素直になれない魔女と不思議な少年

雪野湯

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それはありえない!

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 書庫から地図を運び出し、薬と包帯の替えのため薬箱を持って三階へ向かう。
 ユタカのいる部屋をノックして返事を貰い、扉を開けて中へ入った。
 彼はすでに朝食を終えており、空になった食器をベッド横にある小さな丸いテーブルの上に置いていた。


「すまないな。少し遅くなった。食後に早速で悪いがこれを見て欲しい」
 私はベッド近くの椅子に座り、ユタカの膝上に周辺の地図を広げた。
 地図は私の家を中心に描かれており、家を取り巻く森の他に、近くの村や町が記載されていた。


「これは地図だけど、わかる? ここは私の家で、周囲は森」
 私は自分を指差してから、トントンと家の部分を押さえた。
 ユタカは少し悩んだ様子を見せたが、すぐに意味を飲み込めたようで首を縦に振った。

「よし、では、ユタカがどこから来たのか指を差してくれないか?」
 ユタカはすぐに頷いて、地図へ指を向けていく。
 その姿を見て、私は心の中で感心する。

(うん、やっぱりこの子は賢い。こっちの意図を簡単にわかってくれるのは助かる)

 ふむふむと、ユタカの飲みこみの良さに頷く。
 ユタカはというと、指先を少しだけ惑わせてから、指を妙なところへと置いた。
 彼の指は、地図の外を押さえている。
 指の意味はつまり、この地図では足りないという意味。


「わかった、次だ」
 この国の地図を広げる。
 だが、またもや地図の外へと指を置く。
 続いて、この国を含む周辺の国が記載された大陸の地図を見せるが反応は同じ。

(となると、世界地図しかなくなるけど……わざわざ、森の結界をくぐり抜けて、いかなる目的でここへ?)

 心の中に渦巻く疑念が大きくなっていく。
 国外もしくは別大陸からここへ来たとなると、何らかの目的を持ち、私を魔女と知った上で会いに来た可能性が高くなる。

 理由は私を狩るために? 私の力を利用するために?
 今はどちらなのか判断はつかないが、そうなるとユタカは私を魔女と知っていることになる。
 しかし、彼からは魔女に対する特有の悪感情を感じない。まるで何も知らぬ無垢な存在のように……。


 彼の穢れのない心が、私の心を揺さぶる。
(魔女と知っているのに、私に悪意を向けない稀有な存在。そんな人がこの世に? でも、もし、いるとするならば、私は、私は……)
「★▼θ◇?」


「え? あ、あ、すまない、考え事をしていた。次はこの地図だ」
 私は取り繕うように慌ただしく世界地図を広げた。
 ユタカは少し首を捻ったが、すぐに何事も無かったかのような素振りを見せ、指先を地図へと延ばしていった。
 そして、ユタカが押さえた先は……。


「えっ……?」
 小さく、驚きの声が漏れる。
 何かの間違いかと思い、ユタカに目を向けた。
 だがユタカは、しっかりとした眼差しを私に向けて、力強く指を差している。
 彼が置いた指先。それはまたもや地図の外。
 世界地図の外側に指を置いたのだ。


(ど、どういうこと?)
 世界の外。そこへ指を置いた意味は?
 考えられる可能性は一つ。
 地図には載っていない場所がこの世界に存在するということ。

 しかし、この地図は女神様が作成した地図を参考にして作られた世界地図。
 記載されていない場所などあるわけがない。

 
 わからない。彼は何者?
 私は無言で思考を張り巡らせ続ける。
 すると、ユタカは自分の鞄からノートとペンを取り出してきた。
 

 何やら伝えたいことがあるようだ。
 ユタカの傍に寄り、ノートを覗き込む。
 彼はノートを横にして、両端に円を書いた。

 そして、円の下に人物画を描いていく。
 左の円には、昨日描いた私をデフォルメした絵。
 青い服に……色々不満だがキノコ頭の絵。


 次に、右の円に別の人物画を描いていく。
 人物画はユタカと同じ服装をしていた。つまり、彼なのだろう。
 描き終えた絵を私に見せる。
 左の円の下に私。
 右の円の下にユタカ。


 私は、絵の私と自分を交互に指差して、次に、絵のユタカとユタカ本人を交互に指差した。
 こうやって彼に絵の意味を理解していることを伝えたのだ。
 ユタカは私が理解していることを確認すると、さらに何かを描きこみ始めた。
 絵を描き終え、再び私に見せた。
 先程見せた絵に、なにやら色々と書き足してある。


 まず、右の円の下にいるユタカから、矢印が飛び出している。
 矢印は左の円の下にいる私の傍まで伸びていた。
 さらに、私の隣にはもう一人のユタカの絵が描いてあった。
 左の円の下には、私とユタカが並んで立っている格好だ。


(うん、どういう意味? 右の円の下にいたユタカから、左の円まで矢印が伸びて、私の隣へ新たにユタカを描いた……移動した、ということ?)


 私は椅子から立ち上がって、ベッドの枕傍に置いてある二体の人形を手に取った。
 赤い帽子の女の子の人形を私に見立て、青い帽子の男の子の人形をユタカに見立て、彼が伝えようとしていることを、私なりの解釈で説明をしてみようと考えた。

「この赤い帽子人形が私として、離れている青い帽子のユタカが傍にやってきた。という感じでいいのかな?」
 そう、説明しながら、遠くに離しておいた青い帽子の人形を、赤い帽子の人形に近づける。
 すると、ユタカは力強くウンウンと頷く。
 解釈はある程度当たっているみたいだ。
 私は顎に手を置き、ユタカが出した情報を元に、出会った時のことを思い出しながら考えをまとめていく。


(移動してきた……ユタカが訪れた時、空間に揺らぎを感じたっけ? そして彼は、私の結界内に倒れていた……つまり、まさかっ)
「転送魔法……結界を貫通して? 馬鹿な、ありえないっ!」
 思わず、大声を張り上げてしまった。
 ユタカは突然の声に目を丸くする。


「あ、ごめんなさいっ」
 謝罪を交えながら口を覆い、後ろを向く。
 しかし、咄嗟に謝罪は口にしたものの、彼を驚かせてしまったことなど些末な出来事であるように感じていた。


(空間の魔女リーディやミディアおばさまでも、転送魔法はかなり精密な操作が必要で容易たやすくはできない。ましてや、魔女でもない者が? しかも、私の結界を飛び越えて?)

 ゆっくりと後ろを振り向いて、ユタカを見る。
 彼からは魔力の欠片も感じない。転送魔法という、大魔法を使えるはずもない。

 だけど、あの時感じた空間の揺らぎが勘違いでないのなら、少なくとも彼は、私の結界内に跳躍してきたことになる……。
 私は正体不明の理解の及ばぬ事象に対して、無意識にごくりと唾を飲んだ。
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