローラは控えめに手を上げる。
その様子を見て、俺は顎に手を置き、心の中を曇らせる。
(アスティに剣を、か……)
アスティは剣と魔法の達人であった、あの魔王ガルボグの娘。
それを証明するかのように、すでに魔力覚醒を得て才覚を表している。
残念ながら、その成長の歩みは遅いが、それでも俺の見立てでは将来化けるのではないかと見ている……これは親バカな評価かもしれないが。
親バカかはともかく、アスティは魔族という点を差し引いても、幼い子どもにしては身体機能が優れているため、剣を教えれば一端の剣士になる可能性は十分にある。
しかしそれは、戦う術を得るということ。戦いに飛び込む可能性が高まるということ。
それを思い、心が曇ってしまうのだ。
しかし、戦う術を持たなければ、立ち向かうどころか逃げる選択肢を生み出すこともできず、暴力に蹂躙されかねない。
だから、教えてあげた方が後々役に立つだろう。
さらには、アスティが魔王ガルボグの背中を追うとなった時も大いに役立つだろう。
――――だが、だが、だがだ! 俺はその選択肢を選ぶ可能性を高めたくなかった。
それでも、戦う術を持たぬということが悲惨な現実を引き寄せることも知っている。
……俺は、心の曇りに偽りのベールを纏い、三人へ答えを返した。
「ふむ、そうだな。わかった、とりあえず基礎だけなら」
「本当、お父さん!? やったぁ~!」
「よっしゃあ! これで剣がならえる」
「あ、あの、おてやわらかにおねがいします」
三者三様の言葉を表す。
その中で俺はアデルの反応が気になった。
「アデル、どうしてジャレッドに頼まないんだ?」
「教えてもらおうとしたけど、母ちゃんがまだ子どもだから早すぎるって反対するんだ」
「ん?」
「でも、ヤーロゥおじさんが教えてくれるなら、もう、母ちゃんに文句を言わせないぜ!」
「え、ちょっと、カシアは反対――――」
「よ~し、これから俺は戦士としての訓練を頑張るぞ!」
「私も私も! アデルなんかに負けないからね。なにせ、先生はお父さんで私は娘なんだから!」
「わたしも二人ががんばるなら、がんばる!」
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