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第二幕
第45話 真実の愛の居場所
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俺は漆黒の羽根扇を優雅に揺らし、廊下の奥の闇から姿を現した。
驚きに全身を固めるサイドレッドを前において、彼が行おうとしていたことを言葉として形作る。
「あなたはルーレンを唆して、フィアお姉様を殺害させる。そして、そこの壁の穴から、首の骨が折れた姉様の遺体を機材へ突き落して事故死に見せかけるつもりでいた。その機材の配置はあなたの権限でどうとでもなりますし」
「シ、シオン、君は一体何を……?」
「ウフフ、学院はフィアお姉様の支配下。ですが、保安機構は皇族であるサイドレッド様の下にある。つまり、フィアお姉様の死の調査はあなたの下。であらば、どうとでも言い繕える。クスッ、なかなか良い考えでしたわよ」
「シオン、君は何か勘違いを――」
「ルーレンとわたくしは初めから通じてますの」
「――――っ!?」
「因みに、わたくしとルーレンが深い仲のように見せたのは演技。あなたがその情愛を利用することを見越してね」
「ぐっ!」
言葉が詰まり、顔を歪めるサイドレッド。せっかくのイケメンが台無しだ。
彼は歪んだ顔を整えようと、まるで顔を洗うかのように両手を使い、顔の皮を何度も伸ばす。
そして、落ち着いた様子を取り繕った。
「そうか、気づかれていたのか。だけど、これは君を守るためだ! 君を守るためにはフィアを排除するしかなかった!! 君を思えばこその、罪なんだ!!」
「ウフフフフフフフフ、人の道を踏み外してまで殿方から愛していただけるなんて、女冥利に尽きますわね」
「ああ、シオン。私は君を愛している。だからこそ――」
「うっそ」
「え?」
「わたくしを愛している? 冗談も休み休みに言いなさい。わたくしを愛しているどころか、サイドレッド、てめえはわたくしを利用しただけでしょう」
汚い言葉とお嬢様言葉を交え、限界まで開き切った青き瞳をサイドレッドにぶつける。
彼はそれにたじろぎ、言葉を失った。
言葉を失った彼の代わりに、俺がさらに言葉を繋げる。
「あなたは大勢の女性へ声を掛けていた。それはカモフラージュ。とある女性との関係を気取られぬように。そのとある女性はもちろんわたくしのことではありません。わたくしは数あるカモフラージュの中のカモフラージュにしかすぎません」
「…………っ」
「同時に、フィアお姉様を陥れるための道具だった」
「――――っ!?」
ころころと顔色を変えるサイドレッドに笑いを見せて、彼の心を白日の下へと寄せていく。
「クスッ、あなたには愛する女性がいる。ですが、フィアお姉様という婚約者がいる以上、その女性とは絶対に結ばれない。いえ、もとより身分差が邪魔をして難しい。それでも、彼女を妾に向かえるという選択肢があります。ですが、そのようなこと、誇り高きフィアお姉様がお許しになるわけがありません」
「くっ」
「なにせ、わたくしのことを殺したいほど嫌っていますからね。父セルガの不義理によって生まれたわたくしのことを。それと同じようなことをあなたに許すわけがない」
「なるほど、全てお見通しのようだね。ならば、さっさと真実を口にして止めを差したらどうだ!」
「お断りしますわ。なぜならば、わたくしはあなたの都合で嬲られていたのですからね。だから、今度はわたくしが嬲る番」
「き、きみは……」
俺は優雅に仰いでた羽根扇を閉じて、パシリパシリと手のひらに打つ。
「あなたは私に言い寄る素振りを見せた。愛する素振りを見せた。それにより、皇族入りが不可になるという焦りをフィアお姉様に覚えさせるために――そして、お姉様が大胆な行動に出ることを願った」
下劣な妾の妹に皇族入りという目的が奪われるかもしれないという思いが、フィアの頭には過ぎった。
だから、排除する。どんな手を使ってまでも。
そしてその動きを、保安を預かるサイドレッドはしっかり掌握していた。
だが、素知らぬ振りをした。
道を踏み外したフィアを断罪し、婚約を解消するために。
「そう、あなたは愛する女性を手に入れるために、わたくしの命と尊厳を利用しようとした――屑野郎ですわ」
「そ、それは……」
「ですが、ブランシュの横槍で思惑はとん挫する。彼女はわたくしを追い出すことに終始して、それは成功した。あなたは大変困ったでしょうね。このままではフィアお姉様との婚約解消は難しい」
「……ああ、その通りだ。妹の横槍にはほとほと困ったよ。まったく余計なことをしてくれたものだ」
彼は次々とぶつけられる真実に観念した様子で、軟派なプリン皇子の仮面を捨て去り、彼本来の姿を見せ始めた。
その彼へ小さな真実を渡す。
「実はブランシュのいじめはわたくしを守るための行動だったというのはご存じ?」
「え!?」
「あら、お気づきにならなかったようですわね。あの子、わたくしのことを気に入っていたらしく、フィアお姉様の行動を察知していじめという名目でわたくしを学院から遠ざけようとしていたのですわよ」
「そ、そんな、あいつが君のことを……」
「まぁ、いじめで守っているなんてなかなか気づくことではありませんから仕方ないでしょうけど。さて、そろそろ確信へまいりましょうか。あなたが愛していた女性の正体へと」
俺は閉じた羽根扇の先端を、ゆらりとサイドレッドの顔へ向けた。
「食堂で炊事のお仕事をなさっている、眼鏡をかけた若い女性ですわね」
「……ああ、アリシアという」
「アリシアさん。お名前は初めてになりますわ。お相手が庶民とは……フフ、兄妹そろって変わり種がお好きなようね」
「え?」
「何でもありません」
「……一つ、聞かせてくれるか?」
「どうぞ」
「どうやって、アリシアのことに気づいたんだい? 彼女とは慎重に接していた。やり取りだって」
「だからこそですわ」
「どういうことだい?」
俺は懐から無地の半紙を取り出す。
「これに見覚えは?」
「それは! 良く気づいたね」
「プリン好きなあなたへ残しておいたプリンをアリシアさんは手渡していた。その時、半紙で保護していたスプーンを床に落としてしまい、わたくしが外れた半紙を拾い上げた」
「ああ、そんなことがあったね。だけど、それだけで?」
「実はわたくし、指先の感覚が優れていまして、あの時、半紙に奇妙な溝があるのを感じ取っていたのですよ」
「でも、君が持っていたのは切れ端の部分だ。そんなことだけで」
「ええ、これだけではさすがにわかりません。ですが、一つの違和感と一つの前情報が気づかせてくれました」
「それは?」
「まずは違和感――半紙を拾い上げたわたくしに、アリシアさんは過剰な反応を見せましたわ。御不浄だから拾うなと、と。まぁ、そういった言い分もありと言えばありですが、少し引っ掛かりましたの」
「……それじゃあ、前情報とは?」
俺は閉じた羽根扇の先を動かして、彼の懐で止めた。
「鉛筆……初めて出会った日、あなたは鉛筆で文字を書こうとしてやめた。そして、ガラスの万年筆へと持ち替えた。理由は鉛筆の先が丸みを帯びていたから――丸みを帯びた鉛筆・あなたに手渡そうとした溝のある半紙・アリシアさんの過剰な反応。これらが組み合わさり、ピンときました」
一拍溜めて、届いた真実の一つを渡す。
「あの無地の半紙には強い筆圧で文字が書かれていた。おそらく半紙の上に半紙を重ねてから、その上に強く押し込むように文字を書いたのでしょう。そして、筆圧によって複写された無地の半紙をあなたに渡す。それを受け取ったあなたは丸みを帯びた鉛筆を使い、溝の字を浮かび上がらせて、アリシアさんからのメッセージを受け取っていた」
「信じられないな。そんな僅かな情報でここまで辿りつくなんて……」
「ですが、これだけでは決定打にはなりません。この時点ではまだ何かメッセージのやり取りをしているかも程度で、内容なんてわかりませんし。アリシアさんがどのような立ち位置なのかも。学院の動向を探る諜報員と言う可能性もありましたから。それ以前に、メッセージのやり取りを行っている確証もありませんでしたけど」
「では、確証を得たのは?」
「焦りと違和感です」
「アリシアの?」
「たしかに、アリシアさんはメッセージのついた半紙をわたくしが拾い上げようとして焦った様子を見せて、それに小さな違和感を覚えましたが…………わたくしが得た確証の焦りと違和感は――サイドレッド様、あなたの焦りと違和感」
「私の?」
俺はサイドレッドを挟んで向こう側にいるルーレンをちらりと見る。
「あなたは多くの女性に空々しい言葉を掛けていた。それは身分問わず、メイドやルーレンのようなドワーフにさえも。ですが、あの日の食堂であなたはアリシアさんには小さな気遣い程度は見せたものの、いつものようなそれを行わなかった」
「あの日の食堂?」
「アリシアさんがあなたのプリンを零してしまった時ですわ」
「ああ、あのときか……あれで気づいたと?」
「ええ、だって、いつものあなたならアリシアさんを気遣い、鼻の曲がるような臭いセリフを送ったでしょう」
「随分と辛辣なような……」
「まぁまぁ、それはさておき……あなたがアリシアさんにその言葉を送らなかったのは、愛する女性がくだらない嫉妬の対象にならないように、でしょう?」
「うっ」
「ですが、小さな気遣い程度でも周りの女生徒たちは許さなかった。焦ったあなたはすぐさま別の誰かに甘い言葉を掛けようと物色する。そこで八割方確証しました。サイドレッド様はアリシアさんのことを……とね」
「八割方か……残り二割は?」
「ルーレンの体当たりですわよ」
「ルーレンの? たしかにあの日、彼女が派手にぶつかってきたが、あれは君の指示だったのか!?」
「ええ、そうわよ。その後のあなたの反応を見るためにね。そうしたら思った通りで、思わず笑っちゃいましたわ。だってサイドレッド様ったら、これ幸いとアリシアさんを庇うために、いつも以上にルーレンに優しく甘い言葉を掛けるんですもの。愛する女性が悪意に晒される危険を恐れて、焦り過ぎましたわね」
「そ、そうか、あれは君が仕掛けた罠。確認のための……」
「これで二割が埋まりました。あなたはアリシアさんを愛している、と。あとはわたくしがあなたを殴り、ルーレンを深く愛している様子を見せる。ルーレンもまた同じ。そして、あなたはわたくしたちの情愛を利用しようとして、ここに至りますのよ、ウフフ」
俺は嘲笑を籠めた笑みを浮かべる。
彼は頭を幾度も横に振り、これではまだ足らぬと問いを続ける。
驚きに全身を固めるサイドレッドを前において、彼が行おうとしていたことを言葉として形作る。
「あなたはルーレンを唆して、フィアお姉様を殺害させる。そして、そこの壁の穴から、首の骨が折れた姉様の遺体を機材へ突き落して事故死に見せかけるつもりでいた。その機材の配置はあなたの権限でどうとでもなりますし」
「シ、シオン、君は一体何を……?」
「ウフフ、学院はフィアお姉様の支配下。ですが、保安機構は皇族であるサイドレッド様の下にある。つまり、フィアお姉様の死の調査はあなたの下。であらば、どうとでも言い繕える。クスッ、なかなか良い考えでしたわよ」
「シオン、君は何か勘違いを――」
「ルーレンとわたくしは初めから通じてますの」
「――――っ!?」
「因みに、わたくしとルーレンが深い仲のように見せたのは演技。あなたがその情愛を利用することを見越してね」
「ぐっ!」
言葉が詰まり、顔を歪めるサイドレッド。せっかくのイケメンが台無しだ。
彼は歪んだ顔を整えようと、まるで顔を洗うかのように両手を使い、顔の皮を何度も伸ばす。
そして、落ち着いた様子を取り繕った。
「そうか、気づかれていたのか。だけど、これは君を守るためだ! 君を守るためにはフィアを排除するしかなかった!! 君を思えばこその、罪なんだ!!」
「ウフフフフフフフフ、人の道を踏み外してまで殿方から愛していただけるなんて、女冥利に尽きますわね」
「ああ、シオン。私は君を愛している。だからこそ――」
「うっそ」
「え?」
「わたくしを愛している? 冗談も休み休みに言いなさい。わたくしを愛しているどころか、サイドレッド、てめえはわたくしを利用しただけでしょう」
汚い言葉とお嬢様言葉を交え、限界まで開き切った青き瞳をサイドレッドにぶつける。
彼はそれにたじろぎ、言葉を失った。
言葉を失った彼の代わりに、俺がさらに言葉を繋げる。
「あなたは大勢の女性へ声を掛けていた。それはカモフラージュ。とある女性との関係を気取られぬように。そのとある女性はもちろんわたくしのことではありません。わたくしは数あるカモフラージュの中のカモフラージュにしかすぎません」
「…………っ」
「同時に、フィアお姉様を陥れるための道具だった」
「――――っ!?」
ころころと顔色を変えるサイドレッドに笑いを見せて、彼の心を白日の下へと寄せていく。
「クスッ、あなたには愛する女性がいる。ですが、フィアお姉様という婚約者がいる以上、その女性とは絶対に結ばれない。いえ、もとより身分差が邪魔をして難しい。それでも、彼女を妾に向かえるという選択肢があります。ですが、そのようなこと、誇り高きフィアお姉様がお許しになるわけがありません」
「くっ」
「なにせ、わたくしのことを殺したいほど嫌っていますからね。父セルガの不義理によって生まれたわたくしのことを。それと同じようなことをあなたに許すわけがない」
「なるほど、全てお見通しのようだね。ならば、さっさと真実を口にして止めを差したらどうだ!」
「お断りしますわ。なぜならば、わたくしはあなたの都合で嬲られていたのですからね。だから、今度はわたくしが嬲る番」
「き、きみは……」
俺は優雅に仰いでた羽根扇を閉じて、パシリパシリと手のひらに打つ。
「あなたは私に言い寄る素振りを見せた。愛する素振りを見せた。それにより、皇族入りが不可になるという焦りをフィアお姉様に覚えさせるために――そして、お姉様が大胆な行動に出ることを願った」
下劣な妾の妹に皇族入りという目的が奪われるかもしれないという思いが、フィアの頭には過ぎった。
だから、排除する。どんな手を使ってまでも。
そしてその動きを、保安を預かるサイドレッドはしっかり掌握していた。
だが、素知らぬ振りをした。
道を踏み外したフィアを断罪し、婚約を解消するために。
「そう、あなたは愛する女性を手に入れるために、わたくしの命と尊厳を利用しようとした――屑野郎ですわ」
「そ、それは……」
「ですが、ブランシュの横槍で思惑はとん挫する。彼女はわたくしを追い出すことに終始して、それは成功した。あなたは大変困ったでしょうね。このままではフィアお姉様との婚約解消は難しい」
「……ああ、その通りだ。妹の横槍にはほとほと困ったよ。まったく余計なことをしてくれたものだ」
彼は次々とぶつけられる真実に観念した様子で、軟派なプリン皇子の仮面を捨て去り、彼本来の姿を見せ始めた。
その彼へ小さな真実を渡す。
「実はブランシュのいじめはわたくしを守るための行動だったというのはご存じ?」
「え!?」
「あら、お気づきにならなかったようですわね。あの子、わたくしのことを気に入っていたらしく、フィアお姉様の行動を察知していじめという名目でわたくしを学院から遠ざけようとしていたのですわよ」
「そ、そんな、あいつが君のことを……」
「まぁ、いじめで守っているなんてなかなか気づくことではありませんから仕方ないでしょうけど。さて、そろそろ確信へまいりましょうか。あなたが愛していた女性の正体へと」
俺は閉じた羽根扇の先端を、ゆらりとサイドレッドの顔へ向けた。
「食堂で炊事のお仕事をなさっている、眼鏡をかけた若い女性ですわね」
「……ああ、アリシアという」
「アリシアさん。お名前は初めてになりますわ。お相手が庶民とは……フフ、兄妹そろって変わり種がお好きなようね」
「え?」
「何でもありません」
「……一つ、聞かせてくれるか?」
「どうぞ」
「どうやって、アリシアのことに気づいたんだい? 彼女とは慎重に接していた。やり取りだって」
「だからこそですわ」
「どういうことだい?」
俺は懐から無地の半紙を取り出す。
「これに見覚えは?」
「それは! 良く気づいたね」
「プリン好きなあなたへ残しておいたプリンをアリシアさんは手渡していた。その時、半紙で保護していたスプーンを床に落としてしまい、わたくしが外れた半紙を拾い上げた」
「ああ、そんなことがあったね。だけど、それだけで?」
「実はわたくし、指先の感覚が優れていまして、あの時、半紙に奇妙な溝があるのを感じ取っていたのですよ」
「でも、君が持っていたのは切れ端の部分だ。そんなことだけで」
「ええ、これだけではさすがにわかりません。ですが、一つの違和感と一つの前情報が気づかせてくれました」
「それは?」
「まずは違和感――半紙を拾い上げたわたくしに、アリシアさんは過剰な反応を見せましたわ。御不浄だから拾うなと、と。まぁ、そういった言い分もありと言えばありですが、少し引っ掛かりましたの」
「……それじゃあ、前情報とは?」
俺は閉じた羽根扇の先を動かして、彼の懐で止めた。
「鉛筆……初めて出会った日、あなたは鉛筆で文字を書こうとしてやめた。そして、ガラスの万年筆へと持ち替えた。理由は鉛筆の先が丸みを帯びていたから――丸みを帯びた鉛筆・あなたに手渡そうとした溝のある半紙・アリシアさんの過剰な反応。これらが組み合わさり、ピンときました」
一拍溜めて、届いた真実の一つを渡す。
「あの無地の半紙には強い筆圧で文字が書かれていた。おそらく半紙の上に半紙を重ねてから、その上に強く押し込むように文字を書いたのでしょう。そして、筆圧によって複写された無地の半紙をあなたに渡す。それを受け取ったあなたは丸みを帯びた鉛筆を使い、溝の字を浮かび上がらせて、アリシアさんからのメッセージを受け取っていた」
「信じられないな。そんな僅かな情報でここまで辿りつくなんて……」
「ですが、これだけでは決定打にはなりません。この時点ではまだ何かメッセージのやり取りをしているかも程度で、内容なんてわかりませんし。アリシアさんがどのような立ち位置なのかも。学院の動向を探る諜報員と言う可能性もありましたから。それ以前に、メッセージのやり取りを行っている確証もありませんでしたけど」
「では、確証を得たのは?」
「焦りと違和感です」
「アリシアの?」
「たしかに、アリシアさんはメッセージのついた半紙をわたくしが拾い上げようとして焦った様子を見せて、それに小さな違和感を覚えましたが…………わたくしが得た確証の焦りと違和感は――サイドレッド様、あなたの焦りと違和感」
「私の?」
俺はサイドレッドを挟んで向こう側にいるルーレンをちらりと見る。
「あなたは多くの女性に空々しい言葉を掛けていた。それは身分問わず、メイドやルーレンのようなドワーフにさえも。ですが、あの日の食堂であなたはアリシアさんには小さな気遣い程度は見せたものの、いつものようなそれを行わなかった」
「あの日の食堂?」
「アリシアさんがあなたのプリンを零してしまった時ですわ」
「ああ、あのときか……あれで気づいたと?」
「ええ、だって、いつものあなたならアリシアさんを気遣い、鼻の曲がるような臭いセリフを送ったでしょう」
「随分と辛辣なような……」
「まぁまぁ、それはさておき……あなたがアリシアさんにその言葉を送らなかったのは、愛する女性がくだらない嫉妬の対象にならないように、でしょう?」
「うっ」
「ですが、小さな気遣い程度でも周りの女生徒たちは許さなかった。焦ったあなたはすぐさま別の誰かに甘い言葉を掛けようと物色する。そこで八割方確証しました。サイドレッド様はアリシアさんのことを……とね」
「八割方か……残り二割は?」
「ルーレンの体当たりですわよ」
「ルーレンの? たしかにあの日、彼女が派手にぶつかってきたが、あれは君の指示だったのか!?」
「ええ、そうわよ。その後のあなたの反応を見るためにね。そうしたら思った通りで、思わず笑っちゃいましたわ。だってサイドレッド様ったら、これ幸いとアリシアさんを庇うために、いつも以上にルーレンに優しく甘い言葉を掛けるんですもの。愛する女性が悪意に晒される危険を恐れて、焦り過ぎましたわね」
「そ、そうか、あれは君が仕掛けた罠。確認のための……」
「これで二割が埋まりました。あなたはアリシアさんを愛している、と。あとはわたくしがあなたを殴り、ルーレンを深く愛している様子を見せる。ルーレンもまた同じ。そして、あなたはわたくしたちの情愛を利用しようとして、ここに至りますのよ、ウフフ」
俺は嘲笑を籠めた笑みを浮かべる。
彼は頭を幾度も横に振り、これではまだ足らぬと問いを続ける。
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