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第6話 欧州風味……からは程遠い

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――――外界から閉ざされし、高き山間やまあいにひっそり存在する集落『キワノ』


 くたびれた木造の家屋が建ち並ぶ集落。
 屋根には乾いた草っぽいのが乗っかってる。
 貧しいって感じじゃないけど、文化がかなり古い雰囲気。縄文とか弥生時代とか。
 集落とは聞いていたけど、ここまでとは……。

「寂しい……剣と魔法の世界なら欧州っぽい感じが定番なのに。山奥だから建ち並ぶレンガ造りの家は無いにしても、せめて、牧歌的な欧州風味をさぁ……。この雰囲気だと、今にもどこからかヒミコ様みたいのが出てきそうな感じなんだけど」

「ここは文明レベルの低い惑星のようだからね。だけど、見た目は地球人で言う欧州人っぽいよ」


 エイの言うとおり、見た目は地球人そっくりで顔立ちは西洋系で彫が深い。
 だけど、背はあまり高くなくて、髪と目の色は濃い緑の人がほとんど。
 瞳の色はともかく、髪色を染めないかぎり地球人じゃ見かけることのない毛の色。

 衣服の方は薄い茶色をした、簡素で裾口が荒い服装ばかり。地味。
 集落は狭いけど、家の数は所狭しと並び多い。エイの話だと人口は三百人ほど。


 みんなは集落内をせわしなく動き回って、家に飾り物をつけている。
 よく見ると、地味な格好の中で、女の人たちは化粧や翡翠でできた冠や腕輪などで着飾っていた。
 お祭りでもあるのかな?

 集落の人たちが私たちに気づき、こちらを見てきた。
 その中で、腰が折り曲がり、杖を突いた白髪しらがのおじいさんが近づいてくる。


「まさかの客人とは……死の谷を越えてきなさったのか? 集落を知る者以外では、かなりの難所であるのじゃが?」

 このおじいさんの声にエイが言葉を返す。とても紳士的な仮面を被って……。
「ええ、そうです。俺たちは民族の伝承を調べている冒険家で、いろんな場所を旅しているんですよ」
「おお~、これは驚いた。あの谷を越えられるとは。さぞや高名な冒険家であられるご様子で。ワシは集落のおさであるチェリモヤ。あなた方は?」

「俺はエイ」
「私は柚迩ユニ。エイと同じく冒険家だよ」

「見たところ荷物などもないようじゃが……そのような軽装でよくもまぁ、あの死の谷を……」
「あはは、実のところ、途中で荷物を谷に落としてしまい、困っているんですよ。というわけで、些少で構いませんから、補給を願いできないだろうか?」
「そうでしたか。それはさぞお困りでしょう。さほどのものは用意できませぬが、なんとか捻出して見ましょう」

「ご面倒をおかけします。少量の水と食料を戴ければ、すでに来た道ですので、帰りはなんとかなりますから」
「いやはや、お二人ともお若いのに大したものだ。それで、お二人はこのような山深い集落キワノに何用で?」
「キワノはあまり外との交流がないと聞いていたから、どのような文化なのかと興味をもってね。お邪魔なら、すぐにおいとまするけど」


 エイの言葉を受けて、おじいさんは私たちの手元と腰元にちらりと視線を振った。武器のたぐいを持ってないか確認したみたい。

「……いやいや、せっかくの御客人。邪魔なんてことはない。むしろ、あなた方にとっては、ちょうど良い機会だったかもしれませんな」
「というと?」

「実を言うと、今夜は数年ぶりの奉公の祀り。竜神様に感謝をお渡しする大切な日なのです」
「へ~、それはそれは、大変興味深いね。祭りは外の人間が交わっても大丈夫なのかな?」

「捧げの場は村人と言えど、立ち入りを禁止していますが、今夜行われる祭りにはぜひ参加してくださいな。よろしければ、キワノの伝承などをお伝えしましょう」
「それはありがたい、是非とも。良かったね、ユニ。お祭りだって……ユニ?」

 私は口元に人差し指の背を当てて呟く。
「捧げの場? なんだろう、すっごい嫌な予感……」
「ん、どうしたのユニ?」


 エイの問いに声を返さず、私はおじいさんが口にした不穏なワードについて尋ねた。
「あの~、捧げの場と聞こえたけど、そこでは何を捧げるの?」
「それはもちろん、竜神様に感謝を籠めて、村一番の宝物を捧げるのですよ。あちらに用意してあります」

 そう言って、おじいさんが右手を集落の奥に振る。そこには着飾った女性たち。
 その中心に、他の女性たちとは比べ物にならないくらい煌びやかな衣装と宝石の原石を纏った十八歳前後の少女がいた。

 彼女は屋根の無い神輿に載せられ、台座はあでやかな花々で埋め尽くされている。
 私はその少女を目にして、不安通りの展開に頭を抱えた。


「最悪じゃん……」
「おや、どうされた? ユニ殿」

「あのね、チェリモヤさん。勘違いだったら申し訳ないけど……その、捧げるというのは、生贄みたいな感じ?」
「ええ、ええ、そうですとも。あの子は竜神様のにえとなる幸運な子。村で一番健康で美しいナツメです」


「やっぱり! ってことは、あの人の命――っ!?」

 と、私が思わず大声を出そうとしたところで、すぐさまエイが私のローブを引っ張る。

 その意味をすぐに察して、私は声を止めた。
 私はエイに顔を向ける。彼は小さく首を横に振る。
 私はフンっと鼻息を漏らし奥歯を噛み締めることで、言葉をむりやり喉元で抑え込み、視線をナツメと呼ばれた少女へ動かす。
 
 彼女はみんなから祝福されて、とても幸せそうに笑っている。それは演技なんかじゃなくて、心の奥底からの笑顔。
 
(そういう価値観なんだ……)

 彼女……いや、この集落の人たちにとっては、竜神とやらににえを捧げることが当然であり、それに選ばれるのは最高の栄誉。
 だから、これから訪れる彼女の未来を凄惨だと思わないし、ナツメという人もまた幸福に心を満たしている。

 でも、それは間違ってる! やめなさい! と口にしたいけど、それを言っても聞き入れてもらえないだろうし……だけどなぁ。


 まったくもって納得がいかない私の心は、無意識に疑問をぼそりと漏らして、それをおじいさんが拾い上げた。
「なんで、生贄を?」
「雨が欲しいからじゃ」
「雨?」

「集落の奥に畑があるんじゃが、ここ数か月ほど雨がほとんど降らずに困っとるんじゃよ。この地域は元々雨が少なくての」
「だから竜神様ににえを? 捧げると雨が降るの?」

「そうじゃよ。数年に一度、こういった時期が来る。その時に竜神様に奉公すると雨をもたらしてくれるのじゃ」
「その竜神様は、竜の姿をしてる神様?」
「ああ、とても頑強なあぎとと太き尻尾を持っておる」

「はぁ、そうですか……」


 理由を聞いた私は生返事を返す。すると、エイが私の姿を隠すように前へ出て、おじいさんから続きの話を聞き始めた。

 彼が前に出たのは、私が思わずひそめてしまった眉をおじいさんに見られないようにしたため。
 エイに面倒を掛けたことを申し訳なく思いつつも、私はそっぽを向いてひそめた眉以上に心の中で悪態をつく。

(竜に乙女を捧げて雨が降る? うさんくさっ――うん?)

 家の物陰に誰かがいる。その人はこちらを窺うようにこっそり見ていた。
(なに?)
 
 私がそちらへ顔を向けると、誰かさんは奥へ引っ込んだ。
 遠くて暗がりだったので容姿はわからないけど、おそらく若い男性で村の人とは違い身なりが洗練されていて……腰には剣を差していた。
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