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14・忘れ去られた勇者
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聞き慣れぬ男の声にアスカが反応しました。
「いつもミュールはっ、うん? なんじゃ、このおっさんは?」
アスカの態度を受けて、ミュールは勇者の存在を思い出します。
「あっ、そうでした。お客様が。申し訳ありません、勇者さん。お見苦しいところを」
「いや、構わぬが……そちらの少女は妹君ではないと言っていたが、一体?」
「コレですか? コレが噂の龍です」
「これとはなんじゃ、これとは!」
二人は再び、言い合いを始めましたが、勇者はそれには目もくれず、アスカの姿を目に宿します。
(この子が、龍?)
目に前にいるのは、美しい桃色の長髪を持ち、金色の瞳を見せる幼き少女。
背に七色の二枚羽を背負い、頭から角は飛び出していますが、龍には見えません。
勇者はもっとしっかり、観察しようと瞳に力を籠めます。
(ふむ、たしかに宿る力は尋常ではない。それに、ミュール殿から木刀で殴られたはずなのに、傷一つないとは……)
そう、ミュールに木刀で腹部を突かれ、滅多打ちにされたのに、アスカの体には傷一つついていません。
普通ならあり得ないこと。
さらに勇者はアスカを強く覗き込みます。
その視線に気づいたアスカは勇者へ視線を飛ばし、ミュールへ尋ねます。
「うん? なんじゃ、随分と熱っぽい視線を飛ばしよるの。どうやら、このおっさん、ワシに惚れてしまったようじゃな。どうじゃ、ミュールよ。ワシのかわゆい魅力は?」
「はいはい。惚れるわけないでしょ、あなたみたいぐーたら龍に」
「なにを~」
「それにこちらの勇者さんは、アスカさんを退治に来たんですよ。そんなわけで、退治されてください」
「退治? ワシを? 人間が?」
アスカは勇者を瞳に取り入れます。
そして、僅かばかり瞳の奥に光を見せました。
光は勇者の心を射抜き、彼は恐怖に肌を粟立てます。
「な、これは?」
少女の姿を取っているが、龍。
人を遥かに超えし存在に、勇者は額に脂汗を産みます。
しかし、瞳から発せられた光には邪悪なものはなく、巷で噂されるような悪しき龍ではないことは勇者にはわかりました。
それはミュールやアスカのやり取りからも感じていたこと。
アスカはかなり厄介な存在ではありますが、決してミュールに危害を加える存在でないと。
決しては言いすぎでしょうか? 害はありますし……。
勇者は小さく息を落とし、アスカに語り掛けます。
「どうやら、私の想像していた存在とは違うようだ」
「何をどう想像していたかわからぬが、ワシは良い龍じゃぞ」
「はっ?」
ミュールは大きく目を見開いて、絶句しています。
「ミュールよ……何も、そこまで……」
「いや、当然の反応でしょう。勇者さん騙されてはいけません。今すぐ、ドラゴンキラーでぶっ刺して下さい」
「なに、ドラゴンキラーじゃと?」
アスカは勇者の腰に提げてある、長剣に注目します。
「ほほぉ、見事な剣じゃな。その剣をもってすれば、ワシの心臓に届くやもしれぬな」
「ですって、勇者さん!」
ミュールは力強い視線で勇者を射抜きます。
その姿に、さすがのアスカも意気消沈。
「ど、どんだけ、ワシを痛い目に遭わせたいと思っておるのじゃ?」
「どんなに怒っても、何をやっても、全然懲りないアスカさんをようやく懲らしめられるかもしれないんですよ!」
「そ、そこまで、追い詰められておったのか……」
「追い詰めた本人が何をっ。それで勇者さん。退治してくれるんですよね?」
ミュールは期待と憤りを交え、勇者を見つめます。
ですが、その答えは……。
「私は今まで多くの龍を狩ってきたが、彼女では格が違い過ぎる。私では、退治は無理のようだ」
「そ、そんな」
がくりと膝を折り、両手を床につけて、頭を下げ落とすミュール。
隣にいるアスカは絶望に打ちひしがれる彼女を見て、優しく声を掛けてあげます。
「まぁ、そんな気を落とさずにな」
「だ~ま~れ~」
「おおぅ、地獄の底からの呼び声なのじゃ」
ミュールは頭だけを上げて、勇者に問いかけます。
「どうしても無理なんですか?」
「それは……」
うっすらと涙を浮かべて訴える少女の姿に、優しき勇者の心は震えを見せます。
(大きな害はなくとも、少女がここまで追いつめられているとは……アスカ殿は相当迷惑をかけていると見受けられる。ならばっ)
勇者は息を一つ挟み、アスカを見つめます。
「ふぅ……退治は無理であっても、痛い目なら合わせられるかもしれん」
「ほぉ、ほざいたな人間」
アスカの瞳に狂炎が宿る。
並の人間であれば、その炎を目にしただけで発狂するもの。
ですが、勇者は真っ直ぐと炎を見つめ返します。
「恐ろしき力……とはいえ、勇者として困っている者は放ってはおけぬ。それに……一人の戦士として、あなたのような強者との戦いを願っている」
「よく言うた、人間。良かろう、相手してやろう。ワシもこちら来て、回復具合を試したかったところなのじゃ。手加減はしてやるつもりじゃが、死んだら運命だと割り切り諦めよ」
「戦い望む者として当然の覚悟。問われるまでもない!」
「フッ、良い目をしておる。久しぶりじゃな、お主のような奴は。ワシの名は地球という惑星から訪れた龍、ケツァルコアトル。またの名は龍野アスカ。アスカと名乗っておる。お主は?」
「勇者ノルド」
「ノルドよ、表へ出ようかの」
二人は周囲の熱を上げる気焔を纏い、家の外へと向かっていく。
ミュールは二人の背中を目で追いながら、頬をポリポリと掻く。
(あそこまで本気になられるのはちょっと……少しばかりアスカさんをキャンと言わせてもらいたかっただけなんですが……)
「いつもミュールはっ、うん? なんじゃ、このおっさんは?」
アスカの態度を受けて、ミュールは勇者の存在を思い出します。
「あっ、そうでした。お客様が。申し訳ありません、勇者さん。お見苦しいところを」
「いや、構わぬが……そちらの少女は妹君ではないと言っていたが、一体?」
「コレですか? コレが噂の龍です」
「これとはなんじゃ、これとは!」
二人は再び、言い合いを始めましたが、勇者はそれには目もくれず、アスカの姿を目に宿します。
(この子が、龍?)
目に前にいるのは、美しい桃色の長髪を持ち、金色の瞳を見せる幼き少女。
背に七色の二枚羽を背負い、頭から角は飛び出していますが、龍には見えません。
勇者はもっとしっかり、観察しようと瞳に力を籠めます。
(ふむ、たしかに宿る力は尋常ではない。それに、ミュール殿から木刀で殴られたはずなのに、傷一つないとは……)
そう、ミュールに木刀で腹部を突かれ、滅多打ちにされたのに、アスカの体には傷一つついていません。
普通ならあり得ないこと。
さらに勇者はアスカを強く覗き込みます。
その視線に気づいたアスカは勇者へ視線を飛ばし、ミュールへ尋ねます。
「うん? なんじゃ、随分と熱っぽい視線を飛ばしよるの。どうやら、このおっさん、ワシに惚れてしまったようじゃな。どうじゃ、ミュールよ。ワシのかわゆい魅力は?」
「はいはい。惚れるわけないでしょ、あなたみたいぐーたら龍に」
「なにを~」
「それにこちらの勇者さんは、アスカさんを退治に来たんですよ。そんなわけで、退治されてください」
「退治? ワシを? 人間が?」
アスカは勇者を瞳に取り入れます。
そして、僅かばかり瞳の奥に光を見せました。
光は勇者の心を射抜き、彼は恐怖に肌を粟立てます。
「な、これは?」
少女の姿を取っているが、龍。
人を遥かに超えし存在に、勇者は額に脂汗を産みます。
しかし、瞳から発せられた光には邪悪なものはなく、巷で噂されるような悪しき龍ではないことは勇者にはわかりました。
それはミュールやアスカのやり取りからも感じていたこと。
アスカはかなり厄介な存在ではありますが、決してミュールに危害を加える存在でないと。
決しては言いすぎでしょうか? 害はありますし……。
勇者は小さく息を落とし、アスカに語り掛けます。
「どうやら、私の想像していた存在とは違うようだ」
「何をどう想像していたかわからぬが、ワシは良い龍じゃぞ」
「はっ?」
ミュールは大きく目を見開いて、絶句しています。
「ミュールよ……何も、そこまで……」
「いや、当然の反応でしょう。勇者さん騙されてはいけません。今すぐ、ドラゴンキラーでぶっ刺して下さい」
「なに、ドラゴンキラーじゃと?」
アスカは勇者の腰に提げてある、長剣に注目します。
「ほほぉ、見事な剣じゃな。その剣をもってすれば、ワシの心臓に届くやもしれぬな」
「ですって、勇者さん!」
ミュールは力強い視線で勇者を射抜きます。
その姿に、さすがのアスカも意気消沈。
「ど、どんだけ、ワシを痛い目に遭わせたいと思っておるのじゃ?」
「どんなに怒っても、何をやっても、全然懲りないアスカさんをようやく懲らしめられるかもしれないんですよ!」
「そ、そこまで、追い詰められておったのか……」
「追い詰めた本人が何をっ。それで勇者さん。退治してくれるんですよね?」
ミュールは期待と憤りを交え、勇者を見つめます。
ですが、その答えは……。
「私は今まで多くの龍を狩ってきたが、彼女では格が違い過ぎる。私では、退治は無理のようだ」
「そ、そんな」
がくりと膝を折り、両手を床につけて、頭を下げ落とすミュール。
隣にいるアスカは絶望に打ちひしがれる彼女を見て、優しく声を掛けてあげます。
「まぁ、そんな気を落とさずにな」
「だ~ま~れ~」
「おおぅ、地獄の底からの呼び声なのじゃ」
ミュールは頭だけを上げて、勇者に問いかけます。
「どうしても無理なんですか?」
「それは……」
うっすらと涙を浮かべて訴える少女の姿に、優しき勇者の心は震えを見せます。
(大きな害はなくとも、少女がここまで追いつめられているとは……アスカ殿は相当迷惑をかけていると見受けられる。ならばっ)
勇者は息を一つ挟み、アスカを見つめます。
「ふぅ……退治は無理であっても、痛い目なら合わせられるかもしれん」
「ほぉ、ほざいたな人間」
アスカの瞳に狂炎が宿る。
並の人間であれば、その炎を目にしただけで発狂するもの。
ですが、勇者は真っ直ぐと炎を見つめ返します。
「恐ろしき力……とはいえ、勇者として困っている者は放ってはおけぬ。それに……一人の戦士として、あなたのような強者との戦いを願っている」
「よく言うた、人間。良かろう、相手してやろう。ワシもこちら来て、回復具合を試したかったところなのじゃ。手加減はしてやるつもりじゃが、死んだら運命だと割り切り諦めよ」
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「フッ、良い目をしておる。久しぶりじゃな、お主のような奴は。ワシの名は地球という惑星から訪れた龍、ケツァルコアトル。またの名は龍野アスカ。アスカと名乗っておる。お主は?」
「勇者ノルド」
「ノルドよ、表へ出ようかの」
二人は周囲の熱を上げる気焔を纏い、家の外へと向かっていく。
ミュールは二人の背中を目で追いながら、頬をポリポリと掻く。
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