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第二幕
第20話 ガラスの中のダリア
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朝食後に当主セルガから明日学院へ戻れという命令を受けて、夕食までバタバタと学院へ向かう準備を行う。
そして夕食後、必要なものが揃っているかの最終確認のために部屋へ戻ろうとしたのだが、その途中で妹のライラが話しかけてきた。
「シオンお姉さま、待って」
彼女は相も変わらず赤と黒の重なり合う洒落た髪色を見せて、青と白で構成された鼓笛隊のような派手な服を着ている。
その彼女が、可愛くデフォルメされた猫と熊の模様の付いた小包を手渡してきた。
「はい、これ」
「なんですの、それは?」
「学院に戻るって聞いたから、その、お母さまの事で……お礼みたいなもの」
ライラはそっぽを向いて頬を赤く染めている。
散々こちらを小馬鹿にしていたクソガキのこの変わりようがとても可愛い……なんて思うはずもない。
とはいえ、ダリアも含めライラとも関係が再構築できて良好となってきているところで、屋敷を離れないといけないのは痛い。
ドワーフともせっかく交流を持てて、これからもっと親しくなっていく予定だったんだが。
どうにもセルガの都合に振り回されている。
これだと俺がいくら積み上げて行っても、彼の都合であっさり崩される。
ま、元々俺は優秀ってわけじゃないから、計画通り事が運ぶなんてのは稀なんだがな……。
俺は心の中だけで溜め息を漏らし、彼女から小包を受け取り、その場で派手に包装をびりびりと破っていく。
それを見たライラが小さく声を立てた。
「ええ~、荒くない?」
「そうでしょうか? プレゼントとは中身が知りたくて待ちきれないという意思表示のために、荒々しく開ける方が礼儀だと思いますわよ」
「面白い考え方だけど、私たちはゼルフォビラの家名を背負ってるんだから、上品に振舞った方が良いよ」
「上っ面を過度に気にしないといけないというのも大変ですわね。中身は……万年筆ですか?」
黒を主体に複雑な銀の装飾が施された万年筆。ペン先は金でできており、ゼルフォビラ家の紋章の一部である、小さな花が集まって咲くアキレアの花が刻まれてあった。
見立てでは、地球だと200~300万円くらいのもの――売っぱらいたい。
ペンを確認した俺にライラは、ペンの説明とプレゼントの理由を述べる。
「本当は私がもう少し大きくなってから使おうと思っていたものだけど、お礼に上げる。それに、シオンお姉さまの使うペンって安物でしょう? そんなの、同じゼルフォビラ家の人間として恥ずかしくて使わせられないし。昔は庶民でも、今は貴族なんだからね。ほんっと、自覚を持って欲しいなぁ」
言葉に細かな毒を含めるライラ。
関係は多少変わったものの、そう簡単に性格は変わらないらしい。
しかし、以前とは違い、同じ家の人間として認めている様子。
俺は彼女に礼を述べる。
「ありがとう、大切に使わせていただきますわ」
「べ、別に大切になんて使わなくても。そんなに高いものじゃないし」
そう言って、またもやライラはそっぽを向いて頬を赤く染める。
これがこいつの照れ隠しのようだ。
にしても、そんなに高いものじゃないと来たか……金持ちだなぁ、ゼルフォビラ家は。
ライラと別れ、二階の自室へ向かう。
すると、今度は部屋の前にダリア。何やら息を切らして古びた分厚い本を手にしているようだが?
「ふぅ~、学院へ戻すとセルガから聞きました。随分と急ですね」
「ええ、わたくしもかなり驚いていますわ」
「あちらでのことは、私も把握しています。無体な真似をしないように」
「お父様といい、お母様といい、わたくしを何だと思っているのですか? 相手は皇族ですわよ」
「以前のあなたならば、このような心配をしません。ですが、今のあなたはまるでスティラのようで……」
「スティラ? 母ですか?」
「…………」
ダリアは無言を纏い、言葉を返さず。
だが、ちょうど良い機会と思い、最もスティラを嫌っているはずであろうダリアからスティラの評を聞き出してみるとしよう。
「お母様、わたくしは記憶を失い、実の母であるスティラ母様の事を覚えていません。よろしければ、どのような方だったのかお聞かせ願いませんか?」
「わたしが、ですか? それは……」
ダリアは言い淀む。語る相手は浮気相手のこと。口に出せば嫌悪に吐き気を催す相手。
聞き出すのは無理か? と思ったのだが、ダリアは意を決するように声を産む。
「美しく、爛漫な女性でした。礼儀作法、言葉遣いはとても褒められたものではありませんが、誰かを惹きつける魅力というものがありました。男女問わず、一緒にいるだけで楽しいとさせてくれる人でしたよ、私以外は……」
と、ここで言葉を閉じる。
そして、自身の左の二の腕に右手を置き、握り締めて、荒ぶる感情を抑えている……これ以上、聞き出すのは無理そうだ。
ともかく、スティラという女は姿も性格も魅力的な女のようだ。娘であるシオンが別嬪さんなんで、母親もかなりのものだったのだろうな。
「そうですか、お聞かせいただき、ありがとうございます」
俺は会話を終わらせようとしたのだが、意外にもダリアが言葉を続けた。
「彼女は……常人では計れぬ心を持っていました。その部分は今のあなたに……ここで止め置きましょう」
ここから先はスティラの罵倒に繋がると思ったのか、ダリアは言葉を完全に閉じた。
彼女は数度顔を横に振ると、話題を残しつつも別なものへと繋げる。
「あなたの母は貴族としての振る舞いに未熟な部分がありました。ですが、シオン。あなたにはそうなってほしくはありませんので、これを渡しておきます」
ダリアは両手で抱えていた分厚い本を手渡してくる。
「これは?」
「私が幼い時分から愛用している貴族の心得を記した著書です。基本となる礼儀作法についても記してあるので、大変参考になりますよ」
「え、はい、ありがとうございます……」
「ふふ、夕食後、それを自室に取りに戻り、あなたの部屋へ来るために、はしたなくも廊下を走ってしまいましたけどね」
と軽い笑いを見せるダリア。
関係性が変わり、彼女なりの優しさを見せたつもりだろうが――俺は、こんな本いらねぇ~という思いでいっぱい。
この調子だと、今後何かにつけて貴族としての心構えを以前のような鞭を打つ理由に使うのではなく、親切心で押し付けてきそうで厄介。
ダリアはさらに花瓶について言及してきた。
「そう言えば、花瓶を割ってしまったとメイド長から報告を聞きましたが?」
「はい、申し訳ございませんわ、お母様」
「怪我はないようで何よりです。ですが、不注意が過ぎます。ですから、その本をしっかり読んで、淑女としての落ち着きと振る舞いを学ぶように。学院から戻るころには、しっかり学んでいることを期待してますよ。では、明日に備えてもう休みなさい」
立ち去るダリアの背中を見て思う。
(ヤバい、面倒なことになりやがった。花瓶について強く咎めないところ見ると、暴力による教育はやめたようだが、今度は礼儀作法をきっちり教え込む教育ママへとシフトしたようだ。これなら鞭を振るわれた方が余程楽だわ。学院に行くのも嫌だが、そのあと、家に戻るのも嫌になるな)
「はぁ~」
と、溜め息。それが聞こえたのだろうか? ダリアは立ち止まりこちらへ振り返った。
俺はすぐさま背筋を伸ばして笑顔を見せる。
すると、ダリアも笑顔を見せたのだが――――近くの窓に映る彼女の笑顔にぞくりとした寒気が走った。
(え?)
俺は視線をガラス窓へ移した。そこに映るのはダリアの微笑み。寒気など微塵も感じない。
彼女は視線を窓に向けた俺へ眉を折ると、軽く頭を左右に振って、廊下の奥へと姿を消していった。
俺は頭を掻く。
(やっぱりアズールの死の前後から、屋敷全体の雰囲気が少し妙に感じるな。でも、さすがに今のは気のせいだろうな。気が張り過ぎて、ありもしない気配にビビったのかねぇ?)
そして夕食後、必要なものが揃っているかの最終確認のために部屋へ戻ろうとしたのだが、その途中で妹のライラが話しかけてきた。
「シオンお姉さま、待って」
彼女は相も変わらず赤と黒の重なり合う洒落た髪色を見せて、青と白で構成された鼓笛隊のような派手な服を着ている。
その彼女が、可愛くデフォルメされた猫と熊の模様の付いた小包を手渡してきた。
「はい、これ」
「なんですの、それは?」
「学院に戻るって聞いたから、その、お母さまの事で……お礼みたいなもの」
ライラはそっぽを向いて頬を赤く染めている。
散々こちらを小馬鹿にしていたクソガキのこの変わりようがとても可愛い……なんて思うはずもない。
とはいえ、ダリアも含めライラとも関係が再構築できて良好となってきているところで、屋敷を離れないといけないのは痛い。
ドワーフともせっかく交流を持てて、これからもっと親しくなっていく予定だったんだが。
どうにもセルガの都合に振り回されている。
これだと俺がいくら積み上げて行っても、彼の都合であっさり崩される。
ま、元々俺は優秀ってわけじゃないから、計画通り事が運ぶなんてのは稀なんだがな……。
俺は心の中だけで溜め息を漏らし、彼女から小包を受け取り、その場で派手に包装をびりびりと破っていく。
それを見たライラが小さく声を立てた。
「ええ~、荒くない?」
「そうでしょうか? プレゼントとは中身が知りたくて待ちきれないという意思表示のために、荒々しく開ける方が礼儀だと思いますわよ」
「面白い考え方だけど、私たちはゼルフォビラの家名を背負ってるんだから、上品に振舞った方が良いよ」
「上っ面を過度に気にしないといけないというのも大変ですわね。中身は……万年筆ですか?」
黒を主体に複雑な銀の装飾が施された万年筆。ペン先は金でできており、ゼルフォビラ家の紋章の一部である、小さな花が集まって咲くアキレアの花が刻まれてあった。
見立てでは、地球だと200~300万円くらいのもの――売っぱらいたい。
ペンを確認した俺にライラは、ペンの説明とプレゼントの理由を述べる。
「本当は私がもう少し大きくなってから使おうと思っていたものだけど、お礼に上げる。それに、シオンお姉さまの使うペンって安物でしょう? そんなの、同じゼルフォビラ家の人間として恥ずかしくて使わせられないし。昔は庶民でも、今は貴族なんだからね。ほんっと、自覚を持って欲しいなぁ」
言葉に細かな毒を含めるライラ。
関係は多少変わったものの、そう簡単に性格は変わらないらしい。
しかし、以前とは違い、同じ家の人間として認めている様子。
俺は彼女に礼を述べる。
「ありがとう、大切に使わせていただきますわ」
「べ、別に大切になんて使わなくても。そんなに高いものじゃないし」
そう言って、またもやライラはそっぽを向いて頬を赤く染める。
これがこいつの照れ隠しのようだ。
にしても、そんなに高いものじゃないと来たか……金持ちだなぁ、ゼルフォビラ家は。
ライラと別れ、二階の自室へ向かう。
すると、今度は部屋の前にダリア。何やら息を切らして古びた分厚い本を手にしているようだが?
「ふぅ~、学院へ戻すとセルガから聞きました。随分と急ですね」
「ええ、わたくしもかなり驚いていますわ」
「あちらでのことは、私も把握しています。無体な真似をしないように」
「お父様といい、お母様といい、わたくしを何だと思っているのですか? 相手は皇族ですわよ」
「以前のあなたならば、このような心配をしません。ですが、今のあなたはまるでスティラのようで……」
「スティラ? 母ですか?」
「…………」
ダリアは無言を纏い、言葉を返さず。
だが、ちょうど良い機会と思い、最もスティラを嫌っているはずであろうダリアからスティラの評を聞き出してみるとしよう。
「お母様、わたくしは記憶を失い、実の母であるスティラ母様の事を覚えていません。よろしければ、どのような方だったのかお聞かせ願いませんか?」
「わたしが、ですか? それは……」
ダリアは言い淀む。語る相手は浮気相手のこと。口に出せば嫌悪に吐き気を催す相手。
聞き出すのは無理か? と思ったのだが、ダリアは意を決するように声を産む。
「美しく、爛漫な女性でした。礼儀作法、言葉遣いはとても褒められたものではありませんが、誰かを惹きつける魅力というものがありました。男女問わず、一緒にいるだけで楽しいとさせてくれる人でしたよ、私以外は……」
と、ここで言葉を閉じる。
そして、自身の左の二の腕に右手を置き、握り締めて、荒ぶる感情を抑えている……これ以上、聞き出すのは無理そうだ。
ともかく、スティラという女は姿も性格も魅力的な女のようだ。娘であるシオンが別嬪さんなんで、母親もかなりのものだったのだろうな。
「そうですか、お聞かせいただき、ありがとうございます」
俺は会話を終わらせようとしたのだが、意外にもダリアが言葉を続けた。
「彼女は……常人では計れぬ心を持っていました。その部分は今のあなたに……ここで止め置きましょう」
ここから先はスティラの罵倒に繋がると思ったのか、ダリアは言葉を完全に閉じた。
彼女は数度顔を横に振ると、話題を残しつつも別なものへと繋げる。
「あなたの母は貴族としての振る舞いに未熟な部分がありました。ですが、シオン。あなたにはそうなってほしくはありませんので、これを渡しておきます」
ダリアは両手で抱えていた分厚い本を手渡してくる。
「これは?」
「私が幼い時分から愛用している貴族の心得を記した著書です。基本となる礼儀作法についても記してあるので、大変参考になりますよ」
「え、はい、ありがとうございます……」
「ふふ、夕食後、それを自室に取りに戻り、あなたの部屋へ来るために、はしたなくも廊下を走ってしまいましたけどね」
と軽い笑いを見せるダリア。
関係性が変わり、彼女なりの優しさを見せたつもりだろうが――俺は、こんな本いらねぇ~という思いでいっぱい。
この調子だと、今後何かにつけて貴族としての心構えを以前のような鞭を打つ理由に使うのではなく、親切心で押し付けてきそうで厄介。
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「そう言えば、花瓶を割ってしまったとメイド長から報告を聞きましたが?」
「はい、申し訳ございませんわ、お母様」
「怪我はないようで何よりです。ですが、不注意が過ぎます。ですから、その本をしっかり読んで、淑女としての落ち着きと振る舞いを学ぶように。学院から戻るころには、しっかり学んでいることを期待してますよ。では、明日に備えてもう休みなさい」
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「はぁ~」
と、溜め息。それが聞こえたのだろうか? ダリアは立ち止まりこちらへ振り返った。
俺はすぐさま背筋を伸ばして笑顔を見せる。
すると、ダリアも笑顔を見せたのだが――――近くの窓に映る彼女の笑顔にぞくりとした寒気が走った。
(え?)
俺は視線をガラス窓へ移した。そこに映るのはダリアの微笑み。寒気など微塵も感じない。
彼女は視線を窓に向けた俺へ眉を折ると、軽く頭を左右に振って、廊下の奥へと姿を消していった。
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