30 / 39
幼い嫉妬
しおりを挟む
「ま、そんなわけで、帰ってほしいんだけど、嫌がる人もいるんだよね。家族ができちゃったり、めんどくさい肩書がついちゃった人や、約束事にがんじがらめになったりしてる人。中には自分の世界を捨てたい人もいるし、って……あの、大丈夫?」
「え、ああ、大丈夫だ」
「ほんとに?」
「本当だ。そんなことよりも、今からユタカに先程の話するのだろ? しかし、ここひと月で片言のやり取りはできるようになったが、複雑な会話はまだ難しいぞ」
「あ、会話のことなら大丈夫。ホイッと」
リーディが真横に左手を向けて手のひらを広げると、空中に丸い穴が現れた。
「なんだ、その穴は?」
「荷物入れ」
「は?」
「別の空間と繋げて、ここに色んな荷物を入れてんの。おかげで旅は楽だよ」
「ああ、だからそんな軽装を」
以前のリーディにはこのような能力はなかった。
魔女として格を上げたと言ってたのは本当のようだ。
「しかし、荷物入れを出してもユタカと会話はできまい?」
「これはただの荷物入れじゃない。もちろんただの荷物入れもあるけど、いま出したこの穴は、知識の荷物入れ」
「ん?」
「えっと、なんて説明しよう。書庫みたいなものかな? 必要に応じて欲しい知識を本棚から取り出す感じ。んで、取りだした知識を一時的に脳に降ろすって感じかな?」
「ん、んん? つまり、空間の荷物入れには膨大な知識が入っており、お前は自由に知識を頭の中に詰め放題できると?」
「いやいやいや、脳には限界あるから、全部詰めたら狂っちゃうよ。あくまでも一時的に脳に保管。不要になったら荷物入れに戻すよ」
「それでも十分に凄いだろっ。実質、あらゆる知識を使いこなせるということでは?」
「そこまで便利じゃないけどね~」
へらへらと笑いながら、言葉軽く返事をする。
だが私は、彼女の軽い雰囲気とは対照的に驚愕の一言であった。
リーディはこの五十年の間に、遥か高みの魔女へと駆け上がったようだ。
「凄いな……ここまでの魔導を修めるとは」
「やだな~、褒めても何にも出ないよ。もっとも、この術の元ネタは異界人の知識だし。あの人たちって、思想や発想や技術がすっごい進んでいるから。すっごく参考になるよ」
「そうなのか……」
たしかに、ユタカも精巧な絵を映し出すガラス板を操っていた。仕組みはわからないが、高度な技術であることは見て取れた。
「外では、いろいろ変化が起きているようだな」
「まぁね、ホント色々……」
能天気に明るく振る舞っていた彼女の表情が、みるみるうちに曇り、声が暗く落ちていく。
「リーディ、どうした?」
「いえ、あんたに話すようなことじゃないし。それよりも、今からゆたかちゃんに説明するけど……覚悟は大丈夫?」
「何の、覚悟だ? さっさと説明すればいい。そんなことよりも、ちゃん付けはやめろ」
「おーこわ、嫉妬はやだね~。そして、意地っ張りも……」
「何か言ったか?」
「べ~つに。じゃ、ゆたちんに会いに行ってくるね」
「だから、妙な呼び方はやめろと」
「はいはい、わかったって」
私の注意など全く気にする様子も見せず、リーディは軽い足取りで玄関へ向かっていった。
「ゆーたかくん、遊びましょ!」
玄関前で、子供じみた掛け声を上げるリーディ。
その呼び声に反応して、ユタカが玄関を開けて外へ出てきた。
「ヘイ、私はリーディ。よろしくねっ」
「エ、ハイ、どうも。ユタカです」
「ふむふむ」
リーディの軽い態度に戸惑うユタカ。しかし、リーディはそんなものお構いなしに、ユタカをじろじろと観察し始めた。
「ふ~む、見た感じ。ケンタウルスか、ヤミニもしくは地球か。とりあえず、挨拶してみよっかな。はい、ゆたか」
「な、ナンでしょ?」
「ガルベルスフィーナ……トルシュヌ……ハロー」
リーディはユタカに向かい、次々と私には聞き慣れぬ言葉をかけていく。
だがユタカは、最後の言葉に反応を示した。
「え? ハロー? ハローッテイッタ?」
「ハローに反応したね。じゃ、地球人か。でも、イントネーションから英語圏じゃなさそう。見た目からアジア人、日本人かな? *☆■♭〓〇?」
「*☆■♭〓〇∥? *☆■♭〓〇∥!? ハイ、ソウです! ハイ!!」
「待って、慌てない慌てない。んじゃ、日本語の知識をっと」
リーディは左手を広げて、知識の荷物入れを開いた。
ユタカは空中にぽっかりと現れた穴を見て、目をぱちくりさせている。
私はそんな彼の姿を目にして、慌ててリーディに穴を消すように手を振り伝えようとした。
(ちょっと、ユタカは魔法の存在を知らないのにっ! リーディ、消して。穴消せっ)
私の動きに気づいたリーディは少し首を捻ったかと思うと、微笑みながら手を振り返してくる。
(ちがーう、バカ!)
そうこうしているうちリーディは知識を脳に降ろしたようで、ユタカに向かい話し始めた。
「★▼、〓〇≡●◆☆? *■∥★▼θ▽θ◇」
「〓〓!? ♪♭∥†⇔∴@! θ◇*☆■♪♭」
聞き慣れた言語で話しかけられたユタカは、目を見開きつつも言葉を返す。
会話を繰り返すたびに、ユタカは驚きの表情を緩やかなものへと変えて、時折笑顔見せるようになっていた。
二人は、私が理解できぬ言語を使い、会話を弾ませる。
親しげに会話を重ねる二人を見ていると、言いようのない感情が心を駆け巡る。
私がユタカと交流できるまで、どれだけの時間を要したのか……だがリーディは、私たちが積み重ねたものをあっさり超えてしまった。
そして、楽しげに会話をしている。
私とは片言で必要なやり取りしかできなかったのに、リーディとは意思の疎通がはっきりととれている。
(なんだろう、この気持ち?)
胸の奥がズキリ痛む。
嫉妬だろうか……いや、たぶんそうじゃない。これはもっと、幼い気持ち。この切なく寂しい思いは、嫉妬なんて大人びたものではない。
一番親しい友だと思ってた人が、他の誰かと親しげに話している。
それを見たときの、寂しさに似た感情。
(情けない。子どもか、私は……)
自分にある子どもの部分を否定するため、首を左右に振る。
そして私は、二人の会話が終わるまで輪に入ることなく、離れた場所から、ただ見つめ続けていた。
「え、ああ、大丈夫だ」
「ほんとに?」
「本当だ。そんなことよりも、今からユタカに先程の話するのだろ? しかし、ここひと月で片言のやり取りはできるようになったが、複雑な会話はまだ難しいぞ」
「あ、会話のことなら大丈夫。ホイッと」
リーディが真横に左手を向けて手のひらを広げると、空中に丸い穴が現れた。
「なんだ、その穴は?」
「荷物入れ」
「は?」
「別の空間と繋げて、ここに色んな荷物を入れてんの。おかげで旅は楽だよ」
「ああ、だからそんな軽装を」
以前のリーディにはこのような能力はなかった。
魔女として格を上げたと言ってたのは本当のようだ。
「しかし、荷物入れを出してもユタカと会話はできまい?」
「これはただの荷物入れじゃない。もちろんただの荷物入れもあるけど、いま出したこの穴は、知識の荷物入れ」
「ん?」
「えっと、なんて説明しよう。書庫みたいなものかな? 必要に応じて欲しい知識を本棚から取り出す感じ。んで、取りだした知識を一時的に脳に降ろすって感じかな?」
「ん、んん? つまり、空間の荷物入れには膨大な知識が入っており、お前は自由に知識を頭の中に詰め放題できると?」
「いやいやいや、脳には限界あるから、全部詰めたら狂っちゃうよ。あくまでも一時的に脳に保管。不要になったら荷物入れに戻すよ」
「それでも十分に凄いだろっ。実質、あらゆる知識を使いこなせるということでは?」
「そこまで便利じゃないけどね~」
へらへらと笑いながら、言葉軽く返事をする。
だが私は、彼女の軽い雰囲気とは対照的に驚愕の一言であった。
リーディはこの五十年の間に、遥か高みの魔女へと駆け上がったようだ。
「凄いな……ここまでの魔導を修めるとは」
「やだな~、褒めても何にも出ないよ。もっとも、この術の元ネタは異界人の知識だし。あの人たちって、思想や発想や技術がすっごい進んでいるから。すっごく参考になるよ」
「そうなのか……」
たしかに、ユタカも精巧な絵を映し出すガラス板を操っていた。仕組みはわからないが、高度な技術であることは見て取れた。
「外では、いろいろ変化が起きているようだな」
「まぁね、ホント色々……」
能天気に明るく振る舞っていた彼女の表情が、みるみるうちに曇り、声が暗く落ちていく。
「リーディ、どうした?」
「いえ、あんたに話すようなことじゃないし。それよりも、今からゆたかちゃんに説明するけど……覚悟は大丈夫?」
「何の、覚悟だ? さっさと説明すればいい。そんなことよりも、ちゃん付けはやめろ」
「おーこわ、嫉妬はやだね~。そして、意地っ張りも……」
「何か言ったか?」
「べ~つに。じゃ、ゆたちんに会いに行ってくるね」
「だから、妙な呼び方はやめろと」
「はいはい、わかったって」
私の注意など全く気にする様子も見せず、リーディは軽い足取りで玄関へ向かっていった。
「ゆーたかくん、遊びましょ!」
玄関前で、子供じみた掛け声を上げるリーディ。
その呼び声に反応して、ユタカが玄関を開けて外へ出てきた。
「ヘイ、私はリーディ。よろしくねっ」
「エ、ハイ、どうも。ユタカです」
「ふむふむ」
リーディの軽い態度に戸惑うユタカ。しかし、リーディはそんなものお構いなしに、ユタカをじろじろと観察し始めた。
「ふ~む、見た感じ。ケンタウルスか、ヤミニもしくは地球か。とりあえず、挨拶してみよっかな。はい、ゆたか」
「な、ナンでしょ?」
「ガルベルスフィーナ……トルシュヌ……ハロー」
リーディはユタカに向かい、次々と私には聞き慣れぬ言葉をかけていく。
だがユタカは、最後の言葉に反応を示した。
「え? ハロー? ハローッテイッタ?」
「ハローに反応したね。じゃ、地球人か。でも、イントネーションから英語圏じゃなさそう。見た目からアジア人、日本人かな? *☆■♭〓〇?」
「*☆■♭〓〇∥? *☆■♭〓〇∥!? ハイ、ソウです! ハイ!!」
「待って、慌てない慌てない。んじゃ、日本語の知識をっと」
リーディは左手を広げて、知識の荷物入れを開いた。
ユタカは空中にぽっかりと現れた穴を見て、目をぱちくりさせている。
私はそんな彼の姿を目にして、慌ててリーディに穴を消すように手を振り伝えようとした。
(ちょっと、ユタカは魔法の存在を知らないのにっ! リーディ、消して。穴消せっ)
私の動きに気づいたリーディは少し首を捻ったかと思うと、微笑みながら手を振り返してくる。
(ちがーう、バカ!)
そうこうしているうちリーディは知識を脳に降ろしたようで、ユタカに向かい話し始めた。
「★▼、〓〇≡●◆☆? *■∥★▼θ▽θ◇」
「〓〓!? ♪♭∥†⇔∴@! θ◇*☆■♪♭」
聞き慣れた言語で話しかけられたユタカは、目を見開きつつも言葉を返す。
会話を繰り返すたびに、ユタカは驚きの表情を緩やかなものへと変えて、時折笑顔見せるようになっていた。
二人は、私が理解できぬ言語を使い、会話を弾ませる。
親しげに会話を重ねる二人を見ていると、言いようのない感情が心を駆け巡る。
私がユタカと交流できるまで、どれだけの時間を要したのか……だがリーディは、私たちが積み重ねたものをあっさり超えてしまった。
そして、楽しげに会話をしている。
私とは片言で必要なやり取りしかできなかったのに、リーディとは意思の疎通がはっきりととれている。
(なんだろう、この気持ち?)
胸の奥がズキリ痛む。
嫉妬だろうか……いや、たぶんそうじゃない。これはもっと、幼い気持ち。この切なく寂しい思いは、嫉妬なんて大人びたものではない。
一番親しい友だと思ってた人が、他の誰かと親しげに話している。
それを見たときの、寂しさに似た感情。
(情けない。子どもか、私は……)
自分にある子どもの部分を否定するため、首を左右に振る。
そして私は、二人の会話が終わるまで輪に入ることなく、離れた場所から、ただ見つめ続けていた。
0
お気に入りに追加
7
あなたにおすすめの小説
仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが
ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。
定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない
そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──
【取り下げ予定】愛されない妃ですので。
ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。
国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。
「僕はきみを愛していない」
はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。
『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。
(ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?)
そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。
しかも、別の人間になっている?
なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。
*年齢制限を18→15に変更しました。
運命の番?棄てたのは貴方です
ひよこ1号
恋愛
竜人族の侯爵令嬢エデュラには愛する番が居た。二人は幼い頃に出会い、婚約していたが、番である第一王子エリンギルは、新たに番と名乗り出たリリアーデと婚約する。邪魔になったエデュラとの婚約を解消し、番を引き裂いた大罪人として追放するが……。一方で幼い頃に出会った侯爵令嬢を忘れられない帝国の皇子は、男爵令息と身分を偽り竜人国へと留学していた。
番との運命の出会いと別離の物語。番でない人々の貫く愛。
※自己設定満載ですので気を付けてください。
※性描写はないですが、一線を越える個所もあります
※多少の残酷表現あります。
以上2点からセルフレイティング
私を幽閉した王子がこちらを気にしているのはなぜですか?
水谷繭
恋愛
婚約者である王太子リュシアンから日々疎まれながら過ごしてきたジスレーヌ。ある日のお茶会で、リュシアンが何者かに毒を盛られ倒れてしまう。
日ごろからジスレーヌをよく思っていなかった令嬢たちは、揃ってジスレーヌが毒を入れるところを見たと証言。令嬢たちの嘘を信じたリュシアンは、ジスレーヌを「裁きの家」というお屋敷に幽閉するよう指示する。
そこは二十年前に魔女と呼ばれた女が幽閉されて死んだ、いわくつきの屋敷だった。何とか幽閉期間を耐えようと怯えながら過ごすジスレーヌ。
一方、ジスレーヌを閉じ込めた張本人の王子はジスレーヌを気にしているようで……。
◇小説家になろうにも掲載中です!
◆表紙はGilry Drop様からお借りした画像を加工して使用しています
【完結】最後の魔女は最強の戦士を守りたい!
文野さと@ぷんにゃご
ファンタジー
一人ぼっちの魔女、ザザは、森の中で暮らしていた。
ある日、泉で溺れかけていた少女を助けようとして、思いがけず魔力を使ったことで自身が危険な状態に陥ってしまう。
ザザを助けたのは灰色の髪をした男だった。彼はこの国の王女を守る騎士、ギディオン。
命を助けられたザザは、ギディオンを仕えるべき主(あるじ)と心に決める。しかし、彼の大切な存在は第三王女フェリア。
ザザはそんな彼の役に立とうと一生懸命だが、その想いはどんどん広がって……。
──あなたと共にありたい。
この想いの名はなんと言うのだろう?
母の中で私の価値はゼロのまま、家の恥にしかならないと養子に出され、それを鵜呑みにした父に縁を切られたおかげで幸せになれました
珠宮さくら
恋愛
伯爵家に生まれたケイトリン・オールドリッチ。跡継ぎの兄と母に似ている妹。その2人が何をしても母は怒ることをしなかった。
なのに母に似ていないという理由で、ケイトリンは理不尽な目にあい続けていた。そんな日々に嫌気がさしたケイトリンは、兄妹を超えるために頑張るようになっていくのだが……。
アリシアの恋は終わったのです【完結】
ことりちゃん
恋愛
昼休みの廊下で、アリシアはずっとずっと大好きだったマークから、いきなり頬を引っ叩かれた。
その瞬間、アリシアの恋は終わりを迎えた。
そこから長年の虚しい片想いに別れを告げ、新しい道へと歩き出すアリシア。
反対に、後になってアリシアの想いに触れ、遅すぎる行動に出るマーク。
案外吹っ切れて楽しく過ごす女子と、どうしようもなく後悔する残念な男子のお話です。
ーーーーー
12話で完結します。
よろしくお願いします(´∀`)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる