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第一幕

第九話 温もりのない夕食

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――食堂


 とても広く、天井も高い。
 瞳の邪魔にならぬ程度に壁や天井には装飾がほどこされ、部屋の所々に花が飾られてある。
 光の力とやらを封じた魔石の光が天井より降り注ぎ、日が沈み始めた薄暗い食堂を明るく照らし出す。

 部屋の中央には縦長の机。上には純白のテーブルクロス。燭台。飾り気はあまりない。
 部屋に入るとすでに双子の弟妹ていまいは着席をしていた。
 
 ルーレンから席の場所を聞いて、双子の隣へ座る。
 俺が座った席は下座に当たる。こちらの世界に上座・下座の概念があるとすればだが……あるならば、シオンは双子よりも格が低いということ。


 ルーレンは俺の後方の壁際で控える。
 双子の後方にもメイドがいるところから、それぞれ専属のメイドがいるようだが……弟のアズールの後ろのいるメイドが少々妙だ。

 炎のように真っ赤な長い髪と太陽のようなオレンジ色の瞳を持つ十八歳くらいの女性。
 背は高めで見目は中々だが他のメイドと比べるとふてぶてしさを感じさせて、所作が粗暴で態度が悪い。
 一言で言い表せば、ヤンキーっぽい。
 
 ルーレンを含め、他のメイドはぴしりと立ち、静かに佇んでいるというのに、こいつだけは指で髪先をくるくる巻きながら気怠そうな態度を取っている。 
 誰も注意をしないが、こいつはなんだろうか?
  
 しかも、このヤンキーメイドから放たれる気配は只者じゃない。ルーレン同様、かなりの手練れと見られるが……本当に何者だ?
 

 謎のメイドに気を取られていると、瞳の端に人影が映る。
 次兄のザディラらしき背が高く痩せ型の男が食堂へやってきた。
 彼は俺と双子の弟妹ていまいと相対するように席に着く。

 後ろを刈り上げた緋色の髪。釣り目で茶色の瞳。
 容姿には母ダリアの面影がある。

 頼りなさげな体つきの割には態度が横柄で、胸を張り、異様なほど自信に溢れている。
 服装は黄金色のジュストコール(※貴族が着るロングコートようなもの)を纏い、やたらと装飾品を身に纏う。
 印象としては、貴族というよりかは成金。


 ただし、所作は貴族らしく、席に着くと流れるようにテーブルナプキンをほどき膝へ掛けた。
 そして、こちらへ顔を向ける。

「シオン、崖から落ちたそうだな」
「ええ」
「フン、愚妹ぐまいめがっ。鈍い女だ。お前のような女が誉れ高きゼルフォビラ家の血を引いていると思うと嘆かわしい」

 すでに異母兄弟であることは日記から知っているが、それを差し引いても崖から落ちた妹に対してこの言い様。
 母ダリアと言い、双子と言い、この家族はろくでもない。

(この調子だと親父さんもこんな感じで下らない人物なんだろうな。気が滅入るわ)

 
 と思っていると、くだんの父親がダリアを伴って現れた。
 父親は長机の頂点に座る。ダリアは双子の隣に……。
 席順から見て、伴侶と言えど父セルガと対等ではないと思われる。

 そして、そのセルガだが……。

(こ、こいつは驚いた。身分に胡坐をかいたクソ貴族だと思っていたが……他の連中とは格が違う!)

 
 男は短めながらも風に流れるような真っ黒な髪を持つ。
 瞳も同じく漆黒で、それは感情のたんを一切見せぬ隙のない切れ長の瞳。
 そこに内包されるは怜悧れいりと威風。

 年は四十七と聞いているがそうと感じさせぬ若々しい覇気を纏う。
 顔には細かな皺が刻まれているものの、そこにあるのは加齢から想像される弱弱しさでなく、年を重ねて得た経験という名の英知。

 そして、何者であろうと前に立つ者たちを屈服させる恐怖……。
 俺はこの感覚に覚えがあった。
(組織の重鎮方と同じ気配。まともな人間が得られる迫力じゃないぞ!)


 つまり、このセルガ=カース=ゼルフォビラという男は、嘆きと痛みと血に塗れた道を歩み、今ここにいる。
(くそ、舐めてた! こりゃ、俺なんかよりも遥かに格上だ。まさに支配者だな)

 支配者――そう評したとおり、彼はただ席に着いただけでこの場を支配した。
 双子の弟妹ていまいは緊張に身を固め、次兄ザディラは渇きを覚えた犬のように幾度も喉を鳴らす。
 伴侶であるはずのダリアまた顔をこわばらせて緊張を隠せない。

 後方に控えるメイドたちなどは唇と肌を震わせて、それが音として漏れ出ぬよう必死に耐えていた。

 緊張に彩られた食堂で、夕食が始まる。

 
 食事が始まり、各々の前に料理が配膳される。
 俺は周りへ視線を投げて、家族の食事マナーを注視する。
 仕事の関係上、こういった場に侵入することもあるためテーブルマナーは完璧だ。
 しかし、こちらの世界『アルガルノ』のマナーが地球と同じとは限らない。だから、ちらりと…………見た感じ、似たようなもののようだ。
 細かい違いがあってもそれは記憶喪失で押し通そう。
 

 皿とカトラリーが小さく音を奏でる食事。
 言葉なく粛々と進む食事風景は何かの儀式のよう。
 このまま無言で食事の時間が終えるのかと思いきや、家長である父セルガが双子の弟妹ていまいに勉学のことを尋ね始めた。

「二人とも、しっかり励んでいるのか?」

「はい、もちろんです! 今は数理論理学を学びつつ基礎を固めているところです。父上に認めてもらうためにこれからも精進します」
「私もお父様から認めてもらえるために励んでいます。今は法哲学や法社会学を――」

「ふふ、ライラは数学が苦手だからそっちに逃げたんだよね」
「むぅ、いちいちうるさいなアズールは!」
「まぁ、しょうがないよね。だってライラは僕よりも頭悪いし」
「そうやっていつもいつも私を見下して……ネバ……ノニ」

 俺はこのやり取りを耳にしながら食事を口に運ぶ。
(もぐもぐ、まだ11のくせに数理論理学? 頭が良いとは聞いていたがすでに大学レベルとはな。小学校もまともに出てない俺とはえらい違い。一応、組織で基本となる教育は受けてるけど)


 二人とも噂にたがわぬ天才のようだ。
 しかし、双子の会話から兄アズールの方が優秀だと見える。
 さらに、そのアズールは妹を見下した態度を取り、妹であるライラは悔しさに歯噛みを見せて不穏な雰囲気を纏う――俺の耳には届いた『シネバイイノニ』というか細い声を漏らしつつ、焦げた茶色の瞳に殺意を抱いて……。

 ルーレンと対峙したときは気の合う嫌味な双子かと思ったが、互いの仲は御世辞にも良いとは言えないようだ。


 セルガは二人に今後も励むようにと声を掛けて、次に次兄のザディラへ声を掛ける。
「調子はどうだ?」

 この短い問いに、ザディラは食事の手を止めて両手を広げる大仰な仕草を見せた。
「あはは、何の問題もありませんよ父上。このダルホルンは元より人と物が集まる港町でしたが、新たな香辛料の開拓と取引によって一層活性化しています。おかげさまで香辛料の利益は右肩上がり。今では世界中の海に散らばる珍しい香辛料がこのダルホルンに集まり、皇国中に広がっていますよ!」


 よほど景気が良いのだろう。
 その後もザディラは父へ事業の動向を自慢げに伝え続ける。
 セルガはそれを黙って聞いてる。
 この自慢大会がいつまで続くのだろうかと感じ始めたところで、アズールが彼の自慢に横槍を入れた。

「ザディラ兄さんは失敗を取り戻すのに躍起だもんね。単純な原野商法(※価値の無い土地を騙して売りつける悪徳商法 )に引っ掛かってリゾート開発するぞ~って言ってたけど、結局父上に泣きついて、プフフフ」
「――クッ! アズール、貴様はいつもいつも!」


 ザディラは茶色の瞳でアズールを睨みつけた。
 しかし、アズールは全くひるむことなく兄であるザディラを小馬鹿にした笑いを見せ続ける。
 それをライラがたしなめる。


「アズール、やめようよ。お兄様に失礼だよ」
「何を言ってるんだよ、ライラ。事実を口にしてはダメなの?」


 この声に妹のライラは眉をひそめた。
 いや、妹だけじゃない。なぜか、アズールの後ろに控える真っ赤な髪のメイドまでも眉をひそめ、やれやれといった感じで肩を落としている。
 妹はともかく、使用人がそんな態度を取っていいのか?
 かなり謎の人物だ。


 彼女のことは後でルーレンから聞くとして、ここまでの会話から兄弟間の関係を見通す。

 次兄ザディラは過去に商売でミスを犯し、その失敗を取り戻そうとして躍起になっている。
 現在は香辛料の貿易が好調で調子が良い。
 アズールに対しては良い感情を持ち合わせていない。

 双子の弟アズールは数字に強く……そして、傲慢。
 自分の優秀さを鼻にかけて妹のライラを馬鹿して、兄すらも見下している様子。

 双子の妹ライラはアズールよりも劣るがそれでも優秀と見える。
 兄ザディラに対しては兄としての配慮を示し、同じ双子のアズールに対しては殺意を向けるほどの瞳を見せる。

 俺は三人を瞳に映し、心の中でため息を漏らす。
(はぁ、仲の悪い兄弟だな。いや、兄弟ではなく競争相手だから、こういった関係になるのか?)

 相手はライバル。
 父セルガに認めてもらおうと兄弟間で競争を行っている。
 ザディラとアズールの関係からみて、家督争いに絡む男たちは特にその傾向がひどいようだ。

 食堂内に不穏な空気が張り詰める。
 しかし、それもセルガの一言で霧散する。
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