82 / 100
第二幕
第34話 本質は生真面目で努力家。だからこそ……
しおりを挟むがむしゃらに攻撃を仕掛け続けていたブランシュが模造刀をだらりと下げて、大きく肩で息をする。
「ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ、はぁ、あ、あ、ぜぇ、ぜぇ」
「お疲れのようですわね。そろそろ、やめませんか、ブランシュ様」
「……ふ……けるな」
「はい?」
「ふざけるな。ふざけるな! 私は誉れ高きエターンドルの血を引く皇女ブランシュ! 私の心に敗北の文字はない!」
ブランシュは大きく剣を振って、ピタリと止める。
そして、中段の構えのまま荒ぶった感情を鎮めるために深呼吸を行う。
「す~は~、す~は~、す~は~」
呼吸を重ねるたびに、あれほど激しく上下していた肩の動きが小さくなっていく。
俺は、誇りなどという重石を足にくっつけた皇女の姿を見て、腹の中でせせら笑う。
(ククククク、なるほどなるほど。ルーレンの話ではかなりの努力家だったな。そして、己の血を強く意識している。それはそれは大層な重圧がお前には載っているだろうな。これで、こいつの攻略の糸口が見えた)
深呼吸を終えたブランシュは瞳に戦意を乗せて、俺の瞳をまっすぐ射貫く。
そこには、不思議な手加減をしていたいじめっ子の姿はない。
皇女でありながら誇り高い戦士として、俺へ挑むつもりのようだ。
(ただのいじめっ子と思いきや、やはり人の上に立つ存在。気高き心とやらも持っているわけだ。ま、敵の目の前で深呼吸しているようじゃ駄目駄目だけどな。実戦だと死んでるぞ)
俺は構えていた模造刀を僅かに揺らし、わざと隙を見せた。
すると、ブランシュはそれを好機と見て、まんまと俺の懐へ飛び込む。
そして、頭をめがけて打ち込もうとした――が、彼女の視界は180度回転して、とても柔らかく、体育館の床に背中から倒れ込む。
天井を見上げて惚ける彼女へ、俺が上から覗き込み、人差し指と薬指を揃えて彼女の首元を切るようにそっと撫でた。
「はい、わたくしの勝ちです」
「え、え、え? 何が起こったの?」
「あなたを押し倒しただけですわよ」
「おし、たおした?」
「ええ、あなたがわたくしの眉間を勝ち割ろうとしたところで、わたくしは模造刀を捨てて素早く左横に回り、あなたの足を引っかけつつ、左腕を使い、あなたの右肩と左肩を覆うように置いて押し倒したのですわよ」
「嘘よ……私は何も見えなかった……」
「ウフフ、屋敷に戻って以降、マギーという元傭兵のメイドと訓練を重ねましたからね。自分で言うのもなんですが、町の悪漢程度なら相手にする自信はありますわよ。あなたのようなお嬢様なら言わずもがな、ですわ」
そう言って、彼女の頭を撫でる。
すると、ブランシュは顔を真っ赤にし、奥歯を強く噛み締めて、激しく両目を瞑った。
頭を撫でたのはまずかったか? この行為が彼女のプライドを傷つけてしまった。
その後、ブランシュは気分が優れないと言って体育館の隅に寄り、授業を見学。
残りの俺や生徒たちは、その日のカリキュラムに興じるのであった。
――――放課後・日が沈む前
ブランシュは取り巻きたちと共に部活動が終えた体育館の一区画を借りて、一人、模造刀ではなく木刀を手に持ち、素振りをしている。
その様子を、俺はこっそりと覗き見していた。
木刀を握る彼女の手には血が滲む。それだけの回数、素振りをしていたという証拠。
運動着姿で汗だくになっているブランシュへ、取り巻きの一人が止めに入ろうとするが……。
「ブランシュ様、もうそれ以上は!」
「邪魔です!!」
「ですが!」
「私はシオンに負けたのよ! あのゼルフォビラ家に!! 皇族としてこれほど情けないことがあると思う! だから、次こそは勝たないといけないの!!」
「ですが、ご無理をされてはお身体に障りがございます!」
さらに、もう一人の取り巻きも止めに入る。
「そうですよ! ただでさえ、毎日の魔法の訓練でお疲れ気味なのに。剣の稽古など増やされてはお身体が!」
「黙りなさい!! 私は皇族! 敗北は許されない! さらには、未来の魔法使いという期待も掛けられている。学業も、武術も、魔法も、どれ一つ劣るわけにはいかないの!! 皇族として!」
「「ですが!!」」
「黙れと言ってるじゃない!! これ以上私の邪魔をするなら、あなたたち二人とも学院から追い出してやるから! わかったら、早くどっかに行って! 邪魔だから!!」
このブランシュのヒステリックな叫びに、二人の取り巻きは口を閉じ、タオルと飲み物を傍に置いて、体育館を後にした。
覗き見をしていた俺は愉快愉快と、内に留まり決して外には漏れ出ぬ笑い声を上げる。
(クク、ククク、アハハハハ、ルーレンから話を聞いた時、そうかもと思ったが、やはりそうだったか。ブランシュは皇族という立場と皇族の魔法使いという期待を受けて、その重圧に苛まれていたんだな。それで、その捌け口をシオンに求めた)
型もなく、ただ感情的に木刀を振り回すブランシュをちらりと見る。
(この街と学院において、ゼルフォビラと皇族はライバル関係。シオンはそのライバルの娘でありながら、ゼルフォビラの保護が届かぬ存在。捌け口としてはかっこうの的だったわけだ)
無様に踊る皇女様から視線を外して、これからを考える。
(ここまでわかったらあとは利用するだけだな。取り巻きに対する態度を見るかぎり、ブランシュは彼女たちを心の頼りにはしていない。だったら、俺が心の頼りになればいい。彼女の心の拠り所になればいい。彼女を理解し、寄り添い、必要とされる存在に……)
今回の話……いじめ。
何やら面倒だと思っていたが、蓋を開ければ単純な話。
重圧に押しつぶされそうなお嬢さんが、その捌け口にいじめを行っていた。
だから俺は、その重圧を軽くしてあげられるように寄り添えばいいだけ。
相手はすでに心が弱っている存在。ほんの少し心の扉を開かせてしまえば、あとは感情が雪崩を打って飛び出してくる。
その止まらぬ感情を受け止めて、理解し、温かく包み込む。
そして、俺という存在が頼れる友人であると彼女の心へ刻み込む……。
(ちょろい話だな。あっさり読み解けてしまった。へ、ガキってのは単純だぜ)
俺は自分の名推理っぷりと、感情を制御できないガキへ笑いを手向ける。
(ククク、これで皇族様を取り込めるな。まだまだ小娘だが、気位の高さは悪くない。今後の成長を見込める。こいつは、大きな手駒になりそうだ。クク、フフフフ、フハハハハ!!)
と、俺は余裕余裕と笑い転げていたが――自分という存在を自惚れていた。
今でこそ、伯爵の娘なんていう肩書きを持っているが、俺はうだつの上がらぬ二流の殺し屋だったおっさん。
そう、自惚れる要素なんて何もない。
そうだってのに、相手がガキだと思い、物事を単純に考え過ぎていたのだった……。
0
お気に入りに追加
348
あなたにおすすめの小説
なんども濡れ衣で責められるので、いい加減諦めて崖から身を投げてみた
下菊みこと
恋愛
悪役令嬢の最後の抵抗は吉と出るか凶と出るか。
ご都合主義のハッピーエンドのSSです。
でも周りは全くハッピーじゃないです。
小説家になろう様でも投稿しています。
【完結】伝説の悪役令嬢らしいので本編には出ないことにしました~執着も溺愛も婚約破棄も全部お断りします!~
イトカワジンカイ
恋愛
「目には目をおおおお!歯には歯をおおおお!」
どごおおおぉっ!!
5歳の時、イリア・トリステンは虐められていた少年をかばい、いじめっ子をぶっ飛ばした結果、少年からとある書物を渡され(以下、悪役令嬢テンプレなので略)
ということで、自分は伝説の悪役令嬢であり、攻略対象の王太子と婚約すると断罪→死刑となることを知ったイリアは、「なら本編にでなやきゃいいじゃん!」的思考で、王家と関わらないことを決意する。
…だが何故か突然王家から婚約の決定通知がきてしまい、イリアは侯爵家からとんずらして辺境の魔術師ディボに押しかけて弟子になることにした。
それから12年…チートの魔力を持つイリアはその魔法と、トリステン家に伝わる気功を駆使して診療所を開き、平穏に暮らしていた。そこに王家からの使いが来て「不治の病に倒れた王太子の病気を治せ」との命令が下る。
泣く泣く王都へ戻ることになったイリアと旅に出たのは、幼馴染で兄弟子のカインと、王の使いで来たアイザック、女騎士のミレーヌ、そして以前イリアを助けてくれた騎士のリオ…
旅の途中では色々なトラブルに見舞われるがイリアはそれを拳で解決していく。一方で何故かリオから熱烈な求愛を受けて困惑するイリアだったが、果たしてリオの思惑とは?
更には何故か第一王子から執着され、なぜか溺愛され、さらには婚約破棄まで!?
ジェットコースター人生のイリアは持ち前のチート魔力と前世での知識を用いてこの苦境から立ち直り、自分を断罪した人間に逆襲できるのか?
困難を力でねじ伏せるパワフル悪役令嬢の物語!
※地学の知識を織り交ぜますが若干正確ではなかったりもしますが多めに見てください…
※ゆるゆる設定ですがファンタジーということでご了承ください…
※小説家になろう様でも掲載しております
※イラストは湶リク様に描いていただきました
【完結】では、なぜ貴方も生きているのですか?
月白ヤトヒコ
恋愛
父から呼び出された。
ああ、いや。父、と呼ぶと憎しみの籠る眼差しで、「彼女の命を奪ったお前に父などと呼ばれる謂われは無い。穢らわしい」と言われるので、わたしは彼のことを『侯爵様』と呼ぶべき相手か。
「……貴様の婚約が決まった。彼女の命を奪ったお前が幸せになることなど絶対に赦されることではないが、家の為だ。憎いお前が幸せになることは赦せんが、結婚して後継ぎを作れ」
単刀直入な言葉と共に、釣り書きが放り投げられた。
「婚約はお断り致します。というか、婚約はできません。わたしは、母の命を奪って生を受けた罪深い存在ですので。教会へ入り、祈りを捧げようと思います。わたしはこの家を継ぐつもりはありませんので、養子を迎え、その子へこの家を継がせてください」
「貴様、自分がなにを言っているのか判っているのかっ!? このわたしが、罪深い貴様にこの家を継がせてやると言っているんだぞっ!? 有難く思えっ!!」
「いえ、わたしは自分の罪深さを自覚しておりますので。このようなわたしが、家を継ぐなど赦されないことです。常々侯爵様が仰っているではありませんか。『生かしておいているだけで有難いと思え。この罪人め』と。なので、罪人であるわたしは自分の罪を償い、母の冥福を祈る為、教会に参ります」
という感じの重めでダークな話。
設定はふわっと。
人によっては胸くそ。
皇太子の子を妊娠した悪役令嬢は逃げることにした
葉柚
恋愛
皇太子の子を妊娠した悪役令嬢のレイチェルは幸せいっぱいに暮らしていました。
でも、妊娠を切っ掛けに前世の記憶がよみがえり、悪役令嬢だということに気づいたレイチェルは皇太子の前から逃げ出すことにしました。
本編完結済みです。時々番外編を追加します。
【完結】王子は聖女と結婚するらしい。私が聖女であることは一生知らないままで
雪野原よる
恋愛
「聖女と結婚するんだ」──私の婚約者だった王子は、そう言って私を追い払った。でも、その「聖女」、私のことなのだけど。
※王国は滅びます。
わがまま令嬢の末路
遺灰
ファンタジー
清く正しく美しく、頑張って生きた先に待っていたのは断頭台でした。
悪役令嬢として死んだ私は、今度は自分勝手に我がままに生きると決めた。我慢なんてしないし、欲しいものは必ず手に入れてみせる。
あの薄暗い牢獄で夢見た未来も、あの子も必ずこの手にーーー。
***
これは悪役令嬢が人生をやり直すチャンスを手に入れ、自由を目指して生きる物語。彼女が辿り着くのは、地獄か天国か。例えどんな結末を迎えようとも、それを決めるのは彼女自身だ。
(※内容は小説家になろうに投稿されているものと同一)
【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?
みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。
ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる
色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く
私、幸せじゃないから離婚しまーす。…え? 本当の娘だと思っているから我慢して? お義母さま、ボケたのですか? 私たち元から他人です!
天田れおぽん
恋愛
ある日、ふと幸せじゃないと気付いてしまったメリー・トレンドア伯爵夫人は、実家であるコンサバティ侯爵家に侍女キャメロンを連れて帰ってしまう。
焦った夫は実家に迎えに行くが、事情を知った両親に追い返されて離婚が成立してしまう。
一方、コンサバティ侯爵家を継ぐ予定であった弟夫婦は、メリーの扱いを間違えて追い出されてしまう。
コンサバティ侯爵家を継ぐことになったメリーを元夫と弟夫婦が結託して邪魔しようとするも、侍女キャメロンが立ちふさがる。
メリーを守ろうとしたキャメロンは呪いが解けてTS。
男になったキャメロンとメリーは結婚してコンサバティ侯爵家を継ぐことになる。
トレンドア伯爵家は爵位を取り上げられて破滅。
弟夫婦はコンサバティ侯爵家を追放されてしまう。
※変な話です。(笑)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる