33 / 39
別れの朝
しおりを挟む
――次の日の早朝
私たちは、彼が最初に訪れたと思われる場所に立っていた。
リーディの話によると、帰還のための儀式に場所は選ばないがなるべくなら現れた場所か、そこから近い場所の方が負担が少ないそうだ。
私から少し離れた場所で、リーディーがユタカに何かの説明をしている。言語はユタカのものなので、何を話しているかはわからない。
ユタカは貸していた父さまの服を着ておらず、最初に訪れた時の格好をしてリーディの話に聞き入っていた。
私は目を擦りながら、二人の話が終わるのを待つ。
昨晩、部屋を奪われた私は地下書庫に籠ったものの、様々な感情に翻弄されて本などまともに読めなかった。
もちろん、寝ることもできず、目にクマを作っただけ。
寝ぼけ眼に映るリーディとユタカは、互いに頭をぺこぺこと下げ合っている。
何をしているんだろうか?
話が終えたようで、リーディが私のそばにやってきた。
「お待たせ」
「何、頭を下げ合ってたんだ?」
「いや、彼が面倒掛けてすみませんと世話になりますを兼ねた礼の頭を下げて、私がそんなことないよ的な頭を下げると、また彼が、いえいえそんなのループ」
「なんだ、それは?」
「向こうの文化らしい。何かにつけて頭を下げんの。だから私は彼に合わせてあげたわけ」
「はぁ、変わった文化だな。でも、言われてみれば、ユタカは礼のたびに頭を下げてたな」
「そんな話より、帰る準備終わったよ。どうする?」
「どうするって、何をだ?」
「別れの言葉。ギューッと抱きしめて、ムチューッてしちゃうのもありだよ」
リーディは自身の身体を両腕で抱きしめながら、むーっと唇を尖らせる。
その、あまりにも馬鹿馬鹿しい姿に言い返す気力も湧かない。
「はぁ~……別れを言ってくる」
「通訳いる?」
「必要ないっ」
間髪入れずに言葉を返す。
親切で申し出たのはわかっている。
でも、受け取るのは悔しくて辛い。
リーディは「そっ」っと短く返事をして、それ以上何も言わなかった。
私はリーディから離れ、ユタカのそばに近づく。
そして、彼の目を見つめながら、別れの言葉を口にする。
「短い間だったけど、楽しかった」
「うん、ワタシも」
「話したいことは色々とある。でも、長引けば互いに名残惜しくなるだろう。だから……そうだな、向こうでも元気で」
「え、あ……うん、ミラもゲンキデ」
私はユタカから視線を外し、すぐに後ろを振り向いた。
そして、リーディのいる場所へと戻っていく。
そんな素っ気ない態度を取る私へ、ユタカが暖かな言葉を届ける。
「ミラ、ありがとう」
「っ……いや、こちらこそ」
…………ああ、なんという優しい声の響きだろうか。
その声も、もうじき聴くことができなくなる。
心が揺さぶられる。今すぐにも向き直り、ユタカを抱きしめたい。離れたくない。
彼がくれた楽しい団欒。少年ではなく、一人の男性としての逞しさ。
私を見つめ微笑んでくれる、あの笑顔。優し気な眼差しを送ってくれる、暖かな瞳。
私は彼の全てが愛おしい。
しかし、私は溢れ出しそうな想いを必死に抑え込み、振り返ることなく歩いていった。
リーディのそばへ戻ると、彼女は入れ替わるようにユタカの方へ向かう。
だが、その途中で彼女は足を止めた。
「いいの、本当に?」
「いいさ、長引けば辛くなる。そもそも、見た目はともかく私の方が遥かに年上だしな。ユタカが別れを惜しまぬように振る舞うのが、大人というものだろ」
「馬鹿なこと、言わないで……」
決して強くはない語気。しかし、怒りの籠る言葉。
「リーディ?」
「自分の感情を偽ることが大人なわけないじゃん。この馬鹿……最後まで、本当に……本当に大馬鹿なんだから……」
怒りから始まった言葉。
だけど、最後は消え入りそうな儚い言葉を残して、リーディは私から離れていった。
彼女はユタカの傍に立ち、数度、会話のやり取りを行う。それが終えると、ユタカは話していた場所から少し後ろへと下がった。
彼の位置を確認したリーディは、柔らかく両手を広げる。
薄く輝く白い光が彼女を包む。
彼女の前にゆらりと、細い芯のような光が現れた。光は時待たずして、細い芯から太い幹へと広がり、地面から空へと膨大な魔力を噴出し始める。
光の幹は力強さを増していき、神々しい煌めきを放つ、天上にまで聳え立つ光の柱へと変化していった。
地面から遥か高みへと繋がる柱に、胎動を繰り返す光のカーテンが幾重にも覆い被さり、それはフォン、フォンと聞き慣れぬ音を鳴らし続けている。
「ふぅ、よっしゃ安定した。う~ん、いつやってもきっつ~い」
異界へと通じる道を繋げ終え、リーディは背伸びをしながら文句を垂れている。
他の世界に道を繋げるということは、大変なことだと思っていた。だが、軽い屈伸運動を続けるリーディの姿から、彼女にとってさほどのことでもないように見える。
グッと大きく背伸びの終えたリーディは、光の柱を背にして、私を真っ直ぐと見つめてきた。
私は心を射抜いてくる瞳から慌てて目を背け、気づかぬ振りをする。
リーディは眉を少し顰めたが、首を振るようにユタカの方を向いて何やら話しかけ始めた。
「さてと、ゆたか。⇔∴@♯〆▼♪、♪†⇔▽θ◇*〇≡●∇……〓〇∥、★▼θ、『ミラ』♭∥★▼♪♭〓〇〇≡●◆☆? ▽θ、〓仝℃▽♭〓…………◎‡*、шИÅ▲℃▽☆■」
(ん? リーディめ、何か余計なことを……)
彼女が何を話しているのかはまるでわからない。
だが、途中に私の名が混じっているのはわかった。
ユタカに話しかけている彼女の声は、どこか寂しげなもの。
暗く落ちた声に、私の名が混じっていることに不安を覚える。
ユタカはリーディの言葉を受けて、こくりと頷き微笑んだかと思うと、鞄から何かを取り出した。
彼が手に取ったのは、一冊のノートと一枚の紙切れ。
彼はそれをリーディに手渡す。
受け取った彼女は少しだけ顔を顰めつつ、ノートと紙切れを持つ手を見て、首を傾けた。
ユタカがノートを見ながらリーディに声をかける。
「*☆■♭{▼♪♭}〓仝」
「{▼♪♭}?」
リーディは、ユタカが発した同じ言葉を返した。
そして、二人は数十秒ほど何かを話し込んでいる。
彼女は話の途中でノートを捲り、ユタカに向かって眉間に皺を寄せた。ユタカは頭を下げている。
リーディは不承不承といった感じで頷き、暗い顔を見せる。
ユタカはリーディに向かい軽く会釈を済ませ、私の方を向いて深々と頭を下げた。
彼が頭を上げたところで、私は無理やりにでも笑顔浮かべて手を振る。
ユタカは最後に小さく手を振り応え、柱の中へと入っていった。
ユタカが柱の中に入るとすぐに、光の球が彼を包む。
光に包まれたユタカは天を貫く矢のように、あっという間に天上へ向かう。
遥か先の空で光が瞬き弾けると、地面から伸びていた光の柱は跡形もなく消え去ってしまった。
光の柱があった場所には、ユタカがいた痕跡など微塵もない……。
私たちは、彼が最初に訪れたと思われる場所に立っていた。
リーディの話によると、帰還のための儀式に場所は選ばないがなるべくなら現れた場所か、そこから近い場所の方が負担が少ないそうだ。
私から少し離れた場所で、リーディーがユタカに何かの説明をしている。言語はユタカのものなので、何を話しているかはわからない。
ユタカは貸していた父さまの服を着ておらず、最初に訪れた時の格好をしてリーディの話に聞き入っていた。
私は目を擦りながら、二人の話が終わるのを待つ。
昨晩、部屋を奪われた私は地下書庫に籠ったものの、様々な感情に翻弄されて本などまともに読めなかった。
もちろん、寝ることもできず、目にクマを作っただけ。
寝ぼけ眼に映るリーディとユタカは、互いに頭をぺこぺこと下げ合っている。
何をしているんだろうか?
話が終えたようで、リーディが私のそばにやってきた。
「お待たせ」
「何、頭を下げ合ってたんだ?」
「いや、彼が面倒掛けてすみませんと世話になりますを兼ねた礼の頭を下げて、私がそんなことないよ的な頭を下げると、また彼が、いえいえそんなのループ」
「なんだ、それは?」
「向こうの文化らしい。何かにつけて頭を下げんの。だから私は彼に合わせてあげたわけ」
「はぁ、変わった文化だな。でも、言われてみれば、ユタカは礼のたびに頭を下げてたな」
「そんな話より、帰る準備終わったよ。どうする?」
「どうするって、何をだ?」
「別れの言葉。ギューッと抱きしめて、ムチューッてしちゃうのもありだよ」
リーディは自身の身体を両腕で抱きしめながら、むーっと唇を尖らせる。
その、あまりにも馬鹿馬鹿しい姿に言い返す気力も湧かない。
「はぁ~……別れを言ってくる」
「通訳いる?」
「必要ないっ」
間髪入れずに言葉を返す。
親切で申し出たのはわかっている。
でも、受け取るのは悔しくて辛い。
リーディは「そっ」っと短く返事をして、それ以上何も言わなかった。
私はリーディから離れ、ユタカのそばに近づく。
そして、彼の目を見つめながら、別れの言葉を口にする。
「短い間だったけど、楽しかった」
「うん、ワタシも」
「話したいことは色々とある。でも、長引けば互いに名残惜しくなるだろう。だから……そうだな、向こうでも元気で」
「え、あ……うん、ミラもゲンキデ」
私はユタカから視線を外し、すぐに後ろを振り向いた。
そして、リーディのいる場所へと戻っていく。
そんな素っ気ない態度を取る私へ、ユタカが暖かな言葉を届ける。
「ミラ、ありがとう」
「っ……いや、こちらこそ」
…………ああ、なんという優しい声の響きだろうか。
その声も、もうじき聴くことができなくなる。
心が揺さぶられる。今すぐにも向き直り、ユタカを抱きしめたい。離れたくない。
彼がくれた楽しい団欒。少年ではなく、一人の男性としての逞しさ。
私を見つめ微笑んでくれる、あの笑顔。優し気な眼差しを送ってくれる、暖かな瞳。
私は彼の全てが愛おしい。
しかし、私は溢れ出しそうな想いを必死に抑え込み、振り返ることなく歩いていった。
リーディのそばへ戻ると、彼女は入れ替わるようにユタカの方へ向かう。
だが、その途中で彼女は足を止めた。
「いいの、本当に?」
「いいさ、長引けば辛くなる。そもそも、見た目はともかく私の方が遥かに年上だしな。ユタカが別れを惜しまぬように振る舞うのが、大人というものだろ」
「馬鹿なこと、言わないで……」
決して強くはない語気。しかし、怒りの籠る言葉。
「リーディ?」
「自分の感情を偽ることが大人なわけないじゃん。この馬鹿……最後まで、本当に……本当に大馬鹿なんだから……」
怒りから始まった言葉。
だけど、最後は消え入りそうな儚い言葉を残して、リーディは私から離れていった。
彼女はユタカの傍に立ち、数度、会話のやり取りを行う。それが終えると、ユタカは話していた場所から少し後ろへと下がった。
彼の位置を確認したリーディは、柔らかく両手を広げる。
薄く輝く白い光が彼女を包む。
彼女の前にゆらりと、細い芯のような光が現れた。光は時待たずして、細い芯から太い幹へと広がり、地面から空へと膨大な魔力を噴出し始める。
光の幹は力強さを増していき、神々しい煌めきを放つ、天上にまで聳え立つ光の柱へと変化していった。
地面から遥か高みへと繋がる柱に、胎動を繰り返す光のカーテンが幾重にも覆い被さり、それはフォン、フォンと聞き慣れぬ音を鳴らし続けている。
「ふぅ、よっしゃ安定した。う~ん、いつやってもきっつ~い」
異界へと通じる道を繋げ終え、リーディは背伸びをしながら文句を垂れている。
他の世界に道を繋げるということは、大変なことだと思っていた。だが、軽い屈伸運動を続けるリーディの姿から、彼女にとってさほどのことでもないように見える。
グッと大きく背伸びの終えたリーディは、光の柱を背にして、私を真っ直ぐと見つめてきた。
私は心を射抜いてくる瞳から慌てて目を背け、気づかぬ振りをする。
リーディは眉を少し顰めたが、首を振るようにユタカの方を向いて何やら話しかけ始めた。
「さてと、ゆたか。⇔∴@♯〆▼♪、♪†⇔▽θ◇*〇≡●∇……〓〇∥、★▼θ、『ミラ』♭∥★▼♪♭〓〇〇≡●◆☆? ▽θ、〓仝℃▽♭〓…………◎‡*、шИÅ▲℃▽☆■」
(ん? リーディめ、何か余計なことを……)
彼女が何を話しているのかはまるでわからない。
だが、途中に私の名が混じっているのはわかった。
ユタカに話しかけている彼女の声は、どこか寂しげなもの。
暗く落ちた声に、私の名が混じっていることに不安を覚える。
ユタカはリーディの言葉を受けて、こくりと頷き微笑んだかと思うと、鞄から何かを取り出した。
彼が手に取ったのは、一冊のノートと一枚の紙切れ。
彼はそれをリーディに手渡す。
受け取った彼女は少しだけ顔を顰めつつ、ノートと紙切れを持つ手を見て、首を傾けた。
ユタカがノートを見ながらリーディに声をかける。
「*☆■♭{▼♪♭}〓仝」
「{▼♪♭}?」
リーディは、ユタカが発した同じ言葉を返した。
そして、二人は数十秒ほど何かを話し込んでいる。
彼女は話の途中でノートを捲り、ユタカに向かって眉間に皺を寄せた。ユタカは頭を下げている。
リーディは不承不承といった感じで頷き、暗い顔を見せる。
ユタカはリーディに向かい軽く会釈を済ませ、私の方を向いて深々と頭を下げた。
彼が頭を上げたところで、私は無理やりにでも笑顔浮かべて手を振る。
ユタカは最後に小さく手を振り応え、柱の中へと入っていった。
ユタカが柱の中に入るとすぐに、光の球が彼を包む。
光に包まれたユタカは天を貫く矢のように、あっという間に天上へ向かう。
遥か先の空で光が瞬き弾けると、地面から伸びていた光の柱は跡形もなく消え去ってしまった。
光の柱があった場所には、ユタカがいた痕跡など微塵もない……。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
7
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる