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ぐちゃぐちゃの感情

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 意味を失った帽子を捨て去り、開きっぱなしの扉から出ていく。
 階段へ向かう足取りが重い。
 ユタカが魔女である私に出会えば、彼は何を思うだろうか?
「デュラン……ううぅ、うく」


 壁に身体を預けるように引きずりながら歩いていく。
 あの日の悲しい光景が浮かび、涙が溢れてくる。 
 それでも、足を引きずるよう歩き、階段を下りていく。
 僅かな間とはいえ、ユタカからはたくさんの暖かさを貰った。だから……。


(放っておくわけにはいかない! 外へ、送ってあげないとっ)
 やっとの思いで、一階まで来ることができた。
 そこから玄関を抜けて、外に出ようとした時だった。
 カチャリと、台所の方から物音が聞こえてきた。
 まさかと思い、台所をそーっと覗き込む――そこには。

「ユタカ!?」

 ユタカがテーブルの傍に立ち、皿を手にしていた。
 私の声に驚いた彼は手にしていた皿を床へ落とす。
 皿は激しい音を立てて、無惨にもバラバラに割れてしまった。
 変わり果てた皿の姿を見てユタカは、いかにもしまったという顔を見せる。
 そこからなんと私に向かい――謝ってきたのだ!?


「ゴメン。ワレタ」
(なにを……言っているの? どうして、ここにまだいる?)
 なにが起こっているのか、まるでわからない。
 私が魔女であることを知った彼は、怯え逃げ出したはず。
 なのに、どうしてユタカが、ここに居るっ?


「ユタカ……」
「ア、アノネ。サラモ、サッキモ、ゴメン」
(何を謝っているの? 誰に謝っているの?)

 何一つ言葉は出ずにひたすらユタカを見つめ続ける。
 彼は戸惑った様子を見せて、何度も謝罪を重ねていくばかり。

(わからない、わからない。何故、ここにいる? 何故、謝る? 私は、私はっ)
 混乱は、昂ぶる感情の枷を解き放つ。


「私は魔女だぞっ! なのに何故、平然としていられるの!? どうして、あなたが謝っているの!? 私はあなたたちが畏れてやまない魔女なのにっ!」
 堰を切ったように感情が溢れ出した。
 もう止められない。
 叫び声のような大声を上げて、ユタカに迫っていく。
 私は自分の髪を乱暴に掴み上げて、彼の目の前に見せつけた。


「見ろ、この黒髪を! 闇のように薄汚いみ色の髪だっ! 魔女の象徴たる呪われし髪! 全ての種の災いだというのにっ!!」
 ユタカの眼前に髪を突きつける。
 髪を握る自身の手は震えている。
 震えが意味するものが、怒りなのか恐怖なのかわからない。

 ぐちゃぐちゃにかき乱された感情。
 私は自分が何をしたいのか、何を求めているのかもわからなくなっていた。
 ユタカは私の剣幕に呑まれてか、顔が引きつっているような、笑っているような表情を見せている。


 だが彼は、一度咳払いをすると表情を柔和なものとする。
 そして、黒髪を持つ私の手を取り、こう言った。


「カミ、キレイダネ」
「…………え……」

 手からするりと、髪が零れ落ちそうになる。
 しかし、黒髪が落ちてしまう前に、ユタカが手ですくい上げた。

「カミ、クロクテ、ステキ」
(素敵? この黒髪が……?)
 ユタカは魔女の象徴たる黒髪を手に持ち、微笑んでいる。
 普通なら触れるどころか、目にすることすらおぞましいはずの黒髪を手にして……。

(何故、そんなことができるの? まさか……まさかユタカはっ)


「ユタカ、あなたは魔女を知らないの?」
「マ、ジョ? チョットムズカシ。イミ、ワカラナイ」
「魔女よ、魔女。本当にわからないの?」
「エット、ゴメン……」
 申し訳なさそうな顔を見せて、彼は頭を下げた。


「そ、そんな……信じ、られない……」
 足から力が抜けて、ペタンと床に座り込んでしまった。
 私の瞳には、ユタカが驚いて私の心配している姿が映っている。
 私は彼の優しさに対して、何の反応もできない。
 ただ、ゆっくりと口の端が緩んでいくのがわかる。
 私はそっと両手で顔を覆った。ほどける顔を隠すために。


(ユタカは魔女を知らない……私を畏れない。偏見で満ちた眼で見たりしない。こんなことが、こんなことがあるなんてっ)
「う、うく、ううう」

 涙が、瞳を溺れさせる。
 頬を伝う、暖かな涙。
 今まで流してきた冷たい涙とは全く違う涙。
 指の隙間から見えるユタカは、泣いている私を心配して慌てた様子を見せている。
 そんなユタカの優しさが嬉しくて、涙は止め処なく流れ続けた。
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