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第一幕
第十一話 扱いあぐねる香辛料たち
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――調理場
調理場は屋敷の北東側一階にある。
調理場の出入り口は屋敷内に通じる場所に一つ。向かい合うように外へ通じる扉が一つ。
時間がないため白いコック服に身を包むちょっぴりぽっちゃりで狸腹な料理長に事情を簡素に伝える。
すると、話を聞いていた他の料理人たちが迷惑そうな態度を隠さずに表した。
中にはこちらへ聞こえるように愚痴っている者もいる。
シオンは貴族であり、主であるはず。それなのにこの態度――日記に使用人にも見下されていると書かれてあったが、それは本当のようだ。
「そう言われましても、急には……」
料理人たちの代表である料理長も、こう不満を露わとして声に出した。
しかし、与えられた時間は10分。説得に時間をかけている余裕はない。
ここは権威で押し通すことにしよう。
さらに今後の関係を考えて、彼らに舐められるわけにはいかない。
だから胸を張り、強気に出る。
「これはゼルフォビラ家の次女としての命令です。それを拒否するのですか!」
「え? いえ、それは……」
いつもと違うシオンの態度にたじろいでいる。だが、たじろぐだけで首を縦に振ることはない。
仕方ない。ここは更なる権威をかさに着よう。
「お父様からも許可を戴いています。それを拒否するのですか?」
「セルガ様がっ……わ、わかりました。こちらへどうぞ」
父の名を出して道を譲らせた。
この分だと、シオンに対する評価を上げるのには苦労しそうだ。
俺とルーレンは厨房に入り、さっそく次兄ザディラが選び抜いたという香辛料を料理人たちに用意させた。
香辛料は草っぽいのや種っぽいのや乾燥した植物など。
それらを一つずつ口に含み味を確かめる。
(このは豆っぽいのはローレルに近いな。他にはオレガノ・クローブ・ブラックペッパー・八角・山椒・ナツメグ・セージ……)
見た目はかなり違うが味は地球で使われている香辛料の類いに似ているものが多い。
これならば香辛料を生かした様々な料理が作れそうだ。
とはいえ、今回は時間がないので使う香辛料は最小限にする。
ここでルーレンに声を掛ける。
「ルーレン、文字は書けますか?」
「はい、書けますが」
「では、レシピを取ってください。今から使う材料と量と手順を正確に」
「畏まりました」
ルーレンは白いエプロンのポケットから鉛筆とメモ帳を取り出した。
それを見届けて、まずは肉を用意させる。それにブラックペッパーっぽい乾燥した何かとガーリック風味の草を刻み、よくなじませる。
炎を産み出す不思議な石の上に鉄製のフライパンを置いて、持ち手を布で包む。料理人たちには皿の準備をさせる。
この料理の手際の良さに料理人たちとルーレンは驚きを隠せない様子。
(ま、貴族の令嬢が包丁を操り、そつなく料理を作り始めたらびっくりするわな)
外見はシオン。中身は中年。
だからどうしても、今のシオンと過去シオンでは齟齬が生まれてしまう。
こういった乖離を埋めるのは、正式に日記帳を読めるようになった後からになるだろう。
自分の出生を知れば、貴族らしからぬ知識やスキルは庶民時代の記憶かも。で、ある程度は誤魔化せる。
さすがに庶民時代のシオンを知る者は屋敷にいないだろうし。
また、庶民時代の知り合いに出会っても、記憶喪失で誤魔化せる。
自分で言うのもなんだが、まさに嘘で塗り固めた人生とはこのことだな。
それらはさておき、今は調理に集中してフライパンを見つめる。
(あともう一つ、香辛料の中から選びたいものがあるんだが、それを見つけるのに苦労するなぁ)
味は似ているが見た目は別物。目的の味を探すのは大変面倒。
俺はぶつぶつ呟きながら一つの乾燥した植物を選んだ。
「あとは清涼感と苦みをアクセントにつけたいのですが……ふむ、この乾燥したものが一番近いかしら?」
ここで料理長が声を差し入れる。
「あの、シオン様。今使われている香辛料の組み合わせならばこちらの方が良いかと」
「え?」
料理長から差し出されたのは香草。
それを受け取り、口に食む。
(もぐ……タイムっぽい味。これだ!)
俺は眉を大きく跳ねて料理長に礼を言う。
「これですわ! ありがとうですわ、料理長」
「いえ、大したことでは……」
「それにしても、今使われている香辛料に合う組み合わせをあっさり見抜いたようですが……もしかしたらすでに料理長は、これら新しい香辛料の組み合わせや味や特性を把握してるのでは?」
「それはまぁ、一応プロですから……」
「では、どうしてあのような妙なあじつ……ああ、お兄様の指示でしたわね」
料理長は言葉で答えを返さず、瞳をずらすことで返事をした。
彼はこれら香辛料の使い方を把握しているようだ。
だが、兄の指示であのようなよくわからん味の料理を産み出してしまった。
見栄っ張りで成金趣味がありそうなザディラはおそらくお高そうな香辛料をふんだんに使い料理を作れとでも指示したのだろう。
それこそが一番と信じて。
俺は肉の焼き加減に気をつけながら料理長に視線を飛ばす。
「なるほど、あなたはすでに香辛料の使い方を心得ているようで。ふふ、これはわたくしの出る幕などなかったようですわね」
「いえいえ、私どもも全てを把握しているわけではありませんから。まだまだ勘頼りでして」
「勘ですか……町の料理人たちもそういった感じでして?」
「だと思います。知り合いの料理人が扱いあぐねていると言っていましたから。ですが、それも少しの間かと。未知の香辛料で種類が多いとはいえ、我々もプロなのであと三月もすれば完璧に扱う自信はあります」
「そうですか……」
プロの料理人たちが扱いあぐねる未知の香辛料たち……しかし、ザディラはこう言っていた。
『おかげさまで香辛料の利益は右肩上がり。今では世界中の海に散らばる珍しい香辛料がこのダルホルンに集まり、皇国中に広がっていますよ!』
矛盾……料理人たちが扱いあぐねている商品の売り上げが右肩上がり? 皇国中に広がる?
俺は軽く口元を緩めて、このことを頭の片隅に置き、フライパンを操る。
その様子を見ていた料理長が話しかけてくる。
「見事な腕捌きですね。シオン様がお料理が得意だったということには驚きました」
「ふふ、ありがとうですわ。プロに褒められるのは面映ゆいですわね」
「いえいえ、本当にお見事ですよ。それにいつもとは違い堂々と――あ、申し訳ありません!」
彼は己の失言に気づき、すぐさま深々と頭を下げた。
どうやら俺の手際の良さと雰囲気から自身の態度を改めて、一定の敬意を払うものへと変えたようだ。
手のひら返し感は否めないが、まぁいい。
俺は出来上がった料理を皿に盛り付けていく。
時間がないので見栄えに時間は割けられないと思っていたが、料理長が付け合わせを用意してくれていた。
付け合わせは俺が肉を焼いている間に作ってくれたようだ。
それらのレシピもまたルーレンはメモに取っていた様子で、レシピを取り終えたメモを俺に渡してきた。
「シオンお嬢様、こちらでよろしいでしょうか?」
俺はメモを人差し指と親指で挟み受け取り、文字を見て、眉をピクリと動かす。
その動きにルーレンが敏感に反応する。
「ふむ?」
「あ、あの、何か間違いでもございましたか?」
「いえ、問題ありません。ただ、ずいぶんと丸っこい文字だと思いまして」
「読みにくいですよね、申し訳ございません」
「いえいえ、問題なく読めますわよ。可愛らしい文字、と思っただけですから」
そう答えを返されたルーレンははにかむ様子を見せた。
彼女の照れる顔を微笑ましく見つめ、次に料理人たちの盛り付けへ視線を送る。
その視線は、盛り付け作業を行う料理人たちの隙間を縫い、金属製のトレイの上に大量に置かれた小さい粒のような黒い果実で止まった。
調理場は屋敷の北東側一階にある。
調理場の出入り口は屋敷内に通じる場所に一つ。向かい合うように外へ通じる扉が一つ。
時間がないため白いコック服に身を包むちょっぴりぽっちゃりで狸腹な料理長に事情を簡素に伝える。
すると、話を聞いていた他の料理人たちが迷惑そうな態度を隠さずに表した。
中にはこちらへ聞こえるように愚痴っている者もいる。
シオンは貴族であり、主であるはず。それなのにこの態度――日記に使用人にも見下されていると書かれてあったが、それは本当のようだ。
「そう言われましても、急には……」
料理人たちの代表である料理長も、こう不満を露わとして声に出した。
しかし、与えられた時間は10分。説得に時間をかけている余裕はない。
ここは権威で押し通すことにしよう。
さらに今後の関係を考えて、彼らに舐められるわけにはいかない。
だから胸を張り、強気に出る。
「これはゼルフォビラ家の次女としての命令です。それを拒否するのですか!」
「え? いえ、それは……」
いつもと違うシオンの態度にたじろいでいる。だが、たじろぐだけで首を縦に振ることはない。
仕方ない。ここは更なる権威をかさに着よう。
「お父様からも許可を戴いています。それを拒否するのですか?」
「セルガ様がっ……わ、わかりました。こちらへどうぞ」
父の名を出して道を譲らせた。
この分だと、シオンに対する評価を上げるのには苦労しそうだ。
俺とルーレンは厨房に入り、さっそく次兄ザディラが選び抜いたという香辛料を料理人たちに用意させた。
香辛料は草っぽいのや種っぽいのや乾燥した植物など。
それらを一つずつ口に含み味を確かめる。
(このは豆っぽいのはローレルに近いな。他にはオレガノ・クローブ・ブラックペッパー・八角・山椒・ナツメグ・セージ……)
見た目はかなり違うが味は地球で使われている香辛料の類いに似ているものが多い。
これならば香辛料を生かした様々な料理が作れそうだ。
とはいえ、今回は時間がないので使う香辛料は最小限にする。
ここでルーレンに声を掛ける。
「ルーレン、文字は書けますか?」
「はい、書けますが」
「では、レシピを取ってください。今から使う材料と量と手順を正確に」
「畏まりました」
ルーレンは白いエプロンのポケットから鉛筆とメモ帳を取り出した。
それを見届けて、まずは肉を用意させる。それにブラックペッパーっぽい乾燥した何かとガーリック風味の草を刻み、よくなじませる。
炎を産み出す不思議な石の上に鉄製のフライパンを置いて、持ち手を布で包む。料理人たちには皿の準備をさせる。
この料理の手際の良さに料理人たちとルーレンは驚きを隠せない様子。
(ま、貴族の令嬢が包丁を操り、そつなく料理を作り始めたらびっくりするわな)
外見はシオン。中身は中年。
だからどうしても、今のシオンと過去シオンでは齟齬が生まれてしまう。
こういった乖離を埋めるのは、正式に日記帳を読めるようになった後からになるだろう。
自分の出生を知れば、貴族らしからぬ知識やスキルは庶民時代の記憶かも。で、ある程度は誤魔化せる。
さすがに庶民時代のシオンを知る者は屋敷にいないだろうし。
また、庶民時代の知り合いに出会っても、記憶喪失で誤魔化せる。
自分で言うのもなんだが、まさに嘘で塗り固めた人生とはこのことだな。
それらはさておき、今は調理に集中してフライパンを見つめる。
(あともう一つ、香辛料の中から選びたいものがあるんだが、それを見つけるのに苦労するなぁ)
味は似ているが見た目は別物。目的の味を探すのは大変面倒。
俺はぶつぶつ呟きながら一つの乾燥した植物を選んだ。
「あとは清涼感と苦みをアクセントにつけたいのですが……ふむ、この乾燥したものが一番近いかしら?」
ここで料理長が声を差し入れる。
「あの、シオン様。今使われている香辛料の組み合わせならばこちらの方が良いかと」
「え?」
料理長から差し出されたのは香草。
それを受け取り、口に食む。
(もぐ……タイムっぽい味。これだ!)
俺は眉を大きく跳ねて料理長に礼を言う。
「これですわ! ありがとうですわ、料理長」
「いえ、大したことでは……」
「それにしても、今使われている香辛料に合う組み合わせをあっさり見抜いたようですが……もしかしたらすでに料理長は、これら新しい香辛料の組み合わせや味や特性を把握してるのでは?」
「それはまぁ、一応プロですから……」
「では、どうしてあのような妙なあじつ……ああ、お兄様の指示でしたわね」
料理長は言葉で答えを返さず、瞳をずらすことで返事をした。
彼はこれら香辛料の使い方を把握しているようだ。
だが、兄の指示であのようなよくわからん味の料理を産み出してしまった。
見栄っ張りで成金趣味がありそうなザディラはおそらくお高そうな香辛料をふんだんに使い料理を作れとでも指示したのだろう。
それこそが一番と信じて。
俺は肉の焼き加減に気をつけながら料理長に視線を飛ばす。
「なるほど、あなたはすでに香辛料の使い方を心得ているようで。ふふ、これはわたくしの出る幕などなかったようですわね」
「いえいえ、私どもも全てを把握しているわけではありませんから。まだまだ勘頼りでして」
「勘ですか……町の料理人たちもそういった感じでして?」
「だと思います。知り合いの料理人が扱いあぐねていると言っていましたから。ですが、それも少しの間かと。未知の香辛料で種類が多いとはいえ、我々もプロなのであと三月もすれば完璧に扱う自信はあります」
「そうですか……」
プロの料理人たちが扱いあぐねる未知の香辛料たち……しかし、ザディラはこう言っていた。
『おかげさまで香辛料の利益は右肩上がり。今では世界中の海に散らばる珍しい香辛料がこのダルホルンに集まり、皇国中に広がっていますよ!』
矛盾……料理人たちが扱いあぐねている商品の売り上げが右肩上がり? 皇国中に広がる?
俺は軽く口元を緩めて、このことを頭の片隅に置き、フライパンを操る。
その様子を見ていた料理長が話しかけてくる。
「見事な腕捌きですね。シオン様がお料理が得意だったということには驚きました」
「ふふ、ありがとうですわ。プロに褒められるのは面映ゆいですわね」
「いえいえ、本当にお見事ですよ。それにいつもとは違い堂々と――あ、申し訳ありません!」
彼は己の失言に気づき、すぐさま深々と頭を下げた。
どうやら俺の手際の良さと雰囲気から自身の態度を改めて、一定の敬意を払うものへと変えたようだ。
手のひら返し感は否めないが、まぁいい。
俺は出来上がった料理を皿に盛り付けていく。
時間がないので見栄えに時間は割けられないと思っていたが、料理長が付け合わせを用意してくれていた。
付け合わせは俺が肉を焼いている間に作ってくれたようだ。
それらのレシピもまたルーレンはメモに取っていた様子で、レシピを取り終えたメモを俺に渡してきた。
「シオンお嬢様、こちらでよろしいでしょうか?」
俺はメモを人差し指と親指で挟み受け取り、文字を見て、眉をピクリと動かす。
その動きにルーレンが敏感に反応する。
「ふむ?」
「あ、あの、何か間違いでもございましたか?」
「いえ、問題ありません。ただ、ずいぶんと丸っこい文字だと思いまして」
「読みにくいですよね、申し訳ございません」
「いえいえ、問題なく読めますわよ。可愛らしい文字、と思っただけですから」
そう答えを返されたルーレンははにかむ様子を見せた。
彼女の照れる顔を微笑ましく見つめ、次に料理人たちの盛り付けへ視線を送る。
その視線は、盛り付け作業を行う料理人たちの隙間を縫い、金属製のトレイの上に大量に置かれた小さい粒のような黒い果実で止まった。
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