殺し屋令嬢の伯爵家乗っ取り計画~殺し屋は令嬢に転生するも言葉遣いがわからない~

雪野湯

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第二幕

第4話 非礼な男

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――次の日


 今日は一日お勉強は無し。これ、結構嬉しい。
 俺の個人教師をやっている家庭教師のイバンナというおばさんは、自分の意図を通すためにこちらの意図を完全に無視するタイプ。口を回して回避しにくい厄介な相手なので、俺とは相性が悪い。
 そのため、あの人と顔を合わせないで済むというのは気が楽になる。

 その代わりに、今日はザディラが運営していた会社を見学しに行く。
 見学するのは会社内で、いや、この港町ダルホルンで最下層に位置する奴隷――ドワーフの仕事ぶりとその扱いだ。

 俺とルーレンは華美な装飾が施された籠馬車に乗り込み、まずはドワーフの女たちが働いているという香辛料の仕分け作業所へ向かう。
 場所は港から少し離れた倉庫だそうだ。


 車輪にスプリングがあり整備された石道といえど、揺れは全くないわけではない。
 ガタガタと揺れる籠馬車の小さな窓から町を見つめ、黒羽の扇を揺らす。
 この扇、見た目は羽根扇だが、黒い羽根の下はミスリルとアポイタカラという金属で作られた鉄扇。また、ボタン一つで羽先がズレて、代わりに刃物が飛び出るもの。

 これは俺の武器。

 少々重いのが難点だが、最近は体を鍛えているおかげで今では手首を痛めることなく操ることができるようになった。
 扇から生まれた微風によって青い前髪を揺らしながら、多くの人々が行き交い、石造りの家々が建ち並ぶ風景を眺める。
 視線を馬車内に戻し、正面へ向ける。ルーレンは俺の正面に座っており、表情には少々影が差していた。
 それは奴隷として働く同胞の姿など見たくないからだろう。


 その感情が体に表れ縮こまり、ただでさえちっちゃなルーレンがさらに小さくなったように見える。
 俺は視線をルーレンから外して馬車内を見回す。

 車内も華美な籠馬車同様、高級そうな白の内張りにフロアマット。それらには細かな刺繍。
 何でできているか知らないが、適度な弾力と柔らかさを持った座席。よく見ると座席の壁際上部にアシストグリップまである。
 あれは揺れが酷い時に体を支えるため物。

 広さは大人が向かい合い二人ずつ乗れるほどで、天井が高めの普通自動車程度。
 ハンドルがない分、広く感じるが激しく動けるほどではない。
 
 瞳を動かし、憂いを帯びるルーレンへ戻す。そこで、あることが気になり尋ねた。
「ルーレン、武装石はお持ちですか?」

 武装石とは体力を武具として具現する道具。
 使用体力が激しいため、ルーレンのように人間よりも体力のあるドワーフ向けの武装。
 だが、最近の俺は体を鍛えているおかげでナイフ程度であれば容易に具現できるようになった。    
 今では変化に掛かる時間は0に近い秒数で、具現時間も延びている。


 問われたルーレンが答えを返す。
「え!? あ、はい、もちろんです。護衛メイドですから」
「そう。それは車内で振り回せるのでしょうか?」

「いえ、それは無理です。御覧の通り、斧を振り回せるほどの広さはありませんから」
「馬車を破壊する気ならどうです? 一気にズババッと動けますか?」
「破壊して良いということなら動けますが、さすがに一気には。どうして、そのようなことをお尋ねに?」
「……いえ、ふと、いま誰かに襲われたら大変ですわね~、と思っただけですわよ」

「それならばご安心を。こう見えても私は戦士であり、猫族のドワーフですから。敵がどこにいようと敵意を察知するくらい可能ですので。それを察知すれば、即座に対処いたします」
「そう、ならば安心ですわね。ルーレンはとても頼りになりますわ、ふふふ」

 と、微笑みと共に答えを返すと、ルーレンははにかむ様子を見せた。

 実は今の問い、敵襲などどうでもいいもの。これはとあることで、俺にとって重要な問いだ。
 この問いが生きてくるのはまだまだ先になるだろうが……。
 

――港から少し離れた倉庫

 馬車から降りた俺は黒羽の扇を揺らしながら辺りを見回す。
 
 ここは港から離れているため、海は遠くに見えて、潮の香りは薄い。
 それでも潮風独特のべとついた風を肌に感じることはできる。

 足元は舗装された道。
 周りは倉庫だらけで、よく日に焼けた屈強そうな男たちが荷物を運び、時折威勢の良い声が響く。
 その中には男のドワーフも混じっているが、数は少ない。
 彼らとはあとで交流するので、まずは倉庫で作業に従事する女のドワーフだ。


 きょろきょろと振っていた顔を正面へ向ける。
 高さは10m、横幅は30mほどで奥行きは50mと、倉庫街の中でもひと際大きな建物が目の前にある。
 外壁は薄汚れた白で、屋根色は赤。
 紫外線を受け続けてペンキの塗り直しなどもしてないため、どこもかしこもくすんでいる。

 扉は二つ。
 倉庫の真正面には馬車が三台横に並んで入れそうな大きな扉。もう一つは隅にあり、人が行きを行うための小さな扉。
 その小さな扉から三十手前くらいの男が出てきて、俺たちを見つけるなり小走りでやってくると頭をぼりぼり掻きながら名も名乗らずにこちらの名を確認してきた。

「えっと、シオン様で?」
「ええ、あなたは?」
「どもっす、俺は工員のシヤクといいます。今日はシオン様の案内を任せられています」
「そうですか、よろしくお願いいたしますわ。シヤクさん」
「いえいえ、こちらこそ。ほんと、すんませんね。出迎えもできずに、忙しかったもんで」

 そう言いながら、またもや頭を掻いている。
 この礼儀を失する態度にルーレンは口調に怒気を交え、シヤクをたしなめた。
「シヤク、シオン様はセルガ様の名代であらせられます。その意味をわかっているのですか?」
「あ、え? それはもちろんだよ、お嬢ちゃん」
「お嬢ちゃん……」
「いや~、まさかドワーフのお嬢ちゃんに叱られるとはなぁ。あははは」


 どうにもこうにも、このシヤクという男。こちらを舐め散らかしている様子。
 とはいえ、こちらは十四歳の娘に、奴隷階級であるドワーフの少女。
 三十手前のおっさんが舐めてかかるのもわからないでもない。

 しかしだ、こちらがたとえ十四であろうと身分は貴族であるシオンの方が上。さらに、ルーレンが指摘したように、セルガの名代でもある。
 つまりはシオン=セルガなのだ。
 このシヤクという男はそれをいまいち理解していない。
 だから、釘を刺しておく。

「シヤクさん、わたくしは領主セルガの名代でこちらへ訪れました。つまり、わたくしはセルガそのものであり、言葉もまた同じ。それはお忘れなきよう」
「え……はい、すみません――はぁ」


 彼は小さくため息をついて、こちらへどうぞと小さな扉へと案内し始めた。
 この様子から事の重大性をまるで理解していないと見える。
 俺の後方に立つルーレンは言葉に出さないものの、眉を折って不満を露わとしていた。
 俺もまた思うところがあるが……。
(あれはあれで役に立つかもな。ただ……まぁ、出たとこ勝負でいいか)

 こちらを舐め腐ったシヤクの価値を最大限に生かす方法を思いついたが、それは場合によってはこちらに難が降りかかるもの。
 シヤクではないが俺も頭をぼりっと軽く掻いてから、倉庫の扉へ向かった。
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