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第一幕
第三十一話 各々の立場
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こちらの心を見透かす言葉に一瞬どきりとしたが、その気配を一切見せず言葉を返す。
「企む? 仰っている意味がわかりませんわ」
「ザディラを担ぎ上げるつもりのようだが?」
「いったい何のことでしょうか?」
「ふむ、興味深い工作だが……」
しかし、こちらがいくら恍けるようとも、彼は自分の言葉こそ絶対と揺るがない。
そして、核心となる一言をぶち込んできた。
「女だてらに政治の真似事でもする気か?」
封建的な社会と感じていたが、やはりそうかと思わせる言葉。
男性社会であり、女は政治の道具。
さらなるお家の繁栄のために嫁入りという名の道具として扱われる存在。
それに対して強く反発しても仕方がない。
俺は別にこちらの世界の価値観をひっくり返したいわけじゃない。
とはいえ、そのまま言葉を受け入れれば、戦いを望まぬ負け犬として今後動きづらくなる。
それに、こちらの動きはすでに読まれている様子。そうであれば、ここは小さな反発心を見せておくことで負け犬ではないと見せるべきか。
「男も女もありませんわよ、お父様。ただ、強い者が勝者となるだけですわ」
「…………」
返る言葉は沈黙……少々、強く出過ぎただろうか。
そう思った矢先、セルガは笑った。
「ふふふ、ならばシオン。お前も舞台に立つか?」
「なっ!?」
前言撤回! 何が封建的な考え方だ!
このおっさん、俺が有用と見て世継ぎレースに参加させようとしてやがった!
だが、冗談じゃない!!
現在、こちらは何の後ろ盾もない庶民出の妾の娘。
名乗り出た途端に潰されちまう!
「ふ、ふふふ、ご冗談をお父様」
「冗談であれ本気であれ、好きにするがいい。ハブ化の話もな。ザディラに任せるも、お前が主導するも」
「え?」
「私は見物させてもらうだけだ」
そう言葉を残して、セルガは立ち去ろうとする。
ここで、このおっさんの立ち位置がはっきりとした。
(セルガ=カース=ゼルフォビラ――すでにこいつは引退しているのか!! そして舞台の前で、我が子たちの世継ぎ争いを見物している。この演目の間に何が起ころうと、先にどのような結末があろうとセルガは関知するつもりはない)
つまりだ、俺がザディラを利用しようとしていることを把握しているが、それを邪魔することも助けることもない。
ただ、我が子たちが食らい合い、潰し合い、次なる主が誕生するのを見ているだけの存在。
俺にとっては好都合だが、人の親としてはあり得ねぇぞ、おい……と言いたいが、支配階級の親父さんとしてはそんなもんか。
地球でもこういう連中を腐るほど見てきた。
子の成長の中身を、一族を束ねるための存在として育つか育たないかにしか興味のない親たちを。
だが、そういった部分を含めても彼の引退については疑問が残る。
セルガの年齢は四十七歳と聞いている。
引退するにはまだ若い。それとも、こちらの世界では引退を余儀なくされる年齢なのだろうか?
もしくは、何らかの理由が……?
それについて尋ねようと口が開きかける。
しかし――
(――――クッ!?)
セルガはこちらの問いを先読みして、心臓を凍てつかせる無音の氷瞳を見せる。
そこに殺気はないが、命から暖かさを奪うだけの迫力はあった。
彼の引退については問いさえも許されない理由があるのか?
俺は彼の恐怖に敬意を払い、踏み込むのをやめた。
引退理由はともかく、ゼルフォビラ家に災いを与えないかぎり、彼は俺の敵になることはないとわかった。
もっとも、俺の目標はゼルフォビラ家を潰すことなので、最終的に相対することになるのだろうが。その日が来るまで敵に回らないとわかっただけでも大収穫だ。
去ろうとする彼に、取り下げた質問と比べて些末すぎる疑問を二つ、代わりにぶつける。
すると彼は立ち止まり、こちらへ顔を向けた。
「ザディラ兄様の夕食の味、どうだったんですの?」
「不味いな。だが、余計な口出しをする気はない。私は見物客だからな」
「いえいえ、それは仰った方が。毎日の夕食があれでは」
「味は悪いが栄養に問題はない。ならば、さほど問題ではない。さすがに客人を招き入れるとなれば、料理長に任せるようにと言うつもりだったが。あとは、あると感じた者が声を出せばいいだけだ。お前のようにな、フフ」
「なるほど、それで」
夕食という名の報告会。
セルガは家族を威圧して、思うような発言をしにくい場を産み出す。
その圧を跳ねのけて自分の我を押し通せる者が現われないかと彼は舞台を楽しんでいた。
そこにまんまと楽しませる役者が降臨してしまったわけだ。
「はぁ、あの一幕でわたくしを監視対象にしたわけですね。では、外出先で何をしていたのかも把握を?」
「監視などせずともダルホルンの情報は自然と私の下に集まる。だが、安心しろ。詳細は知らぬ。そこまで探る気はない。何しろ、ただの見物客だからな」
「それはどうでしょうか……最後にもう一つ」
「なんだ?」
「お母様は?」
セルガは顔を前へ戻し背だけを向けて、一言、言葉を置く。
「あいつは、ゼルフォビラ家の人間ではない」
この言葉を、俺は小さく首を縦に振って受け取る。
彼はこちらへ顔を向けることなく中庭から立ち去ろうとする。最後にとんでもないことを伝えて。
「食事の席で声を上げた時、あの時のことを思い出したよ。あの時もそうだった。お前は私の前で堂々と物申したな。ふふ、記憶を失い違うシオンになろうとも、本当に手に入れたいものへの強さは変わらないようだ」
景色に溶け込み消えゆく背中。
それを見つめ、俺は心にどでかいビックリマークを跳ね上げた。
(いま、なんて? シオンが、あの威圧感たっぷりの親父に物申しただと!! 家族の誰もが、嫁さんすらも声を出せないあのセルガに、シオンが!!)
すでにセルガの背中は消え、問い掛ける相手はいない。
だから、心の中で叫ぶ。
(一体何に対して物申したんだよ! 日記を見る限り臆病な負け犬。そんな奴が、どうやってセルガに? だけど、俺に話しかけてきたシオンは妙にテンションの高い女。一体どんな女なんだ、シオンってのは?)
意外すぎるシオンの一面を知った。
その内容を詳しく知りたいがそれを知っている人物はすでにいない。このことは改めて機会があれば尋ねるとしよう。
とりあえず、セルガから得た情報を基にこのゼルフォビラ家の立ち位置をまとめていく。
当主セルガ――引退。引退理由は不明。後継者争いをただ見守るだけの存在。その争いに関知する気はない。
妻ダリア――彼女は『ゼルフォビラ家の人間ではない』。そのため存在感を表して、ゼルフォビラ家の人間の『一員』として振舞おうと躍起のはず。
今後、彼女が世継ぎ争いに介入してくる可能性は大。
長男ルガリー――現在、中央の政治家として活躍中。父の元から離れているということはセルガから認められている証明でもある。
三男トリューズ――現在、中央の軍人として活躍中。こちらも同じく父の元から離れているため、認められている証明。
次男ザディラ――ゼルフォビラ財閥の一角である貿易会社の社長。父のお膝元に置かれているので、まだまだ認められてはいない。
四男アズール――優秀だが、まだ子どものため世継ぎレースの準備をしている最中。
長女フィア――学院の生徒。世継ぎレース外。
次女シオン――俺。
三女ライラ――おこちゃま。世継ぎレース外。
(と、いったところか)
家族関係を整理したところで、俺は息が整ったマギーへ顔を向けて問い掛ける。
「マギー、あなたはどうしてお父様を殺そうとしていたの?」
「企む? 仰っている意味がわかりませんわ」
「ザディラを担ぎ上げるつもりのようだが?」
「いったい何のことでしょうか?」
「ふむ、興味深い工作だが……」
しかし、こちらがいくら恍けるようとも、彼は自分の言葉こそ絶対と揺るがない。
そして、核心となる一言をぶち込んできた。
「女だてらに政治の真似事でもする気か?」
封建的な社会と感じていたが、やはりそうかと思わせる言葉。
男性社会であり、女は政治の道具。
さらなるお家の繁栄のために嫁入りという名の道具として扱われる存在。
それに対して強く反発しても仕方がない。
俺は別にこちらの世界の価値観をひっくり返したいわけじゃない。
とはいえ、そのまま言葉を受け入れれば、戦いを望まぬ負け犬として今後動きづらくなる。
それに、こちらの動きはすでに読まれている様子。そうであれば、ここは小さな反発心を見せておくことで負け犬ではないと見せるべきか。
「男も女もありませんわよ、お父様。ただ、強い者が勝者となるだけですわ」
「…………」
返る言葉は沈黙……少々、強く出過ぎただろうか。
そう思った矢先、セルガは笑った。
「ふふふ、ならばシオン。お前も舞台に立つか?」
「なっ!?」
前言撤回! 何が封建的な考え方だ!
このおっさん、俺が有用と見て世継ぎレースに参加させようとしてやがった!
だが、冗談じゃない!!
現在、こちらは何の後ろ盾もない庶民出の妾の娘。
名乗り出た途端に潰されちまう!
「ふ、ふふふ、ご冗談をお父様」
「冗談であれ本気であれ、好きにするがいい。ハブ化の話もな。ザディラに任せるも、お前が主導するも」
「え?」
「私は見物させてもらうだけだ」
そう言葉を残して、セルガは立ち去ろうとする。
ここで、このおっさんの立ち位置がはっきりとした。
(セルガ=カース=ゼルフォビラ――すでにこいつは引退しているのか!! そして舞台の前で、我が子たちの世継ぎ争いを見物している。この演目の間に何が起ころうと、先にどのような結末があろうとセルガは関知するつもりはない)
つまりだ、俺がザディラを利用しようとしていることを把握しているが、それを邪魔することも助けることもない。
ただ、我が子たちが食らい合い、潰し合い、次なる主が誕生するのを見ているだけの存在。
俺にとっては好都合だが、人の親としてはあり得ねぇぞ、おい……と言いたいが、支配階級の親父さんとしてはそんなもんか。
地球でもこういう連中を腐るほど見てきた。
子の成長の中身を、一族を束ねるための存在として育つか育たないかにしか興味のない親たちを。
だが、そういった部分を含めても彼の引退については疑問が残る。
セルガの年齢は四十七歳と聞いている。
引退するにはまだ若い。それとも、こちらの世界では引退を余儀なくされる年齢なのだろうか?
もしくは、何らかの理由が……?
それについて尋ねようと口が開きかける。
しかし――
(――――クッ!?)
セルガはこちらの問いを先読みして、心臓を凍てつかせる無音の氷瞳を見せる。
そこに殺気はないが、命から暖かさを奪うだけの迫力はあった。
彼の引退については問いさえも許されない理由があるのか?
俺は彼の恐怖に敬意を払い、踏み込むのをやめた。
引退理由はともかく、ゼルフォビラ家に災いを与えないかぎり、彼は俺の敵になることはないとわかった。
もっとも、俺の目標はゼルフォビラ家を潰すことなので、最終的に相対することになるのだろうが。その日が来るまで敵に回らないとわかっただけでも大収穫だ。
去ろうとする彼に、取り下げた質問と比べて些末すぎる疑問を二つ、代わりにぶつける。
すると彼は立ち止まり、こちらへ顔を向けた。
「ザディラ兄様の夕食の味、どうだったんですの?」
「不味いな。だが、余計な口出しをする気はない。私は見物客だからな」
「いえいえ、それは仰った方が。毎日の夕食があれでは」
「味は悪いが栄養に問題はない。ならば、さほど問題ではない。さすがに客人を招き入れるとなれば、料理長に任せるようにと言うつもりだったが。あとは、あると感じた者が声を出せばいいだけだ。お前のようにな、フフ」
「なるほど、それで」
夕食という名の報告会。
セルガは家族を威圧して、思うような発言をしにくい場を産み出す。
その圧を跳ねのけて自分の我を押し通せる者が現われないかと彼は舞台を楽しんでいた。
そこにまんまと楽しませる役者が降臨してしまったわけだ。
「はぁ、あの一幕でわたくしを監視対象にしたわけですね。では、外出先で何をしていたのかも把握を?」
「監視などせずともダルホルンの情報は自然と私の下に集まる。だが、安心しろ。詳細は知らぬ。そこまで探る気はない。何しろ、ただの見物客だからな」
「それはどうでしょうか……最後にもう一つ」
「なんだ?」
「お母様は?」
セルガは顔を前へ戻し背だけを向けて、一言、言葉を置く。
「あいつは、ゼルフォビラ家の人間ではない」
この言葉を、俺は小さく首を縦に振って受け取る。
彼はこちらへ顔を向けることなく中庭から立ち去ろうとする。最後にとんでもないことを伝えて。
「食事の席で声を上げた時、あの時のことを思い出したよ。あの時もそうだった。お前は私の前で堂々と物申したな。ふふ、記憶を失い違うシオンになろうとも、本当に手に入れたいものへの強さは変わらないようだ」
景色に溶け込み消えゆく背中。
それを見つめ、俺は心にどでかいビックリマークを跳ね上げた。
(いま、なんて? シオンが、あの威圧感たっぷりの親父に物申しただと!! 家族の誰もが、嫁さんすらも声を出せないあのセルガに、シオンが!!)
すでにセルガの背中は消え、問い掛ける相手はいない。
だから、心の中で叫ぶ。
(一体何に対して物申したんだよ! 日記を見る限り臆病な負け犬。そんな奴が、どうやってセルガに? だけど、俺に話しかけてきたシオンは妙にテンションの高い女。一体どんな女なんだ、シオンってのは?)
意外すぎるシオンの一面を知った。
その内容を詳しく知りたいがそれを知っている人物はすでにいない。このことは改めて機会があれば尋ねるとしよう。
とりあえず、セルガから得た情報を基にこのゼルフォビラ家の立ち位置をまとめていく。
当主セルガ――引退。引退理由は不明。後継者争いをただ見守るだけの存在。その争いに関知する気はない。
妻ダリア――彼女は『ゼルフォビラ家の人間ではない』。そのため存在感を表して、ゼルフォビラ家の人間の『一員』として振舞おうと躍起のはず。
今後、彼女が世継ぎ争いに介入してくる可能性は大。
長男ルガリー――現在、中央の政治家として活躍中。父の元から離れているということはセルガから認められている証明でもある。
三男トリューズ――現在、中央の軍人として活躍中。こちらも同じく父の元から離れているため、認められている証明。
次男ザディラ――ゼルフォビラ財閥の一角である貿易会社の社長。父のお膝元に置かれているので、まだまだ認められてはいない。
四男アズール――優秀だが、まだ子どものため世継ぎレースの準備をしている最中。
長女フィア――学院の生徒。世継ぎレース外。
次女シオン――俺。
三女ライラ――おこちゃま。世継ぎレース外。
(と、いったところか)
家族関係を整理したところで、俺は息が整ったマギーへ顔を向けて問い掛ける。
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