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後悔なんかじゃないっ
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――早朝
私はいつもより早めに起きて、二人分の朝食を用意した。
太陽が昇って間もないため、リーディはまだ眠っている。
先に朝食を済ませて、彼女の分には朝食と書いた紙を置き、埃が入らないように食卓傘を被せておいた。
次に、リーディが起きてこないように足音を忍ばせ、母さまの部屋と地下書庫へと向かう。
そのあとは、物置小屋と化した客間へ……。
台所に戻ってくると、いつの間にか起きてきたリーディがすでに朝食を食べ終えていた。
彼女は流し場で、私の分と自分の分の食器を洗っている。
戻ってくるのが遅れたため、申し訳ないことをしてしまったようだ。
「洗い物は私があとでしたのに」
「いいって、朝ごはんゴチになったんだからこれくらい」
洗い物を続けながら、首だけを動かしてチラリと私を見る。
「ふふ、そっか」
私の姿を見たリーディは、小さく笑みを漏らして、再び洗い物へ視線を戻した。
「ちゃんと洗っておくから、ミラは外で待っていて」
「もう、いくのか? 旅支度を終えたようには見えないが?」
「必要な物は空間の物入れに収めてるから手ぶらで旅できんの」
「そういえばそうだったな。空間の使い手の魔女として、相当格が上がったということか」
「お母さんと比べると、まだまだだけどね~」
彼女は右手をひらりと振って、先に行ってろと合図を送る。
私は彼女に従い、玄関前の広場へと向かった。
しばらくして、リーディが家から出てきた。
彼女は私を見て、笑顔を見せたかと思ったら、すぐに真剣な表情を見せる。
「じゃあ、旅に出るけど……本当にいいの?」
「ああ、構わない」
彼女と同様に真剣な眼差しを返しながら、短く意思を伝えた。
私の装いは、かつて旅をしていた頃の新緑色の丈夫な麻のロングコート。
足元には必要最低限の荷物をまとめたリュック。その中には、父さまから頂いた本も混じっている。
そして、右手には、母さまが愛用していた杖が収まっていた。
リーディは瞳の中に私を丸々と映し込み、手短に尋ねる。
「外へ出る覚悟はいい?」
「さぁ、どうだろうな。正直、不安と恐怖でいっぱいだ……でも、このままずっと森に居続けることは、後悔の中に居続けるのと同じだと思っている。それに、」
「それに、何?」
言葉を途中で切り、それを口に出そうか戸惑ってしまう。続く言葉は少々恥ずかしさが宿るものだから。
しかし、私の葛藤など知ったことではないリーディは、手拍子を交えながら煽り催促してくる。
「ねぇねぇ、なによ? 半端に止められると気になっちゃうじゃん。言っちゃえよぅ、ヘイヘイ」
「チッ、鬱陶しい奴めっ」
「そんなひどい、これから旅をする仲間だよ。私たちの間に、秘密なんて……」
声色をわざとらしく湿っぽく変え、胸の前で両手を合わさるように握り締めて目を潤ませる姿は鬱陶しいこと極まりない。
「はぁ~、まったく……仕方ない。ふぅ~、想い出をな」
「想い出?」
「ああ、ユタカの想い出を、悲しく冷めたままで放置したくないんだ。彼と過ごした日々は暖かいものだった。空虚な心を埋めてくれた想い出こそ、私の知る、ユタカとの想い出」
そう、ユタカと過ごしてきた日々は、誰も宿主のいない部屋ではない。温もりのないベッドのシーツとは違う。
空白で枯れ果てていた私の心に、寄り添ってくれた。
冷え切った心に、温もりを教えてくれた。
とても暖かな日常。
これこそが、私とユタカの想い出。
「私は証明したいのだ。ユタカとの出会いは後悔でないっ。私に新しい一歩を踏み出すきっかけを与えてくれた、希望なんだと!」
もっと、心落ち着けて言葉を出すつもりだった。しかし、気がつくと言葉に熱が入り、拳を強く握り締めている。
リーディはそんな私の姿を、少し怒ったような顔で見ていた。
「なんだ? どうした、リーディ?」
「私、ゆたかが嫌いかも」
「ん、どうしてそうなる?」
「だって、見栄っ張りの意地っ張りで素直さの欠片も無いミラを、こんなに変えてしまったんだもん」
「おい、言い過ぎだろっ。だいたい、そんな理由で何でユタカが嫌いになるんだ?」
「だってさぁ……むぅ~」
両手を腰に当て、ふくれっ面をみせながら言葉を続ける。
「くやしいじゃん。たったひと月程度の付き合いで、ミラを変えちゃうなんて」
ムスッとした表情を隠しもしないリーディの姿に、私の頬は緩む。
(ふふ、全く、私と対照的で自分に素直なんだから)
「ああ! 私を見てニヤついた。さては、バカしているなっ」
「フフフ、別に馬鹿になんかしてないぞ」
「あ~、また笑った。この~……くっ、やはり女を動かすには男か? 男じゃないと駄目なのか?」
「なんで、そんな話になるんだ?」
「うわ、つまらない反応」
「悪かったな、つまらなくて」
「全くだよ。で、つまらないついでに……これからの旅についてのつまらない話をするね」
いきなり口調が真面目なものになり、重々しい表情と変わる。
旅の間で会得したのであろうこの独特のメリハリには、昔の彼女しか知らぬ私にとって対応に戸惑うところがあった。
「な、なんだ、急に?」
リーディは一呼吸おいて、私の目を真っ直ぐと見ながら話しを始める。
私はいつもより早めに起きて、二人分の朝食を用意した。
太陽が昇って間もないため、リーディはまだ眠っている。
先に朝食を済ませて、彼女の分には朝食と書いた紙を置き、埃が入らないように食卓傘を被せておいた。
次に、リーディが起きてこないように足音を忍ばせ、母さまの部屋と地下書庫へと向かう。
そのあとは、物置小屋と化した客間へ……。
台所に戻ってくると、いつの間にか起きてきたリーディがすでに朝食を食べ終えていた。
彼女は流し場で、私の分と自分の分の食器を洗っている。
戻ってくるのが遅れたため、申し訳ないことをしてしまったようだ。
「洗い物は私があとでしたのに」
「いいって、朝ごはんゴチになったんだからこれくらい」
洗い物を続けながら、首だけを動かしてチラリと私を見る。
「ふふ、そっか」
私の姿を見たリーディは、小さく笑みを漏らして、再び洗い物へ視線を戻した。
「ちゃんと洗っておくから、ミラは外で待っていて」
「もう、いくのか? 旅支度を終えたようには見えないが?」
「必要な物は空間の物入れに収めてるから手ぶらで旅できんの」
「そういえばそうだったな。空間の使い手の魔女として、相当格が上がったということか」
「お母さんと比べると、まだまだだけどね~」
彼女は右手をひらりと振って、先に行ってろと合図を送る。
私は彼女に従い、玄関前の広場へと向かった。
しばらくして、リーディが家から出てきた。
彼女は私を見て、笑顔を見せたかと思ったら、すぐに真剣な表情を見せる。
「じゃあ、旅に出るけど……本当にいいの?」
「ああ、構わない」
彼女と同様に真剣な眼差しを返しながら、短く意思を伝えた。
私の装いは、かつて旅をしていた頃の新緑色の丈夫な麻のロングコート。
足元には必要最低限の荷物をまとめたリュック。その中には、父さまから頂いた本も混じっている。
そして、右手には、母さまが愛用していた杖が収まっていた。
リーディは瞳の中に私を丸々と映し込み、手短に尋ねる。
「外へ出る覚悟はいい?」
「さぁ、どうだろうな。正直、不安と恐怖でいっぱいだ……でも、このままずっと森に居続けることは、後悔の中に居続けるのと同じだと思っている。それに、」
「それに、何?」
言葉を途中で切り、それを口に出そうか戸惑ってしまう。続く言葉は少々恥ずかしさが宿るものだから。
しかし、私の葛藤など知ったことではないリーディは、手拍子を交えながら煽り催促してくる。
「ねぇねぇ、なによ? 半端に止められると気になっちゃうじゃん。言っちゃえよぅ、ヘイヘイ」
「チッ、鬱陶しい奴めっ」
「そんなひどい、これから旅をする仲間だよ。私たちの間に、秘密なんて……」
声色をわざとらしく湿っぽく変え、胸の前で両手を合わさるように握り締めて目を潤ませる姿は鬱陶しいこと極まりない。
「はぁ~、まったく……仕方ない。ふぅ~、想い出をな」
「想い出?」
「ああ、ユタカの想い出を、悲しく冷めたままで放置したくないんだ。彼と過ごした日々は暖かいものだった。空虚な心を埋めてくれた想い出こそ、私の知る、ユタカとの想い出」
そう、ユタカと過ごしてきた日々は、誰も宿主のいない部屋ではない。温もりのないベッドのシーツとは違う。
空白で枯れ果てていた私の心に、寄り添ってくれた。
冷え切った心に、温もりを教えてくれた。
とても暖かな日常。
これこそが、私とユタカの想い出。
「私は証明したいのだ。ユタカとの出会いは後悔でないっ。私に新しい一歩を踏み出すきっかけを与えてくれた、希望なんだと!」
もっと、心落ち着けて言葉を出すつもりだった。しかし、気がつくと言葉に熱が入り、拳を強く握り締めている。
リーディはそんな私の姿を、少し怒ったような顔で見ていた。
「なんだ? どうした、リーディ?」
「私、ゆたかが嫌いかも」
「ん、どうしてそうなる?」
「だって、見栄っ張りの意地っ張りで素直さの欠片も無いミラを、こんなに変えてしまったんだもん」
「おい、言い過ぎだろっ。だいたい、そんな理由で何でユタカが嫌いになるんだ?」
「だってさぁ……むぅ~」
両手を腰に当て、ふくれっ面をみせながら言葉を続ける。
「くやしいじゃん。たったひと月程度の付き合いで、ミラを変えちゃうなんて」
ムスッとした表情を隠しもしないリーディの姿に、私の頬は緩む。
(ふふ、全く、私と対照的で自分に素直なんだから)
「ああ! 私を見てニヤついた。さては、バカしているなっ」
「フフフ、別に馬鹿になんかしてないぞ」
「あ~、また笑った。この~……くっ、やはり女を動かすには男か? 男じゃないと駄目なのか?」
「なんで、そんな話になるんだ?」
「うわ、つまらない反応」
「悪かったな、つまらなくて」
「全くだよ。で、つまらないついでに……これからの旅についてのつまらない話をするね」
いきなり口調が真面目なものになり、重々しい表情と変わる。
旅の間で会得したのであろうこの独特のメリハリには、昔の彼女しか知らぬ私にとって対応に戸惑うところがあった。
「な、なんだ、急に?」
リーディは一呼吸おいて、私の目を真っ直ぐと見ながら話しを始める。
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