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第一幕

第四十話 近寄りがたい令嬢

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――さらに三日後、催事の日・正午前


 今日は港町ダルホルンの経済を担っているお歴々が参加する年に一度のパーティー。
 会場はゼルフォビラ家の中庭。

 屋敷内にメイドたちの姿はなく、彼女たちは総出で会場をせわしなく歩き回り対応に追われていた。

 その会場には細やかな意匠がほどこされた真っ白なテーブルクロスを纏う長テーブルがあちらこちらに置かれ、その上には人々の目を攫う色とりどりの豪勢な料理たちが客人たちの鼻腔をくすぐり、食欲という名の本能に目覚めた舌先を唾液で溺れさせる。
 
 因みに、今回の料理の監修は全面的に料理長。
 料理の中にザディラが指導していた香辛料を利かせまくった料理はない。代わりに料理長の感性による、程よく香辛料を生かした料理が提供されている。

 今日は商工会の人間が一堂に会する日。
 ここで新たな香辛料とそれを使った美味しい料理のアピールをしないなんてもったいない。
 こちらの大陸にはない、海の向こうからやってくる香辛料を使用した料理を出しているのには、そんな意図もあるのだろう。


 基本は立食パーティだが、中庭の端にはテーブル席が置かれ、そこで紳士淑女たちが優雅に会話を楽しむ。

 彼らは一見何気ない会話を楽しんでいるようだが、その中身は世間話などではない。
 会話の中に甘味かんみと棘を織り交ぜて、互いの動向を窺い、仲睦まじい姿を見せつつも、腹の底では牽制し合うという何ともストレスで禿げそうな会話を行っている。


 その会話の一番の話題は、今日の主宰の話――アズール=イディア=ゼルフォビラ。
 十一歳という若さでありながら、一つの会社を任されている次男・ザディラ=スガリ=ゼルフォビラ二十四歳を押しのけて、主宰を勝ち取った少年。

 この催事は商工会の面々と親交を深めるという以外に、違う側面を持つ。

 それはゼルフォビラ家の世継ぎレースの様相。
 催事で主宰に選ばれたということは、ゼルフォビラ家当主・セルガ=カース=ゼルフォビラからレースの参加資格を得たことになる。

 今後彼らは、アズールを世継ぎ候補の一人と見なして接していくことだろう。
 同時に、十歳以上も年の離れた弟に敗れたザディラには辛辣な評価を与えることになる。


 俺は中庭の端に立ち、南側へ瞳を向ける。
 そこあるのは舞台。昼の十二時にはあの舞台にゼルフォビラ家が立ち並び、壇上の中心でアズールが挨拶を行う予定だ。

 もっとも、挨拶と言ってもすでにパーティーは始まっているのでそれが本命ではなく、壇上でのアズールの言葉と振る舞いが注目される。
 彼は大勢の前で品評されるというわけだ。
 世継ぎ候補の一人として、皆が取り入るには、旨味がある存在かどうかを……。

 
 次に俺は、瞳を会場全体に振る。

 セルガとダリアは何やらどんぐりみたいな体系の恰幅の良い偉そうなおっさんと会話中。
 ザディラとアズールの姿はない。
 
 世継ぎレースに敗れたザディラはこんなパーティーに参加などしたくはないだろうが、ゼルフォビラ家の一員である以上そうはいかない。
 だからと言って、あまり誰かの相手もしたくないだろうから、ぎりぎりまで顔を出さないでいるつもりようだ。

 アズールの方は挨拶の準備のために舞台から離れた幕舎で休んでいる。


 本来幕舎は舞台のすぐそばにあるのだが、今回は離れた場所……理由はアズールがたしなむお茶。
 あれの匂いは人を選ぶものだから、念のため会場から離している。
 せっかく料理長が新たな香辛料を使用した美味しい料理を作ったのに、くっさいメニセルのお茶を出した日には台無しになってしまうからな。


 瞳をさらに動かす。
 双子の妹であるライラ=ザマ=ゼルフォビラは大勢の大人たちに囲まれて奥ゆかしくも優雅に会話を行っていた。
 格好は相変わらず青と白が交わる鼓笛隊みたいな服……あれはドレスの一種なんだろうか? 赤と黒が重なり合う洒落た髪色に見劣りすることなく似合っているが。

 それはともかく、世継ぎレースとは無関係なライラであっても、聡明さが町に伝わっているようで、今のうちに唾を付けておこうという連中が群がっているようだ。


 で、俺はというと……一人もいない。
 簡単な挨拶程度をしてくる者はいるが、すぐにその場から離れて行ってしまう。
 シオン=ポリトス=ゼルフォビラは凡庸であり、めかけの子。懇意にする理由なし。近づく旨味なし。
 これが現在の俺に対する評価なのだろう。

 今後、これらの評価を覆し、ゼルフォビラ家のみならずダルホルンに影響力を与える人間になるには骨が折れそうだ。
 
 そのためにザディラを失脚させて、後々利用しようと考えているのだが……今は壁の花としてパーティを見学しつつ、会話に聞き耳を立てるだけにしよう。

 今回の俺の目的は、集まった商工会の面々の中で利用できそうな人材を探すこと。

 もし、有用そうな話や人物が見つかれば、邪険にされない程度に、会話に参加するだけに今は留めておく。

 
 最後にもう一度だけ、会場を見回す。
(ルーレンがまだ来ないな。料理長を手伝うとか言っていたが……マギーの方はアズールの補佐だったか? ルーレンが戻ってきたら、会場にいる連中について詳しく尋ねてみるか……それにしても、本当に俺の傍には誰も人が寄らないな)

 そんなことを考えながら、万屋よろずやいなばで購入した見た目は黒の羽根扇である金属製の扇子を口元で優雅に揺らす。


――――遠巻きでシオンを見ていた来客たち

 若い青年の二人がチラ見をしながら声を出す。
めかけの子と聞いてたけどなかなか美人じゃん。それに妾の子でも一応ゼルフォビラの人間だしな。今のうちに声を掛けておくか」
「そうだなって、おい! あの子、扇子なんか持ってるぞ?」
「え、ということは、まさか既婚者!?」
「いや、そうじゃないだろ。たぶん、男なんざ私に近づくんじゃねぇ、とアピールしてるんじゃないかな?」


 二人の若い女性が、シオンの手にする扇子をこそりと覗き見る。
「ねぇねぇ、あの子、扇子なんて持ってるんだけど? 誰?」
「え? あ、たしかシオンって言ったかな? ほら、大きな声では言えないけどセルガ様の妾の……」
「ああ、聞いたことがある。でも、なんで扇子を持って既婚者アピールを?」
「あ、もしかしたら……」
「なになに?」

「男には興味ありません。女の子に興味ありますとか?」
「そうなのかなぁ? 私、どうしようかなぁ?」
「……え?」
「え?」


 これらの様子を敏感に感じ取ったダリア。
(あの子は!! 人前で扇子を使うのはよしなさいと言っておいたのに。来客の方々が困惑しているじゃないの! あとでお仕置きを――)

「ダリア様。お久しぶりですね」
「え!? あ、これはフィアット子爵夫人」
「あの、ダリア様。先程から気になっていたのですが……そちらのネックレス、あまりお見掛けしないデザインですね」
「あら、お気づきに。これは別大陸の王族が愛用しているというネックレスでして、こちらではまだ出回っていませんの」

「それはまぁ! さすがはゼルフォビラ伯爵夫人。そのような貴重なアクセサリーを身に着けていらっしゃるとは!」
「それはもう、ゼルフォビラの家の者として、セルガの妻として、常に流行の先端に身を置きませんと、おほほほほ」
(まぁ、珍しいお店を紹介してくれたのでお仕置きは勘弁してあげましょう、シオン)
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