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ため息の朝
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魔女――人々から忌み嫌われる存在。
いえ、人だけではなく、世界をお創りになった女神様からも。
だから私は森に隠れ住む。
女神コティラ様から戴いた呪いを身の内に宿し……。
呪いの名は不老。
十一歳という年の姿で私は齢を重ねていく。
ただ一人、孤独に……そうであるはずだった。
彼と出会うまでは……。
――
魔法の力で巨木を住居として変化させた家の一室で、私は一人、いつものように目覚める。
ベッドから降りて、鏡面台の前に座り櫛を手に取って、魔女の象徴たる黒髪に櫛を通す。
世界には数多の髪色が存在するが、黒の髪を持つのは魔女のみ。
忌み色とも呼ばれる髪の色。
私の忌み色は深淵よりもなお深い、光さえ闇に飲み込む常闇の髪。
この髪は絶えず魔力を生み出し続ける破壊の徴。
瞳もまた、絶大な破壊の力を宿す深紅の瞳。
だから私はこう呼ばれている――破壊の魔女と。
破壊を司る魔女は、全ての種族から最も憎しみを抱かれる象徴的存在。
女神様から最大の寵愛を戴きながら裏切った、絶望の魔女ティラの血族として……。
「はぁ~」
腰まで届く髪を梳かし寝癖を整えながら、鏡に映る自身の姿にため息をついた。
いつもいつも鏡を見る度に、ため息を漏らしてしまう。止めようと思っているが、習慣のように今日もまたため息をついてしまった。
鏡に映るのは、女神様に仇なした魔女に相応しい姿。
大人としての姿を手に入れることの許されない幼子の姿。
私たち魔女は絶望の魔女ティラを筆頭に、女神様へ反旗を翻し、大戦の末に敗れ、呪われた。
呪いは肉体が大人の準備を迎えると同時に発揮され、その姿に固定される。
子どもを宿せる身まで成長を許されているのは、女神様の慈悲か。あるいは、子へ孫へと連綿と続く呪いの鎖なのか。
私は幼く小さい手をジッと見る。
そして、か細い手を胸に当て、スラリと撫でおろした。
私は早熟であったために、十一という年齢で姿が固定されてしまった。
魔女の寿命は魔力に比例するため、他の魔女よりも力の強い私はこの姿のままで数百年は生きる。
黒髪を背負いし、幼子の惨めな姿のままで……。
「はぁ」
また、ため息を出してしまった。
このため息には、自身の姿に対する劣等感。そして、幼馴染であるリーディに対する、嫉妬と悔しさが混じっていた。
リーディの肉体に変化が訪れたのは、十四の時。
普通に年を取っていける者にとって、十四歳という姿は子ども。
しかし、私たち魔女にとっては十分に羨まれる大人の姿。
リーディは私より三歳年下でありながら、私よりも大人に見える。
そんな彼女は一所に留まるのではなく旅をする。
それは魔女が持つ本来の役目――世界の安寧のために……。
五十年前に彼女は旅立った。
私が手に入れることのできなかった目的を持って……目的のない私は一生をこの森の中でっ。
「わぁっ! はぁ、はぁ」
困った、まただ。急に大声を上げてしまった。
不安や焦燥感が胸を過ぎると無意識に叫んでしまう。
気を落ち着かせるために下らない考えは捨てろと、頭の中で自分の正しさを呟く。
(暮らしには困っていない。迫害を受けながら旅する必要なんてない。一人、ここに居る方が正解だから。何も迷う必要がない。そう、迷う必要なんて……)
「ふぅ」
落ち着きを取り戻した私はネグリジェをベッドに脱ぎ捨てた。
そして、椅子にかけっぱなしの無地の濃い青の服を手に取る。
別に青色が好みというわけではないが、私は大抵青色の服を着ていた。理由は私が持つ服の中で、一番汚れが目立たない色をしていたからだ。
布地も丈夫なもので作っており、同じような服を数着持っていた。おかげで、毎日毎日服を選ぶ手間が省けている。
スカートの部分から頭を突っ込んで、すっぽりと服を被り、着替えを終える。
(やっぱり、楽なのが一番。でも……)
部屋をぐるりと見回す。
部屋の様子は荒れ放題で、そこかしこに脱ぎっぱなしの服や読みかけの本などが転がっている。
(楽し過ぎるのもねぇ。いつかちゃんと片付けないと)
そう考えて、どれほどの年月が経っているかわからない。
部屋は追々片づけるとして、いつものように階段を降りて、一階にある台所へ向かった。
台所に入り、竈に置きっぱなしの鍋の蓋を取って中を覗き込み、少し首を傾ける。
(う~ん、昨日のスープがまだ残ってるし、これを温めればいいかな。パンも新しく焼かなくても残りがあるから大丈夫だし。けど、具がほとんど残ってないのは寂しい……仕方ない。畑から適当に見繕ってこようっと)
私は家の裏に僅かばかりの家畜飼い、畑を作っている。
そこから朝食用の野菜を調達してくることにした。
食器の準備だけをして、玄関から畑へ向かおうとする。
そこで、家の周辺を覆っている結界に奇妙な揺らぎを感じた。
(何? 結界に破損? それとも侵入者? そう簡単には破られないはずだけど……)
家の周囲の森には、誰も近づけないように強力な結界を張ってある。
私は全ての種族から疎まれる存在。
森に誰かが訪れれば、私の心が傷つく。
だから、きつくきつく結界を張っていた。
(何かの拍子で結界に隙間ができた? そこから紛れ込んでしまったの? もしくは、意図的に? いえ、さほどの力を感じない。迷い込んだだけのようね。でも、どうしよう……)
何者であれ、私の黒髪を目にすれば裏切りの魔女めと罵るだろう。道に落ちている石を拾い打ち据えるだろう。
私はそれが、怖い……。
だから、無視する……というわけにはいかない。私という存在を知って、侵入してきた可能性がある以上、身を守るために確認は絶対必要になる。
(いくしか、ないよね……)
私は五十年ぶりに起こった変化に恐れと嫌気を抱きながら、久しぶりに家の近くから離れる覚悟を決めた。
いえ、人だけではなく、世界をお創りになった女神様からも。
だから私は森に隠れ住む。
女神コティラ様から戴いた呪いを身の内に宿し……。
呪いの名は不老。
十一歳という年の姿で私は齢を重ねていく。
ただ一人、孤独に……そうであるはずだった。
彼と出会うまでは……。
――
魔法の力で巨木を住居として変化させた家の一室で、私は一人、いつものように目覚める。
ベッドから降りて、鏡面台の前に座り櫛を手に取って、魔女の象徴たる黒髪に櫛を通す。
世界には数多の髪色が存在するが、黒の髪を持つのは魔女のみ。
忌み色とも呼ばれる髪の色。
私の忌み色は深淵よりもなお深い、光さえ闇に飲み込む常闇の髪。
この髪は絶えず魔力を生み出し続ける破壊の徴。
瞳もまた、絶大な破壊の力を宿す深紅の瞳。
だから私はこう呼ばれている――破壊の魔女と。
破壊を司る魔女は、全ての種族から最も憎しみを抱かれる象徴的存在。
女神様から最大の寵愛を戴きながら裏切った、絶望の魔女ティラの血族として……。
「はぁ~」
腰まで届く髪を梳かし寝癖を整えながら、鏡に映る自身の姿にため息をついた。
いつもいつも鏡を見る度に、ため息を漏らしてしまう。止めようと思っているが、習慣のように今日もまたため息をついてしまった。
鏡に映るのは、女神様に仇なした魔女に相応しい姿。
大人としての姿を手に入れることの許されない幼子の姿。
私たち魔女は絶望の魔女ティラを筆頭に、女神様へ反旗を翻し、大戦の末に敗れ、呪われた。
呪いは肉体が大人の準備を迎えると同時に発揮され、その姿に固定される。
子どもを宿せる身まで成長を許されているのは、女神様の慈悲か。あるいは、子へ孫へと連綿と続く呪いの鎖なのか。
私は幼く小さい手をジッと見る。
そして、か細い手を胸に当て、スラリと撫でおろした。
私は早熟であったために、十一という年齢で姿が固定されてしまった。
魔女の寿命は魔力に比例するため、他の魔女よりも力の強い私はこの姿のままで数百年は生きる。
黒髪を背負いし、幼子の惨めな姿のままで……。
「はぁ」
また、ため息を出してしまった。
このため息には、自身の姿に対する劣等感。そして、幼馴染であるリーディに対する、嫉妬と悔しさが混じっていた。
リーディの肉体に変化が訪れたのは、十四の時。
普通に年を取っていける者にとって、十四歳という姿は子ども。
しかし、私たち魔女にとっては十分に羨まれる大人の姿。
リーディは私より三歳年下でありながら、私よりも大人に見える。
そんな彼女は一所に留まるのではなく旅をする。
それは魔女が持つ本来の役目――世界の安寧のために……。
五十年前に彼女は旅立った。
私が手に入れることのできなかった目的を持って……目的のない私は一生をこの森の中でっ。
「わぁっ! はぁ、はぁ」
困った、まただ。急に大声を上げてしまった。
不安や焦燥感が胸を過ぎると無意識に叫んでしまう。
気を落ち着かせるために下らない考えは捨てろと、頭の中で自分の正しさを呟く。
(暮らしには困っていない。迫害を受けながら旅する必要なんてない。一人、ここに居る方が正解だから。何も迷う必要がない。そう、迷う必要なんて……)
「ふぅ」
落ち着きを取り戻した私はネグリジェをベッドに脱ぎ捨てた。
そして、椅子にかけっぱなしの無地の濃い青の服を手に取る。
別に青色が好みというわけではないが、私は大抵青色の服を着ていた。理由は私が持つ服の中で、一番汚れが目立たない色をしていたからだ。
布地も丈夫なもので作っており、同じような服を数着持っていた。おかげで、毎日毎日服を選ぶ手間が省けている。
スカートの部分から頭を突っ込んで、すっぽりと服を被り、着替えを終える。
(やっぱり、楽なのが一番。でも……)
部屋をぐるりと見回す。
部屋の様子は荒れ放題で、そこかしこに脱ぎっぱなしの服や読みかけの本などが転がっている。
(楽し過ぎるのもねぇ。いつかちゃんと片付けないと)
そう考えて、どれほどの年月が経っているかわからない。
部屋は追々片づけるとして、いつものように階段を降りて、一階にある台所へ向かった。
台所に入り、竈に置きっぱなしの鍋の蓋を取って中を覗き込み、少し首を傾ける。
(う~ん、昨日のスープがまだ残ってるし、これを温めればいいかな。パンも新しく焼かなくても残りがあるから大丈夫だし。けど、具がほとんど残ってないのは寂しい……仕方ない。畑から適当に見繕ってこようっと)
私は家の裏に僅かばかりの家畜飼い、畑を作っている。
そこから朝食用の野菜を調達してくることにした。
食器の準備だけをして、玄関から畑へ向かおうとする。
そこで、家の周辺を覆っている結界に奇妙な揺らぎを感じた。
(何? 結界に破損? それとも侵入者? そう簡単には破られないはずだけど……)
家の周囲の森には、誰も近づけないように強力な結界を張ってある。
私は全ての種族から疎まれる存在。
森に誰かが訪れれば、私の心が傷つく。
だから、きつくきつく結界を張っていた。
(何かの拍子で結界に隙間ができた? そこから紛れ込んでしまったの? もしくは、意図的に? いえ、さほどの力を感じない。迷い込んだだけのようね。でも、どうしよう……)
何者であれ、私の黒髪を目にすれば裏切りの魔女めと罵るだろう。道に落ちている石を拾い打ち据えるだろう。
私はそれが、怖い……。
だから、無視する……というわけにはいかない。私という存在を知って、侵入してきた可能性がある以上、身を守るために確認は絶対必要になる。
(いくしか、ないよね……)
私は五十年ぶりに起こった変化に恐れと嫌気を抱きながら、久しぶりに家の近くから離れる覚悟を決めた。
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