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第一幕
第二十話 魔法使い
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馬車に揺られ、舗装された道を進む。
馬車にはあまり乗った経験はないが、思いのほか揺れが少ない。
理由としては道が舗装されていることに加え、車輪にスプリングがついていたからだ。
地球でも十五世紀半ばには馬車にサスペンションがついていたので、このアルガルノは少なくとも十五世紀以上の技術力があるということだろうか……いや、武装石なんて地球の技術も真っ青な魔法の道具がある以上、一面だけを見て技術力は計れない。
馬車の窓から見える街並みは石造りの家が建ち並ぶ古き良き時代の欧州風味。悪く言えば、いつまでも変わり映えしない黴臭い欧州の風景。
町を行き交う人々が着ている服は綿でできたものだろうか?
そこから技術水準が高いものには見えないが、先程も指摘した通り、見た目だけでは計れない。
なにせここは異世界であり、魔法の道具が存在する世界なのだから。
俺は窓から目を離し、その異世界の象徴たるドワーフに視線を向ける。
正面に座るルーレンが俺の視線に気づき話しかけてきた。
「どうされました?」
「いえ、なにも――あ、やはり質問をいいかしら? 馬車に乗り込む前の会話で疑問が湧きましたので」
「ええ、どうぞ」
「ルーレンはこう言いましたわね。ドワーフは『元々』戦士、と? 今は違うのかしら?」
「あ……それは……」
ルーレンは俺から視線を外して悲しげな表情を見せるが、すぐに小さく首を横に振る。
そこから読み取れる感情は――諦観。
彼女は寂しげな笑みを見せて、こう答えを返す。
「ドワーフは百年前の全面戦争で人間族に敗れ、全ての国家領地を失い、奴隷に落ちましたから」
「そうでしたの? それは大変つらいことを聞いてしまいました」
「いえ、もう、昔のことですし、敗れた弱い私たちが悪いのですから」
そう言って、彼女は再び悲し気な瞳を揺らす。
敗れた弱い私たちが悪い――つまりは弱肉強食。生存を賭けた基本倫理に基づく価値観。
だが、人には感情があり、理知のみで割り切れるものではない。
だからこそ、ルーレンは悲しみに心を包む。
そんな彼女を置いて、俺はある疑問が頭に過ぎった。
(ドワーフは人間に負けた? こんなパワフルな子がいるのに?)
ドワーフは人間よりも肉体的に強いとルーレンは言っていた。
となると、敗北し、奴隷にまで堕ちた理由は何だろうか?
悲しみに暮れる彼女には悪いが、質問を重ねさせてもらう。
「ドワーフが人間に負けた理由は何ですの? ルーレンを見るかぎり、並みの人では打ち負かすのは困難だと思いますが……人口? 技術力? それとも戦略?」
「人口は人間族の方が勝っています。ドワーフは人間ほど短期間に子を宿さないので。ですが、ドワーフは一人で五人以上の人間の戦士を相手にできますので数的優位は存在しないに等しいです。技術力に関しては、当時は私たちの方が上でした。戦略に於いては後塵を拝していましたが」
「では、戦略で負けたのですか?」
「たしかにそれも一因ですが、大きな要因は……魔法使いの存在です」
魔法使い――魔石なんかある世界だからいずれ出るだろうと思っていたがやはり出たか。
その魔法使いがドワーフ敗北の要因のようだが、いったいどれほどの力を持っているのだろうか? 尋ねてみよう。
「魔法使い――魔法という名で火や風などを操る者たち。という認識でよろしいでしょうか?」
「はい。記憶を失っていても覚えていらっしゃるんですね」
「まぁ、印象的な存在ですから。それでも薄らとですけど。その者たちの存在が居たため敗れたと?」
「その通りです」
「ドワーフの国家滅亡。一種族の集合体を滅びに追いやるということはさぞかし数が多いんでしょうね」
「いえ、現在、世界に存在する魔法使いの数は八人のみです。百年前は九人いましたが」
「え?」
「当時九人いた魔法使いのうちの二人によって、ドワーフは全支配領域を失いました。そして、それ以後、人間の奴隷としての私たちがあります」
再び、哀しみを纏い、最後の言葉を小さく漏らしたルーレン。
しかし、そんな彼女に思い馳せる余裕もなく、俺の思考は今の言葉に傾く。
(二人!? たった二人でドワーフを壊滅させたのか!?)
「ルーレン! その時のドワーフの人口は? 兵の数は?)
「え!? えっと、五千万程度だったかと。兵の数五十万ほど)
「攻めてきた人間側の兵の数は?」
「総勢、百万~百五十万と言われています」
「仮に百五十万としても、五倍強いドワーフならば、まだ百万の兵を相手にする余力がありますわね。ですが、その百万を二人の魔法使いが補ったと? 実際はそう簡単な話ではないでしょうが」
「単純な足し算だとそうなりますね」
なんてことだ!? 魔法使いとやらは一人当たり、五十万の兵以上の力が持っているのか。
一人でも手に入れることができれば、大軍を得たも同じ。
「ルーレン、現在この皇国サーディアは魔法使いを何人召し抱えているのです?」
「え? あ、そうでした記憶が……」
「ええ、覚えてませんの。それで?」
「えっとですね、魔法使いは伝統的に国家に所属しないんです。彼らは学ぶことに主軸を置いて、自由であり、どのような国家の大事や小事に口を出すことはありません。百年前の戦争も二人の魔法使いが欲に駆られ、ドワーフが秘宝としている武装石を調べたくて人間側に協力をしたのが始まりですから」
「つまり、強力な力を持つ者たちの気分次第で、国や町が滅ぶこともあるということですね」
「ドワーフと人間の戦争の表面だけを語るなら、そう感じてしまうでしょうが、それまでに様々な対立がありましたから」
「ですが、危険な存在が国家や組織という鎖もなく野放しであることは事実でしょう?」
「たしかにそうですが、彼らも人間です。睡眠を必要として、食事もとります。国家を敵に回せば、安寧の場所を失うことを知っていますので、無茶なことはしませんし、場合によっては他の魔法使いが罰することも」
「なるほど、危ういですが、一応の秩序と鎖があるというわけですか」
「そういうことになります。基本的に学問にしか興味のない人たちなので、そう簡単に俗世に関わってくることはないと思います」
「ドワーフとの戦争では人間側に加担したのにですか?」
「それはいろいろ事情がありますので、語ると長くなります。話の終わりには、二人の魔法使いは他の七人の魔法使いに処罰されて一人は処刑されていますし」
「それで、今は八人――って、百年前のお話ですよね!? もしかして魔法使いって」
「大変長生きです。千年は生きるとか」
「千年ですか……」
魔法使いというのは一応人間らしいが、その実は仙人のような立ち位置のようだ。
学問を好み、それだけを注視するが、何かに興味を持てば、それを求めて、力の行使を厭わない。
仲間内でルールがあり、それを破ると処刑という重罰を置いているが、所詮は仲間内でのルール。
かなり危険な存在。
魔法に興味はそそられるが、できれば関わりたくない存在だ。
魔法――ここで、ドワーフと対なす種族の名が頭を過ぎる。
「その魔法についてですが、エルフという存在は居ませんの?」
馬車にはあまり乗った経験はないが、思いのほか揺れが少ない。
理由としては道が舗装されていることに加え、車輪にスプリングがついていたからだ。
地球でも十五世紀半ばには馬車にサスペンションがついていたので、このアルガルノは少なくとも十五世紀以上の技術力があるということだろうか……いや、武装石なんて地球の技術も真っ青な魔法の道具がある以上、一面だけを見て技術力は計れない。
馬車の窓から見える街並みは石造りの家が建ち並ぶ古き良き時代の欧州風味。悪く言えば、いつまでも変わり映えしない黴臭い欧州の風景。
町を行き交う人々が着ている服は綿でできたものだろうか?
そこから技術水準が高いものには見えないが、先程も指摘した通り、見た目だけでは計れない。
なにせここは異世界であり、魔法の道具が存在する世界なのだから。
俺は窓から目を離し、その異世界の象徴たるドワーフに視線を向ける。
正面に座るルーレンが俺の視線に気づき話しかけてきた。
「どうされました?」
「いえ、なにも――あ、やはり質問をいいかしら? 馬車に乗り込む前の会話で疑問が湧きましたので」
「ええ、どうぞ」
「ルーレンはこう言いましたわね。ドワーフは『元々』戦士、と? 今は違うのかしら?」
「あ……それは……」
ルーレンは俺から視線を外して悲しげな表情を見せるが、すぐに小さく首を横に振る。
そこから読み取れる感情は――諦観。
彼女は寂しげな笑みを見せて、こう答えを返す。
「ドワーフは百年前の全面戦争で人間族に敗れ、全ての国家領地を失い、奴隷に落ちましたから」
「そうでしたの? それは大変つらいことを聞いてしまいました」
「いえ、もう、昔のことですし、敗れた弱い私たちが悪いのですから」
そう言って、彼女は再び悲し気な瞳を揺らす。
敗れた弱い私たちが悪い――つまりは弱肉強食。生存を賭けた基本倫理に基づく価値観。
だが、人には感情があり、理知のみで割り切れるものではない。
だからこそ、ルーレンは悲しみに心を包む。
そんな彼女を置いて、俺はある疑問が頭に過ぎった。
(ドワーフは人間に負けた? こんなパワフルな子がいるのに?)
ドワーフは人間よりも肉体的に強いとルーレンは言っていた。
となると、敗北し、奴隷にまで堕ちた理由は何だろうか?
悲しみに暮れる彼女には悪いが、質問を重ねさせてもらう。
「ドワーフが人間に負けた理由は何ですの? ルーレンを見るかぎり、並みの人では打ち負かすのは困難だと思いますが……人口? 技術力? それとも戦略?」
「人口は人間族の方が勝っています。ドワーフは人間ほど短期間に子を宿さないので。ですが、ドワーフは一人で五人以上の人間の戦士を相手にできますので数的優位は存在しないに等しいです。技術力に関しては、当時は私たちの方が上でした。戦略に於いては後塵を拝していましたが」
「では、戦略で負けたのですか?」
「たしかにそれも一因ですが、大きな要因は……魔法使いの存在です」
魔法使い――魔石なんかある世界だからいずれ出るだろうと思っていたがやはり出たか。
その魔法使いがドワーフ敗北の要因のようだが、いったいどれほどの力を持っているのだろうか? 尋ねてみよう。
「魔法使い――魔法という名で火や風などを操る者たち。という認識でよろしいでしょうか?」
「はい。記憶を失っていても覚えていらっしゃるんですね」
「まぁ、印象的な存在ですから。それでも薄らとですけど。その者たちの存在が居たため敗れたと?」
「その通りです」
「ドワーフの国家滅亡。一種族の集合体を滅びに追いやるということはさぞかし数が多いんでしょうね」
「いえ、現在、世界に存在する魔法使いの数は八人のみです。百年前は九人いましたが」
「え?」
「当時九人いた魔法使いのうちの二人によって、ドワーフは全支配領域を失いました。そして、それ以後、人間の奴隷としての私たちがあります」
再び、哀しみを纏い、最後の言葉を小さく漏らしたルーレン。
しかし、そんな彼女に思い馳せる余裕もなく、俺の思考は今の言葉に傾く。
(二人!? たった二人でドワーフを壊滅させたのか!?)
「ルーレン! その時のドワーフの人口は? 兵の数は?)
「え!? えっと、五千万程度だったかと。兵の数五十万ほど)
「攻めてきた人間側の兵の数は?」
「総勢、百万~百五十万と言われています」
「仮に百五十万としても、五倍強いドワーフならば、まだ百万の兵を相手にする余力がありますわね。ですが、その百万を二人の魔法使いが補ったと? 実際はそう簡単な話ではないでしょうが」
「単純な足し算だとそうなりますね」
なんてことだ!? 魔法使いとやらは一人当たり、五十万の兵以上の力が持っているのか。
一人でも手に入れることができれば、大軍を得たも同じ。
「ルーレン、現在この皇国サーディアは魔法使いを何人召し抱えているのです?」
「え? あ、そうでした記憶が……」
「ええ、覚えてませんの。それで?」
「えっとですね、魔法使いは伝統的に国家に所属しないんです。彼らは学ぶことに主軸を置いて、自由であり、どのような国家の大事や小事に口を出すことはありません。百年前の戦争も二人の魔法使いが欲に駆られ、ドワーフが秘宝としている武装石を調べたくて人間側に協力をしたのが始まりですから」
「つまり、強力な力を持つ者たちの気分次第で、国や町が滅ぶこともあるということですね」
「ドワーフと人間の戦争の表面だけを語るなら、そう感じてしまうでしょうが、それまでに様々な対立がありましたから」
「ですが、危険な存在が国家や組織という鎖もなく野放しであることは事実でしょう?」
「たしかにそうですが、彼らも人間です。睡眠を必要として、食事もとります。国家を敵に回せば、安寧の場所を失うことを知っていますので、無茶なことはしませんし、場合によっては他の魔法使いが罰することも」
「なるほど、危ういですが、一応の秩序と鎖があるというわけですか」
「そういうことになります。基本的に学問にしか興味のない人たちなので、そう簡単に俗世に関わってくることはないと思います」
「ドワーフとの戦争では人間側に加担したのにですか?」
「それはいろいろ事情がありますので、語ると長くなります。話の終わりには、二人の魔法使いは他の七人の魔法使いに処罰されて一人は処刑されていますし」
「それで、今は八人――って、百年前のお話ですよね!? もしかして魔法使いって」
「大変長生きです。千年は生きるとか」
「千年ですか……」
魔法使いというのは一応人間らしいが、その実は仙人のような立ち位置のようだ。
学問を好み、それだけを注視するが、何かに興味を持てば、それを求めて、力の行使を厭わない。
仲間内でルールがあり、それを破ると処刑という重罰を置いているが、所詮は仲間内でのルール。
かなり危険な存在。
魔法に興味はそそられるが、できれば関わりたくない存在だ。
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