素直になれない魔女と不思議な少年

雪野湯

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すれ違い

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 それは偶然だった。
 いや、いずれは必然であった。


 月を跨いだある日のこと。
 私が台座に乗り、棚の上にある皿を取り出そうとしたところ、ユタカが代わりに取ると申し出てきた。
 それには及ばないと断りを入れると、代わりに台座を支えるといってくれた。

 さすがに申し出を断り続けるのは失礼だと思い、お願いすることに。
 ユタカが台座を支えるために屈む。
 私の目線は、ユタカの頭を上から見下ろす格好となった。
 瞳に、彼の頭の中心が飛び込んでくる。


「え……?」
 小さい叫び声が零れる。
 そう、その声は小さくとも、とても大きな叫び声。
 隙間風のような叫び声であったため、ユタカは気にする様子もない。

 しかし、私は彼の様子とはまるで対照的で、視界は混乱に奪われ、ぐにゃりと景色が曲がり、身体を支える力を一瞬失う。
 力を失った拍子で足を滑らして台座から落ちそうになった。
 そこをユタカに支えられた。
 私は支えられたことに礼を言うのも忘れて、ユタカの髪の毛に触れる。


(な、なぜ……どうして、茶色の髪が根元から黒髪に変化しているのっ?)
 ユタカの茶色の髪は根元から、私と同じ忌まわしいの黒髪に変化していた。

(そんな、初めて出会った時は黒髪なんてなかったはず!?)
 彼が仰向けになって気を失っていた時も、母さまのベッドに横になって休んでいた時も、茶色の髪だった。

(足の傷が癒えてから、身長差があってユタカの頭のてっぺんなんて見る機会なかった。いつからなの、この変化は?)

 最後に見たのは、一緒に屈んで野良作業をしていたとき。
 あの頃は黒髪なんてなかった。
 でも、途中から薪割りや重いものを運ぶといった作業をユタカが申し出るようになり、彼の頭上が私まで降りてくる機会が無くなっていた。
(じゃあ、その間に? この十数日の間に変化が? いえ、いつなんてどうでもいいっ)

 仮に、変化が起こった日を特定してところで意味がない。変化が起こったこと自体が意味不明なのだから。
 私は夢中でユタカの髪の毛をゴソゴソと触っていく。


「アノ、ミラ。ドウシタノ? クスグッタイ」
「え、どうしたのって……ユタカ、髪が、髪が黒くなっているぞっ」
 語気を強めて、彼に髪の変化を伝えた。
 だけど、彼はポカンとした表情を向けるだけ。


「黒髪だぞっ。黒髪っ……あ、そうか。ユタカは魔女を知らないんだったな。いや、そこじゃない」
 ユタカは魔女を知らないため、黒髪の特殊性も知らないのだと思う。
 知らないから、動じた様子を見せない。
 だからといって、髪の色が変化して動じないというのはどういうことだろうか?
 髪の色とは生まれつきのもの。


 年老いて色素が薄くなることがあっても、色自体が変化することはない。
 そもそも、黒への変化などある方がおかしいのだ。
 黒は魔女にだけ発現する髪の色。魔女以外の、ましてや男には絶対ありえない色。
 さらに一番妙だと感じるのは、魔法の力……。
 黒髪は魔女を表していると同時に、膨大な魔力を体に宿している象徴でもある。
 だけど、ユタカからは魔力を微塵も感じない。


「わけがわからない……」
 疑問が山のように湧き出て、どれから手を付ければいいのか? 
 とりあえず、最も基本となる疑問から片付けようと考えた。

「ユタカ、髪の色が根元から変化しているぞ。驚かないのか? 髪の色、変わっている」
 自分の髪を手に取り、ユタカの髪を指で差しながら言葉を伝える。
 私の動作と言葉から、何を訴えているのかユタカは理解をしたようだ。
 彼は言葉を返そうとしたが、途中で腕を組んで悩んだ様子を見せた。


「ン~、アッ……チョット、マテテ」
 何かを思いついたようで、彼は台所から飛び出し、バタバタと階段を上っていった。さほど間を開けず、足音が戻ってくる。
「コレ、セツメイスル」
 彼の手には、ノートと数本のペンが握られていた。
「絵で説明か? 懐かしいな、最初の頃は絵でやり取りしてたから。で、何の説明を?」


 髪の色が変化して驚かない理由を、絵でどう伝えるというのか? 
 私は動作と言葉の意味が彼にちゃんと伝わっていないのでないかと不安になってきた。
 その心配をよそに、彼は懐かしいデフォルメされた二体のユタカ自身の顔を描き始めた。
 
 絵を描き終えて、片方の髪を黒に塗り、もう片方を茶色に塗った。
 そして、黒髪のユタカから矢印を引いて、茶色の髪のユタカに結ぶ。
 彼は矢印の差す方向へと指を動かして……とても、恐ろしい言葉を口にした。


「カエタ。イロ、カエタ」
「変えた? 変えたって、まさか髪色を変えたのっ!?」
 私の大声に、ユタカはびくりと身体を跳ね上げて固まる。
 私は私で、ユタカの馬鹿げた行為の衝撃で、近くの椅子に腰が砕けるように体を預けた。


 髪の色は不可侵。女神が種族によって与えた素晴らしき贈り物
 そうだというのにその色を否定するなんて……これは女神に対する背信行為。

 ユタカは女神様の冒涜者? 敵?
 もし、そうだとしたら、これ以上ユタカを傍に置いておくわけには……。
(でも、追い出すなんて……ユタカは本当に女神様の敵なの……敵?)

 魔女を知らず、黒髪を知らず、黒髪でありながら魔法の力を感じない。言葉を解することは叶わない。女神様の禁忌を知らない。 
 ユタカは私の知る常識からかけ離れた存在。私が理解できない存在。
 理解できないモノは……モノは……。


「あ、ユタ、あの……」
 何を問えばいいのかわからず、たどたどしい言葉だけが漏れる。
 
 私のおかしな様子を心配してか、ユタカがそっと近づいてくる。
「ダイジョウブ?」
 優しさの籠る言葉。だけど、私は……。

「い、いや……」
 消え入りそうな声で、ユタカを拒絶してしまった。

「ア、ゴ、ゴメン」
 ユタカはどうして私がそんな態度を取ったのかわからずに、戸惑いを見せた。
 しかし、怯えていることは伝わったようだった。

「ヘヤ、モドルネ」
 小さく悲しげな声が、私の耳に届く。
 儚げな後姿が、私の瞳に映り込む。
 
 拒絶する者。された者。
 それは、かつての私とデュランの姿。


(そんな、私はなんてことを!)
「待って、ユタカ!」
 私は椅子から飛び出して、彼の背中に抱き着いた。

「ごめんなさい。私、あの時と同じことをあなたにしてしまうなんてっ!」
 私は絶対にやってはいけない行為を、ユタカにしてしまった……。
「ごめんなさい、ごめんなさい。私、あなたが怖くて、わからなくて、ごめんなさいっ」
 ユタカはゆっくりと、私の方へ体を動かしていく。
 私は彼の背から離れ、後ろへ一歩引いた。


「あ、あの、ユタカ……」
 言葉は続かず、徐々に頭が下がっていき、黙り込んでしまう。
 そんな私にユタカは手を差し延ばして、そっと頭を撫でた。
「あ……」

 ユタカはずっと何も言わずに、頭を撫で続ける。
 私は怯えながら顔を少し上げ、そこから瞳だけを動かして、盗み見るようにユタカの顔を覗き込んだ。
 彼は微笑みながらも、どこか困ったような表情を見せていた……。



 この日を境に、ユタカとの距離が開いたような気がする。
 いつもと同じように接しながら、ある一定の距離を取る私たち。

 私がユタカに話しかける。ユタカは私に気を使うような態度を見せる。
 ユタカが私に話しかける。私もユタカに気を使うような態度を見せる。
 

 あんなにも楽しかった日々が、少しずつ色褪せていく。
 ユタカに話しかけるたびに、勇気を願う。一歩踏み出す勇気を……。
 だけど、私はこれ以上関係が悪化するのを恐れて、何もできなかった。
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